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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
23/196

日々是好日

 ガラム肉を卸し問屋に持って行くと、即血抜きを施したガラム肉は、鮮度の良さを評価され、微妙な重量は繰上げてもらい、90銀相当の評価を得る事が出来た。

 それを証明札と交換する頃には日は暮れ、終業の鐘が鳴り終わる時刻となっていた。

 バッシの背中に負った大量の糞土が、ゴツゴツと胴鎧にぶつかる。それを全身のバランスで支えながら、取り敢えず糞土卸し問屋を目指した。


 それは街の外れ、周囲一帯の農家が良質な土を求めてやって来る卸し問屋で、広大な土地に糞土などの堆積物が山を作っている。

 バッシ達が辿り着いた時も、終業の鐘の後にも関わらず、良質な糞土を求める男達で賑わいを見せていた。


 この時期に植える硬糖豆は、良質な物になると同量の金と同じ価格で取引される。それを育てるためには、最高品質であるガラムの糞土が欠かせないため、周囲の農家も必死に出物を探しているらしい。


「こいつあよぅ発酵しちゅう、高値をつけちゃろうかね?」


 袋を覗き込んだ糞土問屋のオヤジががなり声を上げる。日中の商売で喉を潰したのか、かろうじて聞き分けられる程度の酷いダミ声だった。


 持ち込んだ糞土は210kgになったらしい、それが良質と認められた事で22銀の評価を得ると、証明札をもらってその場を後にした。


 本日の収入は112銀、つまり1金と12銀にもなる。これほどの収入になるのは、この時期のガラムが子作り前のため、肉質が最良だかららしい。初心者パーティーが殺到するのも納得だった。


 終業してしまった冒険者ギルドへは明日行く事にして、今夜の宿に向かう。そこはマンプル達お勧めの、夫婦とその娘だけで営む〝宿り木亭〟という、中心地から少し外れた所にある小さな宿だった。


 例によってバッシに合うサイズのベッドは無く、昨晩は何故かウーシアも付き合って床で寝た。何でも一緒に寝るのに慣れてしまったらしい。

 活動資金を浮かせるために、一室を四人で借りたので、一泊10銀で済んでいる。それに消耗品代を差し引いても、一日にして1金程の収入は、初心者パーティーにしては破格だった。


 裏手の井戸水で水浴びをしたバッシが、例によって褌一丁で部屋に上がると、皆も体を清拭し終えたらしく、サッパリとした顔をしていた。

 早速膝を突き合わせての作戦会議で、今後の方針を打ち合わせる。金銭的にはこのままガラムばかりを狩りたい欲求に駆られるが、Dランク昇格には、様々なモンスターの討伐が規定されている。

 今後はガラム狩りで収入を得て、依頼を受けるか他の迷宮を攻略しながら、マンプル達を待つ事になった。それらについて明日ギルドに向かった際に、再度情報収集する必要があるだろう。


 〝トントン〟


 ドアがノックされたので、ウーシアが開けると、同じ位の背格好の宿の娘が、


「晩ご飯ができましたよ、一階の食堂にいらして下さい」


 と可愛らしい声で誘いに来てくれた。看板娘はウーシアと同じ歳の16才、歳の近い二人はすぐに仲良くなったらしく、ジュエルの了承を得ると、二人連れ立って一階に降りて行った。

 昼間は飯屋をしている少し広めの食堂に行くと、既にテーブルを囲んでいる他の客が居る。

 その五人組はたぶん冒険者だろう、二人の女性を含む彼らは、各々腰元の装備もそのままに食事をはじめていた。

 冒険者の不文律として、他パーティーへの目礼をすると、相手もチラリとこちらを見つつ会釈を返す。

 ジュエルの騎士甲冑が目立つのか、女の一人がヒソヒソと男に耳打ちをしていた。


 厄介事が増えるようだが、ジュエルは有名になる事も必要だと言う。最短でSランクまで駆け上がるには、そうした周囲の評価も力になるらしい。バッシが五年という、長いようであっという間の期限に思いを馳せていると、今晩のメニューが大皿に盛られてやって来た。


 ドン、ドンッと置かれる大皿には、ガラム肉の丸焼きと、ローストされた根野菜。もう一つの皿には、宿り木亭名物の自家製パスタの紅珠果肉あかだまソースがけが、山盛りにされていた。


 本来高級品のガラム肉だが、数羽だけ自分達用に取っておき、それを調理してもらう事にしたのだ。自分達が狩ったモンスターがどんな味か? それ次第では、今後も食べる為に狩るのも悪くない。


 リーダーたるジュエルが大振りのナイフとフォークで肉を切り分け、パスタを取り分ける。湯気の立つ皿からは、胃袋を刺激する匂いが立ち昇って、空きっ腹がグーッと鳴った。


「今日の糧を神に感謝して……」


 ジュエルが手を組むと、他の二人も手を組み、神に祈りを捧げ出した。無信心なバッシは素早くフォークを掴むと、ガラム肉にぶっ刺して口に運ぶ。


 流石に一番美味い時期というだけあって、噛みしめる肉からは肉汁が染み出てくる。よく焼かれた皮はパリパリで、ジューシーな肉とのコントラストが絶妙だった。さらに味わった事の無い風味の香辛料が、舌を刺激する。


「おお、黒スリの実がかけてあるじゃないか、高価な香辛料だが、さすが肉に良く合うな」


 とジュエルがつぶやく、なるほど、このピリピリは黒スリの実と言うのか、それと岩塩だけでとても贅沢な味になるな。


 ガラム肉を飲み込むと、名物のパスタに取り掛かる。短く太めのカールした黄色いパスタに、ひき肉タップリの酸味の効いたソースがかかり、見るからに食欲をそそった。


 それを数本フォークに刺すと、ソースを良く絡めて口に運ぶ。モッチリと歯触りの良いパスタは風味良く、程よく粗みじんに切られたひき肉のソースと良く合って……〝美味い!〟


「これは、とても美味しいですね、紅珠果肉あかだまソースに何か入っていて、とってもクリーミーな味に仕上がってます」


 無言でパスタを頬張るバッシを見ながら、リロが分析する。美味いものは美味い、としか感じないバッシが感心していると、


「分かるかい? お嬢さん、それには毛長山羊の乳から作った生クリームが入っているのさ。新鮮だから食べやすいだろ?」


 厨房から出て来た宿の親父さんが、赤ワインの瓶をテーブルに置くと、


「ガラム肉を沢山もらったから、これはサービスだよ。隣の村でとれた新しいワインだ。高級ではないが、ガラム肉料理にはピッタリなんだ」


 と言うと、グラスを取り出して注いでくれる。自分の分も一杯注ぐと、


「うん、今年の赤は良質だな、出来たてはジュースみたいだが、これはこれで……」


 と肥えた腹をさすりながら舌鼓を打つ。すると奥の方から、


「お前さん! 次の注文が入ってるよ! 何油売ってんだい!」


 という女将さんの怒鳴り声に「お〜、怖っ!」と首をすくめて厨房に戻って行った。バッシたちは笑いながら貰ったワインを飲む。確かに若くて渋みも少ない味だったが、搾りたて感の爽やかな香りが、肉肉しい料理と合う。口の中を洗い流して、サッパリすると、更に食欲が増進した。


「とうとう地下通路のモンスターに討伐隊が組まれるらしいな」


 骨付きのガラム肉を手掴みで食べていると、隣のテーブルから聞くとは無しに声が聞こえてくる。その男の声に反応して、


「そうそう、Bランクパーティー〝帯電棘棘スパーク・スパイクス〟を筆頭に、Cランクパーティーを二組引き連れて、総勢二十名程で向かうらしいわね」


「そんなに? 確かにここ数日の被害は凄いけど、やけに大仰な対応だな」


「それがどこぞの兵士団が、腕試しとか言って向かったらしいのよ。ところが音信不通になって、ギルドに圧力がかかったらしいわ」


「うえ〜っ、これだから素人は困るんだよ、地上戦と迷宮攻略は別物だっての。それにしてもこの国のギルドに圧力を掛けれるって……」


 どうやら〝豊穣なる地下通路〟に巣くったユニーク・モンスターの話らしい。彼らの話では、10日後に攻略にかかるらしかった。


『結構悠長だな』


 とバッシが思っていると、同じ事を考えたのだろう、メンバーの一人が同じ疑問を口にする。その答えを聞くに、各個バラバラのパーティーが団体行動を取る為には、最低でも2・3回は迷宮に潜って予行演習をしなければならないらしい。


「おい、バッシ聞いてるのか?」


 ジュエルの声に、


「ごめん」


 とつぶやくと、


「全く、いいか、明日は報酬を受け取ってから、私達はこれからの為の情報収集をするから、貴方は掲示板からモンスター討伐の依頼を取って来てくれ。Dランクへの有名な討伐ノルマであるゴブリンならば、幾つかの依頼があると思う。何せ奴らは数が多いからな」


 と言うと、フォークに刺したパスタを口に入れた。バッシはあらかた食べ終わったガラムの骨を、骨入れの壷に放り込むと、ジュエルが更に肉を切り分ける。


 その晩は、久しぶりに飲むワインの微かな酔いと共に、楽しい晩餐となった。迷宮探索の順調な滑り出しに、気が大きくなったのもあるだろう。宿り木亭のオヤジさんが加わって、更にワインが開けられ、隣のパーティーを巻き込んで歌い出したのを、誰も止められなかったのも大きかった。


 騒ぐ皆を遠目に見ながら、女将さんがため息をつくと、


「やれやれ、しょうがないねぇ」


 と呆れた声を上げつつも笑顔を見せ、娘と共に後片付けを始めた。

 中々良い宿だ、お気に入りの拠点を紹介してくれたマンプルにお礼を言おう。そう思いながら、バッシも分からないながらデタラメな歌詞で、歌に参戦した。





 *****





 翌朝、鎧戸の隙間から射し込む強烈な日差しが目を刺す頃、バッシの隣では半裸状態のウーシアが左腕に絡まるように寝ていた。腹が冷えない様に服を延ばしてやると、


「もう食べれないワンウ」


 と言いながら、ゴロリともたれかかる。相変わらず大きな胸がバッシの上腕に押し付けられ、手のひらを股に挟み込まれる。


「おはようございます、わっ! 凄い寝相ですね」


 リロがベッドから上半身を上げると、ウーシアを覗き込んで驚く。ピクンと反応したバッシの体動に、


「う〜ん……おはようだワン」


 髪の毛をピンピンと跳ねさせたウーシアが起きると、そのまま床にボーッと座り込んだ。ベッドにはジュエルは居らず、既に部屋を出ているらしい。


 〝ブンッ! ブンッ!〟


 という物音に鎧戸を上げると、中庭でメイスを振るう彼女の姿があった。隣には昨日一緒に飲んでいた冒険者の男ーーそう言えば同じメイス使いと言っていたーーがいて、冒険者流の戦い方を教わる約束をしていたのを思い出す。


 バッシが暫く見ていると、その意図が見えてきた。狭いダンジョンの中で、如何に少ない振りで遠心力を得るか、時折突きなども折り込みつつ、隙を作らない戦い方のようだ。

 騎士団では主に剣を扱っていたジュエルは、メイスとなると振り回すばかりだったから勝手が違うらしい。だが、元々のポテンシャルの高い彼女は、上から見ているだけでも見る間にその戦法を物にしていった。


「そろそろ朝ごはんをいただきに行きましょうか」


 支度を整えたリロの言葉に、ウーシアも洗面器で髪を整えると、


「お腹ペコペコだワン!」


 と、元気にバッシの袖を引っ張った。寝起きに「もう食べられない」と言ってなかったか? という突っ込みを飲み込んだバッシが、


「朝ごはん、食べる」


 と返す。空腹を思い出すと、途端に腹が〝グーッ〟と鳴った。分かり易い反応にリロとウーシアが喜びながら、食堂に降りて行く。


 今日は予備日として、ギルドで報酬を得たら依頼を受けて、それに備えて買い出しなどの準備をする予定だ。


 眩しい日差しを体一杯に浴びたバッシは、大きく伸びをしてから階段を降りる。腰の大剣の重みも心なしか軽い、良き一日の始まりに、心も軽く弾んでいた。

1銀=千円位、100銀貨=1金貨、10銅貨=1銀貨。貨幣単位前作と一緒(^◇^;)

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