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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第二章 不浄なる聖火教団
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酒豪髭族の饗宴

 マンプルとの精通後、つまり呪いのくびきが外れてから、自分でも驚くほど頭の回転が良い時がある。

 それまで断絶していた思考が淀みなく流れだし、収縮していた脳が潤いを持つ感覚。

 その全能感に浸りながら剣を振るう。その風切り音は、整う程に小さく鋭くなって行った。


 あれからバッシは、ノームに指摘された握りについて、試行錯誤を繰り返している。確かにその話には納得せざるを得ない部分があった。


 今まで剣の柄の中心部分を、両手を揃えて握っていたのにも、もちろんバッシなりの訳がある。


 一つは握りの安定からくるブレの無さ。これは戦場を主として研鑽を積んだバッシにとって、乱戦下では小手先の技術よりも、馴染んだ握りに固定した方がメリットが多い経験からきている。


 更に揃えて握るのは、手首に角度が付けやすいからである。離して握る程力は込めやすいが、その分剣を振るう角度が制限され、自由度が失われる。

 大剣とはいえ、丘巨人の剛力を持つバッシからすると、重量的にはかなりの余裕がある。握る両手を付けて広角に振るう方が、様々な状況に対応できた。


 それが片手になると、更に角度的な自由度は上がる。だが、それと引き換えに操作性とパワーは落ちる。結果状況に合わせて、その2パターンに特化して剣を振るって来た。


 だが、それでは進歩が無いと言う、確かに自分自身が言われてその通りだと感じた。指摘を受けて、ハッキリと自覚したと言って良いかもしれない。もっと自由自在に剣を振るうためには、握りの工夫も再度検討すべきではないか?


 割り当てられた部屋は広く、存分に剣を振るってもまだ余裕がある。更に岩をくり抜いて作られた居住スペースの壁や床は、身長とほぼ同じ位の厚みが有り、足を踏み込んでも振動を感じない頑丈な作りだった。


 それを良い事に、何度も素振りを繰り返しながら、今まで作り上げてきた握りの定石を、少しづつ変えてみる。


 先ずは少し両手の間隔を開けて、胴薙ぎを振り抜く。確かに力が込められているだろう。しかし若干軌道が硬い印象。さらに振り抜いた段階から、次の動きへの連動性がぎこちない。

 これでは接戦の時に剣筋を読まれ易く、力を増したとしても、却って防御されやすい印象を受ける。


 これではダメだ、ノームの言っていた事は、こういう意味では無い。もっと滑らかに、淀み無く。握りも自由に操るためには、もっと考えて、イメージして素振りを繰り返す必要がある。

 幸い実戦の経験は腐るほどあるので、イメージには事欠かない。バッシは生まれてからずっと戦場で生き延びて来た事に、初めて感謝の念を覚えた。


 それは新しい目標が、剣を振るう明確な指針が生まれたからだ。

 それがノームの指摘した第二のポイント〝鋼の剣と共鳴した剣士に切れない物は無い〟という言葉だった。


 彼が若かりし頃、共に冒険した〝剣聖〟ウォードという、バッシと同じ鋼の精霊との共鳴能力を持つ戦士は、かつて魔王と呼ばれた魔物の操る〝狂神の斧〟という闇の神器と打ち合い、それを断ち切ったという。


 彼の持つ鋼の剣は同じようにオリハルコン強化されていたが、リリの睡蓮火の様な破邪、破魔の能力は付与されておらず、成し遂げたのは、純粋に鋼の精との共鳴の力のみだったらしい。


 また、ノームが語るには、ウォードが共鳴した時は、一瞬強烈な銀光を放ったと言っていた。

 これはバッシの纏う紫のオーラとは別質のものと言えるだろう。


 つまりバッシは今のところ、自身の能力を活かし切れておらず、剣の性能と精霊の恩恵に頼っているだけと言える。そこに固有能力である〝超回復〟が無ければ、とっくに死んでいたところだ。


 つまり悪魔の鍵槍(サタン・ビル)が断ち切れなかったのは、単なる力不足という事実。このシンプルさが今のバッシには心地良かった。握りの工夫などの操剣能力、そして操体能力を引き上げつつ、鋼の剣との共鳴を深める。示された明確な目標に、時間を忘れて剣を振るい続けた。





 *****






「バッシ、晩飯だワン!」


 ドアの向こうにウーシアが呼びに来た。気付けば昼過ぎからそんな時間まで剣を振るっていたらしい。

 彼女達はブロトに連れられてブリストル・キングダムを見て回ると言っていたが、その土産話でも聞きながら晩飯を食べるか。


 バッシは汗に濡れた体を拭い、肌着を一枚着替えると、鋼の大剣を腰に戻して歩き出す。

 そう言えば元々の目的である鎧の調達を頼んでいなかった。剣の扱いに指摘を受け、改善に集中し過ぎて本来の目的を忘れるとは、本末転倒である。


 ウーシアに連れられたバッシが、どう頼もうかと考えながら進むと、近場のレストランに導かれて行った。そこは大きな空洞にビッシリとテーブルや椅子が並べられた店で、通過するのも一苦労なほどドワーフ達で混み合っている。

 その誰もがエール酒の入ったジョッキを片手に大声で談笑していた。中にはもっと度数の高い火酒と呼ばれるスピリッツを水のようにあおる者もいる。巨人殺しとも呼ばれる火酒は、焼けるような喉越しの強烈な酒で、寒冷地などでは好まれるが、ドワーフにとっては常飲酒らしい。


 ウーシアはその酒臭いホールを縫うように進んで行く。バッシも遅れて辿り着くと、待ちくたびれたウーシアは「はやく食べるワン!」と尻を押してきた。


 奥にある個室の分厚い木戸を開けると、優に数十人は使えるであろう巨大なテーブルと、その大きさに見合った数の椅子が並んでいる。

 その一番奥には、既に食べ始めているノームが、巨大な鳥腿肉に噛り付きながらエールジョッキを片手に、


「おう! 皆、こいつがバッシじゃ、おいバッシ、こっちに座れ」


 左手の鳥腿を振り回しながら、近くの椅子を指し示した。


 その周囲には、同じく先に飲み食いをし始めているドワーフ達が、手元口元を休めずに、バッシを品定めするようにジロリと目線を向けてくる。


 更にその向かいには、ジュエルとリロがブロトの隣でおとなしく飲んでいた。


 バッシが指し示された席に着くと、隣に案内されたウーシアも席に着く。それぞれに巨大な陶器製のジョッキが渡されたのを見たノームが、


「それでは、双槌紋の戦士の来訪を、火の神ゴルディに感謝して、乾杯!」


 ジョッキを高々と掲げると、全員が、


「乾杯!」


 と野太い声で唱和した。


 口に含んだエールが、渇き切った喉を洗い流していく。さらに鼻に抜ける香気が、緑鮮やかな香草の幻視を浮かび上がらせた。

 止める事が出来ずに一気に飲み干すと、隣に控えていた女ドワーフの給仕がゴポリとお代わりを注ぎ足してくれる。


「グエ〜ッフ」


 長いく温いゲップを吐き出すと隣からも、


「ゲ〜ッフ」


 小さからぬ排気音が聞こえて来た。その音の主は、脇目も振らずに尻尾を振って、目の前のご馳走に喰らい付いていく。


 一日剣の振りに没頭していたバッシも、今更ながらに空腹に気付くと、テーブルの物を掴むを幸いかぶり付く。ドワーフ達の食事は、肉や野菜など、全てに火を通して、濃い目の味付けで統一されているが、その塩気が合間に飲むエールと良く合った。


 昼間に飲んだチャンピオン・エールも美味かったが、ここのエールも独特の香り付けが、きつめの香辛料を使った料理と良く合う。


「ここのエールも、これはこれで美味いじゃろう?」


 バッシの快食快飲に気を良くしたノームが尋ねるのに、首を縦に振って肯定すると、隣で飲んでいたドワーフが、


「ここの腸詰めを食わなきゃ、このエールの真価を分かったとはいえねぇな!」


 と言って、店員を呼びつけ、全員分の腸詰めを数種類分注文した。

 既にテーブルの上は食材で溢れている。これをどうするのか? と疑問に思っていると、


「ほれ、新しいメニューが来るぞ、お前ら若いもんがガンガンかたずけろ」


 どうやらバッシ達に向けて言われているらしい。なら遠慮無く、とばかりにバッシは食欲を解放させると、片っ端から平らげていった。

 そこへ食いしん坊のウーシアと、軍隊上がりのジュエルも真価を発揮すると、あれよあれよという間に、テーブルの食材も減って行く。それを見たノームは、


「ガッハッハッ、よう食べるの! 愉快愉快、おい! もっと追加で持ってこい! あと火酒も頼むぞ!」


 喜んで追加注文を始めた。バッシは右手に腸詰め、左手に肉詰めパスタののったスプーンを持ちながら、何か言う事が有ったような? と徐々に腹が満ち始め、鈍る思考を必死でまとめると、あっ! と思い出して、


「ノーム、俺に鎧を見繕ってもらえないだろうか?」


 と口の物を飛ばしながら詰め寄る。早くもほろ酔いのせいか、単刀直入に頼み込む事が出来た。やって来た火酒に手を伸ばしていたノームは、


「そうそう、お前さんの毛皮も胴鎧もボロボロだのう。任せとけ、あの時あり合わせの装備で送り出した後、お前さん用に防具を発注しておいたんじゃ。隣に座るヴォーグがその鎧職人じゃよ」


 と言うと、先ほど腸詰めうんぬんと語っていたドワーフを指し示した。それを受けて目線を向けたバッシに、


「おう、お前さんの鎧ならとっくに完成してらぁ、それよりどうよ? ここの腸詰めとエールは合うだろうが?」


 右手にエール、左手に腸詰めというスタイルを崩さないドワーフが肉薄する。バッシも負けじと右手の腸詰めを口に放り込むと、油に濡れた手でジョッキを掴んで、一気にあおった。


「うめーだろうが? またこの火酒には白根油のパイ包みが合うんだなぁ」


 と、目の前に火酒の壺を置いた。


「おーい! パイがまだ来ねぇぞ!」


 とどなりながら、壺に添えられた柄杓で火酒を並々とすくうと、陶器の器に注ぎ入れる。


「まあ飲めや」


 とバッシの前に置かれた火酒、自分の前にも注ぎ置くと、高々と捧げつつ、


「この恵みをゴルディ様に捧げん」


 敬虔な信者のようでいて、単に酒飲みのつぶやきのような事をのたまって、一気に飲み干した。


 バッシも目線の高さまで持ち上げると、ユラユラと揺れる火酒に口を付け、一口含んでみた。


 途端に口の中が殺菌され、更に鼻から抜ける息まで消毒されていく。そこで息を止めると、一気に飲み込んだ。焼かれる食道の位置を自覚しながら、正しく五臓六腑に染み渡るのを体感していると、目の前のヴォーグと呼ばれたドワーフが、満面の笑みで、


「すかさずこれいってみな」


 と、やっと届いたらしい一口大のパイを差し出して来た。何の疑いも持たずに口にしたパイの中身は、刺激的な白根と呼ばれる香辛料を煮込んだ、熱々の油! 火傷しそうな熱さに目を白黒させていると、


「そこにすかさず火酒を飲む!」


 と肘を押されて更に一口、火酒を飲むと、不思議ときつさを感じずに、やけに旨味を濃く感じる。


「うん? う、美味い?」


 思わず火傷した口蓋で呟くと、


「だろう? カッカッカッ、おめぇさん気に入ったぜ! 明日おれんところの工房に来いや、出来上がった鎧に更に特別サービスしてやるよ」


 肩をバンバンと叩いて火酒を煽った。どうやら鎧職人に気に入られたらしい。ヒリヒリと痺れる喉は、息を吸うたびにいがらっぽさを増したが、明日には鎧を受け取れるという喜びも手伝って、その日は飲みに飲んだ。



 ーー後半は覚えていない。気付けば与えられた個室に、全裸で横たわっていた。



 頭痛に呻きながら床を転がると、隣に柔らかい感触があり、その心地よさに抱きしめると、


「う〜ん、もう食べれないワン」


 とつぶやきながら、バッシの腕に絡み付いてくる、その感触は明らかに全裸。


「え? ウーシア?」


 彼女も一人部屋を割り当てられていた筈だ、だがここに居て、お互いに全裸……これはやばい、のか?


 暗がりの中、鈍い頭で横たわって考えていると、強烈な二日酔いに胸が悪くなってくる。そして全てが面倒臭くなったバッシはーー再度眠りに落ちていった。

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