昇格試験③
二段格上の試験官を相手にするC級昇格試験は厳しい。そこを乗り越えれば、ワンランク上の生活が待っていると分かっていても、数年間落ち続ける実力派D級冒険者達もざらにいるほどである。
そんな負け前提の、内容的に優れていれば合格とされる試験で、受験者が連勝するのは異例の事態だった。
『このまま三連勝もあるんじゃないか?』
期待感のいや増す会場が熱気に包まれる中、会場の整備士が泥沼と化した地面を、土魔法で復旧させていった。
だがヴェールの水魔法は地中深くまで浸潤し、掘り返された土も完全に乾き切る事は無かった。
柔土に閉口するジュエルが、呼び出しに応じて開始線に向かうと、より体重のあるスワンクは、足甲のくるぶしまで地面に埋め込ませながら、それでも平然と歩いて来る。
バッシとためを張るほどの身長は2mを優に超え、全身を覆う板金鎧や、下に着込んだ鎖かたびら、それに分厚い楕円形の盾を含めると、総計は優に300kgを超えるだろう。
全身甲冑たる聖騎士の鎧を着込んだジュエルでも、身長180cm程、総重量は100kg強だから、その差は大人と子供程、いやそれ以上はあろうか?
開始線に踵を付けた両者がにらみ合うと、同じ人類とは思えないほどの体積差があった。
スワンクは左足で柔土を踏みしめて、半身の構えを取ると、左肩や胴体と繋がる無骨な金属骨子を操って、大盾を前面に押し出す構えを取る。
楕円形の大盾には〝見切りの盾〟と呼ばれる所以となった、昆虫の複眼様の模様が光っている。
その裏側から生える、昆虫の脚に似た骨子の姿からは、まるで巨大な甲虫が人間に取り付いているようにも見えた。
ジュエルからは、全身をすっぽりと覆われた彼の顔を伺う事は出来なかったが、軽く重心を下げた全身からは、今にも突進して来そうな気配が感じられた。
『こいつ、開始と共に突進する気か?』
同じく腰を落とし、盾を前面に、ホーリーメイスを後ろに引いた構えのジュエル。その胸中には、同じようなタイプの相手と対戦する喜びがフツフツと湧き上がってきた。
聖騎士を目指し、守備重視のスタイルを身につけつつある自分が、歴戦の重戦士相手に、真正面からどれだけ通じるのか?
指導官の開始の合図と共に、
「よろしくお願いします!」
と告げた彼女の心は既に決まっていた。〝真っ向勝負〟力と力のぶつかり合いに身を委ねる!
「おう!」
と応じたスワンクは、案の定、盾を構えて突進してきた。ぬかるむ地面をもろともせず、後ろに泥を蹴散らしながら進む、その姿は気迫とあいまって、数倍にも大きく見える。
守護結界を唱えたジュエルの全身が発光すると、巨大な質量と真正面からぶつかり合う。
その差を帳消しにする神聖魔法の力で、ガッチリと受け止められたスワンクは、盾同士をこすり合わせながら、押しつぶすようにのしかかってきた。
魔力を増燃させたジュエルが、下からかち上げた後、素早く横に回り込みながら、盾撃で突っ込む。
だが、顔は盾に隠したまま、ジュエルの動きを把握しているスワンクは、金属骨子の力を乗せると、上から叩きつけるように大盾を振り下ろしてきた。
聖騎士の鎧は内部が高粘土の液体で満たされている。そのため、殆どの衝撃は吸収され、使用者には届かないが、盾で受けたにも関わらず、その衝撃はジュエルの脳を揺らすほど強烈だった。
奥歯を噛み締めて堪えるジュエルは、足に送り込む結界を一際活性化させると、ホーリーメイスを持つ手も添えて、押し潰されそうな態勢を持ち上げる。
盾同士のせめぎ合いが立てる音は、人間の装備から発せられたとは信じ難い程、重く響いた。
重装の巨体が押し退けられるほど伸び上がる、だが余裕が有るのは明らかにスワンクの方だった。
体重をかけながらも、相手に隙を与え無いようにコントロールしながら、巧みに競り合う。
その隙を突いて、後ろ手に持つフレイルを大盾ごしに振るって来た。
太い鎖の先には防刃布に包まれた重い鉄球、それが三本、ジュエルの盾を回り込んで左肩を打つ。
咄嗟に守護結界を強化したが、拳大の連打に弾かれて、盾が下がった。
その隙に金属骨子がグイッと伸びると、圧倒的な力で地面に押し潰される。
体の芯から、背骨が捻れて嫌な音を聞いた、その瞬間、ジュエルの全身から青い光が爆発した。
〝聖守護結界〟
聖騎士の操る青光の結界が放射されると、のしかかっていたスワンクが、軽々と空中に跳ね上がる。
不意を突かれながらも、態勢を整えようと地面を探した時、飛び込んで来たジュエルと一瞬目があった。
重金属同士の衝突音、スワンクの横腹に振り抜かれたホーリー・メイスは、奇跡的に合わせられたスワンクの盾を叩く。
重量級のスワンクが、地響きを立てて叩き付られた時、聖守護結界を盾に集約させたジュエルの盾撃が、その身を撥ねた。
それをも盾に受けたスワンクは、転がりながらも受け身を取ると、地面に盾を突き立てて止まる。
金属骨子が無理やり体を引き上げると、よろめきながらも足を踏ん張り、元の構えを取った。
一瞬の後、息を飲んで見守っていた観客から、
「おおおぉぉ〜っ」
とどよめきが起きる。賭けに興じていた者も、その事を忘れて試合に見入るほど、切迫した勝負だった。
〝ブブブブブ……〟
会場内に耳障りな音が響き始める。それを聞いた観衆の中で、
「あれがでるとは、スワンクも本気だな」
という囁きが聞こえた。
騒音の主、スワンクの大盾の周囲では、ぬかるんだ地面が波打ち、後ろに飛ばされていく。
グッと身を低く構えたスワンクは、次の瞬間、飛ぶように突進して来た。
遠間を一瞬で潰す跳躍に、聖守護結界を鋭く絞り込んだジュエルは、レッドホーンの盾を合わせる。
だが眼前で進路を真上に変えたスワンクは、跳び越しざまにフレイルを振り下ろした。
その重さから考えられない跳躍に、完全に不意をつかれたジュエルは、盾撃の突進を利用して、辛くも前方に逃れる。
ギリギリ兜の先端を掠ったフレイル。足から着地したスワンクは、ぬかるんだ地面に滑りながらも、盾から噴射する風を利用して、再度突進をかけた。
突然のシフトチェンジに戸惑いつつも、面積を広げた聖守護結界の盾撃を放つと、スワンクの足元を狙う。
突然進路を阻まれたスワンクは、見事に転び、地面に盾を付く。その姿勢は、突進するジュエルから丸見えだった。
鋭く振り抜くホーリーメイス、その槌頭にも極絞り込んだ結界が、張り巡らされている。
〝ブォオンッ〟
と最大排気を見せた大盾がホーリーメイスを受け止める、と思った瞬間、爆発と共に加速したメイスが、スワンクの兜を打ち抜いた。
ホーリーメイスの後部を弾けさせ、次に前方を弾けさせるという高等テクニックは、血の滲むような特訓の末編み出した、ジュエルのオリジナル技である。
〝ホーリー・バースト〟
と名付けた技の炸裂に、スワンクの兜が宙を舞う。踏ん張りを効かせた振り戻しの一撃を見舞うホーリーメイスは、しかしスワンクの大盾に阻まれて火花を散らした。
重い兜が柔土に突き刺さると同時に、今度はスワンクが大盾を前面に押し込んで来る。
風を纏う大盾と、聖守護結界に支えられたレッドホーンの盾が、再度鍔迫り合いを始めると、またもやフレイルを振り下ろした。
結界を微妙に変形させる事で対処しようとしたジュエルは、最小の動きで次の反撃に備えようとしたが、
「爆ぜろ!」
というスワンクの命令と共に、鉄球が防刃布ごと爆発する。鉄球にはウーシアの投魔石と同じ様な仕込みがされていたのだ。
衝撃に弾かれ、ぬかるんだ地面に突き刺さるように這いつくばるジュエル。
鉄球を失ったスワンクは、フレイルの柄を捨てると、両手持ちにした大盾の淵を、首元めがけて突き下ろした。
一撃目は全身に纏う聖守護結界に阻まれる。が、二度、三度と振り下ろす内に、結界の力も弱まり、四撃目、甲虫に見立てられた大盾の先端から、仕込み顎が飛び出すと、ジュエルの首をガッチリと挟み込んだ。
バネ仕掛けの顎は、結界に辛うじて保護されているジュエルの首元を締め上げ続ける。
そのまま力任せに持ち上げると、脱力した彼女は抵抗も見せずにぶら下がった。
指導官が『もう止めるべきか?』と判断した時、
「もう終わりかっ!」
一際大きな声が会場に響く。会場の隅にある柵から身を乗り出したのは、先鋒を務めたバッシだった。
それに反応したジュエルの手が、ピクリと動いた時、辛うじて身を守っていた聖守護結界が弾け飛んだ。
誰もがその首を顎に噛み切られると思った瞬間、下からホーリーメイスを突っ込んで、顎の隙間に挟み込む。
自らを打ちつつも、束縛から脱したジュエルは、地面に足がつく刹那、顎に得物を奪われ、自由になった右手に守護力場を集中させて、スワンクにぶち込んだ。
ホーリーメイスは所有者以外の者が触ると、結界を発動させる。その衝撃に大盾の反応が遅れたスワンクは、なんとか右手を曲げてガードした。だが鋭く撃ち抜かれた拳に、分厚い手甲を凹ませながら吹き飛ぶ。
右腕の折れた感触に歯を食いしばりながら、立ち上がった所へ、青光を纏ったジュエルが突っ込む。盾同士の激しい衝突の後、弾かれた両者が構え直すと、再度突進し合った。
既にスワンクの大盾も風魔法を全開で発動させている。
弾かれては踏ん張り、また突撃を繰り返す。そんな全力の正面衝突が10回も続き、お互いに脳震盪を起こしてたたらを踏みながら、なおも突進しようとした所で、
「試合終了!」
間に入った指導官が腕を交差させながら叫んだ。
その瞬間、呆然と立つジュエルは、暫く動く事も出来ずに、指導官を見続け、対するスワンクは膝の力が抜けたようにしゃがみ込むと、盾の助力でなんとか身を支えた。
両者の力闘に惜しみない拍手が送られる中、開始線まで誘導されると、
「この勝負、引き分け!」
指導官が両者の手を持ち、強引に握手に持って行く。疲れきった両者は、抵抗もなく握手すると、そのまま呆然と自陣の方に向かって引き揚げて行った。
ニヤリと笑いながら、
「やったな」
と声を掛けるバッシに、
「まあ、こんなもんか」
と苦笑いのジュエル。
後は審判を待つだけだ。 三連戦で二勝一分け、充分過ぎる戦果に、昇格を確信したバッシ達は、意気揚々と控え室に戻って行った。