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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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残念嬢とSランク

 翌朝、時間を惜しんだマンプル達は、故郷にかけられた呪いを解く準備のために出かけて行った。約二週間後にアルフアベドに迎えに来るらしく、合流して故郷の森林地帯に出発すると約束して。

 その間暇になったバッシ達は、ギルドの依頼を受けようと、始業の鐘を待って巨大掲示板の前に来ていた。


 ごく一部では有名になりつつあるが、まだまだ無名なバッシ達には、それ程おいしい依頼というものは無い。ギルド側からしてもお試し期間といった感覚だろうか、ネウロゲシアの大量討伐や、ジュエルが神殿騎士である事から注目はされているが、特別扱いまでには至ってはいない。


 Eランクパーティーは、細かい依頼を積み重ねて行くか、大きな功績をあげる事でDランクに昇格する事が出来る。そこから先は、難関と呼ばれるCランクの壁があり、それを突破出来れば〝一線級メジャー〟と呼ばれる、社会的地位も発生する階級に所属できるのだ。


 〝二線級マイナー〟クラスが依頼を受けるには、掲示板に貼られた依頼を受けるしかない。それなりに名の知れたパーティーや、独自のコネがれば、指名依頼やギルドからの直接依頼を受ける事もあるが、現時点ではそのどれも縁遠かった。


 つまり、朝のラッシュに揉まれながら、少数のめぼしい依頼を奪取せねばならない。怒号飛び交う大男の集団を前に、ウーシアとリロに荷物を託したバッシとジュエルは、顔を見合わせると、一つ頷いてから掲示板に行進していった。巨体のバッシは、殺到する男どもの隙間に体をねじ込んで、力任せに押しのけ通る。


 飛び交う肘や拳を避け、その腕を遠くに送りやって更に進むと、目指す依頼書に手が届いた。

 残りあと一枚、サッと手を出してくる男の手を払いながら、返す刀で依頼書をかっさらう。


 バッシとて伊達にFランク依頼を積み重ねて来た訳では無い。ここで取るか取られるかは、底辺冒険者にとっての死活問題だ。こうした事が原因のトラブルも多く、ギルド内での刃傷沙汰はご法度だが、一歩外に出ると何でもあり、ほんの些細ないざこざから、命の取り合いになる事もざらである。


 それだけに、刃向かう奴には冷徹な態度を取らなくてはならない。現に今手を払った男が睨みつけて来るので、見えない所で胸ぐらを掴んだバッシが、


「文句、あるか?」


 と優しく尋ねた。こうしておけば、大概は問題無く事がすすむ。現に目の前の男も目を逸らすと、


「ねえ……よ」


 と俯き加減で呟いてくれる。バッシは満足すると、男の服をのばしてやってから、人混みを抜け出した。


「バッシはどう? お目当ての依頼は取れた?」


 得意気に腰に手をやるジュエルが、一枚の依頼書をヒラヒラさせながら聞いてくる。どうやら彼女もお目当ての依頼を取れたらしい。バッシも依頼書を見せると、


「やるじゃない、じゃあ早速依頼を受けましょう」


 といって、カウンターに赴いた。今日の受付嬢は、栗毛の可愛らしい小柄な女性である。


「こんにちは、この二件を受けたいんだけど?」


 ジュエルが彼女の目の前に二枚の依頼書を差し出すと、


「うわっ! 来たっ! エアリース姉様から聞いてたけど、本当に立派な女騎士様だわん」


 陶然とした表情の彼女は、とろけるような視線をジュエルに向けると、誘われるように依頼書の上にのった手甲を握ってきた。怪訝な表情のジュエルが、


「あの〜、依頼書なんだけど?」


 と告げると、ハッとした受付嬢が、


「あっ! あのっ! わたくしエルルエルと申しますっ、以後よろしくお願いします!」


 と言って、掻っ攫うように依頼書を受け取ると、真っ赤にうつむいて作業し出した。


「さっき言っていたエアリースって、リザリアの受付嬢のエアリースさんの事ですか?」


 と聞くリロに、ギラッと目線を送ったエルルエルは、


「はいっ! わが同志エアリース姉様からお話は伺っております。今後はこの私、エルルエルがジュエル様の専属受付嬢として頑張らせていただきますっ!」


 手を止めて、敬礼を送りながら宣言した。受付に専属も何も無いはずだが、新しい制度でも始まったのか? と思っていると、


「こら! エルル! 専属なんて制度はギルドのどこにもないぞ!」


 と後ろのほうから叱責が飛んでくる。見ると、小人族らしき男性が腕を組んで、エルルエルを睨み付けていた。


『やっぱり』


 と思ってエルルエルを見ると、首をすくめて、


「すみませんギルド長、ほんの冗談です」


 と言って頭を下げた。


「全く、エアリースといい、己の特殊性癖を職場に持ち込むなど、言語同断! ほら、後ろに列が出来てるぞ、早く事務処理せんか!」


 高音ながら、不思議と威厳のある声で叱責する小人のギルド長。小さな口ひげがクリンとカールして、喋る度にフリフリと揺れており、ウーシアがじゃれつきたそうな目で、ウズウズしているのが分かった。


「貴方がアルフアベドのギルド長、あの〝突然死サドン・デス〟のハムスさんですか?」


 ジュエルは彼の事を知っている様で、ギルド長に話し掛ける。それを聞いて少しこちらに近づいて来た彼は、


「これはこれは、懐かしい名前で呼んでくれるねぇ。確かに私がハムスだ、ここのギルド長をしている。以後お見知りおきを」


 と言ってバッシ達を見回した。何かを言おうとしたバッシに、


「君達の事は聞いているよ、だが今は一番忙しい時間帯、堅苦しい挨拶は抜きだ。さあエルルエル、早く仕事をしなさい」


 と言って、手を振って去って行ってしまった。言われたエルルエルは安堵のため息を吐き出すと、


「それでは、こちらのガラムの生鮮肉10kg募集の依頼と、ガラムの糞土100kg募集の依頼で宜しいですね? それぞれ金額はこちらになります。ご確認下さい」


 と言って、何度も使い回されているらしい羊皮紙の、金額に関する部分を指し示す。それぞれ肉が10kgで30銀、それ以降1kg増える毎に2.5銀が追加される。そして糞土は、品質によって左右されるが、良く発酵した良質糞土で100kgで20銀、それ以上は10kg毎に1.5〜2銀で買い取るとの事。


 それぞれ精肉店と糞土商店に直卸、ギルドに報告してそこで報酬を得ることが出来る仕組みだ。


「こちらが糞土用の袋になります、一応200kgまで対応できますが、お一つで宜しいですか?」


 と聞かれて、大きく頷いた。リロやウーシアには重さ的に無理だし、聖騎士を目指しているジュエルに糞を担がせる訳にはいかない。これは話し合いの末に、バッシが譲らずに決めた事だった。


 良く発酵したガラム糞土は、農耕用の最良質の栄養土として重宝される。以前は他の迷宮で300kg程担いで帰った事もある。それに比べれば200kgなど軽いものだ。


「期限は三日以内となりますが、生鮮肉の場合死後一日以内の納品となりますので、気を付けて下さいね。依頼未達成に関するペナルティーは発生しない事案になりますが、その際にはギルドへの報告が必要となります。では健闘を祈りますわジュエル様」


 再度ジュエルをウットリと見つめたエルルエルが、名残惜しそうに手を振る。それを複雑な顔で見ていたバッシ達は、早速依頼を達成するためにギルドを後にした。

 それにしてもジュエルは同性にモテるな……そう思っていると、


「ハ〜、どうもあの手のタイプは、正直疲れるな。だがSランクに駆け上がる為には、ギルド内部との繋がりもばかにならない。利用できるツテは最大限に使わないとな」


 と呟くジュエル、なるほどそんなもんかと思ってカウンターの彼女を見ると、次の冒険者が居るにも関わらず、ジュエルの背中に手を振り続けていた。


『なんだか報われ無いなぁ』


 と思うバッシの心に憐れみが生まれ、少し応援したくなる。まあ応援と言っても、何を応援して良いやら分からなかったが。


「先程のギルド長、ジュエルは知っているのですか?」


 とリロが質問した。バッシも気になっていたのだ、確か……


突然死サドン・デスのハムスか? まあこの国では一番有名な冒険者の一人だろうな。小人族ながら、魔短剣の使い手として知られる彼は、魔法かスキルか不明ながら、どんな相手も瞬殺する事で有名だ。その力は勇者にも匹敵すると噂される程だが、戦闘よりもスカウトとしての腕を誇る、生粋の迷宮型冒険者として知られている。有名な迷宮を幾つも攻略して、その栄誉を讃えられて領主になったアルフアベド伯の相棒だ」


 ジュエルがその知識を披露する。因みにSランク冒険者の功績を調べていた時に知ったらしい。つまりは彼らとその仲間こそ、近年この国でSランクに認定された、唯一のパーティーであり、個人としてもアルフアベド伯と彼のみがSランクに認定されているらしい。


「俺達も、頑張る」


 使い古されて、強烈な臭いを放つ袋を掲げたバッシを、皆が頼もし気に見つめると、大きく頷いた。バッシは豚の刺青も誇らしい腕を曲げると、力こぶを作ってペシペシと叩く。


 それを喜んだウーシアも飛び上がりながらペシペシと叩くと、まるで縁起物でもあるかのように、他の二人も叩いた。

 彫りたてで少ししみる痛みも、バッシには何だか晴れがましい。先ずは一歩、進み始めた事に感謝して、目先の依頼をこなす事だ。


 決意も新たに臭袋を腰にくくりつけたバッシは、意気揚々とガラムの迷宮に向かった。





 *****





 ガラムの迷宮には、初心者クラスのパーティーが集うようにたむろしていた。その中でも立派な騎士甲冑を身に纏うジュエルは、一際異彩を放っている。中には、


「ご立派な騎士様がこんな所に何の用だい?」


 などと絡んでくる輩もいたが、大抵はバッシの一睨みで踵を返して去って行った。彼らとて、余計な事をしている余裕は無いのだ。ここで儲けられなければ冒険者廃業、故里を後にしてきた若者は路頭に迷う事になる。


 厄介なのは遠巻きにこちらを観察する者達の方で、ねっとりと絡みつくような視線を感じて振り向いても、素知らぬふりを装っていた。だがまた暫くすると視線が絡みついてくる。


 冒険者の中には、同業者を専門に食い物にする、ハイエナと呼ばれる連中も居るので、常に余力を保っておかねば足元をすくわれる事にもなりかねない。


 そんな油断のならない真剣勝負の場で、迷宮初心者のジュエルとリロはほんのりと頬を上気させて、気合の入った顔をしていた。対照的に、もっとも迷宮に慣れているウーシアは、装備品や荷物の整理をしながら、落ち着いて見える。普段一番うるさい彼女からは想像も出来ないほど、意図的に平常心を保っているように見えた。


 バッシも心の高ぶりを抑えると、何時ものようにお茶を入れる。コーデュラスという香草を数本入れただけの白湯だが、柑橘類に似た香りが、心にゆとりをもたらしてくれた。


 他のメンバーにも配って、一休みすると、飲み干した鍋やコップを片付ける。


「それじゃ行くぞ。アルフアベドでの初迷宮、この街で軌道に乗れば、あっという間にCランクまで駆け上がれる。今日はそれを占う大切な初日だ。仕入れた情報をフル活用して、依頼を達成させよう」


 ジュエルがレッドホーンの盾を掲げると、俺達は声を合わせて「おう!」「おー」「おうだワン!」と気合の掛け声を上げた。


 隣に居たリロの手元では、タンたんがページをパラパラさせて〝お〟〝う〟のページを開くと、また胸元にすっぽりと収まる。

 律儀な奴と思っていると、恥ずかし気に背表紙を向けて、リロの腕に潜り込んだ。


 ひとまずは急な上り坂を一刻ほど登り切って、そこから迷宮の入り口が始まる。最早いつモンスターが現れてもおかしくない位置に立っている事を意識して、周囲を警戒しながらウーシアが先行して行った。


 ガラム狩りに集中しようと、バッシは今回主に活躍するであろう鎌鉈を確認すると、中天にさしかかる太陽を浴びながら、目の前にそびえる山を登り始めた。

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