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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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黄金剣のハンガウ

 トゥクウォリのハンガウ、褐色の肌に魔獣の硬革鎧を身につけた女戦士は、愛剣を背中に担ぎ、森の中で地に伏せていた。

 南方出身の彼女は、比較的露出の多い格好にも関わらず、虫などにたかられる事もない。それは彼女が常に身にまとう微量の魔力保護マジック・プロテクトのおかげだった。


 大陸の中でも戦乱と混迷を極め、暗黒部としてしられる地域に住むトゥクウォリ族にとって、生きる術すなわち戦闘能力と言っても過言ではない。

 死の尖兵と呼ばれるトゥクウォリの魔法戦士団にあって、集落一の強さを誇るハンガウは、この地でも優秀な狩人として、ヤマタ王軍を仕留めていった。


 その彼女が、今は中央山脈の霊峰ヤマタの裾野に広がる、黄泉よみに繋がると言われている大森林に潜んでいる。その眼前には、森を切り拓いた獣人奴隷達が、やぐらを立てている最中だった。


「あれを見たら、オウ様は何と言うか?」


 目の前では王軍の引き連れてきた魔獣が、神聖なる森の木を伐採した丸太で組んだ、隙間だらけの小屋に入れられ、その周囲を兵士達がグルリと囲んでいる。小屋には封じの札が貼られ、魔獣は結界によって中に閉じ込められていた。


 その中にいるのは犬人族の男。何も持たされずに小屋の中で逃げ惑う男を魔獣が追い立て、それを見る兵士達がはやし立てている。


「下衆な輩、戦士の風上にもおけませぬ」


 隣に潜む女戦士が、長弓を携えてつぶやく。誉高いトクウォリ兵にとって、弱者をいたぶるのは恥とされる行為だった。


 秀でた額と通った鼻筋に皺を寄せながらも、手で制するハンガウ。周囲の者達も弓矢を手に、ピタリと前方を見据えている。精霊石で作られたやじりは、青く醒めた光を放っていた。


 小屋の中では、犬人族が魔獣の爪に捉えられそうになり、周囲の兵士達がドッと沸き立つ。掠った爪に衣服を裂かれ、涙と汗を振りまきながら、絶望的な状況に覚悟をきめる犬人族の男は、きたる暴力に体を硬くしたが、いつまで経っても魔獣が襲いかからないーーすると突然脱力した魔獣がのしかかってきた。


「ヒイッ」


 と悲鳴をあげる犬人の隣に倒れる魔獣の頭には、一本の太矢が突き立っている。腰を抜かして固まる犬人族と対照的に、


「なんだ?」「どうした!」


 と警戒をあらわにするヤマタ軍兵士、その額に次々と矢が突き立つと、森から恐ろしい速度でトクウォリ兵達が駆け抜けて来た。


 結界警報が、駐屯するヤマタ兵達の意識をひきつける。それを受けてすぐさま駆けつけた兵士達を、次々と刃にかける女戦士達。

 その先頭を行くハンガウは、紋章の描かれたひときわ立派な天幕を目指した。その門前には、ヤマタ兵の人の壁が待ち構えている。


「邪魔だ!」


 大陸言語が通じないことを承知で叫びながら、盾を前に構えて突進する。敵後方から複数の矢が飛来するが、魔力を込めた丸盾は全てを弾き逸らせた。

 背負った魔剣がカタカタと鞘鳴りを始めるのを、なだめるように掴む。一気に抜き放つ刃は、わずかにS字カーブを描き、その剣身は仄かに黄金色の輝きを放っていた。


 〝黄金剣のハンガウ〟


 戦場で恐れられるトクウォリ族の死の尖兵の中でも、大陸中に悪名を轟かせた女戦士の突進に、それを知らぬはずのヤマタ兵達も動揺する。


 その一瞬の隙をついて、間を縮めたハンガウは、一太刀で前列三人を真横に切り裂いた。魔力の黄金刃が伸びる刃後じんごを一気に攻めたてるトクウォリ兵。

 勢いに飲まれて、一気に半数まで数を減らしたヤマタ兵が悲鳴をあげた時、殺された兵士達から煙が立ち昇ると、操り人形のように手足を動かしたそれらが、無造作に槍を突き出した。


「死霊魔法使いか」


 肉と毛の焼ける嫌な臭いとともに、邪法を操る者への嫌悪感が募る。ヤマタに伝わる秘術ーー死霊魔法の使い手の出現を予期した。


「ホッホッホッ、死霊魔法とは失礼な。陰陽師とお呼びなさい」


 発音のおかしな大陸言語が敵陣から聞こえると、肉を焼き、半ば骸骨をさらす兵士達の後ろから、豪奢ごうしゃな服装の男が姿を現わした。その手には、この地独特の細工を施した、錫杖しゃくじょうが握られている。


 その反対の手から多数の札を空中にばらまくと、不可視の網が光を放ち、ハンガウ達を半球状に取り囲んだ。


 〝しまった罠か〟


 ハンガウは自軍の位置を確認すると、全員が結界の中に入ってしまっていた。すぐに気持ちを入れ替え、後ろに構えた右足で部下に警戒のサインを送ると、目の前の敵に集中する。余裕の表情を浮かべた術師は、


「ホッホッホッ、あなたが黒人の兵士長ですね? むやみやたらとヤマタの民を殺す大陸のケダモノ。このヤベシが討ち取ってくれるわ」


 言うが早いか兵をしむける。密集して槍を構えるその半数が、焦点の合わない焼けた目を剥いた、反魂の禁術で不死の兵と化したアンデッドだった。


 まともに剣で打ち合っても、魂を浄化しなければキリが無い。さらに後方では、ヤベシという術者が、次なる策を弄している様子が見て取れる。


 トクウォリ兵に聖職者はいない、戦場に神などという生易しいものは存在せず、死神のみが支配するという思想だからーーつまりこの場合、浄化のために用いる手段は神聖魔法などではなく、彼女達が唯一信じる〝剣〟しかなかった。


「魔剣陣を組め」


 ハンガウの後ろに手下が並ぶと、直列を2本作り出す。その手元にそれぞれの剣を構えると、一斉に構えを取った。前方から見ると、まるで幾つもの剣がハンガウから生え出ているように見える。


「ふん! 今までお前達が相手をしてきた雑魚共と、このヤベシを同列に見ると、痛い目を見ますよ」


 錫杖に呪物を載せたヤベシが、自信満々に声を張る。優雅な舞いに合わせて、周囲の結界が力を増すと、強固な膜が形成されていった。


 ハンガウの剣も光を増し、今や直視できない程の輝きとなっている。それが瞬間移動すると、密集陣形のヤマタ兵の間で、黄金の剣舞が狂い咲いた。


 後続のトクウォリ兵達も光る剣を掲げて突撃する。アンデッドと化した不死の兵も、切られた周囲を焼き溶かされて、肉体を消滅させていった。


「くっ! これでも喰らえ!」


 思ったよりも素早い侵攻に焦ったヤベシが錫杖をふるうと、そこに載せられた呪物が宙に舞う。


 空間に広がる銀色の粉、妖怪の遺骨を様々な呪法で煎じたそれは、半球形の結界によって、瞬時に妖力の軌道を描き、効率良くトクウォリ兵達に降り注ぐ。


 魔剣や盾で防ぐも、細かな銀粉は避けようもなく、次々とトクウォリ兵達にふりかかった。


「ホッホッホッ、これでお前達は動けない」


 錫杖に法力を集めると、封じの呪文を唱える。これで目の前の敵兵達は全身を麻痺させて、無力化する事が出来たはず。


 ニヤリと脂っこい笑みを浮かべたヤベシは、これからどうやって無力化した敵兵を拷問にかけてやろうか? と、己の下衆な趣味に浸ろうとしていた。


 その視界が突然、金色の軌跡に犯されると、天地逆転して闇に閉ざされるーー胴体から離れた首は伐採された切り株に落ちると、血を撒き散らしながら転がった。


 ハンガウは振り抜いた剣を血振るいすると、倒したヤベシという術者の衣服で血を拭い、


「流石に高価な布地だな、血が良く取れるわ」


 綺麗になった刃を確かめると背中におさめた。骸と化した術師に視線を落とすと、


「我らが霊能者の兵だと知っていただろうに、力を持っていても頭がついてこなかったな」


 と呟く。その間に、ヤマタ兵を全て討ち取った部下の一人を捕まえると、


「もう良いぞ」


 と、その鼻に詰められた真綿を抜き取った。その中には、破邪の薬草がキツく詰め込まれている。その様子を呆然と見守る犬人族の男にも、


「もう出てきて良いぞ」


 と告げると、男はヒョイッと体を上げて、かんぬきの掛けられているはずの扉を開けながら、


「ハンガウ様〜ん、死ぬかと思ったワンコ」


 尻尾をフリフリ姿を現す。それを怪訝そうな顔で迎えたハンガウは、


「気持ち悪いからくねくねしながら近寄るな、手筈は整ったか?」


 とたずね、距離を置く。


「ひどいワンコ〜、でもそんなトコロがすてきンコ」


 なおもくねくねとシナを作ってから、


「こっちの誘いに乗ってきたワンコ、憎っくき黒衣の大臣もこちらに向かっているワンコ」


 キラリと目を光らせて告げた。一つ頷いたハンガウが部下達に命じると、封印の切れた小屋で暴れる魔獣達を処分していく。


「こちらの拠点は手に入れた。後は潜伏隊の合図を待つだけだな」


 周囲を見回してその首尾を確かめると、尻尾を振る犬人族を連れて、次なる作戦に備えて動き出した。

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