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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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クロエの思い

「なぜだ! アベシほどの術師がやられるなど考えられん。何かの間違いではないのか?」


 黒衣の男が思わず大声を張ると、それをうるさそうに見た、白衣の老人が手で制する。


「クロエよ、我が法術を疑うか? お主ら青臭い管使いとは違い、ヤマタ王族正統血系にのみ伝えられし結界師のちぎり、同門の者が黄泉の世界に旅立ったことは明白な事実じゃ」


 見下したような発言に『その同門が失敗した事に対する、負い目のようなものはまるで無いのか』とクロエと呼ばれた男が奥歯を噛みしめる。


 その顎の動きを見た白衣の老人は、


「ふんっ、アベシなど、わが同門の中では最下位の術師、異教徒の刃に倒れるのも、修行の至らなさのせいじゃ。あれほど実戦を重ねよと申したに……」


 と嘆いた後で、深くため息をつく。年若くして高位にたったクロエは、カビ臭い考えに凝り固まった同位の老人を見て『まるでこの国そのものだな』と思った。


 アベシは内政に秀で、決して術者としても弱い訳ではない。だが以前に「白衣の老人に目をつけられて、思うように力を発揮できない」と嘆いていた。


 伝統と格式を重んじて、決められた枠からはみ出す事を極端に嫌う。そのくせ内部の順位には事細かに気を配り、突出する人間を皆で引きおろす。


 確かにこの国の支配構造や、それを守る法術体系は世界にも類を見ないほど発達していた。だが若くして世界を巡り、大陸中を見てきたクロエには、それでは他国が本格的に攻めて来た時に、対処できない事を理解している。


 現に下賤の者と蔑んだ犬人族の霊能者が、野盗崩れのような大陸の傭兵団を率いただけで、負け戦を繰り返す始末である。

 そこにはヤマタ王国にはそもそも存在しなかった〝魔法〟という新たな力に対する抵抗力の低さも深く絡んでいた。


『故にどうしても真白の地宮の深層に行かねばならないのだ』


 拳を固く握りこんだクロエは、なおもつらつらとアベシをなじる言葉を並べる白衣の老人を見た。


『もしやこいつは、アベシが私の元へと鞍替えした事を知って、わざと死地に送り込んだのか?』


 ふつふつと湧く疑念に囚われる。白衣の老人に見限られたアベシは、クロエにつく事で地位を守ろうとした。秘密裏の会合で、これから力を合わせて国を変えていこうと意気投合したのは、ほんの二週間前の事である。


 奥使えだったアベシが実戦に乏しいのは当然の事であり、それを急に前線に送り込んだのも、いかにも怪しい。

 クロエの疑念が目に現れていたのだろう、白衣の老人は、


「何か文句でもあるのか?」


 と充血した目でクロエを睨んだ。衣と同じ蒼白な顔色に、真っ赤な目が病的に浮かび上がる。その容貌は法力のようにクロエを圧迫したが、数々の修羅場を経てきたクロエは、さらりと視線を逸らすと、


「とんでもございません。アベシ様の事、大変惜しい方を亡くしました。内政に長けた方にも関わらず、戦地におもむく勇、これこそ国への忠義。まことに感服いたします」


 最後にほんの少しの毒を忍ばせて、気の毒にというポーズを崩さずに返答する。それを受けた白衣の老人はつまらなそうに、


「ふんっ」


 と鼻であしらうと、話はここまでとばかりに手を振った。大人しく従うクロエは一礼して踵を返すと、


『いつまでも安泰でいられると思うなよ、すぐにその地位を根底から崩してやるわ』


 背面に邪念を残しながら、自らの執務室に向かった。





 *****





「つまりヤマタ王は、俺たちが潜る事で得られる、迷宮の財宝をあてにしている訳だろ?」


 バッシの問いかけに、ジュエルがうなずく。


「それが反王軍にとっては面白くない訳だ。そして真白の地宮は反王軍の本拠地近くの山の中にある。それはかなりヤバくないか?」


 頭の中に見せてもらった地図を浮かべて想起する。簡単な地図は、実際とは少し異なるだろうが、ある程度は参考になるはずだ。それによると、反王軍の支配域である大森林は、ヤマタ山のある山脈の麓まで覆いつくしている。


「ヤバいと言えば、かなり危ない情勢だ。いわば賭けみたいなものだな」


 ジュエルは目の前の皿にフォークを突き立てると、何か分からない具材を持ち上げながら言った。口に入れてみると、塩気が薄く、独特な風味が鼻につく。


 ヤマタ王都の兵舎の一部が解放されて、冒険者達の宿舎として使われていた。今はその一角にある粗末なテーブルで、この地ならではの煮込み料理をほおばっている。


 最底辺の奴隷兵士だったバッシにとっては、腐っていない食事は全てごちそうである。この煮込み料理にしても、十分に美味い。


「あまり焦らない方が良いと思うが、勝算はあるのか? それに賢者ワイズマンゲマインともあろうものが、そこまで危ない橋を渡るのも解せないが」


 と言うと、隣でお茶をすすっていたリロも、


「ジュエルが急ぐのは分かるけど、ゲマインさんにも何か理由があるのかしら?」


 とジュエルを見た。


「うむ、もはや並の手柄では、席の埋まった冒険者ギルドの幹部枠には上がれないらしい。この10年というもの、ゲマインが昇格する気配はない、それなりに手柄を上げているにも関わらずだ」


 フォークを置いたジュエルが、リロにならってお茶を飲む。匂いは悪くないが、後味の渋みに「うっ」と顔をしかめた。この国の食べ物はいちいち主張が強い、口に合うものを探さないと、ストレスになりそうだ。ジュエルがよくこんなものを平然と飲めるな、という視線でリロを見ると、


「これはこれで、味わい深いわよ」


 と微笑んだ。「そんなものか?」とまた口に含むが、やはり渋いらしい。思わぬ伏兵があったものだ、大量のカロリー補給を必要とする冒険者にとって、食事は仕事の一部とも言えるほど重要なのに、それが苦痛になるとは……〝前途多難〟この島国での探索は正にその一言に尽きる。


「今回の件でゲマインはSランクに上がれるワン?」


 そんな事は全く気にせず完食したウーシアがたずねる。最近一段とよく食べ、身長も少しずつ伸びはじめていた。

 バッシは呪いのくびきから解放された事がジュエルにバレないかとヒヤヒヤするが、本人はあの夜以来、何かが吹っ切れたように落ち着きを取り戻している。つくづく女ってのは、よく分からない生き物だ。


「ヤマタの探索に選ばれたのは大きい。通常の働きをすれば、間違いなく幹部候補、上手くすればSランクに上がるだろう。そして我々も働きいかんでは、Aランクまで届くかも知れない。もちろん数年がかりで、迷宮探索の周辺整理という作業込みでの話だがな」


 ジュエルはリロに頼むと、携行食の鬼頭オーガ・ヘッドを口に含んだ。沢山貯蔵してはいるが、土地土地の食料が得られる内は食べ控えたいところである。それはジュエルも分かっていて、バツが悪そうに咀嚼そしゃくして、水で飲み込んだ。


「危なくなったら、何を置いても撤退する。それだけは曲げられないぞ」


 と言うバッシに、


「でも何をもって危ないと判断するか? そこをはっきりしておかなきゃね?」


 リロが口拭きを渡してくれながら、ジュエルに確認する。確かに撤退の線引きは難しいし、第一海を渡らないと帰れないのだ。これほど心細い事はない。


「ゲマインさんも、そこを気にかけていた。安全を確保するための情報網も、数年前から作り始めていたらしい。大丈夫とは言えないが、渡れないほど危ない橋でも無いと思っている」


 ジュエルにも多少強引に皆を巻き込んだという負い目があるのだろう。だがそれはパーティーで決めた事、聖騎士団とはジュエルの目的に協力するために作られた組織なのだ。


「ウー達は冒険者だワン、冒険しなきゃ嘘だワンウ」


 力強いウーシアの一言に、皆が彼女を見る。ひとつうなずいたリロが、


「そうよ、せっかく海を渡って異国の地に来たんですもの。冒険を楽しまなくっちゃね」


 師匠ゆずりのウインクで場を解すと、ゲマインの振る舞い酒を持つ。各々一杯だけ配られた、この地では貴重な赤ワインをかかげ、今後の探索に幸運を祈ると、半分飲み干す。


 熟成された香りに、酸味、渋み、そしてかすかな酔気が広がる。中々良い酒だな、そういえばこの地の酒はどんな種類があるのだろう?


 バッシはポコを広げると、ヤマタの酒と念じて開いた。それを熟読する姿を見たジュエルが、


「お前はすっかり勉強家になったな、学者にでもなるつもりか?」


 と冷やかすように言うのを聞いて、それも悪くないなと思う。学者? 冒険者で学者っているのか?


 ブツブツとつぶやきながらポコをめくるバッシを見て微笑むと、三人はたわいない話を始めた。


 うむ〝学術団〟という名前の魔術師ギルド所属の冒険者パーティーが有名らしい。数々の迷宮や遺跡を攻略しているらしいぞ。


「有るぞ、〝学術団〟って……」


 教えてやろうと声をかけると、席を立ちかけていたジュエルが、


「みんな部屋に戻ってゆっくりしてろ、私はゲマインと作戦会議だ」


 と言って去っていった。他の二人も席をたって部屋にひきあげて行く。


「ウーちゃん、私の部屋でお菓子食べない? いいお茶もあるの」


「わう〜ん、いくワン!」


 キャッキャと話し合っている。置いてけぼりのバッシは、なおも先ほどの地元の酒を調べると、知っていそうな奴を探して、兵舎をうろついた。


 お、あそこに居るのは、俺たちを案内してくれたヤマタ兵じゃないか? この国にあって珍しく大陸語を話せる男だ、ひどい西方なまりだが……バッシは髭もじゃの兵士に声をかけると、手を振って歩み寄った。

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