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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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新しい力

「あら、ごめんなさい。私とした事が神聖魔法の説明をして無かったわね」


 アッハッハと笑うリリが、腕をバシバシと叩いてくる。


「ほら、貴方もお世話になった治癒魔法、あれよ。その剣を鍛えたノーム達ドワーフが使う鍛冶魔法もそうなんだけど、神様の力を元に様々な奇跡を起こすのが神聖魔法と呼ばれているわ。神様は分かるでしょ?」


 と言われて、コボルト達に付けられた傷を見る。あれから一ヶ月も経っていないが、大小無数にあった傷は完全に塞がり、薄っすらと跡を残すのみ。

 神というものの存在は、冒険者になってから知ったが、治癒魔法がその様に生み出されていたとは知らなかった。


「何故、弱点?」


 治癒魔法なら打ち消す必要も無い。そう思って尋ねると、


「神聖魔法は治すためのものばかりじゃ無いわ。様々な神の特性によって、攻撃型の魔法を有する場合も有るの。異教徒に対して攻撃性を示す教派は特にね。俗に狂神の使徒と呼ばれる者達は要注意よ」


 顎に手を当てながら眉をしかめる。何か嫌な記憶に触れたらしく、バッシに向けられていた視線が地に落ちた。

 そっとしておこうと、焚き火に蒔をくべたバッシは、冷めてしまったお茶を温め直そうと、鍋を火に近づける。


 無言の時間が過ぎ、そろそろお茶も温まった頃、神経に触るような違和感を覚え、手を止めて全神経を周囲に配った。徐々に泡立つ感覚に、左手をゆっくりと剣の鞘に寄せる。


「気づいたわね、どうやら数匹の夜行性モンスターが近くに居るみたい。こちらに気づいたかは微妙なところね」


 落ち着いた声で告げるリリに、


「何故、分かる?」


 と腰を浮かせたバッシが尋ねると、


「私は火魔法使いよ、温度変化による魔感知で、意識しなくてもこの山の生き物位は把握できるわ」


 と、言いながら鍋からゆっくりとお茶を注ぎ、一口飲み込むと目を細めた。


「どうやらこちらに狙いを定めたようね、数は五匹、この感じだと森狼の群れってところかしら。山歩きで疲れたから、ここはお任せしても良いかしら?」


 と言うと、片目をつぶって微笑んだ。詳しい事は分からないが、そんな事も出来るのかと驚いてリリを見ると、


「了解、これ借りる」


 と言ってカンテラに火を移して森に向かう。ここまで敵意むき出しだと最早ハッキリと分かる。相手も隠すつもりもないのだろう。散開されると厄介だ。


 下草の薄い、木々の密集した森は真っ暗で、焚き火の灯りが淡く照らす範囲は限られている。


 程よい木の枝にカンテラを吊るすと、腰元に左手をあてて、右手で鋼の剣を音も無く抜いた。切っ先が鞘を擦って「ヒィンッ」と硬質な響きを残す。それを地面に向け、下段に構えた時、足音をたてる狼の群れが、いきなり殺到してきた。


 可視域に入った先頭の一匹が、即座に刃圏に飛び込む。全身のバネを発揮した跳躍はバッシの身長を超えて、いきなり上から襲いかかって来た。

 最少の振りで喉笛を切断すると、即座に刃を返して、右脇に突きを放つ。そこには隙を突こうと回り込んだもう一匹が、肩から心臓までを鋼に貫かれていた。


 飛び上がった狼の胴体が地面に落ちる頃、入れ替わるように死角から二匹同時に飛び込んでくる。その首が空中に並んだ刹那ーー刎ね飛ぶ二つの首が、地面に投げ出された。


 少し離れた場所から修羅場を伺う狼は、鼻息荒く立ちすくむと、即座に踵を返して逃走する。


 だが逃がす訳には行かない、執念深く後から襲われたら厄介だ。左手で胸の鎌鉈を抜きざまに投擲すると、付与された魔力が乗って勢いを増した刃が、狼の背中に吸い込まれ、鈍い音と共に地に伏した。


 瞬殺と言えるだろう。バッシは鋼の剣の斬れ味に興奮と戦慄を覚える。まるで水でも切ったかのような手応えで、肉を切り、骨も易々と断ち切った。そして血振るいしたその剣身には一切の穢れが無く、灯りに照らされてなお青く澄んでいる。


 背中に鎌鉈を生やした狼を掴むと、引き摺って他の死骸の所に集めた。

 咆哮をあげなかったところをみると可能性は低いが、他に仲間が居るかも知れない。それに臓物の匂いなどが他のモンスターを誘き寄せる可能性は高い。


 鎌鉈を引き抜いて、森狼の討伐証明部位である鼻面をそぎ落としながら『野営地を変えようか?』と思案していると、


「素晴らしい手並みね、ご苦労様」


 とリリがやって来た。そして集められた狼に触れると、


「こんな時間に移動するのは危険ね。可哀想だけど、土に還してあげられないわ、貴方達の縄張りに侵入してごめんなさいね」


 と言うと、狼達の中心に睡蓮火を放つ。巨大な幻火が亡骸を包むと、一瞬にして灰になっていた。不思議な事に、下草には焦げ跡一つついていない。


「さあ、明日も沢山歩かなくちゃ。交代で見張りをしながら休みましょう。悪いけど先に休ませてもらうわね」


 バッシの腕を取り先導するリリは、野営地に戻るとすぐに寝付いてしまった。その安らかな寝顔を眺めながら、バッシは焚き火の番を続ける。

 新しい力を手に入れた、昔戦場で鋼の剣を拾った時のように、浮き立つ心に戦慄を混ぜ合わせながら。





 *****





 麓の村まで辿り着き、一日に一便の馬車に乗る事五日、順調な旅を続けると、聖都セルゼエフの外壁が見えて来た。

 太陽を受けて輝く白亜の外壁、一点の曇りもないその威容は、穢れを寄せ付けない魔法でもかかっているかのように、心をザワつかせる。


 底辺冒険者には無縁の街。何故ならここには、冒険者ギルドなどという、いかがわしい施設を作る事は許されないから。


 リリが噛み含めるように教えた情報によると、周辺諸国からお布施という名の力を集めた、主神ハドルを祀る神殿が自治権を握り、直轄する神殿騎士団が街の治安と秩序を守る。いわばお堅い街らしい。


 門を通行するのに税金として銀貨一枚が必要らしく、麓の村で換金した森狼の討伐金が吹き飛んだ。小銭の入った袋を見ると、馬車代も含めて散財したため、残り三銀……街の物価にもよるが、食べるだけで切り詰めても一週間、宿屋に泊まるなら、多分一泊で使い切ってしまう額だろう。


『リリを送り届けたらすぐにこの街を出よう』


 とバッシは心に決める。幸い大きな冒険者ギルドのある街〝リザリア〟は歩いて行ける距離にある。食料さえ買い込めば、ゆっくり歩いて行くのも悪くない。


 そんな事を思っていると、大門をくぐる順番となる。大柄な憲兵が、強面こわもてのバッシを訝しんで真っ直ぐにやって来た。順番に馬車を降りさせられると、あからさまに憲兵達が集まって来る。


「お前は冒険者か? この街に何の用だ?」


 サーベルを杖代わりにもった男がバッシを見上げて顎をしゃくる。多分人間の中では大柄な方なのだろう。それが見上げなくてはならないため不機嫌さを隠そうともしない。肩に彫られたギルドライセンスを検めたサーベルの鞘で、バッシの靴を苛立たし気に小突いた。


「俺は、護衛、リリの」


 と言うバッシの言葉に、


「ああ〜ん? リリだぁ?」


 と訝しむ憲兵、とにかくこの手の連中とは相性が悪い。ぶっきら棒な言葉を反抗的と感じるのか、相手の神経を逆撫でするらしい。


 不穏な雰囲気を察したリリが、


「そう、この子は私の護衛、よろしくて?」


 と言いながら馬車を降りてきた。それを見た憲兵達の一人が、


「おい、あの方は睡蓮火のリリ・ウォルタ様じゃないか?」


 と呟くと、憲兵達の間に、


「なんでこんな村との定期便に乗ってるんだ?」


 などと動揺が走る。どうやらかなりの有名人らしい。踏ん反り返っていた憲兵も、一歩下がって敬礼すると、


「リリ・ウォルタ様の護衛の方でしたか、職務上必要な事とはいえ、失礼いたしました」


 さり気なく自分は悪くないとアピールをして、そそくさと他の監視に行ってしまった。


 その後すんなりと通過できた大門を後ろに見ながら、


「リリは、有名?」


 と聞くと、


「ほっほっほっ、そうよ、そこそこに有名かな? どう? 恰好良い?」


 上機嫌で答える。恰好良いか? 有名という事は、皆から尊敬を集めているという事だろう。さっきの憲兵のあからさまな態度を見ても、尊敬を集めるという事には価値がある様だ。つまりは恰好良い?


 バッシが思考のループにはまっていると、馬車はガタンと音を立てて止まった。

 街の中心、聖都セルゼエフの大聖堂が屹立する、白の広場。地面は全て純白の白亜石で作られ、その広さは見渡す限りに広がっている。目の前の主神ハドル大聖堂の巨大建築と共に、目が潰れそうな輝きを放っていた。


 余りの規模に呆然と突っ立つ、バッシの裾がクイッと引っ張られた。見ると、後ろに立つリリが、自分の荷物を指差し、


「これ、持って来て下さる? 護衛さん」


 ニッコリと微笑んで、大聖堂に歩き出す。慌てて後を追うが、こんな立派な建物に勝手に入って良いのだろうか? とバッシが不安になって前を見ると、立派な鎧で武装した門番が四人も槍斧ハルバードを構えて仁王立ちしていた。


 構わずにズンズン進むリリを止めようとした時、


「おかえりなさいませ、リリ・ウォルタ様。大司教が首を長くしてお待ちです」


 一際立派な鎧に身を包んだ門番が声をかける。手を上げたリリは、


「ごきげんよう、ウィル。こちらは私の護衛のバッシさんよ、よろしくね」


 と言ってスタスタと扉に向かって歩いて行った。慌てて後をついて行くバッシが、門番の前にさしかかると、グイッと体を近づける男。


「バッシさんですね、こちらの建物内は武器の携行が禁止されています。その腰元の剣をお預かりしてもよろしいですか?」


 真っ白な歯を見せて、手を差し出してくる。バッシが武装を解く事に躊躇していると、


「その方は私の護衛よ、いわば貴方がたと同業みたいなものね。だから自由にしてあげて」


 リリが声だけよこして来た。


「しかし、規則で……」


 言いつのる男に、


「これは特別客分の決定よ、規則にも護衛の武装は許可されているわ」


 言葉を被せたリリが、ヒョイと顔を出した。


「これは失礼いたしました、確かに規則通りでございますね。バッシさん、私はウィルと申します。以後お見知りおきを」


 と再度手を差し出す。反射的に手を取ると、思い切り握り締められた。だが正直丘巨人ヒル・ジャイアントの血が入ったバッシには、か弱い締め付けぐらいにしか感じられない。


 この状況をどうしたものか困っていると、奥から、


「バッシ、早く!」


 とリリの声がかかった。ムッとした顔付きで手を振りほどいたウィルの横をすり抜けると、リリの後を追う。


 広大な聖堂内に無数のベンチ、その壁に埋め込まれた窓は、全て色とりどりのステンドグラスで出来ている。その荘厳な光景に圧倒されていると、


「もう、遅い! バッシ、こっちこっち」


 リリの声に誘われて通路に入る。するともう一人の人影があった。


「紹介するわね、私の弟子、リロよ」


 そこにはキョトンとこっちを見上げる少女が居た。

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