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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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〝あの〟女

 子供達に運ばれながら、己の下腹部を見た〝女王〟は、自ら引きちぎった〝巨大産卵器官〟との断面に触れた。剥き出しの神経が刺激される中、体液に滑る手で、少し残った袋状の切れ端を束ねると、絞り込むように止血する。


 激痛、激怒、山道を駆け降りる振動に気絶しそうになりながら、それを凌駕する強い恨みが彼女を支えていた。


『奴らも村の奴も、人間共全て、犯して、嬲って、食い尽くしてやる』


 凶暴に歪む半分昆虫と化した顔、その複眼から入る視界の一部に、不思議な模様が浮かび上がる。

 これは……甲殻虫人としての変調が見られた時、そしてゴブリン達の苗床とされた時にも現れた、緑に発光する不思議な模様。


 シンプルな線と時折複雑な形で描かれたそれは、程遠いながらも以前に集落で見た〝文字〟と呼ばれるものと似ていた。

 それは文盲の彼女には読めはしないものの、文明の香りを感じさせる、理路整然とした力を持つ者の模様。


 右側の目を覆っても、左側を覆って見ても、同じように視界の端に在る模様は、感覚的に視野とは関係ない部分映っていると理解する。


 その時、頭に尋常ならざる痛みが走った。それは産卵器官をもぎ取った傷を凌駕するほどの痛み。神経をすり潰すような激しい頭痛に体が痙攣を起こすと、女王の頭部が変調を来たし始める。


 額の皮膚が裂けると、頭蓋骨の一部から芽をだすようにに伸びたものが、空中に黒い触毛の花を咲かせた。湿り気を帯びたそれは、蛾の触角を想起させる。


 すると不意に視界に映る模様が意味を持ち始める。否、意味不明な緑の線の集合体が、突然それらが示す意味を訴えてきた。

 更に周囲の状況が情報の波となって押し寄せ、女を刺激する。

 その膨大な知識に目眩を起こしながら、女は一番上に書かれた文字を目で拾う。するとそこには〝ステータス〟と書かれていた。


 見たこともない字にも関わらず、その言葉が読めて、意味が入ってくる。更にはそこから知らないはずの知識が連想されていく。


『ステータス……ゲーム?』


 その瞬間、全てを思い出し、理解した女は、大声で狂った様に笑い出した。

 彼女を運ぶ子供達は、とうとう狂ったのではないか? と心配し、激しい駆け下りで彼女が舌を噛まないように速度を落とした。そしてそっと地面に降ろされた女は、


「何て事! 確かに子供を産めなかった私は、子供を沢山産めるようになりたいと願ったわ。けどこんな……バケモノの子供を産む事になるなんて……クックックッ……アーッハッハッハッ」


 地面を転がり回る女王の姿に、動揺して遠巻きに見守るしかないフォレスト・ゴブリン達。それを気にもせず、横たわり血を流すに任せた女は、新たに備わった能力を確かめようと視界の文字に集中した。


 〝ステータス〟の文字に集中した時、眼前に展開したのは文字の洪水。だが、今の彼女にはそれらが全て理解できる。


「ふん、何が称号〝苗床の女王〟よ。その下の〝悦楽倒錯者〟〝淫乱〟って、ただの変態じゃない」


 そう言う彼女に見えている画面には、


 名前 : 宮本 佳恵


 年齢 : 18才(現世体)/42才(前世享年)


 LV : 56


 生命力 : 105 / 2356


 魔力 : 207 / 420


 力 : 32


 敏捷性 : 54


 知力 : 36


 精神力 : 2650


 種族 : 甲殻虫人〝亜女王種〟


 称号 : 〝苗床の女王〟〝悦楽倒錯者〟〝淫乱〟〝異世界転生者〟


 固有スキル : 〝超多産〟Lv9 〝思念波〟Lv10〝視覚夢〟Lv10


 ノーマル・スキル : 〝鍵爪〟Lv2 〝虫体形成〟Lv5 〝触角感知〟Lv1


 とあった。


「何この能力? 終わってるんですけど? 異世界転生ってチート能力が当たり前なんじゃないの? くそぬるい能力ばっかり付けやがって」


 検証を続ける女がつぶやく。その周囲を取り巻くように、心配するフォレスト・ゴブリン達が集まった。彼らには、早く安全な所に女王を運ばなくてはならない使命感がある。


「あっ! このスキル、ランクアップするんじゃない?」


 女の声に驚いたフォレスト・ゴブリン達がサッと後退すると、女の顔色を伺う。喜色満面の女は我が事に夢中で、彼らを気にする様子もない。


「あっ! これも、ふ〜ん、Lv10で一区切りな訳ね、なるほど。〝超多産〟は既にランクアップしていた訳ね……肉体的損傷のため、修復まで使えない……か。どこかでゆっくり治す必要があるわね」


 と言うと、


 〝お前達! 元いた集落はどこだ?〟


 と思念波を発して子供達に問う。それに答えようとする彼らの思念は、ごちゃごちゃと千々乱れた。その内の最年長者を捕まえると、個別に思念波で問う。どうやら彼本人の記憶ではないが、伝え聞く場所はかなり遠いが分かるらしい。

 先ずはそこに向かおうとした女王に、


 〝そこには灰ゴブリン達が沢山いる、俺たち追い出された〟


 と告げてくる。それによると自分達よりも数倍凶暴な、全身灰色のゴブリン達が突然やってきて、元いた集落を占拠してしまったらしい。それらは一匹一匹がとても強く、一対集団でも勝てないほど凶暴で、なおかつ素速かったため、大部分の同族が殺されたという。


『そんなゴブリンがいるのね……それはとても素敵ね』


 彼女は血と唾液に濡れる舌で、牙の伸びた口元を濡らすと、妖艶な笑みを浮かべながら命令した。


 〝その集落に向かうよ!〟


 Lv10を超えて〝思念波〟から〝催淫思念波〟へとランクアップさせた能力を発動させると、周囲のフォレスト・ゴブリン達の目がトロンと垂れ下がり、優しく女王を持ち上げる。さらに同じく〝視覚夢〟からランクアップさせた〝視覚共有〟を発動すると、複眼の中に沢山の視点を収めながら、暗がりの中を出発した。






 *****






「それにしてもバッシの装備はボロボロだな。この街には冒険者用の防具店も多い、新調したらどうだ?」


 冒険者ギルドを出た後、残骸と化したコボルトキングの毛皮と、凹み、傷付いたドワーフの胴鎧を見たジュエルが提案して来た。


 それを聞いたリロが、


「ならば、次の昇格試験までにまとまった時間がありますから、この機会にドワーフの王都、ブリストル・キングダムに行って、装備を新調するのはいかがですか? ここからなら、定期便を使って往復約二週間ですし、確かノーム鍛冶長につてがあるんですよね」



 と、意外な提案をしてきた。バッシはこの街の防具店や、ジュエルの鎧を保管していたレッドホーン商会にも魅力を感じたが、あそこは完全受注生産品の店である。いま作りに行っても、そうとう長く待たされるに違いない。

 それよりも、ノームならば、自分にピッタリの鎧を見繕ってくれるのではないか? という期待感があった。そして別れ際の約束と、ブリストル・エールの事を思い出したバッシは、喉を鳴らすと、


「良いのか?」


 と尋ねる。


「それも良いかも知れんな。今回の一件でギルドとの繋がりも強化された。今は昇格試験までの時間を休息時期と考えても良いかと思う。何せBランクまで行ったら、個別依頼になるからな。それに見合った装備を整えるのも、冒険者のたしなみだ」


 と言うジュエルに、同意するリロとウーシア。そこに冒険者ギルドの事務職員と面談をしていたマリィが戻って来た。


「しばらくは故里でゆっくりとさせていただきます。どちらにしても地下通路がもぬけの殻では商売上がったりですからね。一応土精が集まって、迷宮自体が再生する予測はギルドに伝えてありますから、後は犠牲者が出ないように祈るばかりです」


 と言って挨拶をして去ろうとした。その後ろ姿を呼び止めたジュエルは、


「これは少ないが、今回の討伐金の山分け分だ」


 と言うと、皆の持ち金を掻き集めた10金の小袋を差し出す。今はまだ手に入れていないが、いずれ討伐報奨金の50金が手に入る予定だから、妥当な金額だろう。


 それを見たマリィは、


「私は勝手にパーティーに潜り込んだだけです。こんな大金をいただくいわれは有りません」


 と丁重に断ってきたが、熱心に渡そうとするジュエルに負けて、最後は受け取ってくれた。


「お礼は要らないよ、リロとの魔法は中々良いチームワークだった。お前はこのパーティーの五人目の仲間だ。また何かあったら頼むよ」


 ジュエルの言葉に顔を輝かせると、


「はい! じゃあ遠慮無く、そしてまた会いましょう。仲間価格で案内させていただきます」


 と言って、皆と握手をして回った。


 バッシは『有料かよ』と心の中でツッコミながらも、握手をする彼女の中に、生命力の塊のような輝きを見出す。


 こんな風に輝きを持てる日が来るだろうか? 旅立つマリィを見送るバッシが自問するが、答えなど見つかりはしない。


「さて、宿り木亭に戻ってゆっくりと休もう。色々有りすぎて疲れた」


 肩を回しながら歩き出したジュエルを、


「休むワン! その前に食べるワンウ!」


 まだまだ元気なウーシアが弾む様に追いかけ、


「そうですね、色々やる事は有りますが、今は明日からって感じです」


 と笑いながらリロが続く。


 三人の後ろ姿を見守っていると、何故かそこに答えが有るような気がした。このパーティーなら輝く事ができるかも知れない。


 それはほんの気のせいかも知れないーーだがバッシにとって、今はその予感が愛おしかった。


「バッシ、早く来い!」


 振り返ったジュエルの声に、他の二人も振り返る。逆光に翳る彼女達に、


「おう」


 と答えたバッシは鋼の剣の柄に手を置く。無意識に柄頭ポメルを撫でながら『お前もな』と念を込めると、喜びのイメージが伝わって来た。


 この短期間の内に様々な出会いがあった。この縁を大事にしながら生きていこう。今出来る事はそれだけだ。

 シンプルな思考に満足したバッシは、仲間達の元へと一歩踏み出した。



  ーーーー第一部・完ーーーー

一先ず第一部・完結です。長らくのお付き合い、誠にありがとうございました。

二週間の間を置いて、九月より第二部を始めたいと思います。そちらの方もよろしくお願いいたします。

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