レジェンド
それから一日、拾得物の鑑定と、リリの回復、そして護衛態勢を整えるのに費やした後、冒険者達は宿舎として手配された大聖堂の客間に集まっていた。
大司教は嬉しそうに好物の菓子を追加注文しながら、自らの手で茶をふるまっている。
その机上では、教会側の人間の他に、ゲマインとジュエル、そして部下達が、地図の上に駒を置いて、現状の説明をしていた。
聖都周辺の大地図は部外秘の品だったが、出し渋る司祭に、
「この緊急時に何が部外秘ですか? 我々の不手際を解決して下さる方に、無礼は許しませんよ」
大司教が優しく告げると、サッと顔色を変えて、急ぎ三巻からなる地図を取りに行った。
大司教、恐ろしい男。笑顔の裏に、ピンと張り詰めた緊張の糸を感じる。教会中の者がそれを刺激しないように、キビキビと動いていた。
ゲマインも、その存在感においては引けを取らず、
「採取された種と赤土は、この丘周辺の物と特定されました。推測ではここから何らかの手段で飛び立った賊が、魔術師ギルドを直接急襲、撤退したウンドの痕跡は見つかりませんでしたから、やはり空から離脱したと考えられます」
と駒を置きながら告げた。ウーシア達が回収した壁や土、植物の種などを解析すると、聖都の西約5キロ程離れた、草原地帯の植生と一致するらしい。
ゲマインの魔眼と呼ばれる解析能力は凄まじく、部屋を一回り見た段階で、見当はついていたという。
「さて、我々への依頼は、リリ様の護衛。儀式完遂までが契約期間となります。これからどう動くか? 敵を追うのか? 護衛に徹するのか? 儀式とはどのようなものかを先ずはお教え願いたい」
と言うと、それを受けた大司教は隣の男を見た。そこには神殿騎士団長のオルフロートが、顎に手をやりながら地図を見つめている。
「既にこの場所には部下をやりましたが、特段何も見つかりませんでした。貴方がたのような解析者が行けば何か分かるかも知れませんが……敵襲の事を考えると、次の動きに対処した方が良いでしょう」
と言って、大司教を見る。お茶を一口含んだ大司教は、
「ふむ、護衛任務を依頼したからには、それに徹していただいた方が良いでしょうね。敵を追うのは神殿騎士団に任せて、水も漏らさぬ警戒網を張る方にご留意下さい。儀式は……おおよその察しはついているかと思いますが……私とリリは剣龍と共に、勇者のパーティーでした。今はその一点のみしか言及できません。そして期日についても、はっきりと明言出来ません。その点、不誠実な事をお詫びいたします」
と深々と頭を下げた。言外に勇者関連の、つまり教義の根幹に関わる儀式である事を匂わせる。
周囲に居る司祭達は、たかだか冒険者という下賤の者たちに頭を下げる大司教に、戸惑いを見せた。
それはゲマインも同様で、
「大司教様、どうかお顔をお上げください。今回の依頼はリリ様の護衛、その点だけ確認できたら結構です」
慌てて立ち上がると、大司教の頭を上げさせた。
「そのくらいにしてあげて、皆固くなっちゃうじゃないの」
隣に座るリリが大司教に文句を付けると、
「いや、この度の失態は教会側の不手際。聖都に賊の侵入を許すなど、教会、そして神殿騎士団の恥ですから。本来ならば全て話すべきなんです」
硬い表情の大司教の言葉に、司祭達を始めオルフロートもうなだれる。それを見て、
「あ〜あ、本当に説教臭くなっちゃって。年取るってや〜ね」
とリリが肩をすくめるのを、リロが軽くたしなめた。
「先ずはこれから二週間、リリ様は大聖堂にて静養、その後離宮に待機されます。その行程視察は我々神殿騎士団が受け持ちますが、野外探索に秀でた方々のご協力もいただけますか?」
というオルフロートの要請に、
「私とトト、それに聖騎士団のウーシアで、襲撃を受けそうな地点を現場視察しましょう。離宮というのは遠い場所にあるのですか?」
ゲマインが提案とともに質問した。
「いえ、ここから馬で二時間ほどの所に有る建物です。地上よりも地下に伸びた、聖都よりも古い建物となっています。頑強さで言えば、この大聖堂にも匹敵すると言われてます」
オルフロートが地図上に駒を置きながら答えた。それは聖都の南に少し離れた場所で、周囲は岩場に囲まれている。
「僕も行かせて〜? 全然する事無くて退屈だよ〜。着いたらそこでキャンプする? 焚き火大好き〜」
ベイルが黙っている事に耐えきれないと言った感じで口を挟んで来た。
「もちろんよ、ねぇ? 私もベイル君のお料理食べてみたいな〜」
リリが羨ましそうに呟くのを、
「お師匠様が下見に行ったら意味が無いです! 大人しくして下さいね、絶対ですよ!」
リロにたしなめられて、シュンと肩を落とす。
「まあまあ〜、良かったら厨房を借りて何かつくるよ〜? この時期は魚も美味しくなってるし、何か作ろうか〜?」
と、とりなすベイルとリリが料理について話し始めると、そっちは置いておいて、具体的な護衛と下見の日程が組まれた。
それにしてもリリとベイルは気が合うなぁ、などと二人を見ていたバッシは、
「バッシ、おい、聞いてるのか?」
とジュエルに注意されると、慌てて会議に加わる。どうやらバッシ達聖騎士団は、下見隊の護衛につくらしい。
「頼みますよ」
と言うゲマインの目の光に、気を引き締め直したバッシは、
「はいっ!」
と必要以上に大きな声を出した。
*****
一週間も経つと、完全に回復したリリは、大聖堂に待機する事に嫌気がさし、引き留めに苦労させられた。ベイルの料理や、リロの指導、魔術師ギルドの持ち込む事務処理でお茶を濁して来たが、どうにも体が疼くらしい。
今日も中庭で魔力を練っているなと思ったら、
「久しぶりに実戦なんてしたもんだから、腕が疼いちゃって。あ〜、極大魔法をドーン! と放ちたいわ〜」
と物騒な事を言う始末である。
「リリ、取り敢えず落ち着いて、深呼吸するんだ」
とバッシが言うと、素直に息を吸い込み、長く吐き出す。その口から出ている光は、いわゆる漏れ出た魔力というものだろうか? 腰元の鋼の剣がカタカタと鞘鳴りを起こすと、警戒して紫の光を放ち出した。
その時、
〝ドンッ!〟
と衝撃が襲いかかる。
体全部が揺れる圧力に、咄嗟に龍装を纏ったバッシは、リリに飛び付き身の内に庇った。
「あらやだ、久しぶりな人が来たわね」
その下から冷静な声が上がる。つられて周囲を見回すが誰も居ない。すると次の瞬間、上空から圧倒的な気配が重圧となって降り注いだ。
思わず空を見上げたバッシは、そこにあり得ない物を見つける。
ーードラゴンーー?
逆光の中に黒く影を作るそれは、見る見る大きくなって行く。
周囲の混乱を他所に、呆気に取られて見ていると、それは大聖堂前の大広間に着陸した。
鋼の剣に手を掛けるバッシに、
「大丈夫よ、彼らは。それにしても派手な到着だこと。それほどお怒りかしら?」
フフフッと笑ったリリを見ていると、
「ラウルが可哀想だから、私達も行きましょう。珍しいものが見られるわよ?」
とバッシの手を引き、護衛メンバーを引き連れて、広場へとグングン歩いて行った。
*****
広場は避難する者達で大混乱だった。警備に当たる神殿騎士達も、突然の襲撃に大慌てで右往左往している。
だが遠巻きながら、大型戦弩や長槍隊を編成するなど、流石は訓練された騎士達、その練度は高かった。
後から到着したオルフロートが、地面に腰掛ける巨大なドラゴンを見て、驚きに目を見開く。その独特な紋様をみせる巨大な剣爪はーー
「ミュゼルエルド様では無いですか!? この様な振る舞い、いかがなされました?」
旧知の剣龍に尋ねると、鼻息を〝ブフォオオォォン!〟と吐き出しながら、頭を地面に降ろした。
その首元から、
「オルフロート、お前が居ながら何をしておる?」
張らなくても良く響く声が上がると、一人の男が地面に降り立つ。それを聞いて、痺れたように硬直したオルフロートは、次の瞬間、
「お師匠様、お久しぶりでございます」
と、深々と頭を下げた。それに冷眼を送る男が、
「リリはどうしている? 無事だろうな?」
と尋ねると、
「ウォード〜! 私はここよ〜!」
大聖堂から、バッシに抱えられて大きく手を振るリリがやって来た。それを見たウォードは、
「ふん、まあそうだよな」
と笑みを浮かべる。その頭上ではミュゼルエルドと呼ばれたドラゴンが、同じように〝ブフォォン!〟と鼻息を漏らしていた。
*****
動き易そうな甲殻鎧と腰に下げた長剣、何ら見栄えのしない装備に包まれた壮年の戦士は、しかし全身から只者では無いオーラを放っていた。
どこか人の目を引きつつも、軽々しく近寄れない雰囲気に圧倒される。ついつい凝視していると目が合った。直ぐに目線を外したバッシは、完全に飲まれてしまっている。
後からやって来たラウル大司教が、
「ウォード殿、もう少し穏便に来訪されよ。これで有史以来二度目の襲撃事件が起きてしまいましたよ」
と告げると、
「だからあの時言っただろう? ここの結界魔石は老朽化している。伝統や格式にこだわって、力を無くした石ころに縛られていては、守れるものも守れなくなるぞ。だから今回は立場に縛られたお前に変わって壊しに来た。今頃こいつのブレスを受けた結界魔石は粉々に砕けているだろうよ」
と言うと、ミュゼルエルドの前脚部を撫でた。この男は、間違い無く〝剣聖〟ウォードである。
剣を極めた聖人……という言葉で表すには、少し気性の激しい人物らしい。現に弟子であるオルフロートなどは、立場的に不法侵入者を取り締まらなくてはならない筈が、うなだれたまま微動だにできずにいる。
「あんまりいじめちゃダメよ? ラウルだって立場が有るんだから」
とリリが仲裁に出ると、
「ふん、分かっている。ほれ、これを新しい結界魔石とせよ。東方龍神の魔玉だ」
魔具であろう腰元のポーチから、明らかに出し入れ出来ないサイズの、巨大な魔石を取り出すと、ラウル大司教に向けて無造作に投げつける。
慌ててキャッチする大司教に、
「代金は要らんぞ、ただ早めに装置にはめ込まないと、魔力が暴走するから気を付けろ」
と言うと、慌てた大司教は、側近の者達を連れて、結界装置の元へと急いだ。
「さて、リリ達の儀式が完遂されるまでは、ここに居させてもらうぞ。先ずはこいつに何か食わせてやってくれ。新鮮な牛五頭ばかりで充分だ」
再び前脚部をポンポンと叩かれたミュゼルエルドは、肯定の鼻息を「ブフオオォンッ!」と吐き出した。