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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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サダン・ビルの迷宮

 ウーシアは慎重に鼻を効かせながら、地面や壁の罠を警戒して進む。眼前に構えた霊剣からは、銀色の魔光が鋭く立ち昇り、その集中力が伺えた。


 多層型迷宮であるサダン・ビルの迷宮には、本来ダンジョンが有する宝箱や罠などの機能が備わっており、ガラムの迷宮などとは比べものにならない危険度を誇っている。


 更には最近のユニーク・モンスター騒動によって、滅多に冒険者が訪れなくなったこの迷宮では、充分な時をかけてセットしなおされた罠が、手ぐすね引いて待ち受けていると思われた。


 入り口から数歩進んだところで、早速ウーシアが罠の存在を感知する。無言で示す壁には小さな穴が空いており、特定の床を踏むと、そこから何かが飛び出てくる仕掛けらしい。


 慎重に場所を特定したウーシアが、


「床のこの部分を踏むと、この穴から矢が飛び出てくるワン。小石を詰めておくけど、踏まない様にするワンウ」


 床に落ちている小さな石片と、腰のポーチから取り出した粘土をこねると、穴に詰めて先を急ぐ。

 最後尾のバッシは、指摘された石床を注意してまたぐと、何かが飛び出すかも知れない穴に身を晒さないように、縮こまりながら通過した。


 人間としては大きな体を持つバッシにとって、どうにもこの迷宮探索というものは苦手だった。昔食えない時代に、どうしても金の算段がつかず、一人で地下迷宮を探索した事がある。そこでド素人のバッシは、罠という罠にはまり散々な目にあった。


 それ以来本格的な迷宮は、一種のトラウマともなっている。今回のようにウーシアというプロフェッショナルと同行するのは、その克服に丁度良い機会かも知れない。


 バッシがそんな事を考えながら進んで行くと、唐突に広い場所に出た。

 前方にはそれまでの石造りの通路と違い、鍾乳洞のような濡れた石筍に覆われた、湿度の高い空間が広がっている。


 ウーシアの、


「あの窪みに何かいるワン」


 という警告に意識を向けると、何者かが水の中で蠢く気配がした。ほんの小さな物音に集中していると、その周囲に緑の霧が放出されているのが見える。


「あれはグリーン・ジェルの毒霧ですね。あれを吸い込むと全身が硬直して麻痺してしまいますから、注意して下さい」


 モンスター博士のリロが呟く。そしてタンたんを取り出すと、魔感知を始めた。


 今回の依頼はグリーン・ジェルの核の採取である。しかしバッシのような剣で仕留めるタイプの戦士がグリーン・ジェルを倒すには、弱点たる核を壊すしかない。

 そこで事前にグリーン・ジェルの相手はリロに一任すると決めていた。


「ここに生息しているのは一体だけのようですね、ウーシア、火柱で窪みのグリーン・ジェルを狙える位置まで、私を先導してくれますか?」


 リロの言葉に首を縦に振ったウーシアは、彼女の手を取ってて、部屋の中程まで案内する。

 そこでタンたんを掲げたリロは、空中に魔法陣を展開すると、身長と同じ位の幅を持つ火柱を猛然と放射した。


 一気に蒸発した水が水蒸気となって空中にあがる。それでもしばらく火炎放射は止まずに、閉鎖空間の温度を上げた。

 余り詳しくはないが、閉鎖された場所で火をたくと、空気が汚染されて体に害を及ぼすんじゃないか?

 いい加減に止めようとした所で、突如として火柱が止むと、いきなり訪れた静寂にホッと息を吐く。


「かなり燃やしたな」


 とジュエルが声を掛けると、


「そうですね、これでもやっと干からびたところなんです。もう少しやり方を考えないと、迷宮内の空気も薄くなって、別の意味で危険ですね」


 リロの言葉に頷きながら、彼女が仕留めたグリーン・ジェルを覗きに行く。


 さっきまで水が溜まっていたであろう窪みには、水気が全く無くなり、カラカラに干からびたグリーン・ジェルらしきものの皮膜が底にこびり付いている。

 その中心部には、握りこぶし大の緑の核がこびりつき、リロがナイフで表皮を切り開くと、コロリと転がって来た。


「次はもう少し上手くやれるよう工夫します」


 リロは話しながら、小さな袋に核を入れて、魔法鞄にしまいこむ。


『今回の依頼はリロ頼みだな』


 と思いながら、バッシは抜く機会すら無いかも知れない剣の柄に触れると、その感触を楽しんだ。

 何となく鋼の剣からも喜ばしい雰囲気が伝わってくる。剣からしても、あんな粘液生物を切るのは抵抗があるのかも知れない。


 剣という道具に感情が有ると思い始めた事を、ことさら違和感なく受け入れながら、更に分岐する道を奥へと進む。

 冒険者ギルドで購入した簡易地図そのままの迷宮には、しばらく討伐されなかったせいか、次々とグリーン・ジェルが現れた。

 それらを狩って行く内に、改良を重ねたリロは、最初に表皮を焼き切り、体液を出させた後で蒸発させるという手順を確立し、快調に核を採取していく。


 しばらく進んだ所で、再度石造りの通路になると、ウーシアがハンドシグナルで皆を止めた。慎重に地面を探ったウーシアは、


「ここからあの石の継ぎ目まで、何らかのセンサーになってるワンウ、一定以上の重さに反応して沈み込む構造みたいだなフ。バッシ、これを持っといて欲しいワン」


 と言って、ロープを自身の腰に結ぶと、端を渡してきた。ウーシアがセンサーと評した床に片足を乗せると、少しづつ体重を掛けていく。どうやら彼女一人分の体重だと大丈夫そうだ。それが分かると、スルスルと音も立てずに通路を渡っていった。


「次はリロだなフ」


 渡り切った所で霊剣を翳すと、周囲を探知する。そして周囲の無事を確認すると、ロープをピンと張ってリロを促した。


 リロはタンたんを鞄にしまうと、ロープを手に急いで渡る。どこかおっかなびっくりなのは、迷宮初心者の彼女にしてみれば、致し方ないところだろう。

 そうして半ばまで渡ったところで、迷宮の奥部から〝チャッ、チャッ〟という軽妙な足音が聞こえて来た。


 咄嗟にウーシアが霊剣の助けを得て集中すると、


「何かが近づいて来るワン! さっきまで何も居なかった……出現現象ポップ・アップだワン! リロ、急ぐワンウ」


 少し焦りながら告げた。迷宮ならではの出現現象、通称ポップは、迷宮にモンスターが湧き出す瞬間の事をさす。まさかこのタイミングで起こるとは、タイミングが悪すぎる。


 バッシは咄嗟に鎌鉈を引き抜いたが、ウーシアのいる場所から少し奥は曲がり角になっていて、見通しが効かない。


 慌てたリロは急ぎ歩を進めるが、時々足元が乱れて、通路がユラユラと大きく揺れ始めた。


「リロ、慌てるな。前方はウーシアに任せて、慎重に渡り切る事に集中しろ。私の防御魔法を信じろ!」


 ジュエルの声に、リロは少し落ち着きを取り戻した。後少しで罠地帯を抜ける、そんなタイミングで、曲がり角から三頭の沼地狼スワンプ・ウルフが息せき切って現れた。

 体高だけでウーシアと並ぶ、茶色い粘液に覆われた狼は、その表皮にグリーン・ジェルを数体貼り付かせている。


 体の周囲に緑の靄を尾引かせた、沼地狼の異様な姿に、ウーシアの身を固くする。バッシは全力で鎌鉈を投擲すると、魔力の補助による加速を得た刃が、先頭の沼地狼の眉間を貫いた。


 そいつは走る勢いそのままに転倒して転がると、その体からグリーン・ジェルが剥がれて、なおもウーシアに這い寄ってくる。


 残り二頭の沼地狼がウーシアに肉迫した時、ジュエルの神聖魔法〝守護力場デバイン・ウェポン〟がウーシアの体を包んだ。


 本来自身にかけるのが主である魔法を他者にかけるのは、消費魔力に負荷がかかる。しかも距離が離れれば離れるだけ、魔法の持続にも集中力が必要となるらしい。

 そういった意味で、ジュエルの神聖魔法は、安定した実力を持っているといえるだろう。だが、現状彼女に出来る支援はこれが限界とも言えた。


 先頭の沼地狼がウーシアに覆いかぶさるように襲いかかる。それを守護力場に輝く左手で払うと、垣間見えた首筋に霊剣を刺し込んだ。間髪入れずにグリーン・ジェルの毒が噴霧されるが、守護力場によって一定距離からは弾き飛ばされる。


 首筋を傷付けられた沼地狼は暴れたが、致命傷には至らないらしく、太い爪を持つ前足でウーシアを踏みつけようと、守護力場の反発を押して引っ掻きまくる。


 その圧に押されたウーシアがたまらずひざまずいた時、奥からもう一頭の沼地狼が首を伸ばして来た。


 その眉間に二本目の鎌鉈を命中させる。偶然横倒しになった体が、ウーシアにのしかかっていた個体を巻き込むと、そこに空間が生まれた。それを機と見たウーシアが、体を入れ替えて霊剣を構え、持ち直そうとする沼地狼のこめかみに、渾身の突きを放つ。


 致命傷を受けて倒れる沼地狼から、剥がれ出てくるグリーン・ジェル。その異様な姿に後退りしたウーシアの肩をポンと叩いたのは、罠の床を渡り切ったリロだった。

 ウーシアを背後に下がらせて、入れ替わった彼女はタンたんを掲げると、火柱を放射して素早くグリーン・ジェルを片付けていく。


 その後、体重の重いジュエルも、前後の支持を得て何とか渡り切り、最後のバッシは幅跳びの要領でジャンプしながら、腰に結んだロープを引いてもらう事にした。


 思い切り跳んだバッシの頭が迷宮の天井を擦りそうになる。その時を見計らって聖騎士の鎧を青く光らせたジュエルが、超力をもってロープを思い切り引っ張った。


 グンッと前に進んだバッシが着地に失敗すると、バランスを崩して左肩を思い切りぶつけて転がる。だがどうやら罠は跳び越えられたらしい。

 コボルトキングの毛皮で防御され、痛みの和らいだ肩を擦りながら立ち上がると、ウーシアが駆け寄って来た。大分心細かったのか、しがみ付いてしばらく離れない。その背中を撫でてやると、ジュエルも、


「よくやった、ウーシア」


 とその頭を撫でる。こうしてバッシたちは、お互いの無事を喜び合うと、獲物の剥ぎ取りにかかった。

 グリーン・ジェルの核が10個以上採取できたところで、引き返すべきか、もう少し潜るべきか、思案所となる。

 殆ど疲れていないバッシはともかく、魔法を行使していたリロも、ジュエルもさほど疲れていないらしい。


 話し合いの末に、他の規定モンスターも仕留める事ができたら、何度も足を運ぶ手間が省ける、という結論が出て、もう一階層進む事に決めた。


 地図に従って下の階層に降りると、うって変わって大理石造りの荘厳な迷宮になっている。そのあまりの違いに面食らっていると、


「このダンジョンは人工的に作られたものなんです。だから一階層毎に違う顔を見せる、不自然造りとなっています。サダン・ビルとは、この迷宮を創り出した魔導師の名前らしいですよ」


 リロが解説してくれた。これほどの規模を一人の魔導師が創り上げるとは、何のために作ったかは知らないが、ご苦労さんな事だ。

 そういった目で見ると、真っ白な大理石造りの壁は、聖都の総白亜石造りの大聖堂にも劣らぬ品質を持っている事が分かる。


 そんな目の眩むような地下二階層目を、引き続きウーシアが警戒しながら先に進んだ。この階の方が罠は多いらしく、大掛かりな振り子の罠など、一撃必殺の恐ろしい罠なども発見し、ことごとくを避けて進む。


 壁に隠された起動装置を作動させないために、身を畳んで進むのも骨が折れた。罠には連動式のものもあるらしいから、一つたりとも油断は出来ない。何時もとは違った緊張感から、変な疲れも溜まっていった。


 だが同時にグリーン・ジェル以外の規定モンスターを狩る事にも成功する。数こそ少ないが、魔爪スコーピオンや大理石魔像マーブル・ゴーレムなど、ここならではの個体を討伐できたのは儲け物だった。


 こうして、そこそこ充実した地下二階層探索を終えた皆の前に、更に地階へと続く階段が現れる。

 その前で小休止すると、準備万端、気力充実。バッシ達は何の不安要素も無く、当然のように探索を続ける事を選んだ。

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