黄金剣VS紫光の大剣
降りしきる雨が、女の周囲だけは弾かれて、白い膜が張っているように見える。前面に押し出された盾にも、同じような魔法の皮膜が張られており、淡く光る革張りの紋様の端からは、鋭い双眸が覗いていた。
黒い肌に暗色系の装備、その中にあって力を感じさせる瞳の輝きが、浮き上がるように目に飛び込んでくる。
バッシは青血戦士団の戦士を止めようと伸ばしていた手を、咄嗟に引いて両手持ちに剣の柄を握りこんだ。
その様子を見た女は、突如速度を上げて、バッシに突っ込んで来る。
総毛立つ感覚の中で、しっかりと見開き、女の動きを見極める。黄金に輝く剣は、空中にその軌跡を線描していた。
滑る地面を龍装の足爪でしっかりと掴み、鋼の大剣を正眼に構えると、その切っ先を嫌うように、バッシの右側に移動しながら接近してくる女。淡く光る革の盾を目隠しにすると、輝く剣を振るってきた。
リーチの長さを活かせる内に、叩き落とすように大剣を振るうと、黄金に輝く剣と刃を合わせる。
見た目的には倍ほどの質量で打ちかかったにも関わらず、弾かれたのは意外にも大剣の方だった。
そのまま押し込んできた体を、バッシが真横に避けると、第二、第三の斬撃が襲いかかってくる。バッシは強引に刃を合わせて押し込めようとするが、地面に張り付いたように力強い女は、バッシの力をいなすと、打ち合いの隙間に黄金の刃を滑り込ませてきた。
〝バッシ〟
流れるような女の動きに、簡単に追い込まれたバッシ。その頭に鋼の精霊の声が響く。辺りを銀光が包み込むと、目の前に黄金剣が振るわれ、もう少しでバッシの手首が切られるところだった。
何という剣速! 飴のように粘る空気を押し込んだバッシは、何とか手首を刃の軌道からズラすと、銀光の世界は効力を終え、突如として普通の時間感覚の中に戻った。
その瞬間、両手にかかる衝撃に、一瞬両手を持って行かれたか? といぶかしんだが、避けた際に剣と剣がぶつかって、激しい衝突が起こっただけだった。
一方で何が起きたのか分からない女は、驚きのあまり剣を落としそうになりながらも、何とか体勢を立て直す。それから警戒するように数歩の距離をとると、盾を前に構えをとりなおした。
その目は鋭くこちらを観察し、体から溢れ出す気迫が魔力に転換されて、周囲に満ちていく。
身に纏う魔力の総量が上がったのだろう、膜のように身近に弾いていた雨が、突如飛沫となって弾かれた。
待っていては危ないと判断したバッシは、間髪を入れずに突きを放つ。一瞬女の盾から濃厚な魔力が放たれたが、大剣が破魔の紫光を放つと、抵抗もなくその隙間に潜り込んだ。
驚き、大きく体勢を崩した女に、更に打ちかかろうと剣を上段に構えた時、
〝そこまで! 双方手を引け!〟
身体的な衝撃を受けたかと錯覚するほどの精神波が、その場にいる全員を撃ったーーゲマインの念話だ。
これには敵味方を問わず、全員の動きが一瞬止まり、それまでの喧騒が嘘のような静寂が訪れる。
雨の音だけが耳につく中を、ザリッ、ザリッと足音を立ててバッシの近くまでやって来たゲマインが、
「貴女が黄金剣のハンガウさんね、私は冒険者のゲマイン、この隊の責任者です」
と手を差し出した。その威厳ある風貌に、手にした剣を背中の鞘にしまったハンガウは、ゲマインを観察するように警戒しつつも、その握手に応じ、
「ハンガウだ〝ワイズマン〟ゲマイン、そして〝大門軍団〟だな。高名はかねがね聞いている。まさかこんな島国のダンジョン攻略に来るとはな」
と手を固く結んだ。ハンガウがゲマインとその所属団体を知っている事に、クランの連中から「おお!」と声が上がる。相手方の魔法戦士達も、自分達の隊長の名を出された事で、なんとなく誇らしげな雰囲気が漂っていた。
こうしてみると、皆子供のように無邪気なところがある、戦士なんて本能むき出しの子供のようなものなのかも知れない。もちろんむき出しの残酷さも内包した、可愛気などでは括れない連中ばかりだが。
少しほぐれた雰囲気の中で、青血戦士団のリーダーだけは、憮然とした表情を隠そうともしなかった。ふっと振り返ったゲマインの目が、恐ろしい魔力を放射すると、
「テオドール、分かっていますね、後でこの事を説明なさい」
恐ろしく冷徹な声で告げた。グッと詰まったテオドールと呼ばる青血戦士団のリーダーは、指先を震わせながらも、何とか首を縦に振ると、
「わ、分かりましたゲマイン殿」
震える声で慌てて返事をする。それを少しの間凝視していたゲマインは、溜息を吐くと、ハンガウとの話を再開する。
ホッ、と見てるこちらまで手を握りしめるほどの眼力だった。この後テオドールがどんな風に追い詰められるか知らないが、半端な事では済まないだろう。
それはバッシとの模擬戦で敗北を喫し、つい先日特訓という名の指導を受けたばかりのシアンが、真っ白な顔で震えている事でも明らかだ。
強くなれども止む気配の無い雨を避けるために、大木の下に移動すると、ハンガウとゲマインは、手短に各々の話をした。
まだ死の尖兵達は、戦地で戦っているのだ。責任者がこんな所で立ち話をしていて良い筈がない。
それによると、反王軍の方でも、冒険者を相手取る気は毛頭なく、リーダーのオウ・スイシ自ら、
「冒険者とは事を構えるな」
と厳命しているらしい。だが、ここは戦地と化しているから、もう少し離れた場所で待機して欲しいと申し渡された。
これにはヤマタ側の符術師が「本来の目的とズレる」として抗議したが、実質護衛任務を放棄した状態のため、すぐに却下され、ゲマインの一存でもう少し後退する事が決まる。その代わりに……
「先遣隊を送り込む?」
聞き返すハンガウに、静かに頷くゲマイン。既にこちらの状況も説明してあったので、
「後続の派遣部隊が、いつこちらに着くか分かりません。我々としては、一刻も早く真白の地宮に到達しておきたい。でないと、主導権を奪われる可能性もありますから……そこで少し前から話し合っていたのですが」
と言うと、ジュエルに目配せした。一つ頷いたジュエルは、
「私達〝聖騎士団〟を一足先に向かわせては下さいませんか? もちろん貴女がたに敵対行動などは一切いたしません。それに案内はこちらの符術師殿にお願いしますから、お手数もおかけいたしません」
と言った。少し考えたハンガウは、一人の女戦士の肩を叩くと、
「分かった、混乱を避ける為にこいつを連れて行け。ベル、お前は彼らを案内して、地宮で待機しろ。それと符術師はここで待機しておいてくれ。何かと誤解を生みやすいからな」
と命じた。何か言いたげなベルと言われた魔法戦士、そして符術師を制するゲマインの、
「分かった、言う通りにさせていただく。ただしなるべく早めに我々も向かわせてはくれまいか? なにぶん到着してからが全ての始まりだからな。こんな所で時間を潰す訳にもいかないのです」
という言葉にハンガウも頷く。話がまとまりかけたところで、
「マロンも連れてって欲しいワンコ! 地宮までの道筋なら、誰よりも詳しいワンコ」
意外な人物がしゃしゃり出てきた。一瞬ヒヤッとしたが、意外にもハンガウは頷くと、
「そこらへんの微調整は好きにしろ、では我々は行かせてもらう。お互いの為に、良き探索を祈る」
と言うと、部下達を連れて走り去って行った。居なくなると、その威圧感の大きさに、場にいた皆が虚脱するような感覚を覚える。
体の湿り気も手伝って、普段よりもどっと疲れが襲って来るようだ。
バッシは龍装を振るい、水気を払うと、案内を買って出たマロンに、
「良いのか? ここから先はいつ襲われるかも分からない戦地だぞ。本隊と一緒に待っている方が安全だと思うが」
と聞くと、
「ここに居ても、どこに居ても、危険に変わりはないワンコ。バッシの側にいるのが、一番安全だと思うワンコ」
と言って、腕にしがみついてきた。その柔らかく温かな感触に、以前に助けられなかったピノンの影が重なって、胸がチクリと痛む。
危険だから残れ、と言いたいところだが、どうやら魔法戦士のベルも土地の人間ではないため、マロンの案内はありがたいらしく、自然と彼も参加する事に決定してしまった。
こうして我々聖騎士団に、魔法戦士のベルと、マロンを加えた、即席増員パーティーが組まれる。
バッシは無邪気にはしゃぐマロンを見ながら、今度こそ守りきれるだろうか? と自問すると、ぬかるんだ地面を踏みしめて、地宮を目指し歩き出した。
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「よろしかったのですか? あのような者共にベルまでつけて地宮に向かわせるとは」
並び走る魔法戦士が、ハンガウに尋ねる。それに黙って頷いた彼女は、
「どうやらマロンにもあてが出来たようだ。このまま地宮に向かわせた方が、我々にとっても都合が良かろう。それにベルには魔法信号によって指示を出しておいた。後は霊能者様の指図に一任する」
と言うと、前方の戦地を指し示した。そこは一瞬異なる世界かと思わせる情景が広がっている。
血塗られた地面は、激しい雨にも流しきれず、敵か味方かも分からない血肉が、破片となって荒れ地を穢していた。局地的地獄に、元より引き締めていた戦士達の気が、更に引き締まる。
傷跡や破片などから見て、人の手ならざる何者かによって行われたであろう惨劇に、その中心人物の名前が漏れ出た。
「クロエかぁっ!」
怒声となった呪われし名前に熱が篭る。光を発しながら突き進む彼女達の前に、黒煙の塊が湧き出ると、
「ヒューッ、ヒーッ」
という人を喰ったような、神経を逆なでする鳴き声があがった。