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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
53/196

鎮魂

 ささくれ立った木片や金具が、爆風に混じって飛んでくる。急いで向かう先は、黒煙によって見通しが効かなかった。


「ジュエル〜! リロ〜ッ!」


 仲間の名前を叫びながら走る。煙の向こうに微かに見える青い光はーー聖守護結界ホーリー・アーマー特有の灯りだ! バッシは希望を見出して、もうもうと煙を上げる馬車のそばを駆け抜けた。


 そこにはうずくまるジュエルが、盾を構えてうずくまっている。咄嗟に最小の結界を張ったのだろう、構えるレッドホーンの盾のみが青く輝いていた。


「ジュエル、大丈夫か?」


 とバッシが間近で問いかけるが、耳をやられたせいか反応がない。そこで聖騎士の鎧の肩当てをポンッと叩くと、ビクッと反応して顔を上げた。その胸の内には、リロが匿われている。


 その姿を見た安堵感に、知らずに全身に入っていた力がホッと緩んだ。


「***! ******」


 ジュエルも声を上げるが、全く音が伝わらない。そこで初めてバッシの耳もやられていると気付いた。


 残して来たウーシアが気になって振り返ると、彼女も炎上する馬車を避けて走って来る。


 何かをしきりに話しているが「キーーーン」という耳鳴りに遮られて、全く聞こえなかった。

 耳を指して手でバツを作ると、バッシの袖を引っ張って馬車の方に行こうとする。


 バッシは残して来た敵が気になって、元いた場所を指差すが、首をふられる。もう居ないという事だろうか?


 腕引かれていく馬車の方が気になる。パーティーの事ばかりを気にしてしまったが、馬車には二人の御者と、ピノンが居たはずだ。


 ウーシアに、周囲の警戒を頼むと、彼らの安否を確かめるべく、猛然と煙を上げる馬車に取り付き、龍装手甲の厚みを増して力任せに掻き分けた。


 太い爪を食い込ませて瓦礫を取り除いて行くと、小さな腕が見えた。


「ピノン!」


 思わず叫びながら周囲の瓦礫を丁寧に取り去った時、その根元には少年の姿はなかった。

 そのさらに下を見て、急速に心を閉ざす。それからは作業のように、瓦礫を撤去し、二人の御者と、ピノンの遺体をなるべく丁寧に並べて行った。


 爆煙が晴れた頃、嘘のように襲撃者も消えて無くなっていた。相手側にもかなりの犠牲がでた筈だが、どんな仕掛けを使ったのか? 死体の痕跡すら無い。


 皆が無言だった。バッシも心を閉ざしたまま、ひたすら地面を掘る作業に徹する。三人を穴に収めた後、ジュエルが鎮魂の祈りを捧げ始めると、閉ざしていた筈の心の内に、


 〝ピノン達は俺たちの諍いに巻き込まれて死んだ〟


 という思いがもやのように立ち昇り、胸をかき乱した。トラブル込みでの冒険者輸送業だろうが……人懐こいピノンの笑顔が脳裏にチラつく。


 最後に各人の両目に銀貨を置いていく。バッシは原形を無くしたピノンの両目部分に銀貨を置くと、優しく土を被せていった。

 小さな体は簡単に埋れてしまった。その土饅頭どまんじゅうを見下ろしながら、万感の思いを噛み殺して、固く拳を握る。


 何故この子が死んだのか、考えないようにしても、我知らず流れ落ちる涙が、柔土を湿らせた。





 *****





 皆が無言で、瓦礫と化した馬車の中から荷物などを取り出す。常に持ち歩いていたリロ以外の荷物は、殆どが被害を受けていた。


 バッシは半分焼けた荷物の底からポコを取り出すと、表面についた土埃を払って〝大丈夫か?〟と問いかける。

 すると表紙に描かれた目の模様が淡く光った。どうやら無事らしい。

 少し救われた気持ちになって、リロに保管をお願いすると、


「仕方ない、ここからは徒歩で峡谷を抜けるぞ。旅の難所だけに、日の高い内に野営を張れる所まで急ごう」


 とジュエルが告げて、バッシの肩に手を当てる。


「バッシも辛いだろうが、行くぞ」


 と振り返らずに歩き出した。バッシも一瞬頭の中にピノンの姿を思い浮かべ〝忘れないからな〟と仲間が亡くなった時の儀式を済ませると、振り返らずに前に進む。


 「ザッ……ザッ……ザッ」


 思考が停止したまま、右、左と岩場を踏みしめる。

 誰も何も喋る事が出来ずに、味気ない音を立てながらひたすら歩を進め、日没前に辿り着いた峡谷の麓で、今夜の野営をする事にした。


「……おかしな襲撃でしたね」


 バッシの至近距離でリロがつぶやく。


 野盗の襲撃を避ける為に火を焚く事も出来ず、リロの鞄に保存されていたホウジナッツや鬼頭を食べた後は、ひたすら皆で固まって、二つしかない毛布に包まっていた。


「確かに、何故あんなにあっさり引いたんだろうか? 私達を狙ったのなら、敵の犠牲とこちらの犠牲の割りが合わないと思うが」


 ジュエルが身を捩りながら疑問を口にする。聖騎士の鎧を装備したジュエルはともかく、リロとウーシアは相当冷えるのだろう。バッシの脇に身を寄せて軽く震えていた。それをさすってやりながら、


「襲撃者の殆どが野盗の群れだった。ウンドの時と一緒だ。捨て駒は犠牲の内に入らないんだろう」


 と答えると、


「でも真っ黒な奴は一人死んだワンウ、あれはどう見ても雑魚じゃないワン」


 首だけを出したウーシアが、異論を唱えた。


「そう、向こうからしたら、足を切り飛ばしたあいつだけが誤算だったかも知れない。だが本気で俺たちを仕留めるつもりも無かったようだ」


 バッシの言葉に、首を巡らせたジュエルが、


「何故そう言える?」


 と尋ねてくる。彼女も間に挟んだ寒がりなリロをさすってやっていた。


「あの大きな三本の黒矢、あれは明らかに馬車を狙っていた。もし俺達を仕留めるつもりなら、あれはメンバーの誰かに向いてないとおかしいだろう」


「そうですね、あの矢が馬車を破壊した後、掻き消えるように敵が引いた。あからさまと言えばこれほど分かり易い撤退も無いですね」


 リロも二人に温められて少しはましになったのか、声の調子もリラックスしてきた。このまま夜を乗り越えられるか? もしこれ以上冷えた時は、危険を冒してでも火を焚かないといけないかも知れない。

 足元には、焚き火の準備を組んであった。


「足止め、か……となると聖都のリリが心配だな。できるだけ先を急ごう。リロ、大丈夫か?」


 とジュエルが尋ねると、リロは、


「大丈夫です、早く師匠の元へ行きましょう」


 と決意を込めて宣言した。だが本気で急いだ時、メンバーの中で唯一非肉体派の彼女が遅れるのは明らかである。心配するジュエルに向かって、


「俺の荷物は無くなった、その代わりじゃないが、俺がリロを背負って行く。紐も毛布も有るから、大丈夫だ」


 とバッシが言うと、


「いえ! 大丈夫ですよ。私も歩けます!」


 とあわてて主張するリロを制して、ジュエルがその案を採用した。なおも「大丈夫ですから」と辞退しようとするリロに、


「もう寝るぞ、明日からはペースを上げる。リリのためだ、お前も受け入れろ」


 と言って目を閉じてしまった。ウーシアを見るととっくに寝っている。こいつは……逞しい奴だ。リロと目が合うと、困りきった顔をしていたが、


「こんな時だからな、我慢してくれ」


 と言ってなだめる。


「こちらこそすみません、それではよろしくお願いします」


 事態を冷静に判断して、師匠の危機に一早く駆け参じたいであろう彼女も、目を閉じた。


 こんな時は順番に見張りを交代するものだが、その必要はない。なぜならバッシは眠れそうも無いから。


 天地逆さまに落ちて行きそうな、満天の星空を見上げながら、ピノンの人生を思う。人懐こい笑みに、枯れてしまった筈の心の傷が疼くのを、ひたすら耐えながら夜を凌いだ。





 *****





 それから四日間、リロをおんぶしながらの強行軍が続いた。時折峡谷を商隊の馬車が通るが、野盗に備える彼らが聖騎士団を乗せてくれる筈が無い。

 逆に野盗と勘違いして、攻撃されないだけましというものだ。


 現に街道を行くバッシ達は目立つらしく、三度も野盗による襲撃を受けた。

 それらはことごとくリロの幻火魔法によって、いつ醒めるとも知れない眠りについてもらっている。まあそこらへんは自業自得だから放っておこう。


 そんなある日、もうそろそろ今日の野営地を探そうと検討していると、後ろから五頭立ての立派な馬車が、二台縦に並んで迫って来た。


 バッシ達が誤解を受けないように道の端に寄ると、少し手前から減速した馬車がバッシ達の目前で止まり、窓を開ける。


「あなた達は聖騎士団ホーリー・ナイツじゃない。随分先行している筈なのにどうしたの?」


 顔を出したのは〝ワイズマン〟ゲマイン。驚いたジュエルがこれまでの経緯を話すと、


「それは大変だったわね。取り敢えず一緒の馬車で向かいましょう。分乗すれば何とかなるわ、ねえスネイさん」


 と御者にかけあってくれた。俺達についていた御者達と同僚だった彼らは、事の顛末を聞くと難しい顔をしていたが、


「この稼業をしている者は、皆覚悟の上でさぁ、苦しまずに即死ってだけでも救われます」


 と言って、招き入れてくれた。リロの差し出した金品を含めた遺品も、家族の居る者には届けてくれると言うが、ピノンには身寄りが無いらしい。


 バッシは遺品である短剣を受け取ると、


「俺が持っていても良いですか?」


 と尋ねた。御者達は顔を見合わせると、


「もし良かったら持っててくだせぇ、その方が奴の供養になります」


 と言ってくれた。


 馬車の中は狭く、バッシは自ら申し出ると、屋根の上に陣取った。


 四方を断崖に囲まれた細長い街道は、暫く走ると平地に出た。ここまで来ると野盗の襲撃もめっきり減ってくる。


 形見であるピノンの剣を抜くと、ボンヤリとした薄日に照らして見る。よく使い込まれた剣の柄は、少年の手の形に変形していた。

 刃を収め、その染みを愛おしむように撫でていると、ふつふつと何とも形状しがたい感情が湧き上がってくる。


 襲撃者への怒りか? 巻き込んだ自分達への怒りか? あの場で阻止出来なかった後悔か?


 流れる風に身をさらしながら、考え続けるバッシを乗せて、馬車は一路聖都へと向かって走って行った。

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