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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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黒螻蛄《くろけら》

 山道もものともせずに、身軽なウーシアが駆け抜けると、少し小高い木の根元から、ヤマタ王軍の先頭部が見える位置に来た。

 よく観察してもそこで何が行われているのかは分からない。だが何かなされているのは確かだ。霊剣やそれによって引きあげられた嗅覚が、通常ならざるものの気配を敏感に察知して、嫌な予感に胸が悪くなった。


 ウーシアは霊剣を右手の中にしまい直すと、目の前の大木を登り始める。爪を立ててスルスルと一番目の太枝まで登り、再度良く観察すると、ヤマタ王軍の前線に、白い法衣を着た術師が集められているのが見えた。


 その影となった足元の地面が、不自然に揺れている。そう思って注視していると、フッと背後に気配を感じた。

 振り向くと同時に霊剣を発現する。すると空中で霊剣と打ち合う手応えとともに、間髪を置かずに身を翻す影と交差した。


 犬人族のスカウトであるウーシアにとっても、信じられない程の身軽さである。全身を暗い生地の着物で包んだその人物は、枝から枝へと飛び移りながら、不意打ちのように何かを投擲してきた。


 霊剣で打ち払おうとして、突如襲い来る悪寒に、身を翻して避ける。空中でバラけた棒状の投擲物は、幾筋もの粘液を散らしながら、元いた幹に突き立った。


 〝毒!〟


 自身もいざという時はそれを使うため、種類は違えども粘液の正体にピンと来る。普通のスカウトなら毒は最後の手段とするはずだ。何故ならどの世界でも毒というものは人に嫌われるため、常用すると忌むべき存在として味方からも避けられかねないからである。


 だが目の前の敵は一手目から躊躇なく毒という選択をしてきた。そのあまりにも特異な判断基準に、相手の棲む世界の過酷さを思い、背筋が凍る。


 落下しながら太い幹を蹴ると、クルリと身を返して隣の木の枝を掴む。そうしながらも、目線は敵を追い続けていた。


 相手はウーシアが元いた枝に立ち、見降ろしながら立っている。その手元には何かを構えているように思えた。


「何者だワン?」


 ウーシアが問いかけても黙殺するのみ。だがそれ以上の攻撃を仕掛けてくる気配もない。ヤマタ側の警備の者か? と思い、ウーシアが霊剣をしまった手のひらを見せると、


 〝ウム〟


 とばかりに小さく目線が揺れた。そのままそっと幹に手をつけると、ゆっくりと地面に降りる。

 その時、周りを囲む気配に気づいた。いつの間にか同じような装束に身を包んだ集団に囲まれていたのだ。


 両手をあげて敵意がない事を示すと、その中の一人が進み出て来て、


「モドレ」


 と声を発した。それは思ったよりも年若い、青年とも呼べるような男性の声だった。


「すまなかったワン、邪魔をする気は無かったんだワンウ」


 と言うが、通じているのかいないのかわからないまま、


「モドレ」


 と同じ命令を繰り返す。言葉が通じていない可能性もあると判断したウーシアは、敵意がない事を示すために両手を最大限にあげながら、リーダーらしき青年の前から、少しづつ離れて身を返した。


 〝襲われるなら今だ〟


 と半ば覚悟を決めていたが、何も起こらずに立ち去る事ができる。そうして仲間の元へと辿り着くと、見慣れた巨体が片手をあげて待っていた。


 その胸元へと飛び込んだウーシアは、そこでようやく安心すると、全身から震えが湧き上がってくる。


 あの青年の目は、見たこともないほど殺伐としていた。それに最初の一撃を剣で受けていなければ、金属の何かに頭を打たれて、良くて気絶、悪ければ絶命していたかも知れない。

 その後の毒物投擲といい、決して敵対していないはずのヤマタ側から、明確な殺意を向けられた事に、少なからぬショックを受けつつ、ウーシアは仲間に見てきた事を詳細に報告した。


 胸元でウーシアの報告を聞いたバッシは、彼女がヤマタ側の人間らしき者に襲われた事に驚きながらも、監視の目が向けられていた事を再確認して、ジュエルの方を見る。


 ジュエルも少し考え込んでから、


「背中から狙われてはおちおち進軍もできないな、後からゲマインに正式に抗議してもらうとして、今は抗争に巻き込まれないよう、慎重に行動しよう」


 と言うと、赤角の盾をしっかりと構えて前進し始めた。バッシもウーシアを促して、歩き始める。それにしても彼女の感じた異様な気配とは何だったのだろうか? ウーシアの話だと、術師を前線に集めて何かしていたらしいが……遠ざかって行った異様な気配は、今では感じられないものの、前方の森では、動物達が騒ぎながら逃げ惑っている物音が聞こえてくる。


 そのまま進軍に合わせて歩いていると、ある地点から地面の踏みごたえが、明らかに変わった。地に手を付けたウーシアが、土をすくって臭いを嗅ぐと、ウッと顔をしかめてすぐにその土を捨てる。


「大丈夫か?」


 と聞くと、すぐに水で手を洗ったウーシアが、


「これは毒だワン、この地面全体が毒に汚染されているワン」


 と信じられない事を言った。掘り返されたように見える一帯の地面が、全て毒におかされているとは……ヤマタの術師達は何をしたのだろうか? 自国の領土を汚染した? その事に激しい違和感を抱きながら、毒土の続く森に、先行するヤマタ兵団の姿を追った。


 これから向かう地は、ヤマタの聖地のはずである。それをこうも簡単に汚すとは、それほど切迫した状況なのだろうか?

 そんな集団に囲まれる状況を何とかしたいのだが、ウーシアの一件のように、冒険者達に対する監視も厳しいものがあるようだ。


 袋小路の思考にはまっていると、後ろから追い付いて来た大楯のスワンクが、巧みに馬を操りながら、


「ゲマインさんの見立てでは、そろそろ反王軍との接触地点らしい。大きな術どうしがぶつかるかも知れないから、我々冒険者は巻き込まれないように、少し外れて付いていくぞ」


 と声をかけると、聖騎士団を誘導して行った。素早く騎乗するウーシアの後ろに、リロを乗せてやると、自力移動のバッシは遅れじと走る。しばらく行ったところで、一かたまりになったゲマイン達〝大門軍団ビッグゲート〟の面々がいて、その中にはなんと、術衣を着たヤマタ側の人間も交じっていた。


「ジュエル、こちらはナタク殿。我々の監視として同行していただく、ヤマタ王国の宮廷符術師だ」


 と言うと、片目を軽く閉じて、合図を送る。以前に話していたヤマタ側との内通者か? 少し神経質にも見える華奢な体を、不釣り合いな豪奢な術衣で包んだ男は、貴族なのだろうか? 日の元に出た事が無いかのように、真っ白で透けるような肌をしている。


 薄い茶色の髪を固い烏帽子えぼしで纏め上げた頭を下げると、


「ナタクと申します、異国の神聖魔法使い殿、どうかよろしく」


 と顔を上げて、ジュエルを見た。その薄っすらと青い目と、対照的に真っ赤に潤んだ唇は、どこか妖艶な色気を放っている。


「よろしく」


 とぶっきらぼうに答えるジュエルに、微笑した彼は、元の通りにゲマインとの会話を始めた。今後に関する打ち合わせのようだ。ゲマインに手招きされたジュエルは、


「ちょっと行ってくる」


 と告げると、バッシ達の元を離れた。


 ヤマタ王軍本隊から離れ始めているが、ここでのんびり会議していても良いのだろうか? それを許されるほどこの男は、ヤマタでの地位が高いという事か?


 そう思いながら自然と感覚鱗を立てていると、遠くのほうから〝ワアァッ!〟と騒がしい音が聞こえてきた。





 *****





 ヤマタの術師が10名、緊張した面持ちで横並びに立っている。皆の手元には真っ黒な袋が一つづつ。中に入っているものが、袋を食い破らんばかりにのたうち回っていた。


 それを抑えながら、法力を練り込んでいく。これは法術と呼ぶにはあまりにも禍々しい術式。袋の中には、様々な地虫を瓶に封じて、食い殺しあいをさせた結果生まれた蠱毒と呼ばれる、呪いの触媒が入っていた。


 それを元に、術師達の詠唱で大規模な召喚術を唱えようとしている。術者の足元に異様な気配が生まれると、待機させていた馬達が生物的嫌悪感から、逃げ出そうと暴れ、控えていた兵士達にも動揺が走った。


 何もなかった地面が隆起すると、形を変えていく。よく見ると、それは体長10センチほどの真っ黒な昆虫の塊だった。


 〝黒螻蛄くろけら


 と呼ばれる式神の一種は、数千、数万匹発生すると、地面自体が動くように、一斉に移動を始めた。

 ヤマタの霊峰が遠望される、その地中を掘り返しながら、どんどん侵食していく。そして何らかの原因でその柔らかい体が崩れると、真っ黒なシミとなって地を汚す。その異様な音と臭いを避けた兵士達が二の足を踏むところへ、


「全隊、前へ、進め!」


 上官の号令と共に、進軍ラッパが背中を押すと、毒におかされた地面に軍靴を埋めつつ、さらなる進軍を始めた。

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