ブリストル・キングダム
ドワーフ族の主要都市〝ブリストル・キングダム〟は、元々大型の鉱山同士を繋げた、地下に広がる大規模な洞窟だった。
ドワーフならではの凝りに凝った内部構造や、仕掛けを増設し続ける内に、今では全長20kmを誇る巨大地下都市へと発展している。
最奥部には王家の住む、重構造のガーナイド宮殿が鎮座し、そこから三つの主要都市窟が伸び、15の大鉱山と直通している。
アレフアベドを発ったバッシ達が訪れたのは、外部との通商をまかなう、通称〝ゲート〟と呼ばれる地上村落だった。そこは外周部にドワーフの製造する武器、防具などの装備品や、馬具、家具、装飾品など、ありとあらゆる手工芸品を商うための出店建屋があり、外部の人間はそこで買い付けを済ませる仕様になっている。
冒険者向けの武器防具を売る店も多数あり、一同の興味をそそったが、後で再訪する事にして歩を進めた。
そこから更に奥、中枢部への通路手前には、異質なほど頑強な建物と〝ゲート〟という名の通り、巨大で無骨な鉄製の扉を持つ門が据えられている。関係者以外立ち入り禁止と書かれたそこを通れるのは、通行証を持つドワーフ族本人か、用心深い彼らが特別に認めた人物のみだった。
一つのゲートには多数の鎧武者が駐屯しており、往来を鋭く監視している。特に長身のバッシが近づくと、あからさまに警戒したドワーフの戦士が、槍斧を向け、
「そこで止まれ! 腰の武器を地面に置いて後ろに下がれ!」
と遠間の内から警告してきた。その後ろには、機械式のクロスボウが弦を張り詰めて、バッシに向けられている。数本同時に狙いを付けられた太矢は、かなりの威力を秘めていそうだった。
「分かった、武器を置くから、これを見てくれ」
バッシは相手を刺激しないように右手を上げて、左手一本でベルトの留め金を外すと、鞘ごと鋼の剣を地面に置いた。その際、相手に柄頭に掘られた双槌紋が見えるように配慮する。
見張り戦士の目が訝し気に細まり、何かに気づくと駆け寄り、剣を手に取り熱心に鑑定し出した。
「これは……本物だ! 本物の双槌紋だ! 双槌紋の大剣を持つ戦士……もしやノーム様が言っていた、巨人戦士のバッシ様ですか?」
自然とそれまでの詰問口調から丁寧な口ぶりに変わっていた。バッシは面食らいながらも、腕をたくし上げて、名前の彫られた部分を戦士に見せる。それを見た途端、
「失礼しました! バッシ様がご到着の折は、直属戦士団から迎えを寄越す様に手配されております。お仲間の方々とご一緒に、控えの間にてしばらくお待ち下さい」
ビシッとお辞儀をした戦士が、そのままの姿勢で固まった。軽く会釈をして開けられた鉄門をくぐると、奥にある豪華な控えの間に通されて、お茶や菓子などでもてなされる。
「それにしても凄いワンゥ! その紋章一つで相手の態度がコロリと変わったワン」
出された焼き菓子を盛大に食べ散らかしながら、ウーシアが感想を述べる。それを手で掃きながら、
「それほどノームの作る双槌紋というのは貴重なのか?」
と、その価値観にピンと来ないバッシが呟くと、
「それはそうだろ! 鍛冶仕事のプロ集団であるドワーフ族の、頂点とされる〝天才〟鍛冶師ノームは、歴代鍛冶長の中でも、類を見ない腕を持つと言われている。その中でも最高傑作にのみ彫られる双槌紋を有する武具は、確認されているだけで十本に満たないと言われる貴重品だ。それを持つという事は、鍛冶長に認められた証拠そのもの。その持ち主に敬意を払うのは、鍛冶師集団であるドワーフ達にとっては当たり前の事だろうな」
何故か前のめりになったジュエルがまくし立てる。彼女の尊敬する神殿騎士団団長のオルフロートですら、ノームの鍛えた剣を所持しているものの、双槌紋ではないらしい。
バッシは今更ながら、簡単に凄い逸品を手に入れてしまった経緯を思い、狼狽えた。さらに今回はその親切に当て込んで、鎧まで手に入れたいと申し出るつもりだ。その忘恩ぶりに改めて恥ずかしくなる。
そんな事を考えていると、ノックされたドアから、一人の武装した兵士がやって来た。そしてバッシを認めると、手を差し出しながら、
「これはこれはバッシ様、お待ちしておりました。思ったよりもお早いご訪問、ノームも喜んでおります」
と言って握手を求めて来た。その手を掴むと、
「わたくし、あの時アイン・スタルト鉱山に向かった討伐隊の一員、ブリストル戦士団のブロトと申します。その節は大変お世話になりました。お陰でこちらは犠牲者を一人も出さずに、憎っくきコボルト共から鉱山を奪還できました」
笑顔になると途端に童顔になる彼は、髭をそったら案外若い外見なのかも知れない。ブロトはそれからもバッシの活躍ぶりを称賛し、仲間の手前恥ずかしくなって、止めるのに必死な彼を困らせた。どうにか話をブリストル・キングダムの方に向けると、中枢部に向かうトロッコ乗り場への道すがら、この町の事を色々と教えてもらう。
それによると、この巨大な地下都市には、10万人強ものドワーフ族が住んでおり、地下鉱道からは毎日数千トンもの鉱物が産出されているらしい。結構明るい地下道には、無数の鏡を使った採光設備や、自然発光する希少な蛍石を天井に貼り付けるなどの工夫がされており、所々にある広場には、自然光を集めたシャンデリアなど、特に優れた採光設備が設置されていた。
バッシたちが乗り込んだトロッコは、どのような仕掛けかは分からないが、様々な防御施設をくぐり抜けて、物凄いスピードで進んで行く。
その圧倒的な機械力に興味をそそられるが、一番気になっていたのは、この都市の名産品であるブリストル・エール。
ブロトによると、途中に通り過ぎた広場の裏路地に、沢山の飲み屋街があるらしく、店毎に作られたエールの味は千差万別、どの店にいっても美味しい黄金水に出会えるらしい。
「それでも別格なのが黄金の泉亭のチャンピオン・エールなんですけどね」
陶然とした顔で紹介されたチャンピオン・エールとは、毎年最も出来の良いエールを決める品評会において、一位である金賞を獲得したエールらしい。
「今年で三年連続受賞、これを飲まない手はありません。ご用事が済みましたら、是非とも案内させて下さい」
エールにうるさいドワーフにここまで言わせるとは、どんなに美味しいのかと想像して喉が鳴る。
一段落ついたら絶対に飲もう、バッシは心に決めながら、まだまだ続く地下通路を見物している内に、沢山の槌音が響く鍛冶屋区画に入って行った。
ゆっくりと止まったトロッコを降りると、無数の火床から発せられる熱に圧倒される。だがそこから上がる煙は、中央排煙突に集められるため、意外なほど空気は澄んでいた。
「釜が開くぞ!」
大声と共に開いた窯から、巨大な坩堝が引っ張り出されると、傾斜を付けて地面の溝に流し込まれる。バッシの足元まで流れ伸びた溶鉄は、暫くすると光を失い、巨大なローラーに流し込まれて行った。
大迫力の鉄鋼製造に見惚れていた一同に、
「お〜い! 何やっとるんじゃ、待ちくたびれたぞ」
奥から待ちきれなくて迎えにきたノームが姿を現す。年季の入った作業着姿は、とてもこの都市の王族に次ぐ権力者とは思えないいでたちだった。
「双槌紋の戦士、バッシ様と御一行様をお連れいたしました」
最敬礼の戦士が告げるのを了承したノームは、
「ようバッシ、こっちがお前さんの仲間達か?」
バッシの近くに来ると、ジュエル達を無遠慮に観察する。
「初めまして、バッシを擁する冒険者パーティー〝聖騎士団〟リーダーのジュエル・エ・ポエンシャルと申します」
騎士の作法にのっとり、片膝をつき胸に利き手を上げ深々とお辞儀をするジュエルを見て、
「ふむ、聖騎士団とは中々大仰な名前だが、お前さんが聖騎士見習い、それと斥候兵の犬娘に魔導師の耳長族って所か。悪くない構成じゃの」
初対面の人間にも気を使わない口ぶりに、面食らいながらも、
「ありがとうございます」
とすかさず返したジュエルの盾を見て、
「レッド・ホーンの奴め、あからさまな宣伝をしよって。腕は良いが、そういう所が嫌いじゃ」
ノームが眉をしかめた。どうやら二人は知り合いらしい、同じドワーフ同士、因縁でもあるのだろうか? そう訝しんでいると、
「バッシの話が先じゃ、取り敢えず休憩所に来い。お前は全員分のエールを手配しろ、もちろんチャンピオン・エールじゃ、一樽丸ごと買って来い」
と言われたブロトは、喜び勇んで買い出しに出かけた。
休憩所の硬い椅子に座りながら、これまでの冒険に聞き入ったノームは、紫のオーラに包まれた話や、鍵爪を切れなかった事など、気になる時に思わず声を出しながらも、全て話終わるまで、口を挟む事は無かった。
そしてバッシが、地下迷宮でのタイタンとの死闘を語り終えると、大きく息を吐いて、バッシの背中をバンッ! と叩き、
「やるじゃねえか! わしゃ久し振りに心が沸き立ったぞ、この調子でガンガンやってくれ。それにしても生まれた時から呪われていたとは、魔法王国とは恐ろしい所じゃのう。何にせよ良かった良かった」
皺深い顔に満面の笑みを浮かべて、バッシの冒険を称賛した。
「じゃがの、二つ程言いたい事がある。まずは一点じゃが、お前さんの剣の柄を見ると、どうやらおんなじ部位ばかりを握っているようじゃの」
と言って鋼の剣の柄を指差した。確かに両手で握る時は柄の真ん中を両手を揃えて握り込む。そして片手で握る時は、少し短く刃寄りの部分を握るように決めていた。
「握りを一定にしていると、刃筋が安定するし、何より乱戦の時も手元が狂う心配がいらないから、安心する」
と説明すると、
「ふむ、確かにそうじゃ、だがそれは剣術も初歩の段階の話じゃ、お前さんの剣の腕はそれを超えたところにある」
ノームが立ち上がり、バッシに剣の握りについて説明しようとした時、ドアがノックされて、買い出しに出ていたブロトが、大きな樽を肩に担いで戻って来た。それを見たノームは、
「おっ! ご苦労ご苦労! まあ詳しい話は喉を潤してからにするかの。先ずは再会の乾杯じゃ!」
喜色満面、壁に取り付けられた棚から、大量のジョッキを取り出すと、皆にもエールを勧めて回った。