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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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降臨

「獄火の排出口を二つり合せた火力……勇者召喚の儀式。これで……」


 なおも語ろうとする男を踏みつけると、龍装の足爪でガッチリと固定する。そこに、


「リロを元に戻せ、でないと腕を斬りとばす」


 大剣の先を腕にのせて脅す。だが満足気な男は、薄っすらと笑みを見せた。次の瞬間、剣の重みを解放すると、細い腕を切断する。血が溢れ出て地面に吸収される中、くぐもったうめき声を上げた男は、それでも余裕の笑みを崩さなかった。


 内心の焦りが胸を焦がす。背中に感じるタンたんの光が強くなり、赤熱化して半身を熱し始めているからだ。


「リロを……」


 どうして良いか分からないバッシは、目の前の男を殺して良いか分からずに、助けを求めるように後ろを振り向いた。


 次の瞬間、足元から伸びた黒炎がバッシの心臓に伸びる。反射的にバッシの大剣が男の頭部を貫いた。


「女神よ」


 声を上げ絶命した男の体が発火すると、熔けた黒い染みが地面に広がる。それが引き金となって、焦土と化した道全体が黒く染まると、儀式の金光とタンたんの発する赤光のみが明瞭に浮かび上がった。


 龍装によって加減されたため、心臓に開いた穴は小さかった。だが内側から溢れ出す血が、傷口を広げようと圧迫する。

 さらなる龍装の力で傷口を抑えると、すかさず発動された【超回復】が傷口を癒着ゆちゃくさせていく。


 バッシは心臓の痛みに胸を押さえながらも、リロの元へと無理やり足を運んだ。体を動かすたびに癒着しきれていない部分から血が滲み出る。

 それでも強引に前へ、前へ……だが眼前に広がる真っ黒な地面と、浮き立つ金光、赤光の風景に足が止まった。


 自分がどこにいて、リロがどこにいるのか? 一瞬めまいがするような感覚にとらわれると、それらがあいまいになってくる。それどころか、自分が何をしようとしていたのか? それすらも判然としなくなるのだ。


 遠くから〝バッシ〟と呼びかける声が聞こえてくるが、頭の中で意味を構成できず、上滑りして呆然と光を見る。


 その金光からピンクの蕾が現れると、大輪の花を咲かせる。あれは……あれはリリの睡蓮火だ、と浮かんだ言葉が、突然パズルのように意味という形をなした。


 その時〝バッシ〟という声とともに全ての事を思い出すと、リリの元へと歩き出す。まだ万全ではない心臓が拍動とともに深く痛むが、喘ぐように浅い呼吸を無理やりついて走ると、睡蓮火の元にいるリリが見えた。


 その右手は天を向き、黄魔石の壺を持つ左手は下がっている。その姿は、以前にポコで調べた女神の肖像画に似て、神々しかった。

 だが対照的に顔は苦痛に喘ぎ、今にも力尽きそうなほど憔悴しょうすいしている。足元に横たわるリロは、生きているのか、死んでいるのか? 判然としない状態で気を失っていた。


「リリ、リロ! 大丈夫か?」


 追いついたバッシに気付いたリリは、


「リロの事をよろしくね」


 と柔らかな笑顔で振り向くと、次の瞬間、睡蓮火を空中に浮かぶタンたんに合わせた。

 反発するように赤光を増すタンたんを、魔力をもって閉じ込めるリリ、開ききっていた睡蓮火は徐々に花びらを閉じると、蕾に戻っていった。


 その時、真っ黒な地面に赤い血管の紋様がビッシリと浮かび上がる。脈動するように明滅するそれは、再びバッシの頭を麻痺させた。

 意識をしっかり保とうとしても、力が抜けるように思考がまとまらない。


「睡蓮火の力をまといなさい」


 リリが苦しいなか、声をかけてくれた。その言葉に従って、紫光を纏うと、少しづつ麻痺の力から解放されていく。


 ぼやけていた思考が明瞭になった時、見える範囲全ての地面は、波一つ無い水面のように真っ黒な平面を形成していた。


 その表面には、何人もの人間達が、裏側から押し付けられるようにへばり付いている。まるでそこを境に、こちら側には出られないように。

 いや、それは人間ばかりではない。牛や山羊、果ては虫や鳥まで、ありとあらゆる生き物が下から押し付けられ、攪拌かくはんされ、潰されながら、ドロリドロリと入れ替わっていく。


 その内の一つ一つが、徐々に何かの指向性を持ってかたどられていく。その姿が巨大な羽根をもつ女性の姿だと分かった時、その頭頂部に∞《むげんだい》の形をした金色の環が現れた。


 その瞬間、タンたんが爆発して、睡蓮火の中を異質な炎で満たす。魔力の吸引が追いつかず、時折火柱を漏らす睡蓮火。同調するかのようにリリの口からも苦悶の声が漏れた。


 金環が黒い平面の上に浮かび上がると、ますます力を増すタンたんが、震えだす。それを抑えるリリが限界に達すると、絶叫を上げながら黄魔石の壺を抱え込んだ。


 睡蓮火から溢れでるタンたん。万事休すか? と思われた時、タンたんのページが自然に開かれ、最後のページでピタリと止まる。


 それはPページ666、真っ黒なページから淡い光が現れると、白い服を着た少女が形作られる。


『リリちゃん、ここは任せて。あなたは下の〝やつ〟をお願い』


 何人も同時にしゃべったような、不思議な重複音で少女が話す。その姿は半ば透けており、内側から淡い光を放っていた。


 少女はタンたんをふんわりと胸に抱えると、荒れ狂う炎を手櫛てぐしかすように撫でつける。

 強烈な光を放っていたタンたんは、なだめられたようにその力を納めた。リリは、


「初代様、皆さん申し訳ありません。貴女方の苦労がだいなしに……」


 と謝りながらも、全魔力を黄魔石の壺に向けて集中する。地面から突き出た∞型の金環が輝きを強めると、それに反応した祭器も強い光を放った。リリはそれを抑え込もうとしているらしい。ふたたび睡蓮火を発動すると祭器を包み込んだ。


「リリ! 無茶だ。こいつは神の力だぞ! 人間の対抗できるものではない!」


 駆けつけたウォードがリリに近づくが、極度の集中状態のリリは、それに答える余裕もない。バッシは周囲に救いを求めるが、皆が黒い地面が現れた時の催眠状態で呆然と立っていた。


 その中で、唯一意識を保っていた〝ワイズマン〟ゲマインが、


「輪廻の女神……本物の神の降臨だなんて……我々の力ではどうしようも、こうなったら一刻も早く避難を」


 と言葉を漏らす。


 バッシもリリとリロを連れて逃げるべきか逡巡したが、先ずは足元のリロを担ぎ上げると、ギリギリの状態で手元の睡蓮火を保つリリに近づいた。


 バッシの顔を見たリリが、ふっと柔らかな表情を見せた、次の瞬間、その手元が爆発的な輝きを放つ。∞《むげんだい》の金環の下では、平面を抜け出した人や動物、虫の集合体が変質し、徐々にハリと艶を持つ女神の顔を形成していた。


 その過程で形作られた口が開くと、


「オオォOOooおおぉoo……」


 洞窟のようにポッカリ開いた穴が息を吸い込んだ。同調した祭器が、リリの腕の中で火を起こしたように輝く。それを包む睡蓮火は、風前の灯火ともしびのように震えた。


「tブフウーーッッッ」


 ゆっくり吐き出された女神の生臭い息を浴びて、より一層白熱化する祭器。それを持つリリの姿が光に埋もれる。


「リリーーッ」


 思わず駆け寄ろうとしたバッシを衝撃波が襲った。そのまま現場にいた全ての者を等しくなぶった光の波動は、一瞬にして球状に拡散すると、地面をも透過して世界に放たれる。


 バッシの中で何かが組み替えられる感覚を覚える。以前、マンプルによって呪いを解かれた時のそれに似た何か……体の中にある不純物を解きほぐし、一体化するような感覚。


 視界いっぱいに現れ出でようとする巨大な女神が目を開くと、心の底からの震えがきた。それは魂の根幹から揺さぶられるような、自分ではどうしようもない畏怖である。


 バッシは手元のリロを抱き込んで、庇う事しかできなかった。


 その時、女神の上昇が止まる。明らかに輝きを抑えられた祭器を見ると、すがりつくリリがいまだに睡蓮火を出し続けていた。

 あれほどの力を前に、いまだ堪え続けて、あまつさえ抵抗の手を休めていない。リリの精神力、人間の凄みに感動を覚える。


 だがその顔は光を受けてなお青く、もはや目に力は無い。そして祭器を持つ手は焼けただれ、煙が立ち昇っていた。


 ∞《むげんだい》の金環が再度光を強めると、祭器を覆う睡蓮火が大きく膨らんだ。もはや抵抗する力も無くなりかけたリリ……だがその腕に手を添える者がいた。淡く発光するタンたんから飛び出した少女である。半透明の体がリリの中に重なると、睡蓮火の花弁が強く発光して、タンたんの魔力を吸い上げて真っ赤に染まる。


 満開の花は、その使命を終えて空中でほぐれると、光の粒子となってキラキラと空中に散華した。


 その光を浴びた地面が激動すると、黒い平面を保てなくなり、見る間に溶けていく。瞬く間に黒い地面が消えていくかと思われた時、平面に出ていた女神の一部が黒ずみ固まると、分離して完全な球体となって、空中に浮かび上がった。


 〝ドクン……ドクン……〟


 と拍動を伝えながら、球体の表面が二つ、四つ、八つと分割されていく。それは見る間に表面を覆い尽くすと、グニャリと形を変えていった。


 こいつはまずい、と頭では分かっているが、うまく体を動かすことができない。さっき浴びた光の波動のせいか、体と心が乖離かいりしてしまったかのようなズレが生じている。


 そんなバッシ達の目前で、女神の肉体に手、足、顔が出来上がっていくと、乳幼児のような体に2対4枚の羽根が生えた。


 広がりながら伸びていく羽根は、見る間に純白の輝きを放つ。

 その光に照らされるように色づいた女神は、見る間に成長すると、血の気を帯びた肢体を広げた。


 大きく開いた口から声にならない叫び声を発すると、麻痺した体を貫かれる。まるで丸裸で吹雪の中に立つように、無防備な魂が凍てついた。そこに暖かな光が射し込む。それはとても心地よく、それ故にとても恐ろしい恵みの光だった。


 慈愛の光の中、人間大の現身に降臨した輪廻の女神の頭上には、金色にうねる∞《むげんだい》の輪が燦然さんぜんと輝いていた。

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