極門をくぐる
先頭を反王軍の忍び2名とウーシアが行き、そのすぐ後ろに聖騎士団とベルが続き、後陣を獣人兵2名に護送されたオウとフェンリルが務める形で進む事になった。
最初こそ広いスペースだった地宮も、徐々に不自然に狭い通路や、平面の狂った床など、迷宮然とした様相を呈してくる。
魔力の高いダンジョンほど、こうした狂いは顕著に現れるため、地下に封印されながらも、これほどの魔力を放出しつづける妖魔の存在感に圧倒された。
猫人族の女忍は、感覚を頼りに大胆に先行し、もう一人のズングリとした忍びは、その後をウーシアとゆっくり検証しながら進む。
後者は見た感じではドワーフらしい。ノームと同じく、どちらかというと鈍重な種族のものが、何故忍者などになっているのか? 少し興味がわいたが、それよりも地宮の異様さの方が気になった。
その名の通り全てが真っ白に覆われ、青白い光を放つ壁は、複雑な形の面が集合し、平衡感覚がおかしくなるような造りになっており、バッシは警戒心から神経過敏にならないように、一つ深く息をついた。
ウーシアと同等か、それ以上の身のこなしを見せる猫人族の女忍が、先行していた通路から戻って来ると、
「この先しばらくはモンスターも罠も分岐もないにゃ、ただし通路は複雑に湾曲してるから、一旦戻って来たにゃん」
と口元の布をずらした。どちらかというと大人びた見た目と反して、声は幼い。早熟な獣人の事だから、案外若いのだろう。
「伝承通りならば地宮は百階層で、全ての階にモンスターやトラップが出現したとあるワフ。もしもこの階にそれらが出ないとなれば、妖気の飽和によって、階層が増している可能性もあるワフ」
とオウが分析した。それが正しいならば予測が立ちづらくなり、攻略が一気に難しくなる。
「妖魔を鎮めるための装置が上層にあるはず、それが一番目の目的だワフ」
そうか、そんな便利なものがあるなら、早く発動させて欲しいところだが……
「その装置を起動させるためには、もう一つのアイテムがいるのでは?」
とバッシが素朴な疑問を口にすると、
「その通り、だから我々が先行して、待ち構えるんだワフ」
我が意を得たりとオウが答えた。それを聞いたバッシは、
「クロエが妖魔の分身体ってのに操られてるとしたら、俺たちはその体内に入ったも同然だろう? そこに妖魔側のクロエが追いついてくる。正直悪い予感しかしないな」
ふとわき出た感想を漏らすと、
「図体が大きな割には肝が小さいね、ちゃんと対策があるから安心しな」
と後方のフェンリルが鼻で笑った。対策があるなら文句は言うまい。しかし完璧な策などこの世に存在しない……バッシは有事の備えを胸に刻んだ。
「あの装置も完璧ではない、四獣の力を借りるにしても、油断はならないワフ」
オウもその点を憂いているのだろう。相方にたしなめられたフェンリルは、フンッと鼻をならして、そっぽを向いてしまった。
年を取っている割には、中々若い精神の持ち主のようだ。金豹族といい、この銀狼族といい、神格化されるほどの存在でありながら、とても人間臭い種族である。
特にモンスターも罠も出現しない迷宮を、速やかに進む。先ほどの光の番人も通過したのだろう、通路には光の粒が弾けたあとが点在していた。
「止まれ、何かおかしいワフ」
立ち止まったオウが、しきりに鼻を働かせる。手になる霊刀はこれまでにない光を放ち、靄を立ち昇らせていた。
「これは……何だワン?」
ウーシアも滾る霊剣を前方に突き出し、何かを探るように方向をずらしていく。
何か感じるのか? バッシが感覚鱗を伸ばしても何も捉える事ができない。しかし二人の様子や、二振りの霊剣の様子から、ただ事ではないと覚悟を決めた。
その時、
〝ズズン!〟
という地響がおこり、身構えていたバッシは、すぐに鋼の大剣を抜き放った。その剣身は空中に含まれる魔力に反応して淡く紫に発光すると、濃度によって光り方が微妙に変化していく。
「さっきの番人か?」
ジュエルの疑問に答えられる者はいなかった。だが、明確に分かる事が一つ、場を圧する殺気は……まるで腹を空かせた猛獣の檻が、開け放たれたような緊迫感である。
その時、後方で小さな爆発音が起こった。しばらくすると、
「戻る道が塞がれているにゃ」
いつの間にか来た道を調べに行っていた猫人女忍が、慌てて帰って来た。
「分厚い岩が通路を遮断してるにゃ、魔晶石の爆発を試してみたけど、ビクともしなかったにゃん」
と報告する。なるほど、先ほどの轟音は、巨大な岩が道を塞いだ時に立てたおとだったか。
背水の陣、この状況をひっくり返せる者がいるとすれば……
「ふむ、魔道具の力を借りれば、岩ぐらいはどうとでもなる。しかし一方ではクロエを足止めする効果にも期待できるワフ。岩のことはひとまず保留にして、前進するワフ」
オウの言葉でやる事が決まった。即断即決する指揮者の元にいると、なんとも気持ちが良い。しかも霊能者や預言者と呼ばれるのは、今までの判断が正しかったからだろう。
頭のよくないバッシは、前線で剣を振る事に集中するのみ。そう頭を切り替えて、忍びの者達が警戒する前線に進んだ。
つい先ほどまで屋外でも感じていた、妖気と呼ばれる気配。しかしそれよりも重たい威圧感が場を満たしている。
これが先に言っていた妖魔なるものの存在感だろうか? バッシの握る大剣の龍皮木の柄が、汗で滑るように錯覚するほどのプレッシャー。握りの位置をずらして、一つ深く息を飲み込むと、ゆっくり吐き出しながら平常心を取り戻そうとした。
だが吸う息に妖気が混じり、拍動が上がると、妙に力が入る。全身におこりのような震えが出ると、他のメンバーも目に見えてガグガクと震えだした。
「まずいワフ、術中にはまるな」
鋭く声を発したオウの霊刀が、目の前の空間を斬り裂くと、一瞬で威圧感が掻き消えた。
「なんだったんだ?」
思わず碧銀の盾に守護力場を展開していたジュエルが尋ねる。面頬から覗く目は、緊張に見開かれていた。
「妖魔の一部ね、本体の前に立ったら、この百倍は震え上がるわよ」
フェンリルの言葉は、昔直接対峙しているだけに、説得力があった。
「ぶ、ぶ、ぶるった〜! にゃんだあのプレッシャー。あれの百倍とかしんじられんにゃ」
女忍の言葉は軽く遠慮がなかったが、バッシも同感だった。かつて対峙したどの敵よりも濃い存在感。強いてあげるとすれば、転移の女神と相対した時の感覚と似ているだろうか? だが分身体である女神よりも、本体が間近に潜む妖魔の方が重く深かった。
敵意とか殺意とか、そんな意思を感じるたぐいのものではない。それゆえにかえって恐ろしさを感じる。
「本体は地下深くに封印されている、でもかなりの妖気が漏れ出ているのも事実だワフ。その意識の塊がいつ襲いかかってきてもおかしくないワフ」
妖気というものにバッシの剣が通じるのか見当もつかないが、ウォードの、
〝真の合身を体得すれば、切れないものは無い〟
という言葉を、呪文のように頭で繰り返すと、頼りの大剣を構えなおして、先に進む。そこには地宮に来て初めて目にする巨大な扉が、行く手をはばんでいた。
「任せろワン」
ここに来て出番の回ってきたウーシアが、雰囲気を変えるように、陽気な声を上げる。
重厚な金属製の扉には、よく見ると細かな装飾が施されている。大聖堂の大扉もかくやというほど豪奢な彫り物には、魔法的な紋様の他に、この地に封印された妖魔の姿も彫り込まれていた。
「極門だワフ。ようやくここからが地宮の始まりだワフ。皆気を引き締めろ」
光を放つ霊刀を構えたオウが、扉を調べたウーシアを伴いつつ、極門と呼んだ扉の取っ手に手をかける。
ゆっくりと開かれる扉から漏れ出る、古びた空気と溜まって淀んだ妖気に、バッシは思わず大剣を構え直した。
その脇を猫人族の女忍がすり抜けて先行する。
それに続くドワーフ忍びは、背負っていた魔具を取り出すと、その複雑な装置の端末を、左手に持ちながら進んでいった。
どうやら後衛の彼は、機械式の装置を担当するらしい。右手には、珍しい滑車を利用した小さめのボウガンが握られていた。その矢にも仕掛けがありそうだ。ブリストル・キングダムでも見かけた、色のついた鏃が目につく。
あの時みたドワーフ兵の一斉射撃は凄い威力だった。ドワーフ忍者の矢にも何かの仕掛けが施されているのだろう。
続くウーシアも、慎重に歩を進める。バッシはその背中を追うように、彼女の踏みしめた場所をトレースしていった。