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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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岩場の死闘

 バッシはジュエル達の方に駆け寄ろうとして、周囲の気配がおかしい事に気付く。魔力こそ分からないものの、膨大な数の気配が突如として現れていた。

 それと同時に生臭い熱風が漂い、ギチギチと耳触りな音が神経を逆撫でする。


 紫の光を伸ばして少し先まで霧を払うと、周囲の状況は一変していた。

 聖守護結界内に逃れた一行を取り囲むように、漆黒の沼が広がっている。

 地表を満たすそれは熱を持ち、湧き上がる黒い熱気が、白い霧と混じり合って、よどんだ空間を不気味に染め上げていた。


 その表面には無数に蠢く影。目を凝らして見ると、大型の百足ムカデ状の生物が、長い手足で空気を焼きながらもつれ合っている。


 立ち昇る黒煙に乗って、髪の毛を燃やしたような臭気が広がる。思わず口元を覆ったバッシに向けて、数匹の黒百足が摺りよって来た。


 細長い足爪は闇を超えて、地面を焦がし、空気と触れ合って真っ赤に燃え上がる。神経質に揺れる触覚がバッシの足元に巻きつこうと伸びた。


 それを一閃、返す刀で直径一メートルはあろうかという大顎を薙ぎ切ると、


「ギチギチギギギ……」


 と腐汁を撒き散らしながら、5mはあろうかという全身を跳ね狂わせる。


 更に殺到する黒百足達を袈裟懸けに斬ると、こちらも臭い腐汁を大量に撒き散らして、暴れ狂う。ある個体は頭部を切り落とされても生命活動を止めなかった。そして腐汁は地面に付着すると、ジュウジュウと音を立てて沸騰するのだ。


 さらに暴れ狂う仲間の体を乗り越えて、黒百足達が這い寄ってきた。

 ヌルヌル、ズルズルと周囲を汚す手負いの百足達の腐汁に、バッシの全身が汚染される。黒ずむ液は龍装によって遮断されるが、その悪臭には辟易へきえきさせられた。


 腕を振るって体液を落としていると、またしても首筋を寒からしむる気配が襲いかかる。

 紫の光を全開にして、気配の方に刃を向けると、飛んで来た風刃とぶつかって散華させた。そこへ竜巻を纏ったウンドが連撃を見舞う。


 刃を合わせて受け止めた直後に、又もや竜巻を飛ばす。その消滅を紫の光に任せた時、すれ違うように手のひら大の戦輪チャクラムが追い打ちをかけて来た。


 中心に穴を備えたそれは、バッシにとっては小さな円盤状の刃。それが目の前で高速回転に切り替わると、分厚く張った龍装を削る。


 紫の光をもってしても無力化出来ないそれは、ウンドの曲刀同様真っ黒な刀身をしていた。


 地面に転がる事でひとまず躱すが、空中で軌道を変えて、しつこく追いかけてくる。

 板挟みに合うように、黒百足が飛びかかってくるーーそれを切りながら躱すと、熱い腐汁がふりかかった。


 その時、聖守護結界が肥大化すると、周囲の黒百足達を跳ね除け、一気に範囲を広げる。バッシも開けた視界に周囲を確認した。


 そこには弓を引き絞ったゲマインが屹立し、双眸を魔光に輝かせている。


 ふいに気負い無く放たれた矢が、岩陰に吸い込まれようとした時、バッシを狙っていたチャクラムと、新たなチャクラムがもう一本、矢を迎撃せんと軌道を変えた。空中で衝突する両者。チャクラムは呆気なく矢を切断すると、岩陰へと戻る。


 だがその時既に第二射、更に騎士達のクロスボウ、トトの短弓、ウーシアのスリングと、隊全ての射撃武器が放たれた。


 チャクラムによる迎撃も虚しく、集中砲火を浴びた岩陰には、いつの間に移動したのかウンドが陣取り、風刃の盾となって矢を弾く。


 それを見たゲマインは、腰元に取り付けた魔法のポーチから、一本の矢を抜き出す。それは一目で尋常ならざる魔力を有すると分かる白矢。構える間に指から魔光を吸引し、脈打ちながら輝いた。


「君は邪魔だよ〜ん」


 いつの間にかウンドの側にいたベイルが、双剣を光らせながら斬りかかる。その隙に、


 〝キュウンッ〟


 と高音を発して放たれた矢は、光線のように岩陰に吸い込まれると、


「ギャッ!」


 というくぐもった声を生じさせた。その瞬間、周囲の黒い熱沼と、空間を埋め尽くしていた霧が、瞬時に消滅する。


「やったか?」


 というギンスバルグの声に、


『まだ、相手術者にかすっただけです! でも矢の魔力でしばらくは魔法を使えないはず!』


 とゲマインの言葉が頭に直接響いてくる。それはまるで鋼の精霊の呼び声のような念話だった。


 慌てるギンスバルグ達に、


『私は念話を使います。こちらから指示しますから、幻術士にトドメをお願いします』


 とゲマインが直接頭に話しかけた。それに首是したギンスバルクは、三名の騎士を引き連れて駆け出す。それにジュエルとウーシアも付き従った。


 あらかた黒百足を斬り殺したバッシも、少し遅れながら走り出すと、


『バッシ、貴方は岩陰では無く、反対側の傾斜を登って下さい。なるべく音を立てずに、トトも向かわせます』


 またもや頭に直接響く。この声がどんな仕組みかは分からないが、この場は従うしかないと思い、すぐさま剣を鞘に戻すと、龍装の爪を立てて、四足で崖を登攀とうはんした。


 後ろからやって来たトトは、信じられないほどの軽身さで崖を走ってくる。まるで鹿のように跳ね、バッシが全力で登攀とうはんするのに対して、口元には笑みすら浮かべていた。


 少し進んだ所でトトがバッシに、物音をもっと絞るようにとハンドシグナルを送る。速度を落とすと、バッシにここで待機しろと伝えてきた。


 そして自分は、少し突き出た岩の裏側へと、足音を消して回り込む。その時、突如飛び上がったウンドが、空中で抜刀した。


 周囲一帯を斬りつける極大の風刃居合切りーー黒い瘴気を伴った風刃の一撃は、咄嗟に発動した銀光の世界においても、眼前にまで伸びていた。


 通常の打ち込みで消せるとは思えない。トトの方に伸びた刃も、とてもよけられそうになかった。


 粘る空気に剣を押し込みつつ、同時に紫の光を発動させようと集中したが、解けるように銀光の世界が搔き消えると、代わりに剣身から伸びた紫の魔光が居合切りと噛み合った。


 そのまま振り切ったバッシは、剣先で地を斬りながらも、風刃居合切りを消滅させると、そのまま着地したウンドに、間髪入れずに腰元の鎌鉈を投擲する。


 勢いのついた鎌鉈がウンドに襲いかかる。一本目を黒曲刀で受けたウンドは、その裏に隠すように放ったもう一本も受けようとして、遠心力ののった鎌鉈に押し込まれた。


 その間に一足飛びで接敵したバッシが、地擦りの切り上げでガラ空きの右脇腹を斬りつける。と思った瞬間、左手に隠していた曲刀で受けを取られた。


 一体いつの間に取り出していたのか? 目の前で二刀を構えるウンドは隙なくバッシを伺いながら、円を描くように移動する。そこに、


「スパアァンッ!」


 と空気を切り裂く音が響く、トトが腰元から引き抜いた鞭でウンドを打ち据えたのだ。その先端は魔光を放ち、音速を超えた更なる連撃が、ウンドの周囲で炸裂し続ける。


 避けようの無い猛攻に、風を纏う事で逃れようとするウンド。だがトトの連撃は闇雲に放たれている訳では無かった。


結束魔法バインド


 片手で印を切りながら、言葉に魔力を込めたトトが、最後の部分にイントネーションを置いて叫ぶ。

 すると鞭魔光の残像が収束し、空中に逃れようとするウンドを縛り付けた。


 風魔法で強化した垂直跳びを止められたウンドは、首をガクンと揺さぶられると、更に巻きつけられた鞭によって、地面に引きずり落とされる。


 風刃で鞭を切ろうとしたところに、間一髪紫光の一撃を滑り込ませ打ち消すと、そのままウンドの右手を踏みつけた。


 真っ黒な刀身は不気味に脈打ち、手首が折れるほど踏みにじっても、手放す気配が無い。


 空いた手を振り回そうとするので、バッシが剣で応戦するが、まるで肘から先が別の生き物のように、自在に曲刀が振るわれた。


 またもや首筋に悪寒が走り、咄嗟に龍装を厚くして横っ飛びに逃げる。目の前の地面からは、突如として顎を剥き出しにした大百足が飛び出してきた。


 真っ赤な全身は20m余り、胴回りは直径2mにも及ぼうかという特別な個体。今まで見た黒百足達とは違い、表皮は燃え立つ紅蓮の炎だった。


 口から吐き出す火炎放射に紫の光をぶつけると、力の拮抗を見せる。打ち消しても打ち消しても、後から湧き出る魔力はかなり強力で、今まで相手取ったどの魔法よりも強力だった。


 それはまるでーータンたんから放出される獄火の力ーーそんな底知れない魔力に畏怖を覚える。


 より強く紫光の力を念じつつ、トトを背中に庇うと、トトも委細承知とばかりに低い構えで、相対するウンドを警戒した。


 奴はまたもや気配を消している。余りの熱量に周囲がぼやける中、一瞬霧の幻術が復活した。と、目の前にウンドの突進が迫る。火炎放射のすぐそばを、バッシに向けて抜刀しながら突っ込んできた。


「バインドッ!」


 後ろからトトが、辛うじて生きていた結束魔法の輪に、再度魔力を流すが、お構いなしに体ごとの突きを放ってくる。


 再び銀光の世界に、紫の光を纏ったまま没入しようとすると、瞬間目の前が暗くなった。何も見えない中で、意思の力を振り絞って気絶を回避すると、手なりの剣の動きに身を任せる。

 闇の中には無意識に辿るべき剣筋が浮かび上がっていた。


 今までに無い不思議な感覚。剣筋に忠実に振ろうとすると、意識せずとも元からそう決まっていたかのように、柔らかく握った剣が軌道に吸い込まれていく。


 パッと散る血飛沫、後ろから見ていたトトはバッシがやられたと思い、ウンドを警戒しつつ、


「バッシ! 大丈夫か?」


 と確認する。それに答えて、


「俺は大丈夫だ! それよりもウンドはどうなっている? 以前にも切ったつもりが逃亡された。しっかり縛り上げてくれ!」


 ブラックアウトした視界は戻らず、へたに動く事が出来ない。しばらく耳鳴りも激しかったが、程なくして落ち着いてくると、視覚も正常に働きだした。


「すまないバッシ、すぐに警戒したが、取り逃してしまった。だがいまだに結束魔法は引っ掛けられているから、だいたいの場所は特定できるぞ」


 そばに寄ってきたトトに手を貸してもらい、疼く頭を抱えながら立ち上がる。耳に手をやると、少量の血が付着していた。


 どうやらまたもや取り逃ししまったらしい。ズキズキと痛む頭は時折激痛をぶり返す。実感としては、頭の血管が切れたか、神経が圧迫されたような嫌な感覚。


 全身に蓄えられたカロリーが消費されたのを感じる。どうやら頭に対して〝超回復〟が発動しているらしい。土壇場で放った紫の破魔光と銀光の融合は、身の丈に合っていない負荷を伴う大技らしいと直感した。


 今度剣聖と語り合える機会があったら、そこらへんの事も聞いてみたいが……


 バッシがしゃがみ込みながらも、そんな事を考えられる程回復した頃、ひょっこりと顔を出したウーシアが、


「そっちはどうだったワン? こっちは逃げられてしまったワンウ」


 ポヨポヨ眉をハの字に落として告げてきた。


「こっちも逃したよ、全く手強い奴らだ。お頭に相談するから、皆を呼んで来ておくれ」


 動けないバッシの背中をポンポンと叩いてトトが言う。


 そこまで聞いたバッシは、まぶたが急に重くなると、ろくな抵抗も出来ずに、剣を抱えたままゴロリと横たわった。

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