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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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リリ・ウォルタとの旅

 龍木の鱗目も鮮やかな楕円形の握りグリップに、ミスリル銀製のガード柄頭ポメル、そして飴色の革張りを施した白木鞘シース

 何度も説明を受けた、鋼の剣を飾る最高級の拵えを見ながら、その手触りを確かめる。龍木の表面は程よくざらつき、握り締めると手に馴染んだ。


 腰に下げた鞘の留め具を外し、左手親指で武骨なガードを押し上げると、右手で一気に剣を抜く。計算され尽くしたガードやポメルがバランスを取り、両手持ちの大剣にも関わらず、その重量を感じさせない剣身が、スルリと灯りの元に滑り出た。


 銀に輝く鋼は、以前と同じ様に、肉厚なハマグリ刃に一直線の刃紋を見せる。だが研ぎ上げられた剣身をよく見ると、中心部は深く青味がかり、刃紋様の淡い赤に向かって紫にグラデーションがかかって見えた。


 グリップを両手で握ると、刃の側面を見上げていく。根元付近は刃が付いていないショルダーが一握りきょう、そこから流れる様に諸刃がのびている。その滑らかな造りは、淀みのない清流を思わせた。


 近くで見ても、少し離して眺めても、何とも言えない絶妙な造り。戦場でこの剣を拾った時は、その姿に感動したものだが、今では如何に荒削りな剣だったかと思う。

 完成した剣を受け取ってから約二週間、毎日の様に素振りをしているが、いまだその美しさに魅入られていた。


 そんなバッシは今、全身フル装備で鉱山の広間に立っている。


 防御力に優れる、コボルト・キングの毛皮を加工した、銀灰色の上着と足巻き。大柄なドワーフの板金鎧を調整し直した胴鎧。それは身に付けると、絞られた部分がちょうど腰骨に乗って、重さを感じない程フィットした。


 右胸と右腰に吊られた二振りの鎌鉈かまなたは、コボルト・キングの剣爪を強化させた品。ノームが弟子に作らせた習作らしく、爪と繋がる親指の骨に、直接革を巻いて握りにしてある。更に付与魔法で投擲の命中率が上がるように作られていた。


「ふん、全て余り物で作った急造品じゃ。まあそこら辺にある人間製品とは比べ物にならん性能だがな」


 ふんぞり返るノームが、腕を組んでバッシを見上げる。


 鋼の剣を鞘に戻したバッシは、


「ここまでしてもらって、返すものは何もない……」


 深々と頭を下げた。本当にここまで良くしてもらういわれがない。鉱山に巣食う魔吠族のコボルト達を一掃したのはバッシだが、それは成り行き上の話。本来ならば財宝を狙って侵入し、モンスターと相討ちになった者は、そのまま打ち捨てられても、文句の言えないところだ。


「何度も言うな、わしの望みを言ってみろ」


 ギロリと睨みつけるノームに、


「この鋼の剣を持って、冒険に出る」


 何度も聞かされた言葉を返すと、


「そうじゃ! この鋼の剣を振るって出来るだけ無茶をして来い! そして生きて戻ったお前から、鋼の剣との冒険譚を聞くのが、わしの望みじゃ」


 ノームは鋼の剣の柄頭ポメルに手を掛けて、愛おしそうに撫で回した。


「わしはこの後しばらくしたら、本国の都〝ブリストル・キングダム〟に戻るからの。わしを訪ねる時は、この柄頭に刻んだ紋章を見せれば良い。なに、数年に一度も訪れたら良いんじゃ。名物のブリストル・エールを飲むついでにのぅ」


 片目をつぶったノームが、バッシの尻をパーンッ! と叩いた。視線をずらして、大きなミスリル銀製の柄頭に刻まれた、二つの槌が交差する紋章を見る。

 エール酒は滅多に飲めないがバッシの大好物だ。それも悪くない、と口角を上げると、


「わかった」


 と返事をした。


「それじゃあ行きますかね」


 ノームの隣で微笑んでいた女魔導師、リリ・ウォルタが優しく声を掛ける。

 ここから歩いて麓の里にもどり、そこから馬車に乗って、聖都セルゼエフに帰ると言う。彼女を護衛するのが、当面課せられた冒険らしい。


 それを聞いた時は、こんなどこの馬の骨とも知れない野郎を、いきなり護衛とする大胆さに、指名されたバッシの方が驚いたが。


「ノームがここまで気に入るなんて、よっぽどの事よ。剣の腕も、人格もね。本物の鍛冶職人は、その人が持つ剣を見ただけで、その人の全てが分かるそうよ。それに私もあなたを気に入っているの、旅の間にもっとお話したいわ。お願いね」


 と言って腕に抱きついてきた。年寄りなのに何故かドキリとする。その笑みに魅了された様に首を縦に振ると、一掃笑みを深めて腕を揺すった。


 リリの荷物が足元に置かれている。それとバッシへと用意された食料、水の入った袋に、元々持っていた少ない金と、火打ち石などの詰まった小袋を詰めると、全てを背負い込んだ。


「リリを頼んだぞ! 本来ならばわしらが護送せねばならんのじゃが、奪還したての鉱山が、他のコボルト共に襲われたら悲劇じゃからの。剣の駄賃だと思って、命がけでリリを守るんじゃぞ」


 ノームの言葉に、


「あら、まるで私を子供みたいに言うけど、泣き付いてきたのは貴方よ。それに何かあったら、昔のように全て燃やし尽くしてあげるわ」


 と言って紅く光る指輪をかざした。


「まてまて、それが心配なんじゃ。お前さんの事じゃない、周りの者が心配じゃよ。勇者の右腕と言われたお前さんの魔法が本気で炸裂したら、どんな惨状が待っておるか。考えただけで恐ろしいわい」


 青ざめた顔のノームが手を振るのを、にこやかに見つめたリリは、


「ほっほっほっ、私をいくつだと思ってるの? やーねー」


 と言ってノームの肩をバシバシ叩いた。だが何故だろう? 周囲のドワーフ達は誰一人として笑顔を見せず、微妙な笑顔のまま黙り込んでしまった。





 *****





 旅慣れたリリは意外な程健脚で、日のある内に山を三つ越える事ができた。

 夕暮れ前に少し開けた場所を見つけたバッシ達は、早々に野営の準備を始める。

 とはいえ季節は晩夏、それほど冷え込まない時期のため、大木の下に雨風除けの天幕を張って、焚き火をおこすだけの簡単なものですませた。


 ノームが持たせてくれた携帯食は、木の実がギッシリつまった食べ応えのある焼き菓子。程良い疲れを、木の実をコーティングするヌガーの甘さが癒してくれる。

 火にかけた鍋で湯を沸かすと、途中で摘んでおいたサイルの葉を入れて、即席のお茶を作った。清涼感のある香りが心地よく鼻を抜ける。こんな優雅な野営は、バッシの生涯を通じて記憶に無かった。


「あら、このお茶美味しいわね、とっても良い香りがするわ。バッシは物知りなのね」


 両手でカップを持つリリが、目を細めながら呟く。


「いや、俺は、何も知らない。知らない事だらけだ」


 生まれてから戦場と、最底辺の冒険者生活しか知らないバッシは、非常に偏った知識しか持っていない事を、思い知らされながら生きて来た。


「例えば? 何が分からないの?」


 首を傾げるリリに、過日の疑問が湧くと、


「魔法、分からない。俺は魔力無いから」


 と尋ねた。この世界で魔力が皆無である事は、相当なハンデとなる。事実、バッシが剣の腕は立つのに最底辺冒険者に甘んじているのも、魔力の無い者=無能というレッテルを貼られる事が大きかった。

 冒険者組合、通称ギルドにおいても、身元も無く、魔力も無く、実績も無いバッシは、最低のFランクに留まり、仲間も作れずに、おこぼれみたいな仕事をこなすしかなかった。


 戦争では沢山の魔法使いと戦ったから、戦い方は心得ている。だがその成り立ちを教えてくれる者は無く、今だにその仕組みが分からなかった。


「魔法ね……じゃあ簡単に教えるわよ。私は火の魔法を使えるの」


 そう言うと、リリは右手の人差し指に小さな火を灯した。バッシは軽く首を振って、理解を示す。


「これは火種、簡単に出したけど、最も魔力を消費するわ。そしてこれを保存するには少しの魔力を消費し続けるの。それは魔具で代替出来たりするわね」


 そう言うと、真紅のルビーがはまった指輪にその火を移す。


「そして育成、魔力をつぎ込んで燃焼させるわ。何ならこの時点で攻撃可能ね」


 というと、指輪の光が一気に明るくなり、小さな火が油をさしたように育つ。


「そして爆発、周囲の空気を食べて一気に爆ぜるわ」


 と言うと、指輪の火がボンッ! と爆ぜた。驚くバッシをイタズラそうに覗き込んだリリは、


「こういう事、水や風など属性によって異なるけど、大体皆こんな感じね。後は体内に循環させる無属性の強化系魔法なんかは少し手順が違うかな? そっちは魔力を変換せずに、そのまま体内に巡らせる感じ」


 と言うと、分かった? とでも言う様に小首をかしげる。


「だけど、あの火、花みたいな火は何だ?」


 鍛治場でみた淡いピンクの火は、こんな爆発などしなかった。


「ああ、あれね? そうか、一応軽い秘密なんだけど……貴方にも関係あるし、お茶のお礼に教えてあげる。あれはね、爆発の前に出せる、私だけの火。睡蓮火すいれんかって呼ばれているわ」


 と言うと、ルビーの指輪から瞬時に淡く色付くピンクの幻火を生み出した。


「この火には浄化の力が宿っているの。不浄の者、アンデッドなんて呼ばれている連中を一掃する力。そして魔力を打ち消す魔力中和アンチ・マジックの力」


 と言うと、もう一方の手から出した小さな火を近づける。すると睡蓮火に近づいた火は、拡散する様にスッと消えた。


「貴方の剣はこの睡蓮火を沢山吸い込んだわ。ノームの腕で定着されたその魔力は、永続的にその剣に宿る。つまり破邪の剣、そして破魔の剣と言えるわね」


 突然の告知に驚くバッシを制して、


「でも弱点は有る。正しくその剣を生み出し得た理由にもあるんだけどーー」


 指を横に振って溜めをつくったリリが、グイッと身を寄せると、固唾を飲むバッシに向かい、


「神聖魔法、神の生み出した魔法には無力なのよ!」


 ビシッと指を突き付けた。だがバッシはポカンと口を開ける事しか出来なかったーー何故なら神の魔法などという物が何を示すか、かいもく見当もつかなかったのだから。

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