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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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地宮へ

 左右に展開する女忍姉妹に対して、オウが霊感を働かせても中々通じない。結界が何らかの力を発して妨害していると思われたが、オウの知る限りでは、そんな魔法も、法術も、呪術すら存在していなかった。


 姉妹が懐から取り出した物を握りつぶすと、隙間からサラサラと光るものがこぼれ出る。砂塵に似たそれは、わずかに反応する霊感によって劇薬だと分かった。


 三人一斉に空中にまきながら、肺にためこんでいた息を一気に放つ。銀粉の舞う結界に逃げ場は無く、息を潜めるも、劇薬の効果か、霊感も鈍くなり、視界も半ば塞がれてしまった。


 そこに迫る三姉妹の直刀、その刀身には忍者が好んで使う、墨毒すみどくと呼ばれる真っ黒な泥状の毒薬が塗られていた。


 それでもオウは泰然と構え、刀を持つ手もまるで死地にいるとは思えないほど柔らかかった。


 3方一斉に突きかかる、鋭い刃先がオウに届かんとした時、全感覚を研ぎ澄ませたオウの霊刀が、最小の動きで直刀を弾いた。


 力を入れる隙も無く、微妙に軌道をそらされた女忍達は、刃がお互いの方を向き、一瞬肘を畳まされる。ナユタのそれが一番大きな動きを見せたところにつけ込んで、踏み込んだオウが足の腱を切り裂いた。


 悲鳴も上げずに転がるナユタは、すぐに立ち上がろうとするが、足に力が入らず、バランスを崩す。


 それを見て、言葉には出さないものの、焦りに硬くなったカタナは、いつの間にかオウの姿を見失った。


「左っ!」


 カナタの声に機敏に反応したカタナは、しかし直刀を振り抜く事も出来ずに、心臓を一突きされる。

 コポッと鮮血を吐くカタナは、そのままオウに抱きつくと、力の入らぬ腕を絡め、よたつく体重を預けてきた。


 ガクンとうなだれる頭を避けて、霊刀を引き抜くと、カナタが妹達の魂魄を利用して、用意された式札に力を与えようとしている。


 それは陰陽道と呼ばれる、ヤマタ王軍の貴族に伝わる力。式神と呼ばれる鬼神を呼び出す儀式で、オウは発動前に仕留めようと迫った。少しでも時間を稼ごうとしたカナタ、その後ろに突如として巨大な爪が伸びると、片手で頭を掌握された。


 結界を突き破って伸びる腕の持ち主が、


「面白そうな事をしてるわね? 交ぜてちょうだい」


 と喜色のにじむ声を上げる。クロエに渡された絶対堅固の結界を破られて、驚きに目を見開いたカナタは、両手に下げる式札を宙に放とうとして、次の瞬間、頭部を失った。


「この力は貰っておくわね」


 空いた方の手で宙に舞う式札を奪うと、具現化し始めた鬼神ごと、白風に吸収する。打ち破られた結界の外では詰めかけた部下達が、


「オウ様! ご無事でしたか!?」


 と駆け寄る。それを手で制したオウ・スイシは、


「二重の罠を仕掛けてきたワフ。カナタ達がどのような経緯で裏切ったか分からぬが、してやられたな」


 いまだ万能ではない己の能力に、新たな対策を考え始めながら呟く。それを受けた部下の内、忍者達を束ねる上忍が、


「此度の失態は我が責任でございます、どうぞ罰して下さいませ」


 とひれ伏すが、


「そうではないワフ、より大きな力によって、彼女達の意思も捻じ曲げられたのだ。誰のせいでもないワフ、これからは大きな戦になる、失敗したと思うなら、次なる機会に全力で取り組め」


 と腕を取って立ち上がらせた。こんなところでつまずいている場合では無いのだ。敵もここまで強引に罠を張るという事は、切羽詰まって余裕が無い証拠でもある。


「オウ様、でしゃばってしまい、申し訳ありませんでした」


 と言いながら、妖艶な笑みを浮かべたフェンリルが、口の周りを舌なめずりしながら擦り寄って来る。鬼神の力がかなり美味だったのか、その口調はいつにも増して軽かった。


 オウは再び狼の姿に戻ったその背中を、ゆっくりと撫でてやりながら、


「助かったワフ、しかし遠隔地にてこれほどの力を発揮できるとは、先行部隊が危ないな」


 と戻って来た馬の手綱を受け取った。足止めを食らった分を取り戻さねば、最前線にハンガウ達を置いてけぼりにしてしまう。


 真白の地宮争奪戦ーー今回の件で勝利するかどうかで、今後の展開が大きく変わる、いわば勝負の分水嶺である。


 霊刀を身にしまったオウは、フワリと騎乗すると、皆に向かって手を挙げた。霊感が告げる戦いの予感が、皆にも伝播すると、いっきに士気が高まっていく。

 指導者の思念に酔いしれる軍勢は、一つの生物のように山野を疾駆していった。





 *****





「おいおい、聞いてないぞ何だこれは?」


 真白の地宮に向かう日、冒険者が準備を進めていると、ヤマタ軍の兵士達が騎馬を引き連れて、その前後を挟むように、陣形を整えはじめた。


 その隊長格に話をしに行ったゲマインらが帰ってくると、首をふって、


「どうしても地宮付近までの護衛につくらしい。しかもこの大部隊は、クロエ大臣直々の命令を受けているらしく、その命令を覆すことはないと言っている」


 と説明された。どうにも雲行きがあやしい、これではまるで、冒険者達もヤマタ軍の一員みたいではないか。護衛などと説明しても、反王軍から見れば、冒険者達は増員された兵士だと判断されてもおかしくない。


 元々そうするのが目的だったのではないか? 異国の地にいるという不安感が、その疑念を強めさせる。


「このまま敵兵にでも襲われたら、こちらも応戦するしかない。それではまるっきりヤマタ軍と変わらないじゃないか」


 とバッシがゲマインに食ってかかると、青血戦士団ブルー・ブラッズのリーダーに、


「我らがリーダーにその口の利き方は何だ!」


 と語気荒く注意された。それを同じくパーティーリーダーで副団長のハートマークが、


「まあまあ、バッシさんのおっしゃる事も一利ありますわ。ねえゲマイン様」


 ととりなす。腕組みをしていたゲマインも、一つうなずくと、


「皆の不安も当然だと思う、だがそもそもこの視察にはヤマタ軍が同行する予定だったのだ。その数はこれほど大規模ではないはずだったが」


 とヤマタ軍を見る。すると、


「お前達、選ぶ、権利、無い!」


 とヤマタ軍のリーダーとおぼしき武者が片言で怒鳴る。そのいでたちは、平時と違って甲冑を着込み、いつ戦争が起きても馳せ参じる準備が整っていた。たかだか異国の冒険者を護衛していくには、その他の装備も含めてものものしすぎる。


 その後ろには、通訳兼護衛役として付き従うゴウシュの姿も見えた。先日手合わせをした時には、このような事態を知らせてはくれなかったが、それは知らなかっただけなのか? それとも口止めされていたせいなのか? 少しうつむき加減に、こちらに目を合わせられない感じからして、知らされていなかったと見るのは、希望的観測だろうか?


 するとそこに、異様な風体の生き物が歩み寄って来た。牛とドラゴンを足したような巨体が、ノッシノッシと地を踏みならしながら、その後ろに車をひいてやって来る。


「これは……王族の家紋!」


 ヤマタ文化を研究してきたゲマインの顔が曇る。見ると、緑色に艶めく牛竜の背中と、その後ろにひかれる黒塗りの車には、金色装飾の模様が描かれていた。

 この島国では、各家に紋章が与えられ、その中でももっとも尊いとされる王族には、国を象徴する花の紋章が使用されている。


「黒塗りの桜紋、右大臣のクロエか」


 ゲマインの声色がこれ以上無いほどに低くなる。その手でで皆に下がるように合図してきた。皆慌てて彼女の後ろに並ぶと、膝をついてうつむく。以前からこのような状況になったら、ゲマインに全ての交渉を任せる手はずとなっていた。


 唯一彼女の隣には、副団長のハートマークが付き従う。こうして女性二人になった事に安心したのか、牛竜車が横付けに止まると、厳重な鎧戸が少し開いた。


 中からむせかえるような香木の香りが放たれる。こんな空気の中にいたら、一瞬で酔いそうだな、と思っていると、


「此度の遠征、私も同行いたす。よきにはからえ」


 と声を残して鎧戸を閉めると、牛竜車はゆっくりと歩き出した。そこには会話をしようという気が欠片も感じられず、下賤の者を見下す冷たい視線が脳裏に焼きついた。


「クロエは一番注意しなければならない人物だ」


 隣にきていたジュエルがつぶやく。その目は、牛竜車の黒光りする後姿をきつく見ていた。


「ヤマタ一頭が切れる権力者で、危険な術師でもあるらしい。だが真白の地宮はなんとしても攻略しなきゃ……なんとしてでも」


 こぼれ出る言葉は、切羽詰まって余裕が無い。聖騎士の鎧からは、ほんのりと魔力が滲み出ていた。バッシは諌めようと、


「少しは肩の力を抜け、それにやばくなったら逃げるぞ。その時の事も考えておいてくれよな、優秀なリーダーとして」


 と声をかける。本当に余裕を失うと死地に突き進みそうだ。そんな指揮官の元では命がいくつあっても足りない。


 パーティーを組んだ時から口を酸っぱくして説いてきたバッシの説得に、それ以上言わなくても分かる、と手で制したジュエルは、


「大丈夫だ、それにギルドが準備している増援部隊も、そろそろ海を渡ってくる頃だから、ヤマタ国にも良いプレッシャーを与えられるはずだ」


 と言って、話はこれまでとばかりにゲマインの方に駒を進めた。バッシがいまだに納得できず、立ち尽くしていると、


「ほら行くみたいですよ。バッシ、大丈夫! お師匠様譲りの獄火の魔導書使い、リロ・セィゼンがついてますから!」


 と腕を引っ張る。その明るい笑顔を見て、励ますつもりが、逆に励まされている事に思い至り、リロの強さに感銘を受けた。


「すまんすまん、いざという時はよろしく頼む」


と逞しい仲間の華奢な体を見下ろす。ここまでの集団戦になったら、一剣士の力などは埋もれてしまうだろう。そうなった時に頼れるのは、リロの極大魔法になる。


〝師弟共々お世話になりそうだな〟


そんな予感に肩の力が抜ける、結局バッシにできる事は、皆にくっついていく事くらいなのかも知れない。


バッシの前後を黒甲冑の集団が埋め尽くしている。それら数百にものぼる軍勢は、クロエ大臣の乗る牛竜車に合わせたペースで、ゆっくりと真白の地宮を目指した。

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