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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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昇格試験と討伐隊

 翌朝、始業の鐘の少し前にギルドに向かうと、いつもごった返す冒険者達が、気持ち少なく感じられた。エルルエルのカウンターが空いているのを確認したバッシ達が向かうと、


「キャ〜ッ! ジュエルお姉様からいらして下さるなんて、エルル漏らしそうですぅ」


 朝からなんとも不穏な発言をかます彼女に、顔を引きつらせながら、


「何かあったのか?」


 とジュエルが尋ねる。


「え、ああ、ここに居る人が少ない事ですか? ジュエルお姉様はこの度の〝豊穣なる地下通路〟での一件はご存知ですか?」


「ああ、ユニーク・モンスターに討伐隊が組まれたっていうあれか?」


「さすが姉様! お耳がお早いっ! その討伐隊〝帯電棘棘スパーク・スパイクスとお助け隊〟の出陣式が、Cランク昇格試験の後、第二試技場で行われるんです。試験共々物見遊山な冒険者達で賑わっているんですよ」


 横で聞いていたバッシは『討伐隊の名前どんなセンスだよ?』と思いつつ、なるほど確かに興味深いと思った。昇格試験を見ることが出来るとは、そこを第一目標とするバッシ達にとって有益なんじゃないか?

 そう思ってジュエルを見ると、彼女も同感なのか一つ頷き、


「これが昨日受けた依頼の達成証明だ、早急に清算してくれ。あと、この子に調べ物を頼みたいんだが、資料室の使用許可をくれないか?」


 とリロを指し示した。どうやらジュエルも早く済ませて、試技場に見に行くつもりらしい。


「さすがです! もう依頼を達成されるとは! エルルエル感動いたしました!」


 大仰に驚いたエルルエルは、ドサクサに紛れてジュエルの手を握ると、目をキラキラさせて恍惚の表情を見せる。


 そのやり取りに疲れを感じたバッシは、例の如く混み合う掲示板に足を向けた。こっちも早くしないと、昇格試験が始まってしまうかも知れない。


 狙うはゴブリン討伐の依頼、しかも出来るだけここアルフアベドに近い方が都合が良い。


 押しのけてくる腕を捻り、踏みつけてくる足を逆に引っ掛けながら前列に進むと、丁度良い感じの依頼書を見つけて手に取る。それを横から奪い取ろうとしてきたので、素知らぬフリをして腕を壁に挟み込むと、ゴリッと押し付けてから、人混みを抜け出した。


 ジュエル達の元に向かうと、どうやら無事に清算出来たらしい。金貨が1枚と銀貨が10枚強、カウンターの受け皿に乗せられている。


「全く許せません! ジュエルお姉様を襲うなんて、そのハイエナ共には厳正なる処刑を下さねばなりませんね! 分かりました、我がギルド最恐の調査員を送らせていただきます!」


 憤怒したエルルエルが、お金をしまいながら困惑顔のジュエルに敬礼していた。どうやら昨日襲われた件について報告したらしい。尚も興奮冷めやらぬエルルエルをよそに、


「この依頼、どうだ?」


 とバッシが取ってきた依頼書を手渡し、ジュエルが吟味する。近くの山中に小さな集落を作ったゴブリンが森を荒らすため、狩猟で生計を立てる森の民が困っているという。それほど大した金額にはならないが、Dランク昇格規定モンスターを討伐するのには丁度良さそうだった。


「その案件には、フォレスト・ゴブリンのレア種が確認されています。リーダーに統率されたゴブリン達は少し難易度が上がりますが、野伏レンジャーの居るパーティーならば、充分に対処可能ですわ」


 と、ウーシアを見る。優秀なスカウトであり、優れたレンジャーでもあるウーシアならば問題無い、と言うエルルエルの勧めもあり、この依頼を受ける事にした。

 今回の依頼には、10日以内という期限が設けられている。これは条件付きと呼ばれる形式で、未達成事案には少額ながら罰則金が設けられていた。否応の無い理由が出来た場合、その旨をギルドに報告する事で免除される救済措置はあるという。


 依頼の詳細を聞いたバッシ達は、資料室に向かうリロと別れて、第二試技場へと向かった。ギルド本部を出て二つ隣の建物。巨大な円形闘技場は、見物人でごった返している。


「さすがはCランク(メジャー)昇格試験ね、目指している冒険者も含めて、注目度が高いわ」


 聞けば一般公開されているのはメジャー昇格試験のみらしい。より現実的なランクの試験を見せる事で、なり手を募ると共に、万年Dランクの冒険者達にも夢を見せる効果があるという。ズルズルと夢を追わせて諦めさせない、これはある意味残酷な仕組みとも言えた。


「次! 美女と野獣所属、赤鬼のビクティニ!」


 試技場の真ん中で、指導官が呼び出すと、真っ赤な肌を持つオーガ種の大男が、中央に向かって悠然と歩いてきた。


 特徴的な呼び名を持つ者は、登録名以外の部分も呼び出されるらしい。

 〝赤鬼の〟という二つ名は、赤い肌を持つオーガ種にはよく使われる呼び名で、そこから〝地獄の〟や〝戦鬼〟など、鬼を連想させる名前に派生していくという。


「おっ! あいつこの間バッシに話しかけて来た奴じゃないか?」


 ジュエルの言葉を聞かなくても、バッシは登録の際に話しかけられた男の事を覚えていた。後方から見た大きな背中には、大人の上半身程もある斧頭を持つ、巨大な戦斧が背負われている。


 対するBランクの戦士は、指導官補佐として臨時雇いされた者が務めるらしい。僅かな謝礼ながら、今後ギルドからの優遇を受けられるとあって、受けたがる冒険者も多いと聞いた。


 今回は遠征隊のリーダー、ゲーハァという名の大盾と戦槌ウォー・ハンマーを持つ重戦士が相手を務める様だ。


 指導官が双方の得物に、防刃布による非殺傷コルセットをはめていく。これによって斬撃は出来なくなるが、有効打は指導官がジャッジして、時間内にどれだけ有効な攻撃ができたか? そして優れた防御ができたかを判定し、Cランクに達していると認められた場合、晴れて昇格するらしい。


 ゲーハァの長方形の大盾にも布が巻かれていく、という事はそこに何らかの仕掛けがあるという事か? 帯電棘棘スパーク・スパイクスという名前からして、電撃魔法や棘盾スパイク・シールドなどが関係している感じがするが、攻撃魔法を封じられた戦士達の昇格試験では、確認出来そうになかった。


 ゲーハァも大柄なのだろうが、二メートル半の巨体を誇るビクティニの前では、大人と子供ほどの体格差がある。だが面頬で顔は見えないもののその挙動は堂々としており、さすがはBランク・パーティーのリーダー、ドッシリとした貫禄が感じられた。


「開始線に踵を付けて、お互いに、礼!」


「たのもう!」


 緊張気味のビクティニが大戦斧を一気に引き抜くと、ブオン! と風切り音を上げて、軽々と振るう。それをピタリと体の前に静止させると、左足を前に八相の構えを取った。


「おう!」


 一方のゲーハァは、重心を低くとりながら、左手の盾を突き出すと、長めのピックを持つ戦槌ウォーハンマーを後ろに引いた構えを見せる。


 双方動きが止まると、一触即発の気配が満ちていく。それを感じた観客からのザワつきが消えた次の瞬間、


「はじめっ!」


 指導官の合図と共に、ビクティニが右足を前に出しながら、一息に大斧を振り下ろした。届かないと見られたその一撃は、意外な程伸びた手足によって、ゲーハァの盾に打ち下ろされると、防刃布同士の魔力拮抗によって、派手な火花を撒き散らす。


 ド派手な対戦の始まりに、息を飲んでいた観客から一気に歓声が上がる。


 体重を乗せて打ち下ろしたビクティニの斬撃もさることながら、アッサリと盾で受け止めたゲーハァの防御力も驚異的である。痺れた観客は、真っ二つに割れて声援を送り始めた。


 一撃を受け止められたビクティニは、委細構わず第二撃を打ち下ろすが、素早く移動したゲーハァを捉える事が出来ずに、地面を穿つ。

 硬い地面に食い込む大斧、その隙に懐深く潜り込んだゲーハァは、盾を押し付けると、その端から戦槌を振るう。

 盾の死角からいきなり現れた戦槌の長めの嘴が、ビクティニの腹部を掠める。

 防刃布に覆われていても、まともにヒットすれば致命傷判定を受けて、即時試験終了となる所だが、上背に勝るビクティニは辛くも体を仰け反る事で回避に成功していた。


 重たい大斧が地面に食い込み、圧倒的不利に陥ったと思われたビクティニは、一瞬体色をより真っ赤に染め上げたと思うと、片手一本で斧を引き抜き、密着したゲーハァを打つ。


 思わぬスピードと角度からの攻撃に、盾を合わせるのが精一杯で、踏ん張りのきかなかったゲーハァは、体を泳がされた。


 一撃をみまったビクティニも、変な態勢で力を加えた影響から、バランスを崩すと尻餅をつく。地面に手をつき、勢いを付けて起き上がると、戦斧を後ろに引いて構えを取った。


 その頃にはとっくに態勢を整えたゲーハァが、盾を前に構えてにじり寄る。


 一見互角に見えるが、僅かでは有るがゲーハァに流れが傾いているように見える。それは両者の呼吸の荒さであったり、動きのキレであったり、肌感覚から伝わる微妙なものだが、バッシの隣で見ているジュエルも感じているのだろう、


「盾が有利だな」


 ボソリと呟いて、自分と似たタイプのゲーハァの技に注目していた。


「ウオオオーッ!」


 唾を飛ばしながら駆け寄るビクティニが、再度斧を振り下ろす。その先に立つゲーハァの盾と打ち合って、再度防刃布から真っ赤な魔光が散った時、残像が残る程素早く第二撃が振るわれた。


 ビクティニの真っ赤だった肌が黒みを帯びて、揮発した汗が靄となって立ち昇る。それを切り裂くように、第三撃が振り下ろされると、その轟音が試技場内を震わせた。


 巻き上がる砂塵でゲーハァの姿が見づらくなる。そこへ第四撃を振るおうとしたビクティニが、突然後ろ向きに転倒した。


 不意に逆転した天地と、後頭部への打撃に、一瞬ビクティニの動きが止まりバウンドする。その心臓部に向かって戦槌が振るわれると、


「それまで!」


 指導員が間に割って入り、試験が止められた。


 あっという間の幕引きに、言葉を失った観客達が我に返ると、どよめきと共に拍手喝采が送られる。

 地面に背中を付けて呆然としているビクティニに向けて、


「よくやったぞ!」「Cランク、いけるいける!」


 と労いの言葉がかけられ、ゲーハァに手を取られて立ち上がると、より一層の拍手が送られた。


 最後のビクティニの連撃はスキルの一つだろうか、あんなに素早い動きの出来るタイプではなかった奴が、残像が残るほどの攻撃を見せた事に驚く。

 それをスキルも無く余裕で受け切って、なおかつ冷静に戦槌で足を引っ掛け、形勢を逆転したゲーハァの力量も見事だった。いわゆる地力が違うというやつだろう。


「流石Cランク試験だな、これでも昇格確定ではないとか。でも最短で行くには、これくらいは余裕で超えて行かなければなるまい」


 ジュエルの目が鋭く会場を分析する。負けたビクティニが頭をかきながら退場すると、ゲーハァはその場にとどまり、更に三人の戦士の試験が行われた。


 その後行われた審議で、唯一ビクティニの昇格が発表された。他の三人も良かっただけに、門戸の狭さが際立つ。

 発表を受けたビクティニは、喜びを爆発させてはしゃいでいたが、仲間の女性に叱責されると、すごすごと引き上げて行った。


「それでは〝豊穣なる地下通路〟にて、我々の食い扶持を邪魔する、憎っくきユニーク・モンスターの討伐隊の出発式をはじめます! 先ずはメイン・パーティー〝帯電棘棘スパーク・スパイクス〟入場!」


 その場に残った指導官が、芝居気タップリに宣言すると、勇ましい太鼓の音と共に、一組の冒険者パーティーが現れた。

 先頭のリーダーはもちろんゲーハァ、その後に魔法使いらしきローブを着た男女が続くと、軽装の女と、フル装備の戦士が三人、拍手に送られて現れた。


 戦士4、魔法使い系2、スカウト1、といったところだろうか? 中々バランスの良いパーティー構成である。


「サブ・パーティー〝美女と野獣〟」


 次なる宣告と共に、露出度の高い美女をリーダーとしたパーティーが現れる。彼女は先程ビクティニを叱り付けていた女性だ。構成員は先程負けたビクティニの他、熊人族やドワーフを含めた厳つい戦士が五人、女1に対して男6という、非常に偏ったパーティー構成だった。

先程善戦したビクティニには、より大きな拍手が送られる。


『これじゃ野獣と調教師だな』


 バッシがそんな感想を持って眺めていると、


「続いてもサブ・パーティー〝スース戦士団〟」


 と呼び出しがあった。今度は対照的に、没個性な板金鎧を着た一団があらわれる。背格好も一緒、一糸乱れぬ行進を続けるその左腕には、団結を強める狼の魔法印が彫られている。


 隣で話す見物人によると、スースという地方出身の若者達だけで構成されているらしい。全員がボウガンを背負い、同じ剣と盾を装備している。まるで軍隊の様なパーティーだった。


「以上、この三組〝帯電棘棘スパーク・スパイクスとお助け隊〟による討伐は二週間後を予定しています! 我々の利益を守るため、彼らの活躍を心から応援しましょう!」


 と言うと、会場中割れんばかりの拍手が巻き起こった。バッシも手を打ち鳴らすと、試技場で照れまくるビクティニを見る。その時一瞬目が合うと、腕をグッと突き出して来た。

 俺はしばらくそのまま、盛大な拍手を送った後、リロと合流するために、会場を後にした。

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