ガラムの迷宮
ガラムの迷宮内は鍾乳洞になっており、湿潤した空気が体が重くのしかかった。元々天然の洞窟に魔素が溜まり、自然発生的に迷宮化したここは、かなり広々とした空間を持っている。
しばらく進んで行くと、鉄の杭で止められた鎖に、
〝この先モンスター頻出注意〟
と書かれた看板がぶら下がっていた。迷宮にしてはどこか長閑な風景。多くの冒険者が立ち入り、それほど特別な場所では無くなったための、一般人に対する配慮だろうか? バッシ達はその鎖をまたぐと、更に傾斜のきつくなった道を進んで行った。
ガラムは洞窟のいたる所、袋小路状になった天井に集団で生息している。もし不用意に一羽を射殺そうものなら、何百、何千羽の同胞が報復のために群がるという。
だから数羽づつ引き寄せて捕獲する必要があった。丁度他のパーティーが、煙缶を焚いてガラムをおびき寄せようとしている。いい機会なので、熟練パーティーらしき彼らの手腕を見せてもらう事にした。
煙缶では、ガラムの好む香木のチップが焚かれており、その煙に惹かれるように、慎重に火加減を調整している。
煙がうすいとなんの反応も引き出せないし、濃すぎると、手に負えない量のガラムに囲まれる事になるのだ。
彼らはこの作業に熟練しているのだろう、少しづつ煙を送りこんでは、後陣の射手が素早く飛んでくるガラムを仕留めている。瞬く間に十数羽のガラムを手に入れた彼らは、手早く足を括り付けて血抜きを済ますと、十羽一束にして、別の狩場に移動して行った。
「あの一束で丁度依頼達成分の精肉が取れるワン。もう少し奥に、誰も居ないスポットが有るから行ってみるワンウ」
鼻を効かせたウーシアが先導する。犬人族である彼女の鼻は、こんな時とても重宝する。何の変哲もない地下洞窟と変わらないようガラム迷宮でも、半異界と言われるダンジョンである事には変わり無い。数は少ないが他のモンスターも出没するから、そちらの警戒に気を回せるのも有難かった。
モンスターの気配をなるべく避けて、目指すガラムが沢山生息する行き止まりに辿り着くと、道具屋で購入していた煙缶の木炭棚にリロが火を点けて、側面に設えられた小さなふいごをふかす。
シュッシュッと煙を上げたリロは、霊剣を照準にスリングを構えるウーシアを見た。ウーシアが一つ頷くと、ガラムの群れに向かってシューッと長く煙をふかす。
即座に反応した五羽のガラムが滑るように飛来する。どうやら少し煙を出し過ぎたらしい。慌ててタンたんを持ち直すリロをおいて、ウーシアが射程距離に入ったガラムに向かって、遠心力ののった石を投擲した。
バッシもすかさず鎌鉈を投擲して、ほぼ同時に二羽のガラムを仕留めると、後ろから火柱が伸びて、残りのガラム達を瞬殺する。リロが咄嗟に放った火魔法だ。
「すみません、少し煙を出し過ぎました」
タンたんを胸に抱えたリロが謝る。地面に落ちた三羽のガラムは一瞬で炭化しており、売り物にならなくなっていた。
鎌鉈を受けたガラムの首を刎ねたバッシは、足を持って血抜きを始める。大人の太もも程もある胴体は、鳥類系モンスターにしては重く、血抜きにも時間がかかった。
地面に落ちた首を見るとは無しに見ると、鋭い嘴の上にある目が早くも濁り出している。
そしてウーシアの仕留めたガラムも拾い、その首を刎ね、血抜きをしたものを紐で束ねた。
「最初、仕方ない」
肉を背負いながら、リロの背中を押すと、
「さあ、次に行くぞ!」
とジュエルも先を促した。それを受けたリロが煙缶を構えると、力強く頷く。
「同じ所で狩りを続けるのは危ないワン、次のポイントに移動するワンウ」
霊剣を構えたウーシアが慎重に移動をはじめる。健脚な彼女は、起伏に富んだ地形もトントントンッと軽く駆け上がると、四方に鼻を効かせて、
「こっちだワン!」
と幾つかに別れる通路の一つを指し示した。曲がり角の壁には、これまで数多の冒険者が付けたであろう目印が散在していたが、不思議に発光する文字で、
〝注意一秒、怪我一生〟
と記された落書きが大きく目立っている。その目印を左折した所から、更に十分ほど歩き続けた袋小路の天井に、鈴なりに羽を休めるガラムの群れがいた。
「今度こそ、上手くやります」
決意を新たに火を点けたリロが、煙缶からポフッ、ポフッと煙を上げる。しばらくすると、誘惑されたかのように、一匹のガラムが滑空してきた。
それを逃すウーシアではない。霊剣の感度も鋭く、狙いすました石がガラムの顔面を捉えると、頭が半分吹き飛んだ。
すかさず拾い上げると、これも首を掻っ捌いて血抜きをしながら、リロに拳を見せる。それに習って小さな拳を上げるリロ。その後コツを掴んだリロは、まるで煙缶名人のように自在に煙を扱って、皆に最適な獲物を提供し続けた。
二刻ほど後、十羽一束にしたガラム紐を三本肩に掛けたバッシは、途中で見つけた糞土の採取場所に向かう。
「モンスターが居るワン、それも複数。あと何者かが戦っているワン!」
途中でウーシアが警告して、
「ここで待ってるワンウ」
とメンバーを止めて、一人で先を見に行った。暫くして戻ってきた彼女は、
「この先で冒険者が襲撃されてるワン、どうやらガラムの群れを怒らせたらしいワン。こっちは辞めた方が良いワンウ」
と言ってきた。少し待ってる間にも、ガラムの群れが騒ぎ立てている鳴き声が響いてくる。どうやら狩りに失敗したパーティーが居るらしい。
こうなったら、想定していた糞土の採取場所は諦めるしかないと切り替えて、もう一つの候補地に向かう。その途中で小休止を取る事にした。
リロの鞄から、ジュエルのおばさんにもらったホウジ・ナッツとメンド豆を取り出し、ボリボリと咀嚼する。とてもじゃないが、乾燥した豆は、水分が無いと飲み込む事が出来ない。同じくリロの鞄から、今朝汲みたての井戸水の詰まった水袋を取り出すと、皆で回し飲んだ。
メンド豆は水分を含むと、急激に膨れ上がる。ホウジ・ナッツも最高級品らしく、良い香りと深い味わいがした。
少しの豆で胃袋を満たしたバッシ達は、残る依頼の糞土を求めて先を急いだ。
「こんなもんか」
大量の糞土を前にしたバッシが呟く。長年に渡って堆積してきた糞土は、乾燥して岩塊のように固まっていた。他の冒険者が掘削した跡を辿って下りると、適当な塊に大剣の刃を当てて見当を付ける。
経験から大体の量と重さを割り出すと「ふんっ!」気合一発、糞土を切り裂いて、大きなブロック状に切り出していく。
流石に改良されただけあって、以前とは比べ物にならない切れ味を見せる大剣。それを見守るジュエルが、
「ああ……双槌紋の名剣が……」
と残念そうに呟いたが、道具は使ってこそ価値がある。バッシはその切れ味に満足すると、剣身を見上げた。これだけ硬い物を切っても刃こぼれ一つ、一片の汚れも見せない剣は、以前と同じく青く澄んでいる。その姿に満足して腰の鞘にしまうと、切り崩した土塊を臭袋に入れて行った。
歪に膨れ上がった袋には、頑丈な背負い紐が付いている。それを見たリロが、
「魔法の鞄に入れましょう」
と提案してくれたが、食べ物の入った鞄に糞を詰めるのは、流石に抵抗があった。丁重に断ると、腰に乗せた袋を一気に担ぎ上げる。皆の「おおっ!」という感嘆の声を聞きながら、
「依頼達成、帰る」
とバッシが告げると、
「そうだな、今からなら終業の時間までに街に戻れそうだ。よし、周囲を警戒しつつ、速やかに戻るぞ」
ジュエルが宣言しウーシアを見た。頼りになるスカウトは、委細承知とばかりにパーティーを先導する。そうして元来た道を進んでから半刻、出口近くの狭い空間に出た時、
「何者かが潜んでいるワン、これはモンスターじゃない、人間だワンウ」
ウーシアが小さな声で警告を発した。バッシにも空間の外に詰めた人間の気配が感じられる。どうやら複数人が息を詰めて、待ち伏せしている様だ。
『ハイエナか?』
咄嗟に冒険者を食い物にする冒険者の事を想起する。仲間内から毛嫌いされながら、いつの時代も存在し続ける厄介者達。
その時、足元に濃密な白い煙が流れて来ると、一瞬にして狭い空間を侵食していったーー
*****
「やったか?」
煙缶から気絶煙を放射させた男が呟く。この手口で気絶しなかった奴はいない。大胆に小空間に足を踏み入れた仲間達を追って、悠然と歩を進めた男は、最初にバッシ達がガラム狩の参考にしていた、熟練パーティーのリーダーだった。
今回の獲物は金目の物をタップリと装備した甘ちゃん騎士と、奴隷商に高値で売れそうな少女達、更には女騎士も顔次第では高値が付きそうだ。木偶の坊は取り敢えず殺すとして、分け前をどう分配しようか? そんな事を考えながら進んだ先に、青く輝く塊を発見した。
「親分、何だか光ってるんだが、どうしやしょう?」
今だに煙る中、マスクをして先行していた男が振り向きながら聞いてくる。それに答えようともう一度光の方を見つめると、青い光の中から複雑な紋様の魔法陣が現れた。
その直後、ユラユラと揺らめく火が七本現れると、その内の一本に誘い込まれるように、意識が固定されていく。
見つめる内に頭が働かなくなって来た。それと同時に母親の胎内にいる様な温もりと安心感に包まれる。
目を閉じると、立っている事が出来なくなりーー強烈な睡魔に襲われると、知らぬ間に体を横たえた男は、洞窟の床に丸くなる。その周囲には、同様に丸くなる仲間達が幸せそうに寝息を立て始めていた。
*****
「これで良し!」
〝注意一秒、怪我一生〟
の落書きまで戻ったバッシ達は、ハイエナ共の持ち物から取り出した拘束用の縄と、隷属の首輪を取り出すと、スヤスヤと眠る男達に嵌めて、一際太い鍾乳石を囲むように縛り付けた。
「見事だったぞ、リロ」
縛られても眠り続けるハイエナ共を見て、満足気なジュエルが声を掛ける。言われたリロは、
「煙はジュエルの守護結界で助かりました。それにマンプルさんを参考に、対人戦の魔法をイメージし続けたおかげです。傷付けないで対処すれば良い、そのための魔法もこの子には記録されていますから」
と言うと、タンたんを掲げた。少し自慢気に発光したタンたんは、パラパラとページをめくると、
〝P13、催眠幻火〟
と書かれたページを誇示する。それをしげしげと見つめたバッシが、
「タンたん、凄い!」
と褒め称えると、バシッとはたかれて、リロの胸元へ飛び去ってしまった。何故はたかれたのか? よく分からずに困惑していると、
「そんなに照れなくても良いのに、でもありがとうございます。この子も凄く喜んでいます」
とリロが満面の笑顔を放つ。どうやら一つの課題を克服して、また一歩成長したらしい。晴れやかな顔を見ていると、バッシも嬉しくなって来た。
「さて、引き上げるぞ! 日が暮れるまでに街に着きたいからな」
ジュエルの言葉に皆が頷くと、ハイエナ達をその場に残して迷宮を後にしたーー
ーー翌日、通報を受けて派遣されたギルド調査員達は、幸せそうに眠るハイエナ達を無事連行したらしい。これが初心者向けのガラムの迷宮内でなかったら、とっくに命は無かっただろう。この一件が知れ渡ってから、めっきりバッシ達を狙うハイエナ共はなりを潜める事になった。