上層部③
英霊パダールの青白い腕と、光の塊である番人、エネルギー体同士の交錯は、摩擦熱を生み出すと、弱い方……この場合は、掠れて声も出ない番人を弾けさせた。
〝アアアアァァァッ!〟
という残響だけを残して分解していく狂える番人。
「馬鹿な、この者が居ないと、装置を元に戻せないかも知れんぞ」
とバッシが地面に散る光の粒を拾うが、龍装に鎧われた、鈍色の手のひらの中で爆ぜ、消えていくそれを、どうする事もできない。
英霊パダールは、何も言わずに番人を貫いた手を差し出した。そこには小さな黒い塊が、まるで水に落とされた油のように、フルフルと震えている。
〝これは妖魔の一部じゃ、このような者に穢された存在は信用ならん〟
と言うと、溢れる魔力を掌に集約させて、包みこむと同時に沸騰、蒸発させる。周囲にはまるで髪の毛を焼いたような、それよりももっと体に悪そうな臭いが充満した。
それを見たバッシが「ウム……」としか返せずにいると、
「それと同じのが、迷宮全体から臭ってくるワン」
ヒョッコリと後ろから顔を見せたウーシアが、鼻を効かせて振り向いた。という事は、妖魔が真白の地宮の封印を、ほぼ解きかけてるという事か?
完全に相手の縄張りに踏み込んでいる。肌でそう感じると同時に、頼りない檻ごしに、猛獣と対峙しているかのような不安に襲われる。
「仲間を呼ぶワン」
と部屋を出たウーシアを見送り、空中に浮かぶ英霊を見上げると、
「パダール、お前はまだ居れるのか?」
と尋ねた。それを受けて、
〝ああ、かなりの魔力を補充できたからな。お前さんに取り憑いていれば、まだまだ消滅せんよ。なんだ、寂しいのか?〟
と嬉しそうに聞いてきた。冗談じゃない。
「なんだと? うっとうしい奴がこれ以上取り憑くのは考えられんが、この装置を動かすためにも、お前さんの力がいるかも知れない。それまで大人しくしていろ」
という何だか掛け合いのようなやり取りになった。言い合いながらも、どこか性に合っている感じがするのは、お互いに馬鹿だからだろうか? それは相手も同じらしく、なんだかんだと言いつつ、バッシから離れていく気配はなかった。
「ここだニャン? あっ、バッシ! それが雷精魔具ってやつニャ?」
と馴れ馴れしい猫人女忍がやってきた。身軽な女の後を追ってきたウーシアが、
「バッシ達のところまでは罠が無いのを確認したワン、それ以上はまた調べる必要があるワンウ」
といさめると、後ろから息を切らして追いついたドワーフ忍者が、部屋に入るなり、
「これはっ! 流石は古代法術の粋を集めた装置じゃ。我らの概念を超えた芸術品だのう」
と壊れた魔具装置を見上げてため息をついた。すぐさま取り付くように魔具を調べ始めると、他のことは眼中に無い様子で、皆も敢えて彼には触れない雰囲気となる。
「それを直さないと、下層に進めないのだろうか?」
とバッシが聞くと、
「この迷宮全体を管理していた装置らしいのう。上階との間にはまった大岩も、これを操作して設置したのだとしたら、下層への道もこれを使って番人が埋めたと見るべきじゃろう」
嬉々として装置を調べているドワーフが答える。少し前の狂った番人のようすを考えると、そんな繊細な作業ができるとは思えないが。
「番人は狂っていた、しかし狂いながらも職務を遂行しようとしていたとしたら、ここを閉鎖したのは必然性があるワフ」
後からやって来たオウ・スイシが、ドワーフ達の様子を見ながらつぶやいた。たしかに妖魔に毒されながらも、封印自体は守り通していた番人が、狂うほど追い詰められて取った行動である。ここで封じ込めるのが最終防衛手段だとしたら、それをこじ開けて進むのは正しいのか? 過ちなのか? バッシには判断がつかなかった。
ここは霊感などという、やたらこの迷宮で力を発揮する判断材料のあるオウ達に、お伺いを立てたいところである。しかし膨大な妖力を誇る妖魔に関連した事に対しては、いまいち霊感が鈍るらしく、明確な方針を立てることはできなかった。
「この階は全て探索しつくしたニャン、やっぱり下層への道は見つからないニャ。このままでは行く先が閉ざされているニャン、そっちはどうニャ?」
探索に出ていた猫人女忍とウーシアが戻ってくると、ドワーフ忍者に問いかけた。手持ちの器具を駆使して、雷精魔具を検査、修理していたドワーフは、
「やはりな、こことここを簡易的に繋げば良いはずだが……よっと、これでどうじゃ?」
と魔具の表面に沢山ついた計器類の一部をいじると、パチパチと装置の上部が爆ぜて、再び青白い光を放ちだした。だが少しすると、エネルギー切れを起こして、その光も消滅してしまう。
「装置自体はこれで良いと思うんじゃが、雷精の魔力が空っぽになってしもうとる。英霊様よ、この魔具に力を分けてくださらんか?」
ドワーフの懇願に、ベルが進みでると、半裸のような軽装の彼女が、またもや妖艶な舞いを披露する。どうやら巫女たる彼女の舞いには逆らえないらしく、バッシの中から顔を出した英霊パダールは、ベルの肢体に絡むように誘われ出ると、
「青雷の英雄パダールよ、古の盟約に応じて、かの魔具に力を分け与え給え」
というベルの願いに、
〝心得た! ここから流し込めばよいのか?〟
と天辺にある突起物を掴み、取り込んだ雷精のパワーを逆流させていった。取り憑かれていたバッシには分かるが、この英霊はかなりエロい。巫女であるベル・オニャンゴの妖艶な舞いを、こころより楽しんでいた。そこらへんは……憎めない可愛い性格をしている奴だ。生前はさぞ部族内で女性トラブルを起こしていただろう。
すると突然の激しい地響きが、一同を揺らした。
「何だ?」
最後方にいるジュエルが盾を構えて問えば、
「見てくるニャン」
矢が放たれるように、猫人族の女忍が飛んで行く。その後を、
「待つワン、ウーも一緒に調べるワン」
とウーシアも追いかけると、再び静寂が戻った。なおも英霊パダールが雷精の魔力を装置に流し込んでいると、またもや地響きが起こる。今度はしつこく、何度も何度も繰り返し続いて、明らかに何者かが壁を叩いているような物音が聞こえてきた。
「これで良いじゃろう、十分起動できる魔力が充填されたはずじゃ」
ドワーフ忍者の言葉に再度魔具を見ると、器具をいじると同時に、天辺の放電装置に青白い光が灯る。それは以前のように稲妻を発生させると、唸るような音を響かせて始動した。
それにビックリしているのは、探索から戻ってきた二人。
「凄いニャ! でも不味いニャン、何者かがこの先の部屋にある壁を、ものすごい力で叩いているニャン。隠し扉かも知れないけど、調べても全く継ぎ目もないニャ」
「しかも単体ではないワンウ、かなりの力をもつ者がたくさん……このままでは迷宮の壁ももたないかもしれないワン」
最高潮に霊剣を漲らせたウーシアが断言する。普通半異界と化した迷宮の壁は、破壊不能なはずだが、それも今回は当てまらないのか? この迷宮では、霊剣を持つ彼女の勘以上に正確な情報は無い……それを知るドワーフ忍者が、
「この器具を作動させれば、排除する事も可能じゃろうが、どうしたものかのう。明らかに隠し通路らしきそこから、モンスターの気配がしておる状況じゃが」
と主人たるオウ・スイシを見た。オウは相棒である銀狼族のフェンリルに目線を送ると、浅く頷きあう。こうなる事はある程度予測の範囲内らしく……
「我々はここで待ち受けるワフ、もう一人の役者が揃うまで」
と言い放った。
待ち受けるーー後からやって来るのは敵方のクロエ大臣くらいのものだと思うが。わざわざハンガウ達を待ち伏せに配置したり、大岩の閂で通せんぼしたのだ。その彼らが、すんなりとやって来るとは思えないが。
「誰を待つんだ?」
というジュエルの率直な問いに、
「もう一つの神器、璽の所有者であるクロエ大臣だワフ」
と答えるオウ。やはりそうか、しかしそうなれば……
「厳重に侵入経路を断ったのではないか? かの者達が来るという事は、地上の仲間達も全滅するという事が前提なのか?」
とバッシが問うと、
「それは違うわ。預言者オウ・スイシ・カニディエを信じなさい。そのために色々と準備をしてある。大丈夫、ハンガウ達は大事な部下。見殺しにしたりはしない……でもそれ以上、今は語れないわね」
とフェンリルが丁寧な言葉を選びながら、しかし語気も鋭くこちらを見た。生命力を吸収するという彼女が、睨みをきかせるだけで、背筋がヒヤリとするほどの妖気を感じる。
その間にも頻度を増した地響きは、今にも壁が崩れそうなほど激しくなっていった。
「二つの剣と璽が揃って、初めて封印は完結するワフ。今二剣のみをもって装置を起動すれば、漏れ出る妖魔の力で、封印がこじ開けられる可能性があるワフ」
オウが霊刀を抜いて装置の前に立ち尽くすと、
「さて、待つ間に、先に相手をしなければならない者達がやってくるワフ。クロエを万全の態勢で迎え打てるか? それはこの戦いにかかっているワフ」
とその切っ先を奥の部屋へと向ける。その時、激しい炸裂音と共に、壁材の崩れる音が轟き、何者かの咆哮と、気忙しくも重い踏み足が複数迫ってきた。