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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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合身

 時間感覚の薄れる中、ひたすら回復しては戦い、力尽きては倒れる、を繰り返した。

 戦場とは違う、だがある意味それ以上に密度の濃い極地。

 剣聖ウォードとの、剣で語り合うと言うには、いささか殺伐とした苦行の中で、何かを掴みかけたバッシは、快楽に近しい感覚を覚えていた。


 意識外に動く身体、何度も傷を負わされて知る相手の微細な癖、それすらも囮で、さらに痛い目を見る。

 酷い時には骨が見える程深い傷を負い、それを強引に回復させて、また立ち向かう。

 その中で、手に収まる鋼の大剣の一振り一振りが洗練されて行くのがわかった。


 いや、そうなるように導かれているのだろう。物言わぬ剣聖との対戦は、あらゆる気付きをもたらしてくれた。


 大量の失血にめまいを起こしながら、最低限の眠りは容赦無くさえぎられ、おぼつかない足元は簡単に蹴倒された。


 それでも食らいついて立ち上がり、研ぎ澄まされた神経の誘導を信じて、無心に剣を振るうーー


 それは突然だった。剣聖ウォードは剣を収めると、


「うむ、今はここまでのようだな。護衛任務に支障が出ないように、後は回復に努めよ。あと二日で出発だ」


 いきなり終わりの時が来た。だがバッシはもう少し続ければ、何か大事なものを掴める気がして、握りしめた血の滲む剣の柄を見下ろす。


「まあそんな顔をするな。また後日に剣を見てやろう。それと鋼の精霊との共鳴に関して、一つだけ言っておく事がある」


 と言ってウォードは鞘に戻した剣を突き出した。話は銀光の世界について、聞きたいことはたくさんある。この能力はバッシとウォードにしか発現していないのだから。


「鋼の精霊との共鳴は、本来生身の人間が起こすには無理がある。そのひずみは、いずれお前の身に跳ね返ってくるぞ。今回の視察でぶっ倒れたらしいな」


 と言われ、紫のオーラとの同時発現の説明をすると、


「ただでさえ負担のかかる現象に、更に輪をかけて他者の属性を身にまとうとはな。頭がいかれるのも無理はない。良いか、そのような状況下では一秒とて長い。二つの力を混在させるのは一瞬、共鳴する時間の中の、更にほんの刹那と心得よ」


 と言うと、ガードにかけた親指を押し上げて、剣身を持ち上げる。ウォードの長剣からは、銀色の光が溢れ出し、ゆっくりと周囲を侵食しはじめた。


 分かりやすい変化に、バッシも咄嗟に剣の柄を握る。


「だが人間極めれば真の共鳴も成し得る。これを仮に合身がっしんと呼ぶ」


 剣身を抜き放った時、ウォードの全身から強烈な光が放たれると、バッシを含む全空間が濃密な質量を持ち始めた。こうして他人の発動する銀光の世界を傍観ぼうかんするのは、初めての体験だ。


 その事にも驚いたが、もっと驚いたのは、目の前の男の動き。

 全身を淡く光らせたウォードは、まるで平常時と変わらぬように、虚空の敵に向かって独自の型で剣を振るう。


 その流れるような剣舞は恐ろしいほど実戦的で、他者にも相対する敵の姿が幻視できる程だった。


 身の捌き、呼吸、重心の移し方、意識の置き所。振るわれる剣身の動きと共に、極度の集中状態のバッシの脳に、その全てが刻み込まれる。


 フッと身が軽くなると、剣を収めたウォードが正対し、


「まあこんなもんだ。合身に更にリリの破魔、破邪の力を加える事が出来れば……これは楽しみだな」


 ニヤリと笑ったウォードは、身をひるがえすと、


「さっさと休め、明後日会おう」


 と言葉を残して、足早に去ってしまった。


 取り残されたバッシは、幻影のように刻まれたウォードの剣舞を反芻はんすうし、忘れない内にと剣を振るう。振れば振るほど、余りにも見事なウォードの剣と、己の剣のギャップに埋められないほどの溝を感じる……だがそれすらも嬉しかった。


 自己流に行き詰まりを感じていたバッシにとっては、行く先を示されたような思いである。


 それからかなりの時間、体の痛みを忘れ、手の感覚が無くなるまで剣を振り続けたバッシは、最後は前後不覚になって倒れ込むと、そのまま寝入ってしまった。


 慌てて駆け寄った神殿騎士によると、満足気な顔ですでに寝ていたという。それを知らされたのは、次に目が覚めた出発前夜の事だった。





 *****





 荒野に座る者が一人、周囲には誰も居ない。正対する簡素な石組みの中で燃える火だけが、ユラユラと男の影を揺らしていた。


 じっと見つめる火は、ジワジワとまきを燃やして灰を作る。そこにまた乾燥したまきをくべる。


 先ほどから男がしているのはただそれだけ。火を見つめる、それがこの男の生涯をかけた奉仕ーー神に身を捧げた聖火教導師の唯一無二の祈りだった。


 揺れる影の中にあって、不動の闇はくろよりも深く、底なしの穴のようにポッカリと空虚である。


 その虚無の中から唐突に、


『ジュールス、出陣はまだか』


 正反対に力に溢れた重低音が響いた。だがジュールスと呼ばれた導師は、反応を示さずにただ火を見続けている。まるでそれ以外の事は、自分のあずかり知らぬ件とでも言うかのように泰然たいぜんとーー


「導師さん、何か言ってあげたら?」


 いつの間にか隣に来ていた者が、気楽な口調でつぶやく。

 闇は何も語らない、ただ導師の言葉を待っているのは、気配から明らかだ。


「僕達も言ってくれないと、動きようが無いんだよね。導師さん、どうなの?」


 大して困ってもいない様子で、しかしその者の言葉に偽りはないのだろう。笑顔の裏に静かな威圧感が込められていた。


 ジュールス導師はローブの内側から一掴みの灰を取り出すと、焚き火の中に放り込んだ。バチバチと爆ぜながら燃え上がる炎に、黒煙が上がる。

 そこに指をかざした導師は、魔力をもって煙に文字を書き記した。


 それが晴れた頃、闇も、傍らに立つ者も、その頭に叩きつけられたイメージに打たれ、悶絶した。


 闇は言葉無く消え去った、そのイメージに答えを見出みいだして。傍らの者は頭を撫でながら、


「導師さんの言葉イメージは乱暴だなぁ、友人はもっと優しく扱ってくれなくちゃ。じゃあ僕はこの辺で失礼するよ、もう直ぐ本番だって本隊に言わなくちゃ」


 と言って姿を消した。


 後には一瞬で燃え尽きたまきを継ぎ足す導師の姿が残るのみ。その瞳の中で踊る火は魔力の残滓ざんしを帯びて、時に黒く、時に白い光を発して燃え続けた。





 *****





 ギンスバルグは護衛隊隊長として、隊列の中程に騎乗していた。その腰元にさした棒状ワンドに魔力を注ぎ込むと、神聖魔法を発動して、真上に光球を放つ。


 上空50m〝飛目とびめの光球〟からの視点は、隊列後方までくっきりと見渡す事が出来た。


 最前列には神殿騎士団の精鋭部隊、ギンスバルグ直属の第二騎士団が馬を並べ、その後ろには神官戦士に護衛された司祭達の部隊が続いている。後方部隊と合わせたその数は300を超えていた。


 前後の部隊に挟まれる形で、竜馬ドラグ・ホースを10頭も繋いで走る重装甲車が、3台縦に並んでいる。それはドワーフ達が普段使うものよりも、更に1.5倍ほどの大きさがあった。


 最後部のリリが乗り込む馬車には、既に祭器が搭載とうさいされており、大聖堂内で行われ始めた儀式と連動して、金光を放っている。


 リリは道中オリジナル・スペルである睡蓮火(すいれんか)を保ったまま移動し、離宮まで辿り着かなくてはならない。その経路もまた金光に輝き、勇者の産道たる古代樹の太根を再現するという。


 祭器搭載車の側に居る剣聖ウォードが光球を見上げている。周囲にはジュエルやその仲間達、そして冒険者ギルドから派遣されたゲマイン達が警備に当たっていた。


 このような教義の根幹に関わる行事の、中心となる祭器に携わる者が全員部外者とは……表面には出さないものの、熱心な正教徒であるギンスバルグの胸中は複雑だった。


 そんな思いで師匠の師匠を見つめていると、小さく上げた指を前方に振り下ろされる。


 〝準備は整った、隊列を前進させよ〟


 言外の言葉に、


『分かっている』


 内心で反発を覚えながらも、


「並足で前へ、進め!」


 号令を上げると、頭上の光球を前方に飛ばした。思い切り発射したそれは、摩擦に輝きを増しながら流れ星のようにかき消える。


 ゆっくりと動き出した隊列は、聖都側の祈りの声を受けて、光の線を伸ばしていった。その空間は聖なる力で満たされ、邪悪なる者の侵入を防ぐ働きを持つ。


 だが秘奥の儀式と言うには、余りにも派手すぎる一隊に、妨害が起きるのは明白だ。ギンスバルグは腰元の棒状ワンドを離すと、革手袋をギュッと握りしめてから、たずなを操った。


 混成部隊ほど恐ろしいものは無い。指揮系統の徹底という、軍隊の中で最も重視されるべき利点が阻害される恐れがあるからである。


 今回の護衛任務において、最もギンスバルグが重視したのは、護るべき重装甲車まで敵を近付けないシステム作りだった。


 前方の神殿騎士団は完全に支配下に収めて、己の手足のように動かす事が出来る。更に普段から遠征などに同道する司祭団と、護衛の神官戦士団についても、少しの猶予期間にこの状況に合わせた訓練をする事が出来た。


 いずれも教徒側の最高責任者である大司教や、神殿騎士団長のオルフロートが直接指揮の権限をギンスバルグに一任した事によって実現した。正に理想の軍隊と言える構成である。


 重装甲車についても、同行するドワーフ達には、主に操縦を任せ、それ以外の判断などは同乗する騎士に任せているから安心だ。


 問題は……魔術師ギルドから派遣された魔術師団、それと師匠の師匠という伝説の英雄、剣聖ウォードとリリ・ウォルタが直接雇い入れたという冒険者達。


 勝手な動きをされては、隊の規律が乱される恐れがある。


 完全に指揮下に入れた魔術師団はともかく、剣聖ウォードは、剣を握る者にとってのカリスマであり、神殿騎士団長の師匠という立場のため、発言力が大きすぎる。


 出発前にオルフロート団長に、


「隊の運用に口出しはせぬ、リリ個人の護衛に徹するから、心配するな」


 と言っていたらしいが、ギンスバルグは甚だ怪しいと睨んでいた。事実、隊の意識が自分ばかりでなく、ウォードに向いてしまっているのを感じている。


 冒険者達を含めて、彼らにはくれぐれも大人しくしていてもらいたい。出来れば重装甲車に張り付いたまま、手を出さずに居て欲しいと考えていた。


「ポイント到達、先行部隊に連絡矢を放て」


 命に従い、部下が鏑矢かぶらやを斜面に向けて射る。甲高い音を立てて飛ぶ矢に、前方から返信の鏑矢が放たれた。


 いつくかの襲撃を受けそうなポイントには、本隊に先行して野伏り(レンジャー)が潜伏しており、経路の安全を確保している。


 ある意味決死の覚悟を要するこの役目は、教会の屋台骨である信兵の精鋭部隊が任を担っていた。


 隊列を進めた後の後方警戒も重要な役目の一つであり、数日前から任務についている彼らは、儀式が完遂されるまで休む暇も無い。


 これ以上無いほどの警戒網をひいてある。いくら神出鬼没な魔物が現れようとも、今度は物量で退けてくれる……神聖魔法のスペシャリストである司祭団に同行してもらえたのも大きい。さらに腕利きの魔術師団の火力も把握している。


 それらは全て自分の指揮一つで動かす事が出来る。ギンスバルグはその事に満足しながら、任務遂行の核となる自身の放った光球に意識を集中すると、隊全体や周囲を俯瞰視ふかんししながら、次のポイントへと向かって進んで行った。

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