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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
35/196

遭遇

 サダン・ビルの地下三階は、それまでとうって変わり、土壌むき出しの土臭い階層になっていた。


 踏み込む地面は、靴底が沈むほど柔らかい。だがそれは薄ら寒くなるような、どこか居心地の悪い感触をともなった。どこがどうとは言えないが、自然と全神経が研ぎ澄まされていくーーまるで四方を敵に制圧された戦場のような、身の置き所の無さに神経がざわめいた。


 そこは独立した小部屋が狭い通路によって連なる階層で、降り立った部屋から隣室に移動すると、ウーシアが口に指を当てて合図を送る。


 それを見たバッシ達はしばらくその場に待機すると、足音を忍ばせたウーシアが、通り過ぎた部屋を監視する。しばらくして、


「誰だワン! 私達をつけて来たって事はハイエナかワン?」


 ウーシアの詰問が響いた。それをきっかけにバッシ達も後に続くと、階段の近くに小さな人影が一つ、半ば体を隠すように佇んでいた。


「早く出てこないと、こっちから攻撃するワンウ」


 腰のスリングを振り回し始めたウーシアが、その手を上げて威嚇する。それを聞いた人影は、


「す、すみません、悪気は無いんです。いま出ますので、武器はしまって下さい」


 と言うと、影から灯りの元に出てきた。ユラユラと揺れるカンテラの灯に照らされたのは、ウーシアと変わらない年恰好の女の子。旅慣れた様子の装束の腰には、銀細工の施された、立派な角笛を手挟んでいる。その彼女は、


「私は風笛師のマリィと申します。後をつけるような真似をしてすみません」


 と謝罪してきた。風笛師のマリィ、確か……


「貴女は噂の、ユニーク・モンスター討伐隊の唯一の生き残り? マリィさんと言ったわね、確かそんな名前だった筈よ」


 ジュエルの言葉に、


「はい、私はあの時の唯一の生き残りです」


 辛い過去を思い出したのか、自然と目線を下げながら、それでもはっきりと断言する。

 彼女の正体を確認したところで、どうやって生き延びたのか? 何をしにここに来たのか? 数々の疑問が湧き出るバッシ達を制して、


「ここは、こんな事が出来るなんて……早く逃げた方が良い」


 何かに慌てるマリィが引き返すように促す。もう少し先まで探索する予定だったジュエルが、


「何だ? 何がある?」


 と聞くが、心ここに在らずといった感じの彼女は、


「ああ、遅い。皆での脱出はもう無理です。私が援護しますから、あなた方だけでもお逃げ下さい」


 と言って、腰の角笛を取り出して口を添えた。だがその笛は何の音もださない、どころか、息の抜ける音すら無く、真っ赤に頬を膨らませるマリィのみが、異様さを際立たせていた。


「良く分からないけど、逃げるなんて勝手に決めないで! これでも冒険者なんだから」


 早速全身鎧を青く発光させながら、マリィに並んだジュエルが叫ぶ。その隣では、第六感による人物査定という名の、体臭嗅ぎを終えたウーシアが〝信用できる〟という合図に、首を縦に振ってきた。


「密集陣形、リロとマリィを挟め!」


 委細構わず防御陣形を作る聖騎士団の周囲で、突然地面の土が蠢き、大きく隆起した土が人の型を作っていく。それに向かって、


「間違いない、お祖父様の仇! 私を加護して下さる風の精霊様、どうか姿を現して、かの仇敵をお打ち下さい」


 マリィが叫ぶと、音のでない角笛を大きく吹いた。だが一向に音は出ず、何の変化もないまま、地面に湧き出した土の人型が大挙して押し寄せてくる。


 事ここに至って〝地下迷宮のユニーク・モンスターが出現したのだ〟と理解したバッシは、寄る人型を切り裂いた。土塊も破魔の剣に触れると、呆気ないほど簡単に消滅していく。切ってない部分まで消滅していくのは、魔法の介在するあかしだろう。ジュエルも、


「これは土魔法か? それにしても何なんだ? 仇って事は例のユニーク・モンスターか?」


 とマリィに確認するが、一心に祈りを捧げる彼女は、返事もせずに集中し続けた。


 あのゲーハァやビクティニを含む、二十名もの討伐隊を瞬殺したモンスターにしては、何とも緩い攻撃で、それがかえって不気味に感じる。ジュエルの庇護下に控えるリロとウーシアも、油断なく周囲を警戒した。


 その時、突然地面全体が爆ぜるようにうねりだす。大波のように不安定に揺れる地面に、巻き上がった土が石を伴って降り注ぐと、それに反応したのは、少女の角笛に応じた風の精霊だった。


 角笛が緑色の光を放つと、溢れ出る風が小さな体をはためかせる。その光を包み込んだマリィの中で、突然の暴風が荒れ狂うと、球状の結界に皆を飲み込んだ。


 土の猛攻を遮断した風精の球体、その中から外を見れば、大岩が打ち付け、土の人型が何百と狂ったように引っ掻くさまが見える。

 その時、背筋にピリピリとひりつく感覚に襲われたバッシは咄嗟に剣を構えた。そこに一際巨大な人型が拳をぶつけてくる。

 黒光りする巨大な拳の一撃が、結界の中にまで衝撃を伝えてくる。もう一撃耐えられるか? 猛撃を防いだ結界の風力は、あきらかにに弱体化していた。


 振りかぶった巨人がもう一撃加えようとした所へ、バッシが剣を合わせる。それは振りかぶった一撃などではなく、極小さく、刃筋を合わせる程度の一振り。


 風の結界を力で破った巨大な拳に、紫のオーラを纏った剣が触れると、抉り取るように鋼状の拳を分解していった。

 自身の捻りによって撒き散らされた破片が、空中で消滅していく中、その芯となる部分に現れた拳を、躊躇なく切り裂く。


 〝手応えあり!〟


 バッシの足よりも太い腕の半ばまで切り裂いた手応えに、


「あがああぁっ!」


 と野太い絶叫が聞こえて、次の瞬間、地面の土がさらに荒れ狂った。


 風の結界が破られた周囲に、荒れ狂う土嵐を防ぐ障害は無く、ジュエルはすぐに聖守護結界ホーリー・アーマーを発動すると、巨大な青く光る傘に仲間達を庇った。


 だがバッシは視界ゼロの中を、紫のオーラを纏って疾走する。切り裂いた腕の持ち主を追って走り出したが、土嵐の爆音によって全ての痕跡はかき消されてしまっていた。

 すぐに姿を見失うと、嵐の前に見た部屋の造りを思い出し、方向にあたりを付けて追跡する。


 吹き上がる土が、紫のオーラに分解されながらも体を持ち上げる。大剣の刃を下段に構えると、 乱流となって飲み込もうとする地面を、切り裂きながら走った。

 自然と漏れる雄叫びの中、無心で加速するバッシが一際硬い土壁にぶつかり、切り裂いた時ーー唐突に〝それ〟が居た。


 怒声を上げながら投じられた土石を、ことごとく消滅させると、魔法が効かない状況に驚き固まる敵。そして土の外皮が削られて現れた〝それ〟を見たバッシも、驚愕に固まってしまう。そこに居たのはーーかつての戦友、いや上司とも言える戦場の英雄、


「タイタン」


 再度攻撃姿勢をとろうとした土巨人は、バッシの声にピクリと反応した。間違いない、彼は人造巨人兵団ホムンクルス・ジャイアント・コープスの中でも極限られた者にのみ与えられる、オリジナル・ネームを持つ個体ーーその名に恥じぬ驚異的な能力を有する、戦場の英雄〝土魔人のタイタン〟だ。


 類稀なる土魔法の能力と3mを越す巨体で、戦場を蹂躙する暴君として、周辺諸国のみならず、味方からも恐れられていた存在。その姿は以前と寸分たがわぬ威容を保っていた。


「おばえは……バッジ、鬼子のバッジ」


 傷ついていない右手の指をさして、野太い声を発する。驚いた事に、バッシの事を知っている様だ。

 だが次の瞬間その手を握り込むと、周囲の土が塊となって襲いかかって来た。


「鬼子……剣をづがう変人、じねっ!」


 ギュッと握る拳に同期した土塊が、圧力を増して固まっていく。だがその表面にスッと刃が現れると、鋼並に固められた土塊が、まるで腐葉土みたいにアッサリと切り分けられた。


 その中から全身を紫のオーラに包んだバッシが現れると、


「ガアアアァッ!」


 タイタンが理解不能の事態に苛立ちの咆哮を上げながら、全身に土の装甲を纏っていく。その体は急速に膨れ上がり、迷宮の天井を突いた。


 間接部をバキバキと砕きながら振るわれる重たい拳。それを紫の剣によってスパッと切り裂く。更に追い打ちで胴体を切ると、装甲を貫いた刃がタイタンの筋肉を切った。


 悲鳴を上げて、メチャクチャに土石を飛ばしてくる。その土煙に再度視界を塞がれると、轟音と共に振るわれた拳と、そこから発生する土の竜巻によって、バッシは吹き飛ばされた。


 紫の刃で切り裂いても、周囲に荒れ狂う土竜巻の圧力で、体が押されてしまう。そこへ下から土の隆起がおこり、バッシの体を天井に叩きつけた。


 余りの圧力に、受け身を取った左腕と、肋骨が数本折れる感触が分かる。即座に固有スキル〝超回復〟が発動して、熱量カロリーと引き換えに骨や筋が修復されるが、


 〝バッシ、頑張って……力を!〟


 鋼の精霊の声が、今まで以上なハッキリ聞こえると、全身を包む紫のオーラの外周部がピンク色の花弁を形成した。

 これは……リリの固有スペル〝睡蓮火〟そのものだ。一際輝く鋼の剣を向けた先の空間、そこに渦巻く土竜巻が無抵抗に消滅すると、ぽっかり空いた空間に落下する。


 その先には、分厚い装甲を纏い、一目ではそれと分からないタイタンの姿があった。


 嵐の音が周囲から掻き消えて、バッシの怒号とタイタンの咆哮のみが支配する世界。バッシの振るった剣と、振り上げたタイタンの右拳が空中で激突する。


 ごっそりと消滅した右手を、信じられない物を見るように凝視するタイタンは、一瞬の後、絶叫とも悲鳴ともつかないものを発しながら、地面を転げ回った。


 バッシは地面を蹴ってトドメを刺しに行く。ここまででかなりの体力と気力を消耗してしまったに違いない。ンマームの森での消耗からすると、とっくに気絶していてもおかしくないほど、紫のオーラを身に纏い続けている。勝負を急がなくてはならない。


 バッシは鋼の剣を転がるタイタンの首に振り下ろそうとして、地面に偶然出来た穴に、片足を突っ込んでしまった。

 同時に巨大な穴を開けたタイタンは、その巨体を下層に落下させる。


「グアアアァァァ……」


 タイタンの絶叫が暗がりに落ちて行く。素早く後を追おうとしたが、その穴の淵から覗き込むと、タイタンの落ちていった穴は、即座に塞がってしまった。


 鋼の剣を突き入れて、尚も追おうとするバッシに、


「待て、バッシ! 今の落下音からして、相当下の階層まで逃げられたようだ。一先ず休息を取って、追うか引き揚げるかを検討するぞ」


 聖守護結界ホーリー・アーマーを解いたジュエルが制止する。我に返って仲間の方に振り向いたバッシを強く見据えるジュエル。タイタンの事について説明を求めているのだろう。その瞳に疑問の色が浮かんでいる。その横では消耗し切ったマリィに、それを支えるリロが高価な魔力ポーションを与えていた。


 心配そうに眉毛を下げたウーシアが駆け寄ってくると、


「大丈夫かワン? 怪我ないかワンウ」


 と鼻を効かせながらバッシの腕を取る。その左腕も、肋骨も超回復によって既に繋がっているが、かなりの熱量を消費したのだろう。急激な脱力感と空腹に襲われたバッシは、ウーシアにもたれかかりながら、その場に片膝をついた。


「大丈夫か?」


 近付いたジュエルももう片方の腕を持ち、支えながら座らせる。すかさず回復魔法を唱えようとする彼女を制して、


「大丈夫だ、単に腹が減りすぎただけだ。何か食い物をくれ」


 バッシが告げると同時に〝グゥ〜〜ッ〟と腹の虫が鳴いた。


「は、腹が減っただと?」


 呆れ顔のジュエルと、笑い声を上げるウーシア。そこへやって来たリロが、鞄の中から行動食を取り出すと、


「では一息入れて〝アレ〟の説明をして下さい。バッシさんの淹れてくれたお茶もありますよ」


 と水袋を取り出して言った。バッシ達は車座になりながら小休止を取る事にすると、マリィの回復を待って、バッシの知るタイタンの話を始めた。





 *****





 サダン・ビルの地下深く、右手を失い、左手にも深い亀裂を作ったタイタンが、雄叫びを上げながらのたうちまわっていた。


「ぐああっ! バッジ、ぢぐじょう、鬼子めっ! グウウ」


 生まれて数度目という涙を流して、痛みをこらえるタイタンは、自分を傷付けたかつての雑兵に恨みを込めながら、土魔法を操って傷口を抑え込む。


 鋼の様に固めた土の表皮で、傷口を大きく縛り上げると、暫くジッと止血に専念した。


『何だ? あの紫の光は? 何故俺の魔法が掻き消された? 何故だ?』


 まとまらない思考と激痛に、苛立ちはピークを迎える。


「なんなんだ〜っ!」


 膝立ちになったタイタンが失った腕を見ながら吠えると、


『知りたいか?』


 ドクン、と心臓を圧する声が響いた。


「何者だっ!」


 咄嗟に身構えたタイタンが周囲を警戒するが、何の気配も感じられない。一緒に落ちてきた土精の力を使っても、生命反応らしきものは何ら感知出来なかった。


『我はもっと下層におる。汝、かの力を知りたくば、我の元に来るが良い。さすればかの力の秘密と、対抗しうる、いや、凌駕する力を授けよう』


 不思議と心に沁みる声は、腕の痛みをやわらげる。タイタンは声の言う通りに誘導されると、土魔法を操って更に地階へと落下して行った。


 地下10階層、サダン・ビルの迷宮の最下層と言われる層に到達したタイタンは、そこに更なる地階への入り口を発見する。


 淡い魔光が照らす迷宮内に、一際暗くポッカリと空いた穴。その階段からは、うっすらと冷気が漂っていた。


『さあ、我の元へ』


 頭に直接響く声が、タイタンの心を鷲掴むと、無抵抗に階段を降りて行く。その先には……この迷宮の主〝悪魔の鉤槍(サタン・ビル)〟と呼ばれる一本の槍が無造作に落ちていた。


 その柄は腐敗し、鋼の槍先は錆びて朽ちている。だがそこから立ち昇る邪気は力を伴って、タイタンに纏わり付いた。


 〝悪魔の鉤槍(サタン・ビル)


 悪魔の宿りし鉤槍ビルは、かつて広大な大陸を支配した魔王が所持していた得物だった。ここサダン・ビルとは、人名などではなく、この鉤槍を封印するために作られた古代の施設だったのである。


 タイタンが近づくと、木の柄はホロリと崩れて黒い靄と化す。それは失った右腕に絡みつくと、傷口を覆って一体化した。


『さあ、汝の求める命を狩りに行こうぞ』


 失った右手を覆った黒い靄が、全身を伝って左手の亀裂をも繋げていく。その痛くも快感を伴う肉体改造に熱い息を吐き出すと、左手指の動きを確かめながら、鉤爪と化した右腕をなぞり、瞑目した。


 一呼吸、吸って……吐いて……腹の底から湧き上がる憎しみに、相手を想起する。


「鬼子ォォ、バッジィィィ……」


 思考が纏まり、脳裏にバッシの顔が浮かび上がった時、深層階に澱む暗闇を、真っ赤な双眸が切り裂いた。

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