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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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お前も〝女〟か

 三日後、バッシ達は冒険者ギルドにパーティー登録をすべく、隣町リザリアに向けて旅立っていた。別れを惜しむリリは「リザリアまで私も行く」と駄々をこねたが、当然のように魔術師ギルド職員全員に止められ、最後はべそをかきながら「行ってらっしゃい」と手を振って別れた。


 彼女には本当にお世話になった。この数日は定宿の無いバッシに、寝床として部屋のソファーを貸してくれたほどである。何故ここまで自分に良くしてくれるのか? とバッシが聞くと、


「貴方を気に入った、ただそれだけよ」


 と言って微笑むのみ。ドワーフの鍛冶長ノームといい、いわれのない好意に慣れていないバッシは、キツネにつままれたような気分であった。


 別れ際リリから「これ護衛代金ね、又頼むわ」と言って小さな袋を渡され「後で開ける様に」とウインクされる。


 朝に聖都を出て、晩夏の太陽が真上に差し掛かる頃、熱射を避けて大木の下で小休止をとる事にした。そこでバッシが渡された袋を開けると、金貨が一枚、銀貨が十枚、そして更に小さな袋が一つ入っていた。銀貨百枚分の価値がある金貨など、今まで傍目にしか見たことが無い。太陽光に当てて、金貨の表裏を眺めていると、


「それ、何だワフン?」


 隣に座ったウーシアが、小袋に鼻をクンクンさせながら聞いてくる。バッシが「さあ?」と答えながら開けると、小さな石がコロンと零れ落ちる。


「これは、龍眼石ロンガンシーだワン! 滅多にお目にかかれないお宝だワフン。魔法薬の材料の中でも最高級品だワン!」


 〝お宝〟の所を妙に強調して興奮した声を上げた。どうやらこの犬娘は、お宝に目がないらしい。キラキラした目で、バッシの手元を覗き込んでくる。


 龍目石は、茶褐色に鈍く透けて、手のひらに色影を落とした。


「ほう、こんな大きな物は初めて見るな。これでは護衛代金には多すぎる。おそらく、いやこれはリリ様なりの餞別だと思って間違いないだろう。大事にするんだね」


 覗き込んだジュエルが、ニコリと笑って告げた。


「俺、返す物、無い」


 座り込んだバッシが、逆光に髪を輝かせるジュエルを見上げながら言うと、


「恩義は忘れない事、それをいつか返そうと思い続ける事。その人か、同じ様に自分の後に続く者にね。これが神殿騎士に受け継がれる報恩の精神だ」


 板金鎧に包まれた胸を反らせたジュエルが、誇らし気に語る。そうか、恩に報いる事を忘れなければ、いつかは返せる時が来るかもしれない。自分も誰かを助ける時が来るのだろうか? バッシはそんな事を思いながら、太陽に照らされる深緑の森を眺めた。





 *****





「バッシ、右の蔦は私が受け持つから、本体に切り込んで!」


 武骨な凧状盾カイト・シールドを植物モンスターの放つ粘着性の蔓に向けながら、ジュエルが叫ぶ。

 それを受けたバッシは、鋼の剣を下段に構えながら、蔓の薄い左側面に回り込んだ。


 ネウロゲシアと呼ばれる、真っ赤な花を咲かせた巨大植物型のモンスターは、その美しさに見合わない無数のイバラ鞭を一斉に振るうが、鋼の剣で音も立てずに切り払う。その時、不意打ちの様に地面から根塊が飛び出して、バッシの下半身を捉えようと迫ってきた。


 横っ飛びに避ける後ろから、


「バッシさん! いきます!」


 リロの声と共に、魔導書〝タンたん〟から放射された炎が根塊を焼く。

 危うくバッシの背中も炙られる所だ、タンたんはどうやらバッシを嫌っているらしい。


 着地ざまネウロゲシアの花弁を、腕一杯に伸ばして一刀両断に斬ると、乳白色の汁を撒き散らしながら、絶命した。


「その乳液に触れないで下さい、良くてかぶれ、悪いと全身が腫れ上がる毒液ですから」


 リロが持ち前の博識を披露しながら、程なく事切れたネウロゲシアから、討伐証明部位の花芯を小さなナイフで剥ぎ取る。その間にも周囲を警戒していたウーシアが、


「前方10メートルにもう一匹いるワン! こっちに向かってるワフン」


 尻尾を振って警告する。彼女の鼻は正確にモンスターの位置を捉えるので、間違いなく直ぐに現れるだろう。


 ここはネウロゲシアの群生地、リザリアの街から徒歩で半日の森林地帯である。最近繁殖が活発化してきた為、近隣の村から冒険者ギルドに、討伐の依頼が入ってきていた。その懸賞金は一体につき5銀。決して高い値段では無いが、最低ランクのバッシ達に受けられる依頼としては、妥当といえる。


 群れを作らない性質のモンスターは、組んだばかりの彼らが、連携戦を覚えるにも丁度良い相手だった。


 ここのネウロゲシアは生息数が多いため、現れる個体を次々と退治する内に、あっという間に十を超える花芯が集まった。


「そろそろ引き上げね。日も翳ってきたし、村までの道のりも警戒しないと」


 冒険者ギルドでパーティーを組み、リーダーとなったジュエルが、汗を拭いながら告げる。なるべく毒液を被らないように、露出部分を覆い隠した装束は、晩夏とは言え汗にまみれてしっとりと湿っていた。


「村の水汲み場で早く体を拭った方が良いですね。毒液が皮膚から染み込むと、熱を持つらしいですよ」


 リロの一言に、ジュエルも頷く。そこからの帰り道は、連携に関する反省会と、周囲の地形に関する考察などに費やされた。

 特に問題とされたのが、魔導書〝タンたん〟によるバッシへの嫌がらせ。背中に注意を置かなくてはならないと、どうしても二の足を踏む場面が出てくる。


 それに関してため息をついたリロが、深々と頭を下げ、


「申し訳ありませんでした。実は一つ、方法があるのですが、少し気後れしてしまって……でも命を懸けて協力しなければならない仲間ですもんね、うん」


 思案した後、決意を込めてバッシを見上げると、


「後で少しお時間をいただけますか?」


 と手を組んで懇願する。その真摯な瞳に気後れしながらも、訳の分からないバッシは、


「分かった」


 としか言えなかった。


 村に戻ると、村長以下、村人が総出で出迎えてくれた。ジュエルが神殿騎士という事もあって、相当な期待感を持たれているのだろう。実際長身な彼女は、騎士甲冑ナイト・メイルをやめて、旅に向いた板金鎧プレート・メイル方形盾カイト・シールド、腰元に片手剣ブロード・ソードと豪奢な戦場錫メイスを装備して、冒険者然としているにも関わらず、神殿騎士の威風をそのまま体現している。


 先ずは挨拶を交わし、討伐証明部位である花芯を並べると、一日分の成果としては驚く程の量に、村人達から歓声が上がった。


 その後、謝意を述べる村長達を振り切って、ドロドロになった服を替えるべく、宿舎として割り当てられた民家に向かう。


 ネウロゲシアの乳液は、時間が経つと薄い膜を張って固まる。バッシが鎧やコボルトキングの装具を外し、肌着を脱ぐと、肌に張り付いていたそれが、音を立てて剥がれた。


 女性陣に室内を譲り、一人外で全裸になったバッシは、気兼ね無く桶に汲まれた水を被って全身を洗う。戦奴だった時分、保清のために毎日水洗いされていたバッシにとって、一番手っ取り早いこの方法は、ご褒美のようなものだ。足元に流れた水は、日々の汚れを洗い流して真っ黒になっていた。


 何回も流して綺麗になると、借りた布で体を拭きあげる。案の定、毒液の影響で所々が赤くなり、こするとヒリヒリとしみた。

 直ぐに服を着る気にもならず、洗いたての硬く絞ったふんどしを締めたバッシは、半裸のまま残りの肌着を洗う。


『聖都で替えの服を買ってあるから、これは明日までに乾けば良いな』


 などと考えながら、軒先に装具や服を吊るすと、鋼の剣を抱えてポコを読み始める。しばらくすると、


「わっ! バッシ褌一丁だワン! ねえ見てジュエル様」


 着替えと清拭をすませたウーシアが、バッシを発見して騒ぎ出した。


「あら、さっさと着ないと風邪ひくわよ、それにしても立派な体ねぇ」


 ニヤリと笑ったジュエルが、バッシの体をじっくりと眺めた。なんだかそうジロ見されると恥ずかしいな、そう思って、


「服、中」


 と指差すと、


「持って出なかったの、まあ丁度良いわ。さっきの件でリロが貴方と二人きりで用があるそうよ」


 家を指差したジュエルが意味深な視線を向けた。さっきの件と言えば〝タンたん〟の嫌がらせの事だろうか? 何か秘策があると言っていたが、何だろう?


 そう思いながら暗い室内に入ると、広いとは言えないまでも、一家六人が充分に生活できる位の居間の片隅で、肌着姿のリロが立っていた。


 その手元には淡い光を纏ったタンたんが、ボンヤリと浮かんでいる。その灯りでバッシを見たリロが、


「ウソ、褌……」


 と絶句した。


「すぐ、着る」


 と荷物に向かおうとすると、


「いえ、そのままで結構です。どうぞこちらへいらしてください」


 慌てて呼び止めたリロの言葉に従って、彼女の側に向かうと、警戒したのかタンたんが光を強める。


「タンたんっ!」


 リロの叱責でシュンと光を弱めたタンたんを手繰り寄せ、小脇に抱えた彼女が、バッシの手を取って見上げてきた。その目は潤み、頬は気持ち紅潮している。拭った銀髪は少し濡れて、華奢な体に纏わり付いていた。


「で、では感覚同期の儀式を始めます。バッシさんは私の言葉に続いて復唱して下さい」


 意を決してバッシの手を導き、自身の胸に重ねる。大きなバッシの手は、彼女の小さな胸をほぼ覆ってしまい、早鐘を打つ心臓が小刻みに指を押し上げた。

 彼女の小脇に抱えられたタンたんが、その動悸に反応して光を増すが、リロの腕がギュッと抑え込むと、


「我、バッシはリロの仲間」


「われ、バッシはリロの仲間」


 復唱すると同時に、タンたんから発する光が少し落ち着きを取り戻す。それを確認したリロは、バッシ見上げると微笑んで、


「私リロはバッシの仲間」


「わたくしリロはバッシの仲間」


 何だろう? リロの鼓動と復唱の言葉、その振動からバッシの胸に温かいものが込み上げて来る。それはリロも同じなのか、激しかった動悸は鎮まり、二人のの心臓が同期したかのように落ち着きを取り戻した。吸って、吐いて……呼吸も同調しだす頃には、リロに抱えられていたタンたんが、導かれる様に二人の間に浮遊して来る。


 タンたんの周囲を纏う赤い光が、恐る恐るバッシに触れると、何とも温かい感覚に包まれた。


「フレイム・タンとバッシも仲間」


「フレイム・タンとバッシも仲間」


 最後の復唱を終えると、バッシの手の中に着地して、光を収める。タンたんの背表紙に象られた、火の紋様を指でなぞったバッシは、タンたんをリロに返した。


「これで彼女も貴方を仲間と認識しました。あの……離していただいてもよろしいでしょうか?」


 後半急に真っ赤になった彼女の言葉に、胸に当て続けていた手を慌てて離す。そして褌一丁だった事を思い出したバッシは、服を取りに行こうとして、ある事が気になった。


「彼女?」


 再び抱えられたタンたんを指差すと、


「はい、この子は女の子ですよ」


 ニッコリと微笑む彼女の傍で、パラパラとめくり始めたタンたんが、ピタリとあるページを開く。その文頭には、


 〝女〟


 の文字が記されていた。

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