それぞれの事後
様々な憶測が飛び交い、混乱の収まらない聖都にあって、大司教ラウル主導の下、急ピッチで復旧作業が行われていった。
広く国土に普及した主神ハドル聖教の総本山には、巡礼、そして寄進などの莫大な富が集中する。そして周辺都市では、再建用の沢山の資材が、熱心な信者と共に、消費されるのを待ち受けていた。
〝襲撃景気〟
不謹慎ながらも、しばらく動きの無かった古都が、降ってわいたような活気を呈している。
指導者として手腕を発揮した大司教ラウルは、大聖堂の執務室から、聖都の様子を見下ろして、リリやその他の犠牲者の事を思い、ため息を吐いた。
「君なら叱ってくれるんだろうな。これでいいのよ、民が主役なんだからって」
少しの間黙祷を捧げたラウルは、すぐさま舞い込んでくる決済の山に向かった。これもまた、平和を祈念して戦ってくれた者への恩返しなのだ、と心に言い聞かせながら。
*****
そんな混乱も収まりつつある穏やかな午後を選んで、今回の儀式、そして聖都襲撃において犠牲となった多くの神殿騎士、神官団、魔術師、そして〝睡蓮火〟のリリ・ウォルタを合同で鎮魂するための追悼式が催された。
来賓には、剣聖ウォード、神の槌ノーム、剣龍ミュゼルエルドといった、リリと冒険を共にした重鎮を始め、聖都本来の魔術ギルド長にして、現魔術ギルド総長ライザベル女史や、大集落を束ねる森エルフの族長〝精霊王〟ラフーフツなど、生きながら伝説と化した人物の名前が並んでいる。
「聖都を守るために犠牲となった者達の事は、永久に忘れない。この街の要石に刻み、これより築き上げる平和の礎としよう」
大司教ラウルの演説で始まった儀式は、司祭達の鎮魂歌の合奏の中、祭壇に花を添える献花の儀に移っていた。
各人が無言で、リリの睡蓮火を想起させる睡蓮の花をたむけていく。過去にリリとライバル関係にあり、近年では最も信頼を寄せ合っていたという、魔術師ギルド総長のライザベルは、引っ詰めた髪に喪章として黒の髪留めを付け、厳格そうな顔を曇らせながら、睡蓮花をたむけた。
その祭壇には本人の遺体などない。それどころか、多くの人間が焼け死に、遺骨も判然としないことから、合葬とされ、祭壇には名前の刻まれた玉石のみが据えられていた。
『もっとも、フレイム・タンの巫女である貴女の魂も、こんな所にいるはずがないんですけどね?』
心の中で呟いたライザベルは、席に戻る途中で、リリが常々自慢の種にしていた、リロという名の南方エルフの少女を探す。一際大きな魔力を辿っていけば……すぐに見つかった、一際小さく肩を落としたあの子に間違いない。
大きな魔道書をかかえて、不安そうな顔を下に向けている。リリが心配していた通り、ショックを受けて、それを受け入れようと我慢して、全てを内に秘めている感じ……これは一言言っておかねばなるまい。
ライザベルはリロの元へと近づくと、
「リロ・セイゼンですね? 式の後、魔術ギルド長の執務室に来る様に」
クイッとメガネを上げて告げると、返事も聞かずに去って行った。
*****
祭壇では、最後に壇上に上がった剣聖が、大人しく睡蓮花を添えると、振り向いて会場を見回した。
「今回は勇者召喚の儀などという、いつ来るかもしれない事態に対する下準備のために沢山の人命を失った」
突然の発言に会場がざわめく。剣聖などと呼ばれているが、独断専行、苛烈な物言いで知られる彼の行動に、式の関係者が慌てて止めようとした。
だが相手は剣聖である。並みの人間がどうこうできる訳もなく、良く通る声は街にまで響いた。
「俺の戦友リリ・ウォルタもそうだ。こんな事で失うほど安い命ではなかった。そうであろう?」
ノームやミュゼルエルドの方を向いて語りかける。皆一様に苦い顔をしながら頷いていた。
「だがリリは、俺がこの世で唯一認める戦友であるリリ・ウォルタは、今際の際に〝良い幕引きね〟と言った〝死ぬには良い日〟とまで言って微笑んだのだ。異界の女神などという化け物を封じて、魂までも消耗した後で」
珍しく感情を抑えたウォードが、一言一言噛みしめるように語る。その姿に、止めに入った者も何も言えずに、固唾を飲んで見守った。
「……最後の言葉は皆に向けて、だそうだ」
と言うと、水を打ったように静まり返る会場を見回し、後ろの方で立ち見していたバッシと目が合う。そこをグッと睨みつけると、
「〝楽しくやっちゃって〟……以上!」
さっと身を翻す姿を、皆一様にポカンと見送った。そして己に合わぬ舞台を降りたウォードは、恥ずかしさのためか湯気が出るほど赤くなっている。
「全くこんな事までさせよって」
とブツブツいいながら、用意された椅子にドッカリと座ると、腕を組み、固く目を閉じて、閉式まで微動だにせず過ごした。
*****
聖都には酒場が無い。そこでノームに聞かれたバッシは、以前リリに連れて行かれた〝ペネロペの気まぐれ亭〟を紹介する事にした。
大通りを逸れた裏筋にあるこじんまりとした食堂は、亡きリリ・ウォルタを偲んで、沢山の常連客が、真昼間から詰め掛けていた。
今日だけは個室も全て開放し、客が集まるにまかせている。
忙しく立ち回る女将さんは、バッシを見ると、駆け寄ってきて抱きついた。その後ろにいるノームがリリの古い戦友だと知ると、ノームの事も抱きしめて、わんわんと声を出して泣き始める。
しばらくして店の片隅に案内されると、ようやくエール酒が届けられた。後から来たノームの従者が、特上のドワーフエールを10樽も担いで来たのだ。それをその場の皆に振る舞い、皆で最上級のエールを掲げながら、リリの冥福を祈った。
「あんな形式ばった所におったら、肩が凝っていかんわい。それで無くても連日の鍛治仕事で岩の様にカチカチなのに」
と肩こりをアピールして、バッシに揉ませながら、エール酒を傾ける。肩を揉みながら、リリを失ったショックの癒えないバッシは、
「今後、俺はどうしたら良いでしょうか?」
と問うた。様々な恩を返す前に急逝してしまったリリ。居なくなって初めて、その存在にどれだけ救われていたのか気付く。
どん底の状態の時、得体の知れない存在である自分を引き上げてくれたのは、このノームとリリ、そして仲間達である事は、間違いない。
そして家族というものを知らず、憧れ、心の底から望んでいるバッシにとっては、リリは母親と言っても良い存在だと感じていた。
ちらりとバッシを見たノームは、
「単純だ、やるか? やらないか? それだけの話じゃよ。人生に意義など求めず、やれる事をやっていれば、自ずと終わりはくる。後から見た者が色々と意味を付け足すが、そんなもの当人にとってはオマケみたいなもんだ。お前の人生を考えてみろ、生きているだけで奇跡的じゃろう? じゃあその日、その時を精一杯生きろ。先を見通す頭がないなら、勘を頼りに突き進め。どうせそれしかできないじゃろうが?」
と言ってグビリとエールをあおる。
確かに、考えてもどうしようもない時は、とにかくやる! 生き続けるしかない。 頼りにしていたリリが居なくなって、一番困っているのは、間違いなくリロだろう。ならば彼女の側にいて、できる限り支えていくのが、当面のやる事ではないか?
そう思ってエールを初めて口にする。これはなんとも……
「今夜のエールは苦いなぁ」
つぶやくノームの目は赤く腫れ上がっていた。同様に赤い目をしたバッシも心の中で同意する。苦くて……沁みる。
それからポツポツと語る、若き日のリリとの思い出話を聞きながら、一向に酔う気配も無く、明け方まで飲み明かした。
*****
珍しく式の最後まで残った剣聖は、最後に胸に手を当てて、黙祷を捧げると、ミュゼルエルドと共に聖都から去ろうとした。それを意を決して呼び止めたのは、犬人族のウーシアである。
始め面倒臭そうに彼女を見たウォードだったが、
「バッシの仲間か? 少し前に見た時と、ずいぶん印象が変わったな」
とウーシアを注意深く観察して、
「それにお主、どこかで感じた事のあるような雰囲気をまとっておる」
と鋭い洞察を見せて、昔の記憶を探り出す。
「犬人族のカニディエ氏族……って聞き覚えが無いかワン?」
と言うウーシアに
「東方部族の〝霊能者〟オウか? お主は……その血筋の者か? そういえば目が良く似ておる。奴は元気か?」
近づいたウォードが、肩をゆすって親し気に言う。だが、見ず知らずの親族かも知れない者の安否など、知る由も無いウーシアは、
「知らないワンウ、その名前もミュゼルエルド様から教えてもらったんだワフ」
と正直に答えた。それを見たウォードは、
「お主の右手に感じるもの、奴の霊剣とそっくりだ。そしてお主、奴隷の軛をつけておるが、それは……」
と言うと、コクリと頷いたウーシアは、
「輪廻の女神が発した波動だワン、あの場にいた全ての者に影響を与えた、あの波動のショックで解けたんだワン」
と首輪の下を見せた。本来ならばそこに有るはずの奴隷紋が無い。そっと元に戻したウーシアは、波動を受けて以来、みなぎるように溢れ出る霊感の力を放出すると、
「これと同じ霊剣を持つ人の話を聞かせて欲しいワン」
銀色のオーラが昇華する霊剣を出現させた。以前は刺突短剣状だったものが、小ぶりショートソード程の長さになっている。それは軛から解放されて、本来の力を取り戻したウーシアの、心の姿そのものだった。
黙ってしばらく霊剣を見つめたウォードは頷くと、何事かを話し合いながら、大聖堂に与えられた居室に二人で消えて行った。
*****
〝ワイズマン〟ゲマインに呼び止められたジュエルは、
「あなた達、Sランクを目指しているって本当なの?」
と問われて、
「はい、正確には、私がSランクを目指しています」
と答えた。
ジッと見つめられると、己の全てを見通されるような気がする。だが、そんなゲマインの目をしっかりと見返すジュエルに、一切の迷いは無かった。
「そう、もし良かったらだけど、その理由を聞かせてもらえないかしら?」
と言うと、立ち話も何だからと、自分達の宿泊している宿の食堂に誘われた。ジュエルも今後のために付き合いを深めたいと思っていた相手だけに、願ってもいないチャンスと付いていく。
物価の高い聖都にあって、なお高級な部類の宿は、一泊いくら位するのか? ジュエルには詳しく分からないが、相当な金額になるだろう。
その離れにある、こじんまりとしながら、手入れの行き届いたカフェに、ゲマインと二人で席に着いた。
「単刀直入に言うわね、あなた達〝大門軍団〟に入らない? もちろん〝聖騎士団〟という枠はそのままで良いのよ。私達のはもっと大きな集合体、パーティー同士の相互組合みたいなものと考えてもらっても構わないわ」
と勧誘をしてきた。一瞬驚いたジュエルも、説明を聞く内に、良い条件のように思えてくる。単体では困難な依頼も、数組のパーティーで当たれば効率良く達成できるし、リーダーの〝ワイズマン〟ゲマインは、A級パーティーを率いる頼りになる存在だ。後は……
「取り分なんかは細かく決めていないのだけど、活躍の度合いと話し合いで決めていくつもりよ。ハッキリ言うわね、貴女達は今回の件でBランクには上がれるかも知れない。でもAランクの私から見て、聖騎士団が同じランクに上がるのは、早くて三年先、さらにSランクなんて、死ぬ前になれれば良い方って所よ。でも数の力を一点に集めれば、一人くらいSランクになれると思わない?」
真剣な表情のゲマイン、騙そうとしているようには見えなかった。
「返事は急がないわ。でも次の仕事は極東の島国に行く事になっているの。だからよく考えて、一週間以内に返事をちょうだい。聞きたいことがあったらいつでも来てね? では良いお返事をまっているわ」
と告げると、忙しそうに去った。一人取り残されたジュエルは、冷め切ってしまった乳茶を口に含むと、今後の計画の立て直しに、頭をフル回転させていった。