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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
38/196

暗状紅炎

「鉤爪が地中に逃げるワン! そこっ!」


 咄嗟の判断で、ウーシアの霊剣が指し示す地面に剣を突き入れると、


『ギャアッ』


 という念話が頭に響く。更に引っ掛けて地上に掘り出すと、ボロボロの鉤爪がその姿を現した。いつの時代の武器かといぶかしむほど劣化の目立つ鉤爪、その根元に朧気な靄が集まると、腐食した柄が形成され、遺物的風貌を持つ鉤槍ビルの形をなした。


『我が力を欲するか? ならばくれてやる、その剣には無い〝神〟の力を手に入れるが良い』


 頭に直接響くのは、この鉤槍自体の意思だろうか? それはとても甘美な響きをもって、バッシを誘惑した。


『ちょっとぐらい手に取ってみようか?』


 近くで見ると、鉤爪の部分は艶めかしい黒艶をたたえ、思わず手に取りたい衝動にかられる。


『なんて美しい槍だ』


 と手を伸ばしかけた時、


 〝バッシ、ダメ!〟


 鋼の精霊の声が強度を上げて、バッシを幻惑の世界から引き戻した。意識が剥ぎ取られるように現実に立ち返ると、腐食した槍から黒い靄が沸き立ち、バッシの左腕に巻き付いているのが分かる。


「うわっ! 何だこれ」


 黒い靄はどんなに払っても腕に纏わり付いてくる。たまらず鋼の剣で断ち切ろうとしても、何の影響も与える事ができずに、体を侵食し続けた。


「バッシ大丈夫?」


 リロが近づくと、タンたんがひとりでにページをめくり出す。それを見たリロが、


「この槍は……邪神? でも大丈夫……バッシさん、この子に任せていただけますか? その槍も鋳溶かしてしまえば、永遠に魔力の一部となって循環させる事ができるそうです」


 と告げる。嫌も応も無く頷くバッシ見て、タンたんの前面に魔法陣が現れた。それは先ほど見た魔法陣にも似た、しかしその中心部から赤黒く鈍い光を放つ、明らかに異質の魔法だった。


 皆が息をのんで見つめる中、


『P665 : 暗状紅炎ダーク・フィラメント


 いつものタンたんの声と、更に地の底から響くような低音の声が重なって聞こえる。

 その魔法陣から伸びる赤黒い炎を見た時、逃げ出したくなるような生物的忌避感を覚えた。禍々しい力の波が炎の触手となって、逃げる鉤槍の黒靄を捕まえると、吸い込むように同化していく。


 赤黒い炎の触手は、絶叫の念を尾引かせる槍をタンたんの中に引き摺り込むと、呆然と見守るバッシ達の前で〝パタン〟と閉じた。


「獄火に取り込まれて存在を保てる者は存在しません。全て地獄の炎の一部となって、自我を失い、生命の循環から離れてしまいます……これは契約者たる私にも言える事ですが……」


 最後は消え入りそうな声で語った。大きな魔導書タンたんを抱えるリロの華奢な体が、余計に小さく見える。余りにも強力な魔導書の存在に圧倒されていると、


「ウウウゥ……」


 と後方からうめき声が聞こえて来た。振り向くと、タイタンを警戒していたウーシアが、


「こいつ、まだ息があるワンウ」


 地に伏すタイタンを指して言う。あれほどのダメージを受けながら、いまだに息があるとは……ホムンクルスの生命力には、いつもながら忌避感を覚える。


 警戒して近づくが、その四肢は焼け焦げて崩れ落ち、胸部には火矢の大穴が無数に空いている。流れ出した大量の血に浸る彼には、もはや何の脅威も感じなかった。


 そのタイタンが苦しそうな呼吸の合間に何かを呟いている。バッシが耳をそばだてると、


「バッ……ジ、鬼子……おまえに……やられる、どは」


 焦げ臭い血をゴポリと吐きながら、辛うじて開いた虚ろな目でバッシを認めた。


「タイタン、俺を知っているのか?」


 一方的に知っているとばかり思っていたタイタンに、先ほどから鬼子と呼ばれている気がするが、バッシには心当たりが全くなかった。


「ああ、鬼子……剣をづがう……変人」


 といって何かをつぶやいた。


「何か言ったか?」


 と更に耳を寄せると、


「俺は……俺だじは何なんだろうな? 戦争の駒にされ……逃げ出したら〝禿鷹はげたか〟に追われて、こんな地下にも居場所が……無いどは」


 信じられない事に、その巨大な眼球から涙が一筋零れ落ちる。バッシが何も言えずに、無言でタイタンをみていると、


教授プロフェッサーは生きてる……将軍ジェネラルといっじょに……隣国に亡命したらじい。おでも誘われたが、自由な冒険者にあごがれでな……だが街では禿鷹に追われた……結果がごのざまよ」


 自嘲気味に笑うと、一際大きな血塊を吐き出した。最早咳き込む力も無いのか「ヒューッ、ヒューッ」と破れた肺から空気が漏れていく。


「教授に将軍だと! 奴らが生きてるのか。それに禿鷹ってなんだ?」


 バッシの質問にも、呼吸もままならない彼は、答える事ができない。やがて胸の上下動も止まると、ゆっくりと心音も消え、ゴロリと頭を落とした。


「くそっ!」


 バッシは思わず地面を殴ると、タイタンの亡骸を凝視する。


 〝教授〟に〝将軍〟ーーその呼び名は人造巨人兵団ホムンクルス・ジャイアント・コープスを造った魔導師の長と、最高傑作と呼ばれた真銀巨人の英雄の事を指す。

 彼らはてっきり先の敗戦で死んだと思っていたが、タイタンによれば生き延びているらしい。

 しかも亡命と言っていた。何処かの国に取り込まれて、また新たな人造兵団が作られているとすればーー想像するだけで肌が粟立つ。


 それともう一つ〝禿鷹〟とは何か? このタイタンをして追い込まれる存在……それによって迷宮での生活を余儀無くされたと言っていた。

 それには一つだけ心当たりがある。先の戦争にて人造兵団に苦しめられた連合国。その追跡機関が、魔導師の支配を逃れた強力なモンスター達を狩る存在になっているとしても、何らおかしくは無い。


 バッシの黙考を見守っていたリロが、腕に手を添える。


「ジュエルも気絶から覚めませんし、少しここで休みましょう。この巨人がマリィさんの仇であるユニーク・モンスターなのは間違いないでしょうね」


 バッシの隣で祖父の仇であるタイタンを見下ろすマリィ。その手には、銀の装飾を施された角笛が握られていた。


「大丈夫か?」


 と問いかけると、


「最初に襲われたあの時、お祖父さんが咄嗟に張ってくれた角笛の結界で私だけ助かった……自分が助かろうと思えば助かったのに」


 角笛を固く握りながら嗚咽を漏らすと、肩を揺らす。堪えても止められないのだろう、大粒の涙が滴り落ちて形見の角笛を濡らした。


 言葉が見つからないバッシは、彼女の背中を抱きしめた。暫くそうしていると、


「ありがとうございます、もう大丈夫です」


 と消え入りそうな声で呟く。手を離すと、目を赤く腫らしたマリィは、しかし力を宿して見上げて、


「この角笛に封ぜられた精霊と交信した時、お祖父さんの意識が入ってきました。〝生き延びろ〟と念を放ったお祖父さんの声は……笑みを含んでいるように感じて……」


 目を伏せて角笛を撫でた彼女が、再び目を上げる。バッシは頷き返すと、いまだにタイタンを見つめるマリィをおいて、気絶しているジュエルの元へと向かった。ずっと介抱し続けているウーシアが、


「完全な魔力欠乏だワン。限界を超えて魔法を行使したから、しばらくは起きれないワンウ」


 と言って主人の顔を布で拭いた。その顔は意外と安らかである。


「仕方ない、迷宮に長居は禁物だが一休みしよう。それでも目覚めない時は俺が担いで行く。タイタンの討伐証明には……首を持って行くしか無いな」


 出来れば同じ戦奴のタイタンはそっとしておきたいが、ジュエルの目的の為にはユニーク・モンスターの討伐という手柄は手放せない。


 バッシは気持ち切り替えると、一旦鞘にしまった剣の柄に手を添える。近づいて来た俺に場所を譲るマリィに、


「いいか?」


 と聞くと、無言で頷かれた。それを見た俺は、タイタンの顔に手拭いをかけると、一呼吸おく。


 胸に去来する過日の戦場。そこで英雄と謳われた土魔人タイタン。それから数年しか経っていないのに、地面に転がっているのは、雑兵だったバッシではなく、英雄であったタイタンの方である。


 戦奴という存在、それを作り出した魔導師達の思惑、それを利用する連中……頭を渦巻くそれらの思いを鎮め、剣の握りすらも頭を離れた瞬間ーー抜剣と同時に首を打った。


 重々しく転がる首を丁寧に包むと、思ったほど血も滲まない。それほどタンたんの発した紅炎フィラメントが全身を蝕んでいたのだろう。

 首袋を担ぐと、重い足を引き摺って仲間達の元に向かう。


『休みたい』


 何度も超回復を繰り返した体が悲鳴を上げている。その瞬間気が抜けてしまったのだろう、地面が歪んで揺れた。


 なんとか寝伏せるジュエルの元に向かったバッシは、慌てて駆け寄って来たウーシアの胸に崩れ落ちたーー





 *****





「これは素晴らしい! やはり貴方は最高傑作です」


 細く長い手をパチパチと叩く。長く整えられた爪や、薄く半月型に開かれた唇は、毒々しいほどの赤に染まっていた。


 彼女の目の前には、巨人兵団の中でも、一種浮き出た存在ーー完璧に均整の取れた巨体と、体の大部分を覆う真銀ミスリルに彩られた〝将軍ジェネラル〟がひざまずいていた。


 その手の中には、長年魔法王国が苦渋を舐めさせられて来た、敵軍の将の首が収められている。


「まあまあ、大将軍カントー様も、生首になったらなんと可愛らしい事」


 ホホホ……と笑いながら首を受け取った女は無念そうに目を剥く生首の頭を撫でた。その手には切断面から流れ出た血が滴り、真っ赤に穢れている。


 バッシは将軍の部隊構成員として、列の最後尾でその光景を見るとはなしに見ていた。ひざまずく将軍の頬にキスをする〝教授〟はご機嫌良さそうだ。


『これはご褒美がでるかも知れないな』


 餌と呼ぶに相応しい定時の食事は、ペースト状の臭い塊と、薬臭い濁り水だけだが、時折ご褒美として肉の塊などが与えられる。まあ、それとて何の肉かは不明だが。


 バッシは甲高い笑い声で言葉を交わす教授と将軍を他所に、今日の戦闘の反省点を繰り返しイメージしていた。


 首を撥ねられた敵将の側にいた魔法使いは、今までのどの敵よりも手強かった。守護する兵士もレベルが高く、交戦する間に何度も斬りつけられ、雷や火に撃たれた。超回復のおかげでなんとか助かったが、もはや空腹で倒れそうなほど消耗している。


 獄房に戻ったら先ずは食事をとって、それから体を柔らかくする運動と、剣の手入れの後、念入りに剣の修行をしよう。今日の戦闘では、何かを掴みかけた気がする。


 全て自分で考え、最適な動きを追求してきたバッシは、早く剣を振りたくて、腰に伸びる柄に手を掛けた。


 それがバッシの過日の姿、鬼子などと呼ばれているとは露知らず、教授や将軍とは声すら交わす立場にいなかった、雑兵時代の話である。

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