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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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出陣前

「け、剣聖、ウォード様! どうなされました?」


 突然現れた伝説の英雄に、オルフロート配下の者があわてて尋ねる。鏡のように磨き上げられた騎士甲冑を身に付けた門番騎士。ここは聖都の守りの要、神殿騎士団兵舎の門前であった。


「ここを借りるぞ、街中ではちとやり辛いからな。オルフロートに言っておけ、こいつを一週間で鍛え上げるとな」


 後ろに続くバッシを指してぞんざいに告げると、了承も得ずにズカズカと進む。狼狽ろうばいしながらも付き従う騎士達が、


「しばらくお待ちを、オルフロート様をお呼びします故、しばらく……」


 と言うが、全く取り合う気配もない。逆に騒ぎを聞きつけたオルフロートが自らやって来た。


「よいよい、お前達は持ち場に戻れ。お師匠様、ご所望でしたら練武場をお使い下さい。治癒師も呼びましょうか?」


 と尋ねるが、


「そんなものに頼るほど柔じゃない、時間の浪費は避けねばな」


 と言って、腰元のポーチから、大量の薬瓶を取り出した。


「これは高級ポーション、では……」


「そうじゃ、これから一週間、ここを借り切って稽古を付ける。回復はここにある15本のポーションのみ、それで死んだらそこまでだ。栄養価の高い食糧を用意しろ、このガタイだ……日数の三人分は揃えておけよ」


 と言うや、練武場に降り立った。一週間ぶっ通しで稽古を付けてくれるらしい。我流でやって来たバッシにとっては嬉しい限りだが、何故急に教えてくれる気になったのか?


「何故……」


 と喋りかけようとして、


「誰が喋って良いと言った! 先ずは剣を抜け、時間は無いぞ」


 と言うや、腰元に手をかける。何の変哲もない長剣、しかしウォードが手をかけると、途端に威圧感を発する。


 バッシは言葉に詰まりながらも、気が変わってはいけないと思い、鋼の剣を一気に抜き放った。


 青味がかった地艶ぢづやと、エッジにかけてのほんのり赤味を帯びたグラデーション。それを見たウォードが、一瞬ニヤリと口角を上げたーーように感じると、ガードを押し上げて、ゆっくりと長剣を引き抜く。


 一分の隙もない流れるような動作に見入った。長年剣のみを振り続けた洗練と、修羅場をくぐり抜けた力が混在した、無駄の無い構え。その切っ先がこちらに向いている事に、次元の異なる存在に対する場違い感すら覚える。


 構えただけで相手を動けなくさせる、そんな魔術が発動しているかのように、バッシの全身は硬直してしまった。


 だが、戦場で磨かれたのはバッシとて同じ事。

 格上の相手に手が止まってしまっては、確実に術中にはまって殺されてしまう事は、百も承知である。


 うなじにチリッと嫌な感覚を覚えつつも、全身に入り過ぎた力を緩めて、息を小さく吸って、吐こうとした時ーー目の前からウォードが消えた。


 フッ! と息を吐きながら、コンパクトに最速の剣を振るう。そこに居ると目で追った訳ではない。いわゆる当て勘だ。


 だが丁度そこに向かっていたウォードは、踏み込む足を鳴らして、方向転換した。バッシは空振りの剣に込めた力を緩めて、最短距離で引き寄せる。

 その瞬間、意識していたにも関わらず、引き込みの隙を突いて、瞬間移動のように距離を詰められた。


『やられる』と思う暇も無く剣を振り下ろそうとするが、その前に喉元に切っ先を突きつけられる。


「死ぬ気で来い、今お前は死んだぞ」


 ボソリと呟いて、バッシの足を蹴る。ピンポイントで急所を蹴られたのか、膝から力を無くすと、一瞬たたらを踏んだ。


 と、距離を取ったウォードが、再度正眼(せいがん)に剣を構える。全く一分の隙も無い。更に意識外に動かれるため、対応できない。〝最速〟という事では無く、そうした技術なのだろうか? だとしたらバッシも身に付けたいと思った。


 知らず笑みを浮かべたバッシを、少し意外そうに見たウォードは、


「これはなぶりがいがあるな」


 とつぶやくと「来い」とでも言いたげに剣先を揺らす。バッシはその誘いに引き込まれるように、突きを仕掛けた。


 そのまま真剣での打ち合いは夜まで続いた。一瞬でも気を抜こうものなら命を失う緊張感の中、数百、数千回も繰り返される打ち合いで、徐々にではあるが、ウォードの動きに対応できるようになっていく。


 だが捉えたと思った瞬間、未知の剣筋にやられる。それを又攻略する……延々と繰り返される剣問答に興じる二人に、周囲の騎士達は驚き、畏敬いけいの念を抱き、最後には麻痺した。別次元のおとぎ話を見るような呆れと共に。


 軽症を気にせぬバッシの全身は血で穢れているが、身を重くする龍装をまとう気は無い。いまだにそれほど流暢りゅうちょうな操作が出来ないからだ。いざという時に発動できるよう意識して、今は軽く手足に爪を出して、グリップを効かせる程度である。


 だが、徐々にウォードにも余裕が無くなって来たのだろう。手加減する手元が一瞬狂った。


 咄嗟に龍装の手甲をまとうが、オリハルコン強化されたウォードの長剣は、出現したばかりの柔な鱗を容易く切り裂き、パッと血が飛び散る。


 ウォードは少し間を取ってポーションを勧めると、間髪を置かずに構えをとり、バッシもそれを一気に飲み干すと、生来の回復力とともに、くっつき始めた腕をかえりみず挑みかかっていった。


 一進一退どころか退くばかりの攻防。明け方近くまで、繰り返し繰り返し挑みかかったバッシは、とうとう最後の気力まで出し切って倒れた。





 すぐさま寝息を立てるバッシを見下ろしたウォードは、


「真剣の緊張感で中々のタフネスだ、俺が倒れるかと思ったわ。年を取るのは嫌なものじゃのう」


 と言うと、数人だけ残った騎士に、


「こいつに毛布を掛けておいてやれ。治癒術はいらん、枕元に飯だけ置いておけば良い。それよりわしに湯を沸かせ、久しぶりに疲れたわ」


 と告げると、携行食料をかじりながら、兵舎の湯屋に向かって歩き出した。


『目が覚めたら双槌紋の大剣の使い方を教えてやるか、それから仕上げに……まったく、こんな面白い奴が居るとは、ノームの奴め、隠しておったな』


 自然と零れる笑みには、疲れの色など微塵も見えなかった。





 *****





 大司教ラウルは、リリの居なくなった執務室で苦悩していた。

 剣聖ウォードのもたらした情報を確認するため部下を送ったが、いまだに確たる情報をもたらす者は居ない。


 神殿騎士団を表の守りとするなら、信兵と呼ばれる信者の中から選りすぐられた、影の組織は裏の守りと言える。


 その情報力は他国にも及び、各地の動きを隙無く網羅もうらしている筈だが……その網にすら全くかからないとは、どうした事か?


 目の前でひざまずく信兵の頭領に、


「ここまで情報が出ないとは、聖火教の中でも動いているのは極一部という事でしょう。ですが事は我が教義の深奥、勇者召喚にも関わってきます。更には聖火教団、そしてこの世界全般にも……ウォード殿も勘で喋る人間では有りません。それらしい動きは必ず有る筈です。現にリリやリロも襲われていますから……引き続き探りを強化して下さい。経費は無制限で構いませんから」


 ラウルの言葉に、無口な頭領は頷くと、足音も立てずに退散した。


「ふ〜っ……儀式の準備もしなくてはいけませんし、心配事の種は尽きない。リリのお気楽さが羨ましいですね」


 独り言を呟くと、冷め切ってしまったお茶を口に含む。お茶の好きな彼、バッシは今頃ウォードに揉まれているだろうか? そう思うと、少しだけ気分がほぐれた。

 今度取り寄せている南方の新茶が届いたら、ご馳走してやろう。

 そう思うと不思議とやる気が出る。


「まあ、その気になろうが、なるまいが、やるしか無いんですけどね」


 と軽口をたたくと、外套ローブをはおって歩き出した。向かった先は魔術師ギルドが作成した、魔導兵が居並ぶ儀式の間。その扉に手をかざしたラウルは、


「神よ、我が魂を御元みもとにお招き下さい」


 礼拝の言葉を呟くと、手のひらから発した光が彼の全身を包み、次の瞬間にはその身を別の次元へと誘った。





 *****





「ウォード様は巨人戦士と剣の修行ですか? 全くもって剣一筋の剣聖様らしい」


 神殿騎士団の兵舎に隣接された武器倉庫で、ギンスバルグが、離宮護送用の秘密兵器を前に呟く。


「まあお師匠様はそうしたお方だ。特にバッシ殿は飛び抜けた逸材、目に留まるのも当然だろう。ノーム殿も認めた双槌紋の剣士だからな」


 言いながらオルフロートは、自らの剣の柄頭ポメルを指でなぞる。自身も聖騎士を諦めてまで剣の道を極めようとした。それも全て剣聖と呼ばれる師匠に憧れて……しかしそこまでの器ではなかったらしい。腰元に有る無紋の剣が如実にその事実を突きつける。


 一剣士として見切りをつけて以降は、騎士団の調練と後進の指導に情熱を燃やしてきた。その事にかけては誰にも負けない自信がある。だがやはり剣の夢は簡単には風化してくれないらしい。


「我々は組織力で勝負という事ですね。ようやくブリストル・キングダムからこれも届きましたし」


 とギンスバルグの指差す先には、最新式の大型重装甲馬車が三台鎮座していた。


 現在はドワーフの職人が最終調整の真っ最中である。と、車体の下から一人這い出して来て、


「オルフロート様、こんなもんでようがすか?」


 訛りの酷いドワーフの職人長が、機械油だらけの顔を出しながら聞いてきた。


 それは一際大きなボディーを持つ車体で、中央には離宮まで護送する祭器が据え付けられる予定だ。


「おお、これは素晴らしい出来ですな。さすがはゴーフ殿、この短時間で調節して下さるとは、見事な腕前です」


 オルフロートの言葉に踏ん反り返ったゴーフと呼ばれたドワーフは、そのままひっくり返りそうになって、何とかこらえると、


「だば、騎士さん達を交えての、実戦訓練をはじめねばなんねな」


 配下の技師や護衛戦士にも声を掛ける。今回はノームの計らいで技師4名、戦士8名を同行させてくれた。定員10名前後の馬車にドワーフ達が3名づつ乗り込む計算になる。もちろん技師とはいえドワーフである彼らは、戦士としても頼りになる存在だ。


「では早速手配いたしましょう。機密事項ですので野外訓練は出来ませんが、この場での訓練はこれからみっちり出発までさせていただきます」


 広々とした倉庫は、かたずければ百人前後の兵士が詰める事が出来る。それでも訓練となると手狭だが、護送のための秘密兵器だ、これくらいの隠匿はあってしかるべきだろう。


「ああ、手筈通りに各隊時間を調節して行うように。今回私は口出ししない、現場責任者のお前に全てを任せるから、しっかり頼んだぞ」


 オルフロートがギンスバルグの肩に手を置くと、目の光を強くしながらも、


「承知いたしました」


 と、あくまでクールなギンスバルグが返礼する。師匠の師匠、大師匠ウォード様も参加する今回の護衛任務で、万が一のぬかりも許されない。プレッシャーがかかればかかるほど冷静になるギンスバルグは、内なる熱を排気するように、腰元の棒状ロッドの先を手のひらに包み込んだ。

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