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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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玄武祠

 真白の地宮の存在するヤマタ山の麓には、ちょうど東西南北の位置にほこらが一つづつ存在している。


 東から青龍祠せいりゅうじ、南は朱雀祠すざくじ、西は白虎祠びゃっこし、北は玄武祠げんぶじと名前が付けられており、ハンガウ達が拠点を制圧したのは、ヤマタ国側に近い、南の朱雀祠のそばだった。


 そのちょうど反対側、北の玄武祠に辿り着いたオウ・スイシ率いる反王軍達は、急ぎ儀式を行おうとするオウの周りを、遠巻きに眺めていた。


 これ以上近づいても、邪魔にはなれども助力はできない。それは他の祠を回って、散々体験してきたため、自然と身についた習慣となっていた。


 熱い視線を送る軍勢の前で、霊刀をかざしたオウは、


「四獣が一、冬の聖獣玄武に命ずる。カニディエの末裔である我を受け入れるワフ」


 と祠に向かい刀を振り下ろした。すると何も無かった空間が、切り開かれたように一筋の光を放つと、オウの体を金色に輝かせる。


 金毛をたなびかせながら、濃密な力の波動に身を晒したオウは、現れ広がった空間の入り口に向かって、歩を進めた。


 そして彼一人だけを取り込んだところで、金色の光が絞り込まれると、何も無い元の空間に戻る。


 何時ものというには、非日常すぎる出来事に、周りを取り囲んだ面々は、固唾を飲んで帰還を待った。





 *****






 濃密な力に支配された空間で、フワフワと漂うオウは、ただの犬人族にすぎない己の無力さを認識させられる。だが半霊化して周囲の気配を探ると、霊刀の導きを得て〝底〟に降り立つ事ができた。


 足元から何かがフワリと舞うのは、訪れる者も無く、放置されていたために、沈殿物が可視化されたのだろうか? その濃密なエネルギーの泥に、足を取られそうになる。


 何かの拍子にエネルギーと反発しあい、不意に地面を離れそうになるのを、身を低くして留まっていると、地形の一部が隆起し始めた。


 遠くに起こった変化は、なだらかに広範囲を変形させると、オウの目の前の地面をも盛り上げる。沈殿していた力のおりが目の前の空間に広がると、視界は乳白色に支配された。


 暫くしてもやが薄まると、その奥から巨大な裂け目が横に一筋現れる。

 見る間に巨大な目玉が、ギョロリと光を放ち、オウの間近に迫ると、下から瞼がせり上がってきて、バサリとオウの体をかすって、また開いた。


 真横に開いた巨大な鼻腔から、熱い息が漏れる。テラテラと体液に濡れる頭部は、ドラゴンに近しい種族である〝龍〟と呼ばれる魔獣に似ていた。いや、魔というには畏れ多い存在、聖獣と呼ばれる、この地を守護する存在である。


 オウは再度己の小ささを認識させられながらも、巨大なエネルギーを持つ存在に恐れる事もなく、当たり前のようにその頭部に手を触れた。


 数千年を生きる聖獣の息吹が、手のひらから伝わり、魂を揺さぶるような感動を覚える。その感覚に同期すると、意識が、さらに肉体が、聖獣玄武の中に取り込まれていったーー




 ーー深海から太陽を見上げるような、しかし上下の感覚が分からない不思議な空間に、ポツンと一人で浮いている。

 まるで重力というものを感じなくなったが、かといって自由に手足を動かす事もできない。


 あまりにも強大な存在と同期したため、オウの精神は圧縮され、自我を保とうと小さな小さな球になって、ただただその存在を取り込まれないように、浮かび続けている。


 〝カニディエの末裔よ……しばらく祈りにも来ぬとは……いかがなものか?……言葉も忘れ始めたわ〟


 責めるような玄武の念話が、球となったオウを揺らす。そこで返事をしようと、


 〝すまぬ、王国に住む同族が迫害されて、ここに来る事もできなくなったんだワン〟


 と念じた。伝わったかどうかといぶかしんでいると、


 〝そう……か……我が身を封じておる間に……そのような事が……〟


 オウの念じたイメージごと伝わったようで、少し考え込むような気配がした。

 オウは内心ホッとする。以前に解放した青龍は、半ば精神が崩壊し、暴れまわってオウの精神を傷付け、封印を解くのにかなりの力を使ってしまった。


 だが玄武は……この調子ならば話は早そうだ。今後の作戦にも支障がなさそうである。


 ーーこんな時いつも、もう少し先読みの力が発揮できればと思う。己の能力【絶対霊感】の不完全さは、今に始まった事ではないが、もう少し精度を上げられないものか? 皆は霊能者とか預言者ともてはやすが、自身よりも格上の存在に対しての勘は、半ば封じられて精度が極端に下がるし、下手をすると何ら働かない事もある。それは遠く未来に関しての先読みも同じで、近未来の身の回りにのみ、霊感が働くと言っても過言ではないーー


 そんな事を連想していると、


 〝カニディエの末裔よ……気をもむな……すぐ近くに……お前の同族が近づいておるぞ……もう一つの霊剣と共に」


 と興味深そうにオウの内面を覗いた玄武が告げる。やはり、霊刀から伝わる感覚にもあった同族の波長は、ヤマタの軍勢から発信されていたのだ。


 手に入れた情報によると、そこには大陸渡りの冒険者達も混ざっていると言う。その中の一人が、カニディエ氏族の犬人族なのだろうか?


 ハンガウの部隊には、同じ犬人族のマロンがいたはずだから、そこらへんの事は任せておいても、上手に識別してくれるはずだ。と、またもや一人思考し続けていると、


 〝お主の一刀では資が足りぬ……本殿の封印を解くには……その者の協力と、失われし〝〟が必要不可欠じゃ。して……カニディエの末裔よ……何か用事があったのではないか?〟


 と玄武の方から用件を問うてきた。それを聞いたオウは、心を鎮めると、誠心誠意己の考えを念じる。


 〝それは……良かろう……我が力を……お前に託す〟


 じっくり吟味した玄武がそう告げると、力の乱流がオウの中に雪崩れ込んで来た。必死に自我を保とうとするが、瀑流にさらさせる一匹の羽虫のように簡単に吹き飛ばされると、ホワイト・アウトーーその場から精神体のオウはかき消された。






 *****





「そろそろね」


 地に伏せていたフェンリルが、耳を立てて立ち上がると、部下達も一斉に動き出す。

 新たに仲間に加わった、奴隷のくびきに縛られ続けている獣人族が約百名、祠の前に集められた。


 その時、祠の中から強烈な金色の光が溢れ出し、周囲に拡散して消えていく。


 四獣の光ーー祠の封印を解く時に放たれたそれが、奴隷達に組み込まれた呪針を吹き消すと、百名近い獣人達が、己の腕を見て口々に喜びの声を上げた。


 彼らを理不尽な生活に縛りつけていた、忌まわしい一筋の呪いがかき消されている! これで恐れるものなど何も無い!


 その歓声がオウを讃える大合唱になると、儀式を済ませたオウが祠から出てきた。その姿には、霊化直後のせいか、向こうが透けて見えるほど透明感がある。


 茫然自失の状態でなんとか歩を進めるオウに、狼の姿のフェンリルが駆け寄ると、フワリと体を包むように丸くなった。


 そこに倒れこむように腰を下ろすオウに、


「大丈夫? また無茶をして……」


 と声をかけると、


「ああ、なんとか自我が消滅する寸前に、霊化の力で脱出できたワフ。かなり際どかったワフ」


 と力無く笑いながら、返事を返した。そっと嘆息するフェンリルとは対照的に、呪いから解放された獣人達は、狂ったようにオウを褒め称え、神を見るような熱い視線を向けてくる。


 その騒ぎを片手で抑えたオウは、


「これで四獣の封印は解かれたワフ、ここから一気に攻めようぞ!」


 とヤマタ山を、そしてその向こうにある、ハンガウ達の集落を指差した。


「オオッ!」


 と得物を掲げて気勢を上げる軍勢。目指すは朱雀祠近くに陣取るハンガウ達、迎撃部隊の待つ集落である。


 敵の能力もすべては判明していない今、すぐにでも援軍に駆けつけようと、全力で移動を始めた。


『このタイミングでの同族との邂逅は、ヤマタの地が望んでいる証かもしれない』


 フェンリルと共に先頭を行くオウは、まだ見ぬ同族に思いを馳せる。この機を逃してはならない。全てがその時に向けて集約されていく感覚の中で、急ぎ走る馬の熱い息と感情が同期した。


 全員が高速移動を得意とする獣人族である。置いて行かれる者もそれほど出ずに、本来ならば一日かかる山道を僅か半日で走破した軍勢は、集落になだれ込むように到着した。





 *****





「そうか、鼠人族の頭領も憤死したか……やはりクロエの能力は底知れぬ力を秘めていると見るべきだな。だが何としてもこの地にて足止めをせねばならない。皆の者、覚悟は良いな?」


 オウ達が玄武祠を出る以前、ハンガウは報告をもたらした鼠人族を前に、集まって円になっている部下たちを見回した。

 一蓮托生で故郷を離れたトゥクウォリ氏族はもとより、この地で出会い、一緒に戦い抜いてきた獣人族の戦士達も、黙って頷く。


 その中でも一番華奢な犬人族のマロンが、


「じゃあ僕らは偵察に出かけるワンコ、できれば内通者とも情報交換してくるワンコ」


 と大きな尻尾に尻をフリフリもっていかれながら告げた。その身には寸鉄も帯びていない。いつもながらの無手潜入をするつもりだ。


「大丈夫か? この期に及んでは、もはや獣人など浸入できんぞ」


 とハンガウが警告するが、指をチッチッと振るったマロンは、


「他の子達は遠くから偵察にしておくワンコ、僕だけで行くワンコ」


 プリンッとお尻を振ると「じゃあ!」と手を振って走り出してしまった。

 ああ見えて潜入ミッションに失敗した事のない達人である。しかもクロエに対する恨みは相当深いらしい。


「護衛代わりにお前達がつけ」


 と忍びの一族に命じると、無言で頷いた三名が、すぐさまマロンの後を追って走り出した。


 敵はすぐ近くまで来ている。野営地への妨害工作も、鼠人族の残党が仕掛け続けているが、それもどこまで効果を発揮するか知れたものではない。


 真っ先に戦地を駆けられない事が、これほどもどかしいものか……ハンガウは己の鎧を撫でると、そこに張り巡らせた魔力の波動を震わせて、ほんの少し落ち着きを取り戻した。


 まだまだやる事は沢山あるのだ。指示を待つ部下達にテキパキと命令を下すと、自身もオウの命に従って、集落に〝ある装置〟を設置し始めた。


 この作戦を左右しかねない重要な役どころ。不眠不休続きの精神に喝を入れ直すと、繊細な魔法運用に没入していった。

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