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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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C級特別依頼

「椅子に腰掛けてお待ち下さい、ギルド・マスターもじきにまいります」


 冒険者ギルド職員に通されたのは、以前にも来たギルド長の部屋。

 そこで待たされる事数分、忙し気な足音と共に現れたギルド長〝突然死サドン・デス〟のハムスは、


「すまんすまん、中々用事がかたずかなくてね〜、おまたせしちゃったかな?」


 軽い調子で椅子に腰掛けた。例によって短い足は特製の足置きにちょこんと乗っている。


「いえ、さほど時間はたっていません。それよりも用件とは何でしょうか?」


 ジュエルが尋ねる。というのも、昇格試験から一刻も経たぬ間に呼び出しをくらったからだ。

 もちろん試験結果は三人とも合格だった。

 まあ、あれで不合格だったら、誰が合格するんだ? という内容だったが。


 合格を告げられた後、試技場を引き揚げようとしたジュエルは、突然力を無くして膝からくずおれるほど疲労していた。バッシが半ば抱えながらここまで連れて来た程である。


 そこを押しての呼び出しに、何事か? と身構える一同を見て、


「いやまあ、そう構えないでくれ。今回の特別試験はお疲れ様、大活躍だったみたいだね。おかげでC級パーティーの登録もできたから、以前話した特別依頼を頼みたいと思ってね」


 ハムスが緊張をほぐすように気軽に話しかける。

 そう、この部屋に来る前に、まず通されたC級以上の入れる、通称〝メジャー部屋〟にて、既に三人共C級登録が済んでいた。

 同時に〝聖騎士団ホーリー・ナイツ〟自体もめでたくC級パーティーに登録され、ゴリ押しでエルルエルが専属窓口の任命を受けている。


 女性職員が人数分のお茶を運んできた。ギルド長がその職員に、


「別室に待機している〝ワイズマン〟を呼んで来てくれ」


 と言うと、ジュエルに向き合い、


「今回の試験官だった大門軍団アーミー・オブ・ビッグ・ゲートだけど、実は試験官を譲った代わりに、こちらも条件を付けていたんだよ。そこら辺の事はエルルエルから小耳に挟んだでしょ?」


 とウインクした。どうやら我らの情報源の行動は筒抜けらしい。

 得意気な彼女の顔を思い出して、何とも言えない気分になると、それを見たハムスはイタズラそうな笑みを浮かべて、


「その条件とは、C級に昇格した君達〝聖騎士団〟と一緒に、特別依頼を受けてもらう、というものなんだ。組むのは〝ワイズマン〟率いるA級パーティー〝賢剣顎楽トゥーマルタス〟だよ」


 と驚くべき情報をもたらした。今日対戦したヴェールが所属する上級パーティーと、協力して依頼に当たるという。それはもたらされる依頼の難易度が高い事を暗に示していた。


「それはどういった……」


 ジュエルが質問しようとしたが、ドアをノックする音に阻まれる。


「どうぞ」


 と招くハムスの声を受けて入って来たのは、先ほど会場で恐ろしい視線を送ってきた女性だった。


 整った顔を浮き立たせる純白の肌、薄っすらと緑に艶めく長髪の下には、先ほど視線のみで戦慄を覚えさせられた碧眼が並ぶ。


 白地に灰色の格子柄の入った革鎧を着込み、白革に覆われた美しい弓を持つ女からは、長い手足とあいまって洗練された印象を受けた。


「失礼します」


 落ち着いた声で入室すると、ギルドマスターに頭を下げた後、バッシ達にも軽く会釈をする。


 バッシ達も軽く会釈すると、ギルドマスターが、


「まずは腰掛けておくれ。丁度今説明していた最中だったんだよ。こちらは言わずとも分かるね? 先ほど君達の仲間をボコった聖騎士団のメンバーだよ」


 と、こちらが慌てるような事を言った。それを受けて、


「ええ、しっかりと見させていただきました。後でメンバーにはキッチリと、特訓という名の制裁を加えさせていただきますわ」


 と言うとニヤリと笑って、


「はじめまして、私は大門軍団アーミー・オブ・ビッグ・ゲート代表のゲマインと申します。ワイズマンという通り名が有名かしら。弟の事では、仇を討っていただき、ありがとうございました」


 と深々と頭を下げた。バッシ達も慌てて立ち上がると、皆を代表してジュエルが、


「いえ、こちらこそ特別試験官をお引き受けいただきまして、ありがとうございました。試験とはいえ、格上の相手に全力を出し切って、良い経験になりました」


 と頭を下げた。それを受けたゲマインは、長い髪を掻き上げると、


「いや、お世辞は結構。とても格下相手の試合とは思えなかったわ。特に負けた二人はキッチリ吊るし上げないとね」


 と、妖艶に笑った。現れた耳は少し尖っている。それを不思議に思っていると、


「あ、私はハーフ・エルフっていう、人間とエルフの混血なのよ。弟とは異母姉弟だからあんまり似てないでしょ?」


 と言って尖った耳を指し示した。なるほど、以前に見たゲーハァとは印象が大分と違うが、そんな理由があったのか。それにしてもざっくばらんな性格なのが、少し話しただけでも伝わってくる。

 ジュエルもそう感じたのか、身構えていた肩の力が抜けたように感じた。


「さて、話は手短に済ませよう、試験直後で疲れているだろうし。ゲマイン、今回の件は了承で良いな?」


 とハムスが口髭を擦りながら尋ねると、


「はい、彼らの実力はしっかりと見させていただきましたから、協力して依頼を受ける事に異存はありません」


 ゲマインがバッシ達を見ながら頷く。その瞬間、会場で浴びた恐ろしい視線が脳裏をよぎった。


「なら結構、聖騎士団の皆さんにはまだ話していませんでしたが、合否のいかんにかかっていましたから、了承して下さいね」


 ハムスはバッシ達に向き直ると、手元の羊皮紙を広げた。ジュエルが了承の頷きを見せると、


「実はあなた達に受けて欲しい依頼とは、聖都や大司教、そしてリロのお師匠リリ・ウォルタさんに関わる事態なんです」


 声を下げたハムスが告げた。突然出てきた師匠の名前に、


「えっ」


 と声を上げるリロ、バッシも恩人の名前が出て、内心ザワリと胸騒ぎを覚える。


「あなた方は聖火教団というものを聞いた事がありますか?」


 というハムスに、


「はい、いにしえより伝わる原始宗教で、私達の宗派の源流とも教えられています」


 ジュエルが神殿騎士としての顔を見せた。


「そう、世界中に広く分布しながらも、多数の傍流となって、今では存在自体が秘匿されている古来の宗教。その中でも原理主義と呼ばれる〝ファンダム〟と呼ばれる勢力の活動が近頃活発化してきて、我々冒険者ギルドと対立しだしたんだ。どうやら彼らの聖典と反する存在という事らしい。以前にあなた方を襲った死刃のウンドも、そのメンバーだと言えば、想像がつき易いかな?」


 と一気に話すと、机に置かれたお茶を飲んだ。


 あのウンドが? 手強い風刀使いの顔を思い出して、胸のザワめきが増す。それとリリがどう結びつくのか? 思い返せば、リロが襲撃された理由も、タンたんを狙った可能性がある、という事しか考えていなかった。


「それは私が襲われた事とも関係しているのでしょうか? それが元でお師匠様にも害が及んだとか……」


 リロが立ち上がり、ハムスに詰め寄ると、


「いや、それは違うな。というより君が襲われたのは、師匠からの飛び火という方が正しいだろう……リリが聖都の大司教とパーティーを組む仲間だった事は知ってるでしょ?」


 諌められたリロが席につくと、首を縦に振って答えた。少し前まで聖都で働いていたリロにとっては常識だ。バッシですら知っている事実を確認したハムスは、


「最近、大司教はリリと手を組んで、ある儀式を敢行しようとしていた。それを阻止せんと活動している実行部隊が、ファンダムの中の実行部隊〝牙〟だ。先ずはこれを見てくれ」


 というと、羊皮紙を指し示した。そこには最近の牙の同行と、襲撃計画、更にはそれを未然に防いだ記録が詳細に書き込まれていた。

 その中には、リロを襲った件も報告されている。


 その日付を見て行くと、最近になるにつれ襲撃頻度が上がっているのが分かった。


「これは……一刻の猶予も有りませんね。でも何故ギルドが依頼を?」


 と言うジュエルに、


「それはさっきもマスターが言ったように、ファンダムが冒険者ギルドを排斥しようとしているからよ。つまりは利害の一致ね、それと教皇達の儀式は、ギルドとしても守るべき理由があるって事、ですよね?」


 答えたゲマインが、ギルドマスターに目線を送ると、腕組みしながら聞いていたハムスは、髭をプルプルさせながら考え込み、


「これ以上詳しい事は喋れん、お前達を守る意味でもな。伝えられる情報はここまでだ。後はリリ・ウォルタなりに直接聞いてくれ」


 と告げると、特別依頼の羊皮紙を取り出した。え? 直接聞くって事は……


「ここに示す特別依頼に同意を求める。聖都の魔術師ギルドマスター代理、リリ・ウォルタの護衛依頼を、賢剣顎楽トゥーマルタス聖騎士団ホーリー・ナイツの両パーティーで実行。期間は儀式の完遂される日時までとする」


 バンッ! と二枚の依頼書をテーブルに叩き付ける。真剣な表情のハムスの口元で、髭がプルルンと震えた。





 *****





「しかしリリが狙われているとは、そんな事おくびにも出さなかったのに」


 ジュエルがまだ納得出来ないといった顔で、腕を組む。


 だがバッシは、野宿の晩に狂信者の事を語る暗い表情のリリを思い出していた。

 あの時の、まるで苦いものが湧き上がったかのような渋い顔。何時も笑みを絶やさない彼女にそこまで思わせる相手の事を思い、暗澹たる思いが込み上げる。


「お師匠さまはああ見えて全てを包み込んでしまうタイプの方ですからね。でも同時に周囲を巻き込んでいくパワーも併せ持っていますから、今回のようにすぐに護衛依頼を出すのも、彼女の読みの鋭さと的確さだと思います」


「それにしても急がなきゃだワン、トゥーマルタスは直ぐには動けないから、身軽なウー達が早く戻って警護しなきゃだワン!」


 と言うと、テーブルにエールジョッキをドンと置いた。


 あれからしばらく、ゲマインと今後の打ち合わせをした所、明日用意されるという特別便に乗って聖騎士団が聖都に向かい、四〜六日程遅れてトゥーマルタスが出る事になった。


 トゥーマルタスはゲマインとヴェールを合わせた六名で今回の依頼にあたるらしい。聖騎士団と合わせると10名の大所帯となる。そこらへんの連携は現地に着いてから、と確認しあって別れた。


 今は一旦寝て回復したジュエルが起き出し、大将が申し出てくれた、C級冒険者への昇級を祝う宴を始めた所である。


「さあさあ、たんと食べて飲んでおくれ! 我が宿の常連がメジャー入りを果たすなんて、とっても名誉な事だよ。ジュエルちゃんおめでとう」


 と女将が言うと、豊満な胸でハグをして、離して頬にキスをした。

 大将も喜んでくれて、庭に飼っていた棒首鳥スティック・チキンをしめて、料理の腕をふるってくれている。

 そこにブリストル・キングダム土産のエールを合わせれば、不味い筈がない。


「まあ今後の事はひとまず置いといて、今はC級メジャー昇格を祝おう! カンパイ!」


 ジュエルがジョッキを高々とかざすと、その場にいた他のパーティーも参加して、


「カンパーイ!」


 と唱和した。


「今日は俺の奢りだよ! 遠慮せずに飲み食いしてくれよな」


 大将の太っ腹発言に「おお〜っ!」と歓声が上がる。女将さんは微妙な顔をしていたが、バッシと目が合うと、ニッコリ笑顔を見せてくれた。


 バッシも釣られて笑顔を見せるが、内心ではリリの事が頭から離れなかった。


 皆がつくまで無事で居てくれ。表面は陽気にジョッキを空にしながらも、心の底に淀んだ靄が晴れる事は無く、エールの苦味だけがいつまでも舌に残った。

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