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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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アルフアベドの豚戦士

 冒険者の街アルフアベド、周囲に〝迷宮ダンジョン〟と呼ばれる半異界が点在するこの街には、大陸有数の大規模冒険者ギルド支部が存在していた。

 そのため街は、歓楽街や、迷宮で入手された魔道具、魔石などを商う商店、冒険者の武器、防具などを扱う店や、それを製造、修繕する職人街など、冒険者のもたらす富を元に賑わいを見せている。


 街の統治者である領主も元冒険者の成り上がりという、筋金入りの冒険者の街。その職人街の一角、入り組んだ裏路地の店内に、バッシは上半身裸で、ポコを読み耽りながらうつ伏せに寝転んでいた。


「そいつぁそんなに面白いのかい?」


 とバッシの左上腕に彫られた、偽造ライセンスの刺青を消す作業をしている女が尋ねる。ちょうど魔法印の刺青や、その効能について開かれたページを見て、


「なかなか詳しく書いてあるじゃないか、後で見せとくれ」


 と言うと口角を上げた。大型の魔具に取り付けられた焼失管を慎重に扱いながら、ひっつめ髪の長身細身の女が作業を続ける。その全身には、白眼にまで隙間が無いほど刺青が彫られ、まるでそんな模様の生き物で有るかのように、一種異様な美を醸し出していた。ちなみに歯の一本一本にまで模様が彫られている。


 ここはマンプルに教えてもらった、ギルド証を扱う彫り師〝ご意見番〟アンナの仕事部屋。バッシの偽造証を一目見た彼女は、


「ほう、中々上手く彫れているじゃないか、これなら地方ギルドの鑑定士位なら誤魔化せるだろうね。もっともこの街の本式魔法印使いには通じないよ。私の所に来たのは正解だ、マンプルちゃんに感謝しな」


 と言いながら、除去するための方策や、その後に入れる新規ライセンスのための刺青の種類などを、早速検討し出した。

 お金さえ積めば、即日中にも完成するらしい。そのための資金も全て、龍眼石半分の対価として、ストゥープスが受け持ってくれている。


 今は、依頼達成報告と、ジュエル達の移転登録をしに、皆で冒険者ギルドに行っている。バッシは、どうせ正規ライセンスの無いから行っても仕方ないと、一人で彫り師の所に預けられていた。


「よし! これで元のインチキ・ライセンスは焼失したよ、後は正規のライセンスを彫るだけだが、ついでに何か付与印を彫る気は無いかい?」


 高温に熱せられた管を慎重に置きながら、分厚いグローブを脱いだアンナが問う。


「付与?」


「そう、付与効果のある魔法印をライセンスの周囲に彫るのが、今の主流さ。金の無い駆け出しならともかく、マンプルちゃんからたんまりいただいてるからねぇ。特別サービスで一丁彫ってやるよ」


 と言うと、自分の体に彫られた刺青を見せながら、各印の効能を説明しだした。


 左肩に彫られた蛇の紋様は知恵を表し、知力を上げる効果をもたらす。


 右手のひらに彫られた大猿の紋様は、力を上げる効果をもたらす。


 下腹部に彫られた狼の紋様は、仲間内の絆を増す効果をもたらす。


 そして前頭部に彫られた亀の紋様は、魔法耐性を増す効果をもたらす……らしい。


「まあ、今すぐ彫るってんなら、こんなもんかな? 後は運気上昇や恋愛成就、金運アップのための特別な彫り物もあるが、別途料金が発生するよ」


 どれも微々たる効能しかないが、それでもお守り的な人気があるらしい。そんな中で、彼女の肩に彫られた紋様に目を付けたバッシが、


「それは?」


 と尋ねると、


「これかい? ああ、これも魔法印の一種さ。まあ冒険者なんぞには関係ない効能だけどね。興味あるのかい?」


 薄っすらと笑ったアンナがその効能を教えてくれた。何故かそれを気に入ったバッシは、早速その図柄を刺青ライセンスの周りに彫り込んでもらう事にする。




「できたよ」


 満足気な顔で肩を見るアンナが、出来上がったばかりの刺青を拭う。

 壁に掛けられた姿見を指し示されて振り向くと、そこに映る左上腕には、Fランクを示す一本槍のギルド・ライセンスと、周囲を囲む豚の刺青が彫り込まれていた。


 豚の魔法印、それは〝子孫繁栄、家内安全〟の効能があるらしい。


「解釈によっちゃ富の象徴とも言えるからね、商人なんかにゃ人気がある図柄なんだが。冒険者に彫ったのは初めてさ」


 ガハハと笑いながら、アンナが満足そうに煙草をくゆらせた。

 バッシは彫られた豚の刺青を見て、その出来映えに感服する。沢山のおっぱいを持つ母豚と、それに群がる子豚達。その安らかな顔を見ていると、なんとなく未来が明るく開けているようだ。


 早速ポコを借りて音読しているアンナの手を取り、


「すごい! ありがとう」


 と何度も振った。びっくりしていたアンナも気持ちを察したのか、目を細めながら、うん、うん、と首を振って、満足気に微笑む。


 こうして豚の加護を得た巨人戦士が、冒険者の街に誕生した。早く登録し直して、沢山の依頼をこなし、ジュエルの夢を叶えてやろう。バッシは浮き立つ気持ちを抑え、見送るアンナに手を振りながら、夕暮れ迫る職人街を後にした。





 *****





 依頼完了の報告を済ませたジュエル達は、そのままギルド内にある酒場に腰を据えて、周囲の冒険者達から情報収集をしていた。

 彼らの噂は早いもので、神託を受けた神殿騎士の情報は、アルフアベドの地にも既に届いていた。そのため、放っておいても新顔を見ようとやって来た古株と話す機会が出来る。


 そんな中で、新人冒険者が挑む最初の迷宮としては〝ガラムの迷宮〟と呼ばれるものが適している事、そして最近冒険者達を食い物にするユニーク・モンスターが〝豊穣なる地下通路〟と呼ばれる迷宮に出没している事が分かった。


 〝ガラムの迷宮〟とは、アルフアベド近郊の大型迷宮で、ガラムと呼ばれる飛行モンスターが多数生息しているらしい。その肉には滋養効果があり、比較的採取依頼が多く出ている。また生息数が膨大な為、一向に減る気配も無いらしい。その分囲まれたら危険度は増し、それなりに過酷な依頼で、様々なテクニックを駆使する必要があるという。


 もう一方の〝豊穣なる地下通路〟とは、土が剥き出しの穴倉という印象の大トンネルだが、土の精が支配しており多くの迷宮と繋がっている。そのため冒険者が便利に使う通路型迷宮らしい。


 だが、最近になって、そこを通る冒険者が襲われる事例が急増しだした。中にはそれによって全滅したパーティーも居るとの事である。目撃情報によると、土魔法を操る巨大なモンスターが単体で出没しているらしい。それはユニーク・モンスターと呼ばれる、正体不明の個体だった。



「それにしても……豚か……」


 バッシの刺青を見たジュエルが絶句する。冒険者にとっては、外見も無用なトラブルを避ける為の重要な要素である。他のパーティーに舐められない様に、仰々しい彫り物を入れたり、揃いの紋様を入れて団結を示したりするものだが……バッシの腕に彫られたそれは、とても満足そうな笑顔で寝そべり、見ると思わず微笑ましくなる子沢山な母豚。


「さすがアンナ。美味そうな豚ちゃんを彫るニャア」


 マンプルは一人肉食獣的な発言をこぼして目を細める。


「いいだろ、これ」


 と胸を張るバッシに、


「かわいいワン! 豚さんだワンウ」


 ウーシアがピョンピョンと跳ねながら、上腕に飛びついて、真近でその柄を堪能した。


「家内安全……ですか。いずれ落ち着いた時に、良い家庭が持てると良いですねぇ……」


 少し無理やりに笑顔を作ったリロが告げる。その言葉に満足すると、


「登録、してくる」


 とバッシは意気揚々と冒険者ギルドのカウンターに向かった。


 流石に大陸有数の巨大ギルドである。長大なカウンターには、各部署ごとに沢山の職員が詰めており、そこに向かう冒険者にも、様々な人種、更には種を超越したほぼモンスターのような輩まで居る。


 その中には、丘巨人の血を引くバッシと、ためを張るほど長身な者もチラホラと見受けられた。バッシの向かった登録カウンターにも、真っ赤な皮膚を隠しもしない、オーガ種の男が書類作成を待って、肘をつきながらバッシを見ている。


「よう、兄ちゃん新人かい?」


 バッシの刺青を見たのだろう、ニヤリと笑った男の肩には、Dランクを示す三つ又槍(トライデント)紋様の刺青が彫られていた。その周囲には、力を示す大猿の魔法印が彫られている。


「プッ、お前の刺青は何だ? 豚! 豚って、ガッハッハッ」


 けっさくだな、と目に涙を浮かべて手を叩くと、隣の男に、


「見てみろよこいつの刺青、豚だぜ! 豚戦士かよ、ハッハッハッ、最高だろ」


 と言いながらそいつの肩を叩いた。言われた男も笑っている。


「いいだろう」


 と胸を張るバッシを見て、一瞬目をパチクリとした男は、またもや爆笑すると、


「ガッハッハ、お前最高だな! 俺はビクティニ、赤鬼ビクティニってんだ! よろしくな」


 と涙を拭った手で握手を求めた。


「バッシ」


 と言って大きな手を掴み握手を交わす。見ると背中からは長柄武器の太いグリップが生えていた。背負う得物は戦斧か? 使い込まれた木の柄が鈍く光る。


「ビクティニさん、Cランク昇格試験の登録が済みました。三日後の始業の鐘に、第二試技場にお越し下さい」


 と言う受付嬢の言葉に、


「おう、ありがとよ! これでいよいよ俺もCランクだ。あんたにも世話んなったな」


 と受付嬢から受付木札を受け取りながら、機嫌良く話し掛ける。冷たい印象の受付嬢は、


「受かったらよ、頑張りなさい」


 と少し笑いかけた。ビクティニはそれで満足したらしく、


「バッシも頑張りな!」


 と肩に手を置いて去って行く。


「次の方どうぞ」


 という声に、少しドキドキしながらカウンターに進んだバッシが、


「登録、頼む」


 と告げる。多分大丈夫だろうが、ここで断られたら元も子もない。


「初登録ですか? 魔法印を見せて下さい」


 と言うと、片眼鏡を装着して身を乗り出してきた。そしてカウンターに置いた上腕の刺青をつぶさに鑑定しだすと、


「これはアンナの作ね……ふむ、間違い無く魔法印が刻まれてるけど、ギルドからの依頼も無く彼女が彫った訳?」


 眼光鋭くバッシを見上げた。少しまごついたバッシが、


「知り合い、頼んだ」


 と呟くと、


「そう、確かにギルド理事でもある彼女には、新規登録の資格があるわ……けどこの刺青は……何か不自然ねぇ」


 疑わし気に刺青を見て、その表面を撫でる。


「焼失管の跡?……触感の違和感……」


 などとつぶやきながら、バッシの顔をジッと見た彼女は、


「まあいいわ〝ご意見番〟のアンナが認めたのは事実ですからね。では登録しますので、こちらに記載をお願いします」


 と、羊皮紙を取り出して来た。そこには名前や年齢などの他、戦士、魔法使い等の職業記載欄がある。

 バッシはポコを取り出して、それらを読解し、自分の字で記載した。いびつながら自力で書き上げたそれを見て、惚れ惚れとしていると、


「急いで下さい、後ろがつかえてますよ」


 と受付嬢が苦笑しながら告げた。後ろを振り向くと、苛立たし気に睨み付ける冒険者達。その後はあっさりと、至極当然の様に初期登録が済んだ。


 呆然と仲間達の元に戻るバッシに、


「どうした? 大丈夫だったか?」


 とジュエルが心配気に聞いてくる。その顔を見た途端、歓喜に胸が締め付けられたバッシは、


「登録、正規だっ!」


 と吠えながら、彼女を鎧ごと抱きしめた。嬉しさの余り力加減を誤るバッシに、


「分かった、分かった」


 と背中に手を回してなだめるジュエル、まだしつこく抱きしめていると、


「分かったっての!」


 と魔力を解放し、超力を発揮すると、足をかけてバッシの背中をギルドの床に叩きつけた。


 人生の門出は、こうして忘れられないものとなった。その後こんこんと受けたギルド職員からの説教とともに。

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