光球の力
ノロノロと進む隊列にあって、最重要拠点である儀式を担う重装甲車の周りには、異様なほどの人が密集していた。
だがその後方と言えば、尾を引く金光に阻害されて、聖都と結ばれた光線に近づける者は無く、一定の距離を置いて隊列が長く続いている。
聖なる光とはいえ、莫大な魔力を消費した光線は高熱を放っており、邪悪なる者では無くとも、侵入を拒まれる。それ故に左右に分かれていびつな形となった隊列を見て、
「後ろからの襲撃はあまり考えられないが、罠にかかったら危ないな」
ジュエルが後方を指さしながら言った。騎乗した彼女は徒歩のバッシとほぼ同じ目線になっている。
振り向いたバッシは、確かにそうかも知れないが、この光が有る以上、賊の侵入は不可能ではないかと思えた。光が消えるという事は、この儀式の失敗を意味しているのだ。
戦場では常に先駆け要員だったバッシは、隊列の中ほどに居る時点で違和感が強く、居心地が悪かった。だが〝リリを護る〟事に一意専心、異常が無いか神経を張り巡らせれば良いのはありがたい。
そんなバッシに近づいてきたウォードが、
「ここら辺での襲撃はあるまい。どうやら敵は、俺たちを聖都から引き離す策をとっているようだ」
と話した。それに対して、
「それは勘ですか? もしその通りだとしたら、聖都側に引き返すなども検討した方が良いのでは?」
とジュエルが聞くが、
「それには及ばん、この儀式は時に限りがある。更にこれ以上人員を増やすことも、減らすこともかなわぬ。なに、聖都側にはオルフロートと神殿騎士団もおるし、なにより大司教と剣龍がおる。奴らに敵う者はこの大陸広しと言えどもまずおるまい。あいつらは昔から相性が良いからな」
ウォードはたずなをひきながら答える。彼は荒れ馬をほんの数分で乗りこなすと、とても従順な良馬にしてしまった。
「わしらはギンスバルグ達の邪魔にならぬよう、リリに接敵してきたものだけを排除すれば良い。ゲマインには隊全体の警戒を頼んでいるがな」
ここに来て〝剣聖〟ウォードなる超大物が護衛隊に参加することになり、冒険者側のリーダーだった〝ワイズマン〟ゲマインは、護衛の指揮権をウォードに即刻譲渡した。
冒険者にとってランクは絶対である。Aランクのゲマインにとっても、とっくの昔にSランクを得ているウォードは雲の上の存在であり、その人物に命令を下すなど考えられない以上、指揮権を譲る事に異存はなかった。
「襲われるとしたら、中間地点を過ぎたこの辺りになるだろう」
地図を示すウォードの手元を見ると、ここから少し進んだ先、以前に襲撃を受けた地点に近かった。
「以前にお前たちを襲った黒百足は、地脈と呼ばれる魔力の力場に合わせると召喚しやすい。更に敵の策として、こちらをおびき寄せたいならば、位置的にもここで襲撃をかけるのが効率的だろうな。俺たちはどうせ直進するしか方法が無いからな」
確かに金光の線を伸ばすのが儀式の根幹である以上、何があろうとも蹴散らして前進するしかない。
進行に関しては、前面に展開する騎士団や司祭団、そして魔法使い達に任せるしかなかった。下手に手を出すと、彼らの団結を乱す事にもなりかねない。異分子であるという自覚は、冒険者側の各人がきっちり理解していた。
「リロちゃんは魔法使いの方に行かなくて良いのですか? その火力なら中間地点より、前線の方が力を発揮できると思うけど」
ゲマイン隊のヴェールが問いかける。彼は昇格試験での敗戦を気にした様子も無く、気さくに話しかけていた。元々軽い性格なのか、リロも最近では打ち解けて、日常会話を交わす間柄になっている。
「以前に見かけた黒百足が出るのでしたら、火属性の魔法は余り有効とは言えません。死刃のウンドに対しても、追尾効果のある魔法しか当たる気がしませんから、この位置でも問題ありませんね」
と乗馬技術の上達したウーシアの後ろに乗るリロが答える。何より師匠の側にいたいというのが本心だろうが、その事を咎める人間はいなかった。
「お前こそ魔術師ギルドの正規メンバーだろう? 先輩のお姉様方に挨拶して来なくて良いのかい?」
前を行く女スカウトのトトの言葉に慌てたヴェールは、
「滅相もない! 聖都の魔術師ギルドなんてお偉いさんの集まりなんだ。何か粗相があったらすぐに首を切られるよ。おそろしや」
身震いするのを、仲間の重装甲の戦士が笑った。
ゲマイン隊にはその他に、筋骨逞しい蛮族風の戦士と、中年のおばちゃんといった風情の魔法戦士がいる。
流石にA級パーティーだけあって、それぞれが古強者といった風格を身につけていたが、副リーダーにしてA級冒険者である魔法戦士は別格の貫禄だった。
ゲマインの意図を汲む事に長けており、彼女が何かをしようとすると、すかさず最適な位置で必要な物品を用意して待っている。まるで世話好きなおばさんだが、一分の隙も無い仕事ぶりだった。
そのゲマインが動いた。隊列の前方でも、先行部隊の騎士達が入れ代わり立ち代わり、忙しい動きを見せている。
その時、頭上に光球が上がると、グルリと大きく輪を描いて停止した。
「ギンスバルグ隊長の合図ね、ここで待機、射出武器を準備して」
ジュエルの言葉に、数人が弩や長弓に矢をつがえる。すると道にかかっていた影が、厚みを得て立体化してきた。
『闇魔法、 聖火教の秘術がくる』
ゲマインの念話が隊の主要メンバーに届くと、
「幻術に注意しろ! 司祭団、浄化の詠唱を!」
ギンスバルグの意外なほど通る声に続いて、司祭達の祈りの声が続く。その唱和が重なるにつれて、頭上の光球の輝きが増していった。
同時に隊全体が霧に覆われる。瞬時に視界を失った馬達はパニックを起こし、いななきと共に棹立ちになり、乗り手を地面に投げ打った。
重装甲車の祭器に近いバッシは、浄化の力に覆われてクリアな視界の中に居た。頭上の光球も幻術の効果をまぬがれて、よく見える。
その光球が高度を下げたと思った瞬間、轟音を上げて前方に放たれた。
通り道の幻術を全て浄化ながら、立体化した影に着弾した光球が、閃光爆発を起こして目を焼く。
視界が元に戻った頃には、影は跡形もなくなっていた。地面は淡く光を放ち、魔法的な力の残留を思わせる。
「あの光球は聖守護力場の異形版ね。司祭達の力を合わせて、遠隔地でも威力を保てるようになっているわ」
ジュエルが驚きの声をあげる。爆発地点から飛び散った輝きの範囲を考えると、ジュエルの結界よりも広域をカバーできるようだ。
すると前方から悲鳴が上がった。見ると最前線の騎士達が、風刃に吹き飛ばされて血飛沫を上げている。ウンドだ! 更にその周囲から、
「他にも何か居るぞ!」
「馬の下に潜り込んでいる」
などと声が上がる。
混乱する騎士達の隙間から見えたのは、騎士甲冑を貫く黒い短矢。聖都近くで襲われた、足弓使いか。
犠牲となった少年冒険者ピノンの姿が脳裏に浮かび、思わず前線に向かいそうになるバッシに、
「まて、ここは騎士達に任せろ」
ジュエルの声が止めた。
ギンスバルグの命令により、魔法使い達がウンドを狙う。数種類の弱体化魔法をかけられ、風刃に対しても神聖魔法の結界で相殺されたウンドは、詰め寄る騎士達の得物に絡め取られるように見えなくなった。
また、ゲリラ戦法で襲撃してくる足弓使い達も、訓練された騎士達の包囲と魔法攻撃を受けて、道の端へと追いやられて行く。
だが、バッシは嫌な予感に焦りがつのった。あいつらは追い詰められると、命と引き換えに大爆発を起こすおそれがあるのだ。
警告を発しようとした時、案の定、足弓使いの一人が短矢で自らの心臓を貫いた。乾いた悲鳴を上げながら、騎士達の中心に向かって放物線を描くと、血の奔流が尾を引き、見る見る大きくなる。
〝血の短矢〟の報告を受けていたギンスバルグは、咄嗟に光球を落下させた。すでに司祭達の祈りをたっぷりと含ませたそれが、血の短矢にぶつかった瞬間、弾ける矢がその破片を鋭い刃と化して飛散しようとするが、光球も閃光を発して全てを飲み込む。
余りの眩しさに手で覆っていたバッシが前方を見ると、何事も無かったかのように静まり返っていた。どうやら光球が全ての力を相殺してしまったらしい。
ジュエルの聖守護結界をも破った血の短矢、しかも三つに分裂した前回に対して、今回は一本に集約されていた。それを一発で消滅させるとはーー皮膜のように保護するのと迎え撃つのでは、効率に差もあるだろうか? 光球の威力を改めて思い知った。
「ウンドともう一人はどこだ!?」
騎士達の声に、彼らが消えた事を知る。この隙に祭器の装甲車を狙って来るかも知れない。周囲の気配を察知しようと気を張ると、
「奴らは既に撤退した。足止めか、こちら側の魔力の消耗を狙っているのか? とにかく奴らは捨て駒だな」
ウォードが告げる。確かに周囲には何の気配も無い。前方の騎士達も危険が去ったと判断すると、負傷者の治療などが行われた。
数時間で着くはずの行軍が、大幅に遅らされている。敵の狙いは時間を伸ばす事だろうか? だとしたら急ぐ必要があるが、騎士達の回復も待たねばならない。
全てはギンスバルグに委ねられている。彼の判断はーー
「目的地まで後2km、司祭団の保護結界を前面騎士団に展開。そのまま速度を上げて突っ切るぞ!」
やはり時間をかけるのは危ないと判断した様子で、隊のスピードを上げに出た。
捨て駒を使って足止めを食らうなら、多少の消耗を無視して突っ込んだ方が良いという判断か。
しかし力を一点に集中している時ほど、横から突かれるともろいものだ。神殿騎士達の得意とする肉体強化魔法のように。
そういぶかしんでいると、ギンスバルグが頭上に光球を数個発し、司祭達の祈りを上乗せして前方に射出した。
それらは一定距離を置いて着弾すると、聖守護力場の道を作り出して行く。
膨大な魔力を消費しながら進む隊列は、光り輝く線を引きながら猛進する。
しばらく進んだ所で、焼けるような臭気が風に乗って漂ってきた。これはーー視察でも味わった、熱気のこもる闇の気配。
その時、前方の地面から影の塊が盛り上がると、すかさず光球が放たれる。閃光が闇を打ち、猛然と煙が上がった。
「ムッ、まずいぞ、その煙を吸うな!」
ウォードが叫ぶのと同時に、黒煙が猛烈な勢いで隊列を包み込んだ。