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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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獄火の魔導書

 静まり返る修練場内に、リリの歓声だけが響く。そちらに目を向けると、


「バッシ〜! 最高〜!」


 と、リリが小さく飛び跳ねて喜んでいた。思わず笑みを浮かべたバッシに、


「貴方は笑った顔の方が似合うわね」


 と、隣から見上げてくるジュエルが呟く。


『笑ってる?』


 今まで特に感じる事の無かった感情に、頬に触れてみると、確かに笑っている、らしい。

 今までの人生で、戦いの前も後も恐怖と安堵しか無かった自分が喜んでいる。バッシがそのフワフワとした感覚に思いを馳せていた時、


「ごあああぁぁ!」


 バッシの後ろから呻き声が上がり、ウィルが立ちがる気配がした。咄嗟に振り向くと、腰の真剣に手を掛けたウィルが上目遣いに、


「オレは、オレはっ! まだ負げでねぇぇ!」


 血を吐き飛ばしながら抜剣する。反応したバッシも鋼の剣に手を添えた、その時、


「やめいっ!」


 心臓を鷲掴みにするような号令が外周部から発せられた。思わず全員が目を向けると、純白の正装に身を包んだ壮年の男が、厳しくウィルを見据えている。


「団長!」


 ジュエルが顔をほころばせると、反対にウィルの顔面が引きつり、抜剣した姿勢のまま、全身が硬直する。


「オッ、オルフロート様、これはーー」


 ようやく口だけ動き出したウィルの小さな声は、


「言い訳無用! 敗北はまだしも、最前の魔法による規約ルール違反、そして抜剣とは何事だ! 神殿騎士の神聖なる決闘を穢した件、後でキッチリ説明してもらおうか」


 団長の声にかき消されると、ウィルの顔が絶望に染まった。ガックリと肩を落とした彼は、仲間二人に抱えられるように修練場を去っていく。

 対して喜色満面でバッシの手を引き、オルフロートの元に向かったジュエルは、


「オルフロート様、ただ今の決闘を持って、正式に仲間となりました。バッシと申します」


 と紹介すると、


「バッシ、この方は神殿騎士団団長のオルフロート・D・バイル様よ。我ら神殿騎士を束ねる長にして、広大な領地を治める伯爵でもあるわ」


 と説明した。オルフロート団長は一つ頷くと、力強い目でバッシを見据え、


「見事な戦いぶりだった、これからは仲間として、ジュエルを良く助けてやってくれ」


 と手を差し出す。それに答えて両手で包み込むと、厚く、意外と柔らかい手を軽く握った。そこから伝わるのは、歴戦の猛者を想起させる戦士である事。全身から醸し出される実力は、計り知れない深みがある。


「仲間、助ける」


 バッシがどもりながらも宣言すると、オルフロートの目が笑ったように見えた。そして瞬時に目線を切ると、


「全員撤収! 半刻後に全体修練を始めるぞ! 今日は厳しいから覚悟をしておけ!」


 と、いつの間にか集まって来ていた他の騎士達にも告げる。その言葉にビシッと直立し、全員が早足で修練場を去って行く。目線を戻すと、オルフロートがバッシの腰元を注視していた。


「うむ、そなたの剣に彫られた双槌紋、本物だな……我が師ウォード様と同じ、ノーム殿の認めし剣士という訳か……」


 顎に手を当てて興味深そうに呟く。


「そうよ、それはノームがつい先だって鍛え直した鋼の剣よ、私の火魔法付きでね」


 歩み寄って来たリリが誇らしげに言った。


「リリ・ウォルタ様、お久しぶりです。先日聖都にお戻りとか。大司教様が遅いとお嘆きになっておりましたぞ」


 苦笑するオルフロートに、


「ラウルったら、お説教だけじゃなくて、口も軽くなったわね。若い頃は寡黙でかっこ良かったのに」


 口を尖らせたリリが文句を言う。その時、オルフロートの様子を伺っていた部下が、


「失礼いたします、オルフロート様、修練前に書類のお目通しを願います」


 と、遠慮しながらも冷静に告げた。眉目秀麗、絵に書いたように立派な若武者。この男も強者の気配を身に纏っている。


「おう、すまんな、では皆さんこれで失礼いたします。ジュエル、旅の準備が整い次第、一度詰所に寄るように。お仲間も何かあったら何時でも訪ねて来てくれ」


 団長はジュエルの肩を叩くと、リリに会釈をして去って行った。その姿を見送ったリリが、


「じゃあ、バッシの勝利を祝って、パーッと行きましょうか!」


 と言うも、


「はいはい、それは今晩にして、リリ様は私と溜まりに溜まったお仕事をこなしましょうね〜」


 と、隣で成り行きを見守っていたギルド職員に連行されて行く。


「リロ〜っ、今夜もペネロペの店、予約しといて〜っ!」


 叫び声を残しながら。


 色々あったが、これで一息つけるらしい。期待されるというのも悪く無いーーそれに応えられる内は。

 バッシは目の前で今後の打ち合わせを始めるジュエルとリロを見ながら〝お仲間〟というものになれた喜びを少しだけ噛みしめた。


「ウーシア、やめて!」


 しつこくお尻を狙う犬娘を追っ払いながら。





 *****




「シールド・バッシュ?」


 バッシの疑問に答えたジュエルが、


「そうよ、我々神殿騎士の基本スキル、彼の場合は身体強化系魔法と組み合わせて、オリジナルの突進力を生み出していたけど、基本的な物なら私にも出来るわ」


 と得意気に言い放つと、掌を広げて見せた。その中心が淡く光ったかと思うと〝ボッ!〟と突き出して、バッシの目の前で寸止めする。


「衝撃魔法の応用ね。巨人の振り下ろす棍棒すら弾き返す強者もいるわ」


 魔法の説明あたりから、だんだん難しくなってきた。困惑するバッシの様子を察したリロが、


「ようは魔法で弾き返すって事です」


 と教えてくれる。バッシの知る戦争には、神殿騎士団は参加していなかったらしい。世の中には自分の知らない常識が沢山有る事を再認識した。


『ピカピカ鎧の盾には気を付けよう』


 バッシの戦闘心得に、新たな一行が足された。未知の技、未知の魔法。世の中に溢れるそれらの深みに、嬉しいような怖いような、不思議な感覚に陥ったバッシは、お仲間に連れられて修練場をあとにした。


 数日後に旅立つ準備として、保存食料や酒、消耗品の買い出しに、市場にやって来る。さすがは聖都、冒険者ギルドのあるような雑多な街とは違い、市場の店すら整然と並んでいた。


 そこに並ぶ新鮮な野菜を眺めながら歩いていると、


「ジュエルちゃん、言われていた品物が届いたよ」


 大きなお店の前で、恰幅の良い女将に呼び止められた。店先には、干し肉、干し魚、干し果物、ナッツ類などの乾物が並んで、独特な匂いを発している。


「エイムおばさま、ありがとう。急なお願いで悪かったわね」


 ジュエルが上機嫌に話すと、店の奥に引っ込んだ女将が、重そうな荷物を抱えながら、


「何さ水臭い。はい、よいしょっと。これがホウジ・ナッツね、魔力を込めて栽培された、栄養満点、大陸産の一級品よ。あとこれが、よいしょっと。メンド豆ね。普通茹でなきゃ食べれないけど、いざとなればそのままかじれる最高級品さ」


 と言って大きな袋を二つ、テーブルの上に乗せた。それをポンポンと叩いたジュエルは、


「これだけの携行食があれば、水さえあれば一ヶ月は何とかなるわね。ありがとう、代金は?」


 と金の入った袋を取り出すと、


「いいよ、私からの餞別さ。いいかい? ポエンシャル家の名誉回復の為に、必死で頑張るんだよ! 何か力になれる事があれば、いつでも言っとくれ」


 豊かな胸をドーン! と叩いた。それを見てグッと息をのんだジュエルは、


「ありがとう、私……期待してて! きっとポエンシャルを復権してみせる!」


 拳を突き上げて女将と打ち合わせる。ニヤリと笑った女将が、


「おや? 見かけない顔だねぇ、あんたまさかジュエルちゃんのお仲間かい?」


 バッシを見た。じっくりと観察するような視線に、いたたまれなくなったバッシは、反射的に、


「今日から、仲間」


 と手を差し出した。それを掴んだ女将が、


「こりゃまたデカイの捕まえたね〜、私はエイム・ヨカ・ポエンシャル、ジュエルちゃんのおばさ」


 と、力強く振ってきた。


「俺、バッシ」


 と名前を告げると、


「バッシかい、ジュエルちゃんをよろしく頼んだよ! そして家の箱入り娘に手をだすんじゃないよ」


 と肩をバンバン叩いて、歯をむきだし豪快に笑った。


「ちょっと! おばさん」


 真っ赤になって止めるジュエルを意外に思いつつ、


「荷物、入れる」


 と背負い袋をおろすと、


「あっ、大丈夫です。私のカバンに入れますから」


 と横からリロが身を乗り出してきた。だがどう見てもその小さなカバンには、これだけの荷物が入りそうにない。不思議な物を見るようなバッシを無視して、


「そうだな、後で各自少しづつ携行するにしても、その他はリロに頼もうか」


 ジュエルはさも当然というように、買い込んだ食料を運ぼうとする。それを手伝うバッシは、大きな袋を小さなバックに入れようとするリロに、疑問を述べようとした所で、スッポリと収納された食料袋に驚いた。


「これは魔法の収納バッグなんです。こうするとほら、中に沢山入っているの分かります?」


 口を広げて見せてくれるので、バッシが覗いてみると、天井から倉庫を覗いたように、整理された荷物が整然と並んでいる。


「師匠の修行時代に使っていた品だそうです。小さめの部屋位の収納力があります。そして一定重量までは重さが変わらない、優れものなんですよ」


 ニッコリと微笑んで自慢するリロ。凄い! こんな便利な品物があれば長期の旅もどれだけ楽だろうか? そう思いながら覗くバッシは、視界の隅に真っ赤な光が揺らめいている事に気が付いた。


「これは?」


 と無造作に手を伸ばすのと、


「危ないっ!」


 リロの警告が重なった時、轟音と共に火柱が上がる。その熱波にまつ毛が縮んだ瞬間、腰元の鋼の剣から、


 〝バッシ〟


 と名前を呼ぶ共鳴音が聞こえた。無意識に逆手に抜剣した左腕が火柱に飲み込まれると、火は掻き消えるように消滅した。


「だっ、大丈夫ですか? 火傷はありませんか?」


 と慌てて聞くリロに、手の具合を見たバッシは、


「大丈夫、何ともない」


 剣を戻すと、左手を出してグーパーして見せた。


「うそ、フレイム・タンの火が簡単に掻き消されるなんて……その剣の力、まるで師匠の睡蓮火の様な……」


 顎に手をやり考察するリロに、


「リリ、魔法込めた」


 納剣した柄頭ポメルをポンと叩いて説明する。それにしてもさっきの共鳴は? そして謎の火柱の正体は? バッシがおっかなびっくりバッグを覗き見ると、


「失礼しました。この子は他人に掴まれると咄嗟に攻撃してしまうんです。紹介します、私の相棒〝獄火の魔導書〟フレイム・タンこと〝タンたん〟です」


 リロの紹介と共に、分厚い本が浮かび上がる。豪奢ごうしゃな装丁のそれは、ひとりでにパラパラとページをめくると、バッシの目の前であるページを示した。


 これは……何とか読める。最初の字は〝ば〟だ。と思った瞬間、再度パラパラめくれて、ピタリと止まった。


 それを読むと……え〜っと、確か〝か〟か? その瞬間バラバラッと風を送ってリロの元へと飛んでいく。


 〝ば〟〝か〟……「馬鹿」バッシの言葉は市場に虚しく響いた。

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