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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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真白の力と銀狼の影

 黒螻蛄くろけらに聖地を穢させながら進む術師達。その後姿を追いかけながら、ゴウシュの鎧下の肌は粟立っていた。

 クロエの元で長年護衛を務めてきた彼の事である。様々な状況に対して、苛烈な判断を下す局面には、否が応でも付き合ってきた。だがここは自国の、しかも神聖なる霊峰の裾野である。


 我が身を守る為に妖怪を使役するのは、管師くだしたるクロエには仕方のない事だろうが、この黒螻蛄くろけらという物の怪の召喚は質が違う。


 強力な爪でパワフルに地を進む反面、非常に脆い体は、すぐに潰れ、溶けて、黒いシミを作り出し、猛毒をまき散らす。


 現にゴウシュの駆る馬の蹄は、黒く変色した地面に半ば埋もれ、蹴り足によって掘り返された土からは、腐った動物のような、不快な異臭が立ち上っていた。


 〝もっと早くに手を下すべきだった〟


 クロエに対する後悔が胸に迫るが、腕に刻まれた呪針がそれを許さなかったのだ。こうしてかの男に対して殺意を抱くだけでも、ジクジクと呪いの染みが広がり始める。とても直接的な行動に耐えられる体とは思えない。


 猛烈な勢いで侵食する黒螻蛄の群れは、地中に潜む鼠人族の残党共を飲み込み、皮膚を食い破り、潰されて周囲を真っ黒に汚染した。


 その悲鳴を聞いて、一時生物的忌避感から血の気を失っていたヤマタ兵の一部が、ひるがえって叫声をあげる。


 それは恐怖からくるものか、それとも自分たちの本分である、自国を守るという価値観と行為の乖離からくるものか?

 もはや自分達が国を守るべき軍隊である、などという正気の判断基準をかなぐり捨て、ごく身近な指揮系統からの判断を盲信し、〝敵〟を討つ事にのみ集中する。


 そんな無思考な塊となった軍勢が、黒螻蛄の作り上げた、黒絨毯くろじゅうたんの上を、狂ったように叫びながら駆け抜けると、地を揺らす眼前は徐々に開け始め、同胞達が作り上げた前線基地の、物見櫓ものみやぐらが見えてきた。





 *****





「来たぞ!」


 警戒にあたっていた物見兵の声に、トゥクウォリ氏族の女戦士が顔を上げる。

 その耳を再度地面につけて魔力を集中させると、地中を掘り進んで来る何かと、その後に続く騎馬軍団の蹄の音が、地鳴りとなって聞こえてきた。


「地虫十万、騎馬二百、後方に竜車」


 端的に数を断定すると、それを受けたハンガウは、手にしていた装置の封を切り、


「砦に戻り、魔法戦士隊を先頭に、破軍の陣」


 自身は砦の外で装置の起動を見守りながら、部下達には何時でも打って出られるように、砦の中で陣形を組んでおくように命令した。


 よく通る声は、伝令を要さずとも全軍に伝わり、見事な素早さで砦の中に引き込んだ反王軍は、逆V字の陣形を組むと、門を閉じて指揮官の指示を待った。


 ハンガウの足元では、オウ・スイシに手渡された真四角の装置が「ヴヴヴヴヴ……」と低い起動音を発しながら、地中に対して魔力的な干渉を始めている。


 これはわざわざ大陸から取り寄せた貴重な魔道具で、今回の作戦の鍵を握ると言っても過言ではない役割を担っていた。


 ハンガウは慎重に、魔力的干渉の及ぼす範囲を捉え、装置についた指向調整を、自身の魔力を当てる事で操作する。

 時折あらぬ方向へと向かう魔力が爆ぜて、自身の纏う防御魔力と反発しあい、七色の魔光を散らす。今少し魔力量を上げようとしたハンガウは、背負っている魔剣を引き抜いた。


 すぐに魔力の通った剣からは、黄金色の輝きが放たれ始める。その魔力を体に通した時、不意に周囲の状況が知覚された。


 眼前にまで迫ってきた黒い地面。その正体に背筋が凍る。これは……大陸でも体験した事のある〝死の行軍〟と言われる、呪われしモンスターの大発生だ! しかもそれを人間が操っている。


 正気の沙汰とは思えないやり口に、思わず剣を構え直したハンガウ。そこに敵から放たれた遠矢が迫った。射程外のため、力無く地面に突き立った鏑矢は〝一番矢〟ヤマタ王軍の到着を宣言する、戦場の儀礼矢である。


 眼前に迫り来る黒螻蛄どもは、地面から飛び上がり、ハンガウに食らいつこうと爪を伸ばす。数匹分の爪が彼女に迫ったその時ーー全身を発光させたハンガウは、その場からかき消えた。


 次の瞬間には、砦の中に光と共に現れる。その離れ技をなした、先ほどハンガウに危機を教えた魔法戦士が、


「ハンガウ様、いつも通りこれで魔力を使い果たしました」


 と報告する。


 うむ、ハンガウは頷くと、感謝の言葉などは一切口にせず、次の行動に移る。各々の役割をしっかりこなすのは、戦士として当然の事。一々謝礼などをしては、却って失礼に当たるのが、彼女達の流儀だった。


 ハンガウは、同期したままの魔道具に神経を集中させると、ゆっくりと黄金剣を天に向け、肘を伸ばして刃先を頂点に輝かせる。


 魔道具の下を通過した黒螻蛄達の感覚、その後でヤマタ兵団が、魔力的境界線を跨いで、次々と押し寄せるのを、まだだ、まだだ、と心の中で唱えながら、機を伺った。


 なるべくならば、これから行う魔道具の作用に、クロエが乗っていると思われる竜車まで巻き込みたい。そう思っても竜車のスピードは遅く、ジリジリと焦りを覚えながらも射程に入らぬまま、黒螻蛄達の群れが限界点を突破してしまった。


 〝今しかない!〟


 限界まで引っ張ったハンガウが、黄金剣を振り下ろすと、魔道具がその力を発揮する。底辺から発せられた魔力が、真白の地宮を打つと、跳ね返って力を増した魔力が、魔道具をさらに打ち、広範囲型の結界を形成した。


 地宮からの真っ白な光を放射する結界は、それ自体では何ら害を為す事は無い。

 最初の内こそヤマタ兵団は警戒して突進を止めたが、害の無い事がわかると、再度黒螻蛄を追って動き出した。


 だが白い光がおさまった時、範囲に居た者達は、自らが発光しているのに気づいた。それは人間のみならず、地下を蠢めく黒螻蛄達も同様である。


 それでも構わずに移動を続けて行くと、身を包む光が地面に伸びて、線を描いていく。すると徐々に負荷がかかり、ヤマタ軍兵士達の中で、進軍するという気力が希薄になっていった。


 決して物理的に縛られた訳では無いのに、魂を握られたかのように、動く事が出来なくなっていく。だが一部の人間や黒螻蛄は、それにも構わずに前進を続けーー地面に伸びた光の線によって、体の芯から、ズルリと何かが引き抜かれ、地中に持って行かれた。


 そうなった者は、虚脱したかのように膝を折り、全身の制御を失って、グシャリと地面に倒れ伏す。


 地面に潜っていた黒螻蛄も、同様に光に何かを引き抜かれると、地中で形を失い溶けていった。

 大部分の黒螻蛄が一斉に溶けた事で、液状化した地面が真っ黒な沼となり、陥没する。


 威力を発揮していた魔道具も、地中に沈み込み、角度を変えてしまった。すると反射角が変わり、続いて結界の範囲が大幅に減る。


 狭くなった白い光を避けて、ゴウシュ達ヤマタ兵団の騎馬部隊が駆けぬける。液状化した地面を大きく迂回すると、以前は味方陣営だった、地宮への待機砦が目前だった。


「突撃準備!」


 上役が軍配をあげて叫ぶ。それと共に、激しく揺れる鞍の上で、前列は槍を脇の間にしっかりと固定し、後続は弓に矢をつがえて、突撃態勢に入っていた。


「おおぉっ!」


 ヤマタ兵達は、舌を噛まないように気をつけながら、気を高めていく。不思議と大声を発すると、不安は搔き消え、戦闘の高揚感に満たされていった。


 ゴウシュも槍を構え、あぶみ踏ん張り身を低く構えると、木々の間を擦るように駆け抜ける。その先にある砦の門に向かって、工作兵達が突撃をかけようとした瞬間、爆ぜるように勢いよく門が開け放たれた。


 怒涛の突撃を仕掛けるヤマタ兵団と、大盾を集めて破軍の陣形を形作る反王軍が真正面からぶつかる。

 勢いのついた馬が、重なり合った鱗のように見える盾にぶつかり、勢いを削がれた瞬間に、その隙間から獣人達が飛び上がり、馬上での乱戦が始まった。


 多くの馬は獣人の膂力によって引き倒され、交戦と同時に泥沼の近接戦となった戦場、そこで一際の輝きを見せたのは、ハンガウらトゥクウォリの兵士達だった。


 死の尖兵という仇名は伊達ではない。ハンガウを筆頭に、光り輝く魔法剣が、戦場のあちこちで死神の軌跡を描いている。

 それは泥と汚臭にまみれた戦場にあって、優雅な舞が一斉に始まったかのような、凄惨な美を創造していた。


「俺たちも負けておれんぞ!」


 獣人達の隊長、熊人族の大男も、全身の剛毛を露わにすると、人間用の得物を敵兵団に放り投げ、代わりに長い爪を地面に突き立てながら、一回り巨大化した体で突進していく。


 それは通常の獣人にはあり得ないほどの、まるで獣憑き(ライカンスロープ)のような変化だった。


 その目の前には、一人のヤマタ兵士が、槍を構えて突撃して来る。


 喰らってやる!


 巨大化した後の全能感に痺れる頭脳が、狭窄した視野に迫る男を獲物と捉える。

 この溢れ出す力で、馬ごと切り裂き、分厚い頭蓋骨に固定された牙で、柔らかなはらわたを噛みちぎり、その血肉を戦いの神、いや、全能の霊能者様、そして変身の力を授けてくれた、銀狼族のフェンリル様に捧げるのだ。


 残忍な高揚感に支配された熊人族が、馬の下から伸び上がりの一撃を食らわせようとした時、目の前で急激に減速した馬が斜めに移動すると、その死角から、槍頭が飛んできた。


 だがそれしきの槍など一顧だにしない熊人族の男は、左手で槍を弾くと、なおも前進しようとする。


 その目前で引いた槍によって、熊人族の腕が空を切ると、そこに地面を踏み込んだ馬上から、槍使いが分厚い皮に覆われた心臓を一突き、そのままの勢いで熊人族に突っ込んだ。


 ゴウシュの師から譲り受けた馬上槍は、一番の使い手である事を示す、朱塗りの逸品である。

 その柄を掴んだ熊人族は、貫かれた痛みも忘れて、剛力を発揮した。


 そのままもつれるように、馬上から転がり落ちたゴウシュは、深々と突き立った槍を諦めて、腰元の刀に手をかけると、周囲を観察する。


 槍を心臓に生やした熊人族は即死しているように見える。それを放っておくと、戦場で一際目立つトゥクウォリ兵に向かって行こうとした。


 その背後で、


「ヴアァッ」


 と血を吐き散らしながら起き上がった熊人族の振り上げた爪が、ゴウシュの背中を薙ぐ。

 咄嗟に前転したものの、背中を浅く切られたゴウシュから、血が飛び散った。


 目の前で信じられない生命力を見せつけた熊人族は、真っ赤に充血した目を見開き、心臓に突き刺さった槍を掴むと、一気に引き抜き、鮮血を噴射させる。


「ウソやろ?」


 思わず大陸語でつぶやくゴウシュの前で、怒りの咆哮をあげた熊人族は、跪く彼を飲み込む勢いで覆いかぶさってきた。

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