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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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聖都襲撃

 聖都は相変わらず純白の外壁が威圧的で、気圧されるような居心地の悪さに、馴染めなかった。


 出入りの検閲を待つ行列がやけに長く伸びている。何かあったのか? 屋根の上から見ても、門の中の様子は分からなかった。


 御者の一人が降りて、前方の馬車に走り寄る。しばらくして帰って来た彼は、馬車の中に向かって、


「どうやら聖都で事件があったようで。神殿騎士団まで出張って、出入りに規制がかかっているみたいですぜ」


 と告げた。すかさずジュエルが反応して、


「神殿騎士団が検閲まで出張るとは……余程の事件ですね。何かあったとしたら、リリが心配です。私達は先に行かせてもらって宜しいですか?」


 とゲマインに告げると、


「そうね、では大聖堂の前で落ち合いましょう。パーティーごとで動いた方が良いでしょうから、私達は馬車と一緒に移動します」


 と言って聖騎士団を送り出した。四人で街門に向かうと、中に入れない人でごった返している。

 その中でジュエルは知り合いの神殿騎士を見つけると、声を掛けた。


「おお! ジュエル殿お久しぶりです。ご無事でしたか」


 寒い季節にも関わらず、全身甲冑を着込んで汗だくの男が、それでも旧知の仲間を認めて笑顔を見せる。


「私は元気です。それより何があったの? ここでは話せないでしょうから、中に入れて下さい」


「もちろんです、こんな時に戻っていただけたのも神の思し召し、ギンスバルク隊長の元に案内しますから、ついて来て下さい」


 と言って俺達を先導してくれた。しばらく歩くと、街の駐屯場に案内される。中には数人の神殿騎士が詰めており、ひっきりなしに出入りする者達の報告を処理していた。


 その中心には、以前に見た顔が居る。


「ギンスバルク隊長、お久しぶりです。何があったか教えていただけますか?」


 ジュエルが話し掛けるのは男前の騎士……以前にオルフロート神殿騎士団長の側に居た、只者ではないと感じた青年騎士だ。


「ジュエル殿、リリ様から聞いてます、護衛目的で呼び寄せられたとか」


 少しきつめの目線を返してくる。護衛を冒険者に求められた事が気にくわないのか? それともいつもこんな感じなのか? その表情は硬かった。


「はい、リリ様は身の危険を予見していた様です。もしや彼女の身に何か?」


 と言うと、一瞬苦い顔をしたギンスバルクは、


「うむ、あってはならぬ事だが、昨晩魔術師ギルドが襲撃を受けた。聖都セルゼエフにおいて、街の中心部に襲撃を受けたのは、有史以来初めての事態だ」


 と告げた。それを聞いたリロが立場を忘れて、


「師匠は? リリは無事ですか?」


 と詰め寄ると、


「うむ、無事とも言い切れないが、命に別状は無い。今は大聖堂で大司教自ら治療に当たっていらっしゃる」


 少し気を使うように、いくぶん優しい口調で告げた。それを聞いたリロは、周囲の制止も聞こえない様子で走り出す。ジュエルも一礼すると、


「ありがとうございます、後から報告を入れますので、取り敢えず大聖堂に向かいます」


 と告げた。了承を得ると後を追って走る。バッシ達が追いかけても、リロにしては素早く姿は見えなかったが、目的地は分かっている。

 ウーシアの案内で近道を通ると、彼女に追いつく事が出来た。


「リロ、一緒に行きましょう。大聖堂でも神殿騎士団が相当数駐屯している筈よ」


 ジュエルの声かけは聞こえているはずだが、口を固く結んだリロは返事すらしない。よく見ると、手が震えていた。


 足早に向かうバッシ達が大聖堂前の広場に到着すると、そこには数え切れない程の神殿騎士達が、隊列を作っていた。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎである。


 どうやら探索の幅を外へも広げるらしい。気忙しく号令をかける声を聞くと、各街道に向けて出発する指示だった。


 その中の、一際立派な鎧兜を着た騎士に向かって、人混みを掻き分けると、


「オルフロート様、ジュエル・エ・ポエンシャル、只今帰還いたしました。リリ・ウォルタ様の状態はいかがでしょうか?」


 礼の構えをとったジュエルが告げると、


「おお! すっかり聖騎士の風格になって来たな。お前達を待っていたぞ。リリ様は今、大司教様の手による治療中だ。おい、誰かジュエル達をリリ様の元まで案内してやれ。一段楽したら私の元にも来るようにな」


 と言うと、待ち構えている部下に指示を飛ばす。そして肩を寄せて、


「今回の襲撃では神聖魔法の結界が働かなかった、これがどういう意味か分かるな?」


 と耳打ちする。それを受けたジュエルはハッとした表情になったが、それにはどんな意味が有るのか? バッシにはかいもく検討もつかなかった。


 そこにやって来た騎士に案内されて、大聖堂内部へと足を向ける。

 以前と変わらぬ重厚な造りの巨大建築。信仰を一極に集中すると、ここまでのものが出来上がるのか、と感心とともに畏怖を覚える。


 その最奥部、以前は入室を止められた大扉の前に来ると、


「放浪騎士ジュエル・エ・ポエンシャルとその仲間三名が参りました」


 と告げられる。聖騎士を目指して外に出たジュエルの身分は放浪騎士なのか、などと考えていると、中から、


「おお、まっていましたよ、お通しして下さい」


 よく通る男性の声が聞こえた。以前見た時よりも厳重な警備の前を通って、金装飾の扉をくぐると、騎士団の駐屯する小部屋を通って、部屋と呼ぶには広すぎる空間に出た。


 右手には更に警備の騎士が立ち、その奥には執務机、更にその奥には天蓋付きのベッドが置かれている。


 ベッド付近の椅子に腰掛けた男性が、


「ジュエル、リロ、お久しぶりですね。リリはここに寝ています。静かにいらっしゃい」


 と手招きしてくれた。その周囲には、魔術師ギルドの職員だろうか? 心配そうにリリの手を取る女性が膝まづいている。


 彼が大司教ラウルか? そのたたずまいは好々爺然としており、凛と伸びた背筋だけが威厳を感じさせるが、柔らかい雰囲気の老人だった。


 だが瞳の奥には長年の風雨に晒された、冷静な光が宿っており、何とも人を惹きつける魅力を持っている。


「お久しぶりでございます、大司教様。ジュエル・エ・ポエンシャルただいま帰還いたしました」


 片膝ついて騎士礼をとるジュエルの横から、


「お師匠様はご無事ですかっ?」


 と息せき切ったリロがベッドに詰め寄る。それを制止する間も無く、ラウルが鷹揚に招き寄せると、


「お師匠さんは今寝ているからね、なに、軽い怪我を負ったが、既に治っておる。それよりも魔力消費と、ここのところの疲労が溜まって、熟睡しているんだよ」


 と笑顔を見せた。勢いを弱めたリロは、職員と挨拶をすると、ベッドの端に座り込む。

 その隙間から見えるリリは、呼吸も穏やかに目を閉じていた。


「おいらがいなきゃ危なかったんだよ〜ん」


 後ろからの声掛けに、バッシがビックリすると、


「おひさ〜、放浪のシェフこと、身を呈してレディを助けるさすらいの紳士、ベイル君だよ?」


 大司教の前でも軽い口調の男が現れた。


「ほらほら、リディム君もバイブス君も、皆さんにご挨拶して?」


 と、腰の短剣をカチャカチャさせて笑っている。


「本当なんだ、彼がいなければもっと深刻な事態になっていたかも知れない」


 ラウル大司教の話を聞いたジュエルが、


「あなた、何者?」


 と聞くと、


「あれ〜? 聞いて無かった? 放浪のシェフことさすらいの……」


 と言うのを制して、


「冒険者ギルドの工作員エージェントですね? その貴方がお師匠様を助けるとは。それに以前の襲撃でも私を助けてくれた……まさか今回の襲撃者も死刃のウンドですか?」


 リロが詰め寄る。それを聞いて、


「ありゃ〜? バレてんの? つまんな〜い。まあおおむねそんな所かな?」


 手を上げて降参ポーズをしながらケラケラと笑っている。更に詰め寄ろうとしたリロの手首を、ベッドから伸びる手が掴んだ。


「彼は命の恩人よ……もっと丁重に扱わなくちゃね。リロ……久しぶりね」


 かすれ声のリリが、首だけを上げて笑顔を見せる。その力無い顔を見たリロは、


「お師匠様!」


 と泣き出してしまった。


 普段冷静な彼女からは想像も付かない姿に、


「我々は少し席を外しましょうか。隣の部屋にお茶を用意させます。なに、リリももう大丈夫、後はゆっくりするだけが治療みたいなもんです」


 大司教が気を効かせてバッシ達を誘った。リリを見ると『そうしてくれ』と目配せしてくる。


 別室の大テーブルに移動した皆は、事の顛末を聞かされた。


 大司教が呼び寄せた騎士とベイルの話を総合すると、昨夜未明にウンド率いる賊が七名、魔術師ギルドに襲撃をかけたらしい。

 厳重な警備で知られる聖都セルゼエフにとって、有ってはならない事態だが、その後の調べによると、どうやら空からの侵入らしかった。


 詳しい方法はわからないが、神聖魔法による結界を破り、屋上から忍び込んだ賊達。

 厳重に魔法的施錠を重ねられた扉を破壊して侵入し、ギルド職員三名を音もなく殺害した後、リリの寝室に襲撃をかけたらしい。


 リリの周囲は常に霊獣が護衛をしているらしく、そこで乱戦となった。ところがかなり強力なモンスターである霊獣も、襲撃者の手にかかり、倒されてしまう。


 更にリリの魔法は、襲撃を率いるウンドの装備品によって効力を弱められてしまったらしい。

 リリの話によると、普通の魔法使いならば、魔法の発動すら出来ない代物だったそうだ。


 相討ちで数を減らした襲撃者三名が、リリに迫った時、颯爽と現れたベイルが間に入り、後ろからやって来た魔術師ギルドのストーン・ゴーレムと共に挟み撃ちにして、二名を倒すと、ウンドが極大の風魔法を発動して逃走。その際に吹き飛ばされたリリが、後頭部を床に打ったという事だった。


「それにしても良くその場に間に合ったな、どうやってリリの危機を察知したんだ?」


 と問うバッシに対して、


「ふっふっふっ、それは秘密だよ〜ん、まあこれでもA級エージェントだし? それ位あたりまえ〜」


 ベイルが踏ん反り返る。まあおかげで助かったのだから、文句も無い。というか、その鮮やかな手並みに、ベイルという男の評価を上方修正した。


「それで、ウンドはどこに?」


 と言うジュエルに、


「それが掻き消えるように姿をくらませまして、外に待機していたらしき仲間の探索も兼ねて、周辺を探索しているのですが、痕跡は見当たりません。これほどの襲撃は、相当の準備がいるはずですが……」


 話をしてくれた騎士が唸るように告げた。その彼も他に仕事が有るらしく、忙しく席を立つ。その後ろ姿に、


「門の外に冒険者ギルドの馬車があります。そこに我々と共に護衛依頼を受けた方達が居ますので、魔術師ギルドに誘導して下さい。彼女なら何か探れるかも知れません」


 とジュエルが言うと、


「大司教様、私も魔術師ギルドに向かいます。バッシはリロと共にリリを護衛して、私とウーシアは襲撃場所を探索、ベイルさんも一緒によろしいですか?」


 さっさと話をまとめて飛び出して行った。


「あ〜あ、バッシ君ともゆっくり話したかったのにな〜。まったね〜」


 ベイルも満更でもない顔でついて行く。


 残されたバッシは、


「じゃあ我々はゆっくりお茶でも飲みますか? バッシさんはお茶がお好きとか。実はとっても良い茶葉が手に入りましてね、黄金の雫と呼ばれるナイナンディ種の金色初芽なんですが」


 大司教の実に魅力的なお誘いを受けて、アフタヌーン・ティーを楽しむ事になった。

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