聖騎士団 vs 土魔神
〝やられる〟
なんとか鍵爪を避けたが、目の前に迫る土嵐に対して、咄嗟に覚悟を決める。と同時に、タイタンの顔面で小爆発が起こった。
それによって軌道が逸れた土嵐は、あらぬ空間を蹂躙する。
ウーシアの投魔石が絶妙のタイミングで決まった。おかげでバッシは前に踏み込める。
鋼の剣は既に紫のオーラを放ち、通り抜けざまにタイタンの胴を薙ぐ。鋼の精の力も借りて、思い描いていた一撃を入れる事が出来た。だが、ダメージを受けた体、特に酷いダメージを負った手足の筋力では、分厚い土魔装に鎧われた腹を、皮一枚しか切れない。
「バッシ、引け!」
ジュエルの号令に咄嗟に反転すると、聖守護結界に向かって走る。タイタンの元々もっていた能力かも知れないが、あの黒い土や爪には破魔の力は通じない事が明確になった。
いや、先ほどの戦いでは死にかけたのはタイタンの方だ。とても奥の手を温存する状況では無かった。
つまりはこの短期間で、あの黒い鉤爪や、黒土嵐の能力を得て、破魔の力に対抗していると見た方が自然だろう。
後を追って振るわれる無数の鉤爪を寸前でかわしていると、再度左手に集めた黒土嵐を聖守護結界に放たれた。
結界内に逃れた直後、轟音と振動を伴って、土嵐が結界を打ち据える。それを受け止めたジュエルの口から苦悶の声が上がった。この土嵐の重圧を跳ね返すのは、聖守護力場とはいえ相当キツイに違いない。
「バッシ! 大丈夫かワン?」
ボロボロになったバッシを心配したウーシアが、全身の状態を確かめる。いまだ治癒の終わっていない体は、あちこちから血が流れ、肉もえぐれているが、致命的な大怪我は超回復によって、概ね修復されていた。
「ああ、大丈夫だ。だがあいつには破魔の剣が通用しない。さっきとは別物になっているぞ」
ウーシアが全身に高級ポーションをふりかけ、更なる回復を促してくれる中、バッシは消耗し尽くした熱量を補う為に、ポーチに手を突っ込んで、カロリーの塊であるホウジ・ナッツを頬張る。喉の通りが悪い塊を無理やり嚥下すると、鋼の剣を持ち直した。だが剣を構えたところで、正直どう倒せば良いのか見当もつかない。
「私とマリィさんに策があります。バッシさんは、相手の気を引きつけて下さい」
とバッシの近くに立つリロが提案する。何か策があるならばそれにかけるしか無い。そろそろジュエルの結界も限界のはずだ。首を縦に振るバッシに、
「ウーも行くワンウ、左右で翻弄してやるワン」
ウーシアの声が重なると、
「一旦結界を切るぞ!」
ジュエルの悲鳴にも近い警告の後、結界が不意に消滅した。その両サイドからバッシとウーシアが飛び出すと、
「鬼子ォォ」
すぐさまバッシに照準を絞ったタイタンは、地面をめくり上げると、分厚い土板でバッシを圧殺しようとする。
すぐに反転したバッシは、土板の範囲から逃れると、遠間から鎌鉈を投擲した。カーブを描いて命中する鎌鉈は、しかしタイタンの分厚い土の鎧に弾かれて、何らダメージを残さない。
だが、一瞬物音に釣られたタイタンが左を向いた時、後頭部にウーシアの投魔石が三発同時に炸裂した。
「間接部に当たったワン! これでどうだワン?」
少し離れた場所で様子を見るウーシアに、振り向きざまの土嵐が振るわれる。霊剣を持ったウーシアは、土の粒子の一粒にも触れずに、ギリギリ空いたスペースに飛び込むと、タイタンの足元へ霊剣を突き入れた。
だが刃の短い刺突短剣では、どんなに露出部を突いても、軽く肉を切る事しか出来ない。その剣先には何かの薬液を塗布しているのか、いつもには無い反射が光った。
『まさか毒か?』
委細は分からないが、満足気なウーシアは返す裏拳も難なく避けると、翻弄するかのように、さらに投魔石を膝関節に集中爆発させる。
『俺もうかうかしていられない……破魔が何だ、破邪が何だ。元々俺はただの剣一本で戦場を生き抜いて来た筈だ』
どうやらここ最近得た能力に、依存心、そして過信が生まれていたようだ。薄く取り憑かれていたそれらを吹き飛ばすと、気合一発走り出す。
一回で切れなければ何度でも切りつければ良い。堅い防御ならば、その受けを許さない程高速で切りつければ良い。
単純な発想に、知らず口角が上がる。タイタンがウーシアを捉えようと地面に右手の鍵爪を突き入れた瞬間、飛び込むようにして、広い背中に突きを放った。
鋼の切っ先がヒビ割れた背装甲の隙間を貫く。だが筋肉を切り裂いた所で、突然隆起した鎧が、刃をガッチリと咥え込んだ。
タイタンがさらに黒土を纏った左手を伸ばしてくる。
〝バッシ〟
鋼の剣との共鳴に力を得たバッシは、囚われた剣に体重をかけて引き抜くと、体に伸ばされた腕に切りつける。
当然のように硬く鎧われた手は切れない、どころかそのままの勢いでバッシの体を捕捉しようと、強引に押し包もうと手が伸びる。
だが委細承知していたバッシは、斬りつけた剣を支点に、体を入れ換えると、伸びきった左肘の関節を叩き斬った。
間接部はどうしても装甲が薄くなるらしい。まともには切れない黒土の装甲も、これだけ薄いとダメージを通すらしく、肘を弾かれて体勢を崩したタイタンの口からは、恨めしげな怒号が漏れ出た。
そこに連発で爆ぜる投魔石。ウーシアも鉤爪や黒土を避けながら、必死に頑張っている。本気で動く彼女は、目で追うのも困難なほどのスピードを誇り、霊感を軸とした判断力で、迷いなく次の行動に移るため、必殺の爪や土魔法も彼女を捉える事が出来なかった。
「ウガアァァッ!」
タイタンの苛立ちがピークに達すると、地面に鉤爪を突き込み、辺り一面に無数の鍵爪を発生させる。
どこにも逃げ場が無い、バッシはともかく、ウーシアにとっては致死のダメージとなる可能性もある。と、彼女を庇おうとした時、部屋を覆う暴風が無数の鉤爪を抑えつけた。
それと同時に頭に響く、
『P664 : 紅炎』
の声。タンたんから発せられるショックを伴う程の破壊衝動に、聞こえる者全ての背筋が凍る。
振り向く間も無く、周囲の空気が重くなると、その圧が一本の道を作り出した。
タンたんの前に、今までとは毛色の違う熱を伴った魔法陣が現れると、その中心から立ち昇るような炎が姿を現す。
その場に居るだけで焼け焦げてしまいそうな高温と輝き。魔力の塊である炎は、空気の道に吸い込まれると、生き物のように舌先を伸ばす。
その先には、左手に黒土嵐を構えるタイタンの姿があった。十分に力を宿したそれを、目の前に伸びる紅炎に叩きつける。
轟音と共に爆ぜる魔光、強大な魔力同士の反発に迷宮が軋み、その威力にバッシは圧倒された。
タンたんの炎は黒土嵐を飲み込む勢いで伸びる。生き物のように蠢く紅炎に対して、二発目の黒土嵐を叩きつけたタイタンは、打ち消せない炎に焦りの表情を浮かべた。
再度地面に右手の鍵爪を突き込むと、無数の黒爪を伸ばしてリロを捉えようとするが、ここぞとばかりに限界を超えて強度を増した聖守護結界を破る事は出来ないらしく、その境界を虚しく掻いた。
ウーシアに目で合図を送ったバッシは、気配を殺してタイタンの斜め後ろに移動する。ウーシアも静かに反対側に位置取ると、投魔石を挟んだスリングを回し出した。
気合一発、バッシは空気の層の向こうにある、タイタンの左手に斬りつける。どうやらマリィの手引きで、精霊が絶妙に切り口を作ってくれているらしい。同時に動いたウーシアの投魔石は、タイタンの顔面に直撃した。
目の前の紅炎に対抗するため、全魔力を注いでいたタイタンにとって、不意打ちを避ける余裕は無く、払われた左手から出していた黒土嵐が一瞬乱れ、タンたんから伸びる紅炎が彼を飲み込んだ。
「ギャアアアッ!」
容赦無く焼き尽くす紅炎に、風精の壁によって逃げ場の無いタイタンがのたうち回る。その時、地面が隆起したと思うと、それを壁のように押し進めながら、リロに突進した。
余りの高温に、押していた壁もすぐに溶ける。その奥に現れたのは、全身を鋼の様な黒土で覆ったタイタンだった。
全身から煙を上げるのを半ば無視して、地面に鍵爪を突き込むと、無数の黒爪を伸ばして己を引っ張る。風精の圧力に押しつぶされながらも、その支配圏を強引に抜け出したタイタンは、おぼつかない足取りで、それでもリロに迫った。
マリィの作り出す逆風が、容赦無くタイタンの突進を阻む。その風を避けて大きく回り込んだバッシは、突進の威力そのままにタイタンの後頭部を斬りつけた。
破魔の力に頼らずとも、素の力で破壊すれば良い。単純な一撃は、装甲を破り、その下の肉を割く。
振り向きざまに右手の鍵爪を振るわれ、剣を合わせると掻き込むように地面に押し付けられた。
その背中にウーシアの霊剣が突き立つ。どれほど効いているかは分からないが、再度塗り直されたらしい毒液状のものが、タイタンの体内に打ち込まれた。
そこへ青い光を纏ったジュエルが突進して来ると、ごく小さくなってしまった聖守護結界を青盾に纏わせ、盾撃を重ねがけしてタイタンに激突する。
体重差を跳ね除けて、かちあげたタイタンのみぞおちに、追い打ちの聖戦槌を叩き込むと、更に重ね掛けた盾撃で重量級のタイタンを弾き飛ばした。
魔力を使い切ったらしく、気絶したジュエルが地面に倒れこむ。バッシが急いで間に入ろうとすると、倒れ伏すタイタンに五本の火矢が同時に着弾した。
ボロボロになった黒土の装甲を修復する余裕も無く、全ての火矢がタイタンの体を貫くと、その巨体が踊るように爆ぜ、力を失う。
バッシが警戒しながら近づくと、虫の息のタイタンがゆっくりと、鍵爪となった右手を地面に突きこんだ。
『危ない!』
と身構えるが何も起こらない、ふと垂れ下がったタイタンの右手を見ると、そこにあるはずの鍵爪が消え失せていた。