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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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一息

「リロちゃん、リロちゃん聞こえる?」


 頭の中に響く声……これは……初代……様?


 ゆっくりと頭が回りだすが、何故だろうか? 違和感が残る。


 私は今何をしているのだろう? どこにいる? そもそも私は誰?


 そういった基本的な事が何も浮かんでこない。胸を占めるのはボンヤリとした不安ばかりで、何かを考えようとすると、思考が麻痺した。


「リロ、私よ、分かる? あなたの師匠、リリ・ウォルタよ」


 リリ! その声を聞いた瞬間、不安が一気に晴れると、暗闇に光が射し込んだ。いや、リロの重いまぶたがやっと開いただけだ。でもそこは見慣れた現実の風景ではなかった。


 これは……タンたんの666ページ目に吸い込まれた時と同じ場所だ。


 そこまで考えて突然、全ての記憶が暴力的に戻ってきた。地面に倒れていた上半身を起こすと、目の前には初代様をはじめ、少女達が輪になって囲んでいる。


 初代から連綿と続く獄火の魔導書フレイム・タンの契約者。没後には魂がタンたんと結びつき、世界の狭間に取り込まれて精神退行を起こした少女達。


 その一番前に居るのはーーお師匠様! リロと同年代位の少女と化したリリが、


「どう? 若い頃の私も可愛いでしょ?」


 と白いワンピースを翻して微笑んだ。


「お師匠様! さっき離宮に行かれた時に……命を……」


 その先は言えなかった。あの時はっきりと感じた感覚は。


「〝死〟でしょ? さっきって言うけど、もう半日は経っているわよ」


 軽い調子で宣言されたらショックを受けないと考えているのなら、それは全く効果がなかった。

 〝死〟という言葉を聞いた瞬間、リロの心臓が停止しそうなほどドクンと痛みを放つ。


「まあ、遅かれ早かれこうなる運命だったから、とっくに覚悟はできていたわ。それにね、いい事教えてあげる」


 ニコリと笑みを浮かべる師匠に、


「何ですか?」


 と尋ねると、


「割と苦しくも、痛くもなかったわよ〝死ぬ〟って。生きてるのと境界線も曖昧だし、最後はフワ〜ッとよく分からなかったし。ウォードの泣きっ面も見られたから、まあ満足かな?」


 テヘッと舌を出す師匠が信じられなかった。と同時に、


「プッ、フフッ、お師匠様らしいですね」


 何だか深刻に思う自分が滑稽に感じられる、こうして話も出来ている訳だし。

 でも胸の中にポッカリと穴が空いたような感覚は変わらない。現実の世界ではもう会えないのだ。


「そんな事ないわ、いつでも会えるわよ。ただし今回の事でだいぶ力を使わせてしまったから、当分は力を使えないけどね? ねえ初代様?」


 すると勝手に遊びだした少女達の世話をしていた初代様が、


「え? ええ、しばらくはリリちゃんの手伝いで、魔力の再貯蓄に集中しなくちゃね。この娘達もまとめていかないといけないから大変よ。覚悟していてね?」


 髪の毛を引っ張られながら言う。完全に精神退行を起こした先々代達はイタズラっ子ばかりらしく、それをリリと二人でまとめ上げていく作業……大変そう、と思っていると、


「フフフッ、伊達に五人兄妹の長姉だった訳ではないわよ? ビシバシ指導してあげるから覚悟して下さいね? お師匠様も!」


 リリは自身の師匠を見つけると、ビシリと指を突き付けた。それに怯んだ少女が師匠の師匠なのだろう。初代様の後ろに隠れると、他の娘もその影に隠れる。


 まあ、この調子なら大丈夫そうか。でも私は……


「お師匠様がいないと、これからどうしていけば良いか分かりません」


 不安が胸に再燃する。これまで独り立ちしてやってきたつもりだったが、全ては師匠の目があるからと、どこかで甘えていたのだ。その事が今になって実感できるとは、我ながら情けなかった。


「そんな事ないでしょう?」


 と指で示された先には、魔方陣に縁取られた鏡が出現した。そこには離宮に辿り着いた一行と、リロを抱えて座り込むバッシの姿があった。


 力なく横たわるリロに、優しく何事かを語り続けている。さらに神聖魔法をかけ続けるジュエルと、手を握ってくれているウーシア。皆心配そうにリロを見ていた。


「戻らなきゃ」


 というリロに、


「そうしなさい。そしてまた会いましょうね? その頃にはもっと若々しくなっちゃってるかも知れないけど」


 ニッコリ笑った師匠に背中を叩かれた、と同時に目が覚めたーー


 ホッとする仲間たち、頭を撫でるバッシの


「大丈夫か?」


 という言葉に、一息詰まらせた私は、


「大丈夫じゃないっ!」


 と言うと、その大きな胸に抱きついた。





 *****





 ーー聖都炎上ーー



 有史以来初めての事態に、大聖堂内は騒然としていた。


「何故だ? 結界はどうした? この前黄魔石を替えたばかりだろう? まさかそのせいで結界が働かなかったというのか?」



 一人の司祭の言葉に、


「ばかな! しっかり始動した事は大司教様も確認したはずだ!」


 他の司祭が反論する。だが、いくら言葉を並べたところで、何者かに襲撃を受けて、炎上しているのは事実なのだ。聖なる結界と頑強な街壁に守られ、神に愛された都とまで呼ばれた都市が。


「大司教様はどこにいらっしゃるか?」


 と問う声に、


「剣龍様とともに大聖堂をお離れになられました」


 と小姓が伝える。この重大な儀式の最中に!


「こんな時に外出あそばされるとは」


  絶句した司祭が表に出ると、炎に照らされた剣龍ソード・ドラゴンミュゼルエルドが飛び立つ。

 その翼風によろめいた司祭が、体勢を整えて見上げた時には、既に上空高く舞い上がったミュゼルエルドは豆粒ほどに小さくなっていた。




 〝ラウルよ、お主の世界は複雑でいかんのう。原因は知れておろうが?〟


 暴風の中、ミュゼルエルドの問いかけに、苦虫を噛み潰したような表情の大司教ラウルは、


「言いたいことは分かっています。私も一緒に設置したあの黄魔石が、そう簡単に破られる筈がありません。これは……内部からの引き込みがあったとしか考えられませんね」


 風にかき消されないようにまたがる首から大声で話しかけた。もっとも思念を読めるミュゼルエルドには聞こえても聞こえなくても一緒の事だが。


『お前らの同胞が頑張っているが、どう見ても劣勢だな』


 見下ろす街には、神殿騎士達を始め、警備兵まで総出で侵略者と戦っている。だが街の外を埋め尽くす敵の数は、一都市など飲み込むほど圧倒的だった。


「儀式の邪魔が目的でしょうか? ならばリリ達も危ないですが……まずはここをどうにかしないと、救うものも救えないですね」


 それにはミュゼルエルドの協力が欠かせない。だがこのドラゴンには、何ら利の無い事に関わる義理はないのだ。そこの所を確かめたかったラウルに、


『お主は本当に老いたな、リリが嘆くはずだ。一言頼むと言えば良い、我とはそういう仲であろうが』


 ミュゼルエルドが多少の怒気を込めて念話を放つ。確かに、伝統と格式に縛られた大聖堂の暮らしが長すぎて、素直な意見など言わなくなって久しい。


 謀略に対して強くなった分、人間味というものは弱まったか? だがこうして結界を破る者が身内から出る事態を引き起こした自分は、結局のところ甘かったのだ。


 謀略にすら精通し切れなかった。この数十年の労苦が無駄だったかと思うと、背負いこんで来た疲れがドッと増す。


『ほれ、またそうして抱え込む。お前さん何様のつもりだ? この状況、もはやスカッと暴れる他あるまい?』


 悪い笑みに口元を歪めたであろう、ミュゼルエルドの思いが胸に染みる。そうだ、事ここに至ってはもはや細かいことを気に病む必要もない。


 昔のように思う存分力を振るって、聖都の平和維持に尽力するのも悪くない。そうと気持ちが定まると、それに呼応するようにミュゼルエルドがスピードを上げた。


 眼前には、オルフロートを先頭に、外敵の進入を防ごうと奮戦する神殿騎士団が見えてくる。その頭上を飛び越えながら、迫る外敵に向けて熱のブレスを放った。


 溶けてめくれる石畳、人間など耐えられるはずもなく、瞬時に蒸発していく。その中心地に勢いをつけて着陸すると、文字どおり地面を揺るがす咆哮を放った。


 物理的にも精神的にも圧を受けてたじろぐ兵士達、その動揺が治まる間もなく、前脚に仕込まれた剣爪を鋭く振るう。


 魔力の塊のような剣爪は、神の槌と呼ばれたノームによってオリハルコン強化されている。双槌紋と呼ばれる、極限られたノームの傑作にしか刻印されない極大刃を振るい、無双乱舞するミュゼルエルドを止められる人間など、その場には存在しなかった。


 近場の敵が全滅すると、長く吐き出された龍の炎(ブレス)が、街道に詰め寄る敵兵達を蒸発させる。後には赤熱化し、ガラス質に溶けた石畳のみが残った。


 ラウルは剣龍にまたがったまま振り向くと、後方に控える神殿騎士達の中で、重傷を負った者全てに癒しの光を放ち、一瞬にして味方全てをカバーする光の結界がみるみる傷口を塞いでいく。

 驚きと共に力づけられた一同は歓声を上げ、劣勢だった戦況は、あっという間に騎士団の優勢に傾いていった。





 *****





「あ〜あ、やっぱりあの龍が来ちゃうとお終いかな? 隊長には悪いけど、あんたら囮だから、もう少し派手にやられてちょうだい」


 遠目に剣龍ミュゼルエルドの活躍を眺めながら、味方陣営のピンチにも動じる様子もない少年が呟く。その隣には、怯えるような表情で付き従う老人ーー聖都を守る結界を担当する責任者が、媚びるような目を向けていた。


「あ、遠慮なくドンドン行っちゃって下さいね? 後ろのことは彼らに任せて。気にしたら負けですよ」


 指輪の光る手を振りながら笑いかけると、名前も忘れてしまった老人の案内で、大聖堂に通じる道を急ぐ。


 実際囮の兵団など気にする必要も無いのだ。彼の所属する派閥とは敵対関係にあるし、何かと問題を起こす無能な貴族である隊長は、所属する国にとっても害悪でしかない。


『最後に国のため身を呈して働くとは、見上げたお人柄です』


 クスッと笑いながら、隠し通路に差し掛かったところで、待機させていた隠密部隊と合流する。

 彼らにとっては、古めかしい錠前を外すなど朝飯前の事。音もなく差し込み鍵を抜き取った者達は、大聖堂に向けて浸入して行った。

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