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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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聖遺物の金杯

「くそっ! くそっ! 何故こうなった? 我が軍勢がこれしきの事で敗退するとは、どうした事だ?」


 囮にされた事を知らぬ軍団長は、血を流さんばかりに歯を食いしばりながら、周囲を見回した。


 ドラゴンに蹂躙され、逃げまどう部下達は蜘蛛の子を散らすように敗走し始めている。


「全戦力を合わせれば、いかなドラゴンと言えども敵わぬ敵ではない」


 と声の限りに叱咤しても、その命令を聞く者はいない。孤立した彼の目の前に、爆風を伴って飛来したのは、当のドラゴンだった。


 その重量に着地した石畳が悲鳴をあげる。硬い鱗に覆われた巨体は、戦火に照らし出されて赤黒く、時に紫がかり、立派な鼻腔からは、空気を歪める熱い息が漏れ出た。


 立ち上がる脚の爪が、地面を軽く切り裂く。その後ろに畳まれた剣爪からは、今さっき付着したばかりの部下達の血肉が滴り落ちた。


『お主が首謀者だな』


 心に響く念話が脳を揺らす。聞く者を圧倒する波動によろめきながらも、血走った目を向けた男は、


「おのれ、下等なモンスターの分際で、よくも我が軍勢を蹂躙してくれたな」


 憎しみのこもった声を発した。己が唯一正しく、邪魔をする者が全て悪だと決めつける言葉に、思わず反応したラウルが、


「貴様の物言い、旧皇国の貴族そのものじゃな。他国にこれほどの被害を与えておいて、逆恨みしか出ぬとは、リビルト皇国ももう長くあるまい」


 隣国の名前を出して指摘した。過敏に反応した男は、


「逆恨みだと!? 我が国の大儀に賛同せぬお主らに、生存権など元々存在せんのだ! その上で皇軍に危害を加えるなど、不届き千万!」


 泡を飛ばしながら腰元の細剣を抜いた彼は、狂ったように振り回すと、


「やあああぁぁっ!」


 と無様に突進してきた。



 ーー前脚を上げて、下ろすーー



 ただそれだけの動き。それでもミュゼルエルドにとってはもったいない。そんな愚にもつかない相手は、一瞬で血肉の塊となり、聖都を穢した。


 ミュゼルエルドが嫌そうに爪を血振るいした時、ラウルの頭に違和感が響く。これは……


「まずい、宝物庫の封印が解かれた。まさかこの機に乗じて宝物庫を荒らすのが狙いか?」


 ミュゼルエルドもそれを聞いて、大聖堂に引き返そうとする。だが、何かに引っ掛かって、体の向きを変える事が出来なかった。


 脚元を見ると、真っ黒なイバラ状のつるが、男をつぶした右前脚に絡みついている。いつの間に!? 嫌悪感に熱い息を吐き出す。


 そこへラウルが光弾を放つと、絡みついた蔓が四散した。その間にも他の脚に絡みついたイバラがミュゼルエルドを地面に繋ぎ留める。


 苛立ちを覚えたミュゼルエルドが、自身の脚ごと手加減気味の炎の息(ドラゴン・ブレス)を放射すると、炎が過ぎた後には、敵の燃え尽きたカスが残るのみ。だが、その下からさらに無数の黒イバラが伸び、絡みついてきた。


 咄嗟に巨大な翼を広げて上空に逃げたミュゼルエルドの眼下で、逃げ遅れた住民がイバラに絡みつかれて犠牲になるのが見える。

 ラウルは、神に祈りを捧げると、地上の一画に聖域を作り出した。


 その区画には黒イバラも侵入できない。だがどこにあるかも分からない本体は、しぶとく消滅を免れると、黒イバラが蛇のようにのたうちながら移動していった。


『闇に紛れるつもりだ』


 ミュゼルエルドの警告に、ラウルは、


「光のブレスを!」


 と反応する。


 光のブレスーーそれはラウルの光魔法の性質を、ミュゼルエルドのドラゴン・ブレスと同期させた合体魔法である。

 高度な技術を要するが、共闘に慣れた二人にとっては朝飯前の事だった。


 だが、眼下には逃げ遅れた住民や、敵の残党と戦う神殿騎士団員達も居る。

 それらに害を与えない為には、黒イバラの本体を誘い出して、極絞り込んだ範囲に放射しなければならない。


 そこへ神殿騎士団長のオルフロートが騎馬とともに駆けつけて、剣を振りかざして黒イバラと戦いを繰り広げだした。

 付かず離れず応戦する様子から、陽動となって住民を避難させようとする意図が伝わってくる。


 長大なイバラからは粘性の分泌物が溢れ出て、流石のオルフロートも取り込まれそうになると、部下達が押し寄せて神聖魔法で黒イバラを弾き返した。


「今だ!」


 ラウルの掛け声と共に、膨大なブレスが放射される。そこにラウルの神聖魔法が螺旋の光を添えると、絶妙な配合を見せた光のブレスは、黒イバラの中心部を射抜き、地面を深く溶かして消えた。


 周囲に張り巡らされ、千切れた黒イバラが消滅していく。光を避けたオルフロート達がポッカリ開いた穴を確認すると、上空に向かって合図の剣を振るった。


『どうやら本体を殺ったようだな』


 ミュゼルエルドはそう言いながら、身に付いた穢れを落とすように、男を潰した脚爪を振るう。


「かなりの時間を与えてしまった、元よりこいつは囮だろう。宝物庫に向かってくれ、何が奪われたか? 確かめなくてはならない」


 封印はかなりの強度を誇る、それはラウルが自ら施したものだった。それがこうもあっさり解かれるとは……敵は相当な準備をして事に及んだに違いない。


 ミュゼルエルドの背中から大聖堂を見下ろしながら、もはや遅きに失したであろう現場に向かったラウルは、深いため息を漏らした。


「やられた……」


 絶句するラウルに、


『何をやられたのだ?』


 大聖堂の外から、ミュゼルエルドの念話が問いただす。この男がこうも深刻に捉える出来事とは、何が起きたのか気になった。


「聖都の秘奥、秘中の秘と呼ばれる聖遺物が盗まれた。聖女の遺灰が納められている金杯だ」


『うむ、昔の坊さんの灰に何の価値がある?』


「価値、計り知れぬ価値がある。わが教会を作り上げたとも言うべき偉人の遺灰。その歴史的価値、ハドル教会の根幹を成す宝だ。だが、外部の人間にとっては……ただの金杯にすぎない」


 ラウルも首をひねる。宝物庫にはもっと価値の高い品が多くあったが、それらには手をつけず、狙い澄ましたように金杯と遺灰だけが無くなっていた。


 これの為に軍勢を消耗し、外交的負い目を作って、あまつさえ不安定な国を揺るがすほどの兵役を引き起こすとは、とうてい正気の沙汰とは思えない。


 だが、


『潰した男に仕込まれた黒蔓の足止め、あれは第三者の策略にはめられた感じだな』


 ミュゼルエルドの推測にうなずく。何を企んでいるのか詳しく分からないが、推測も及ばぬ事態が動きだそうとしている。これはとり急ぎ調べねばなるまい。


 封印を解かれた大扉に横たわる、聖都の結界を任せた司祭の亡骸を見下ろしながら、大司教はまたも深いため息をついた。裏切り者はやはりこいつか。


「一先ずは儀式を完遂せねばなるまい」


 背筋を伸ばしたラウルが顔を上げる。


「ミュゼルエルド、申し訳ないがもう少しここに留まってくれまいか? そして儀式が成ったあかつきには、リリ達の安否を確かめに行って欲しい」


『ああ、ワシはこの場にてお前さんの護衛を受け持っておるからな、安心して儀式を完遂するが良い』


 そう言って大聖堂に陣取るミュゼルエルド。オルフロート達の活躍もあり、焼き討ちをかけられた聖都も朝を迎える頃には落ち着きを取り戻した。




 明け方ーー儀式を成し遂げたラウルに笑顔は無い。いまだリリの運命を知らぬ身にありながら、焼け跡の臭いに煙る聖都を眼下に、不吉な予感が胸を締め付けた。


 その視界の先には、儀式を見届けて、本来の相棒ウォードの元へと飛び去る剣龍ミュゼルエルドの姿があった。


「リリ達をよろしく頼むぞ」


 かすれた声をかけるラウルの元に、配下の司祭達が寄せ来る足音が届く。

 これから荒れ果てた聖都の再建に忙殺されるだろう。だがその間にも今回の強奪の件を調べねばなるまい。


 得体の知れぬ陰謀の渦中に巻き込まれた事だけは確かだろう。ラウルは柱の陰にたたずむ男に何事かを告げると、司祭達の元へと重い足を向け、密命を受けた陰の男は頭を下げると、音もなく立ち去っていった。





 *****





「お疲れ様でした、最も難しい部分は全て人任せ。いや〜、仕事ってのはこうでなくちゃね」


 少年は、配下の者達が運び出す金杯を見ながら、満足そうに軽口を叩く。それを聞いたのは、足元に広がる闇。


「ジュールス導師の裏切りもお前の入れ知恵か?」


 重低音が地の底から冷たく響く。怒りを抑えきれないその声を聞いた少年は驚いた顔で、


「まさか! 我々も寝耳に水ですよ。だいたい彼はあなたの引き込みで参加したんですから、こちらに罪を擦りつけるのは止してください」


 腰に手をやり遺憾の意を示す。だが、そのコミカルな見た目に反して、最も油断ならぬ相手である事は、短い付き合いの闇にも充分知れていた。


 現に聖都から離れたこの地には、彼の手引きによって高速運送を可能にする馬車団が手配されている。


 見事な手並みで大きな金杯に偽装を施すと、積荷の中に紛れ込ませて、あっという間に密輸の準備を整えてしまった。


 その御者台の上に乗り込んだ彼は、闇に向かって、


「ではまた、お互いの利益が合う時は、気軽におっしゃって下さいね」


 と声をかける。人外の存在である闇に、ここまで気軽に接する人間はいない。その指に光る銀輪を見つめた闇は、


「ピノンよ、姿を隠した輪廻の女神の行方をしっかり探っておけ。そして逐一報告せよ。不完全なの化身とはいえ、世界のバランスを崩しかねない存在だぞ」


 と最後の声をかけて、姿を消した。その名残に向かって、


「ええ、あんな化け物の相手はあなた達に任せますから、その時はよろしくお願いします。もっともわが主がそれを望めばですけどね?」


 と言うと、短く〝ピュイッ〟と口笛を鳴らす。隊列を組んだ馬車団は、夜も明けきらぬ街道に土煙を上げて走り去って行った。

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