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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
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違約少女

 ウンドと呼ばれた男の大曲刀シャムシールは、目に見えない程素早かった。だが、それをことごとく退けるベイルの双剣技も達人の域に達している。


「どうどう〜? 僕の包丁、リディム君とバイブス君。あっ、右の子がリディム君だよ? でも君から見たら左だよ? アハハッ」


 ハイテンションなのは戦闘中も一緒で、左右の短剣を器用に操りながら、喋り続けている。

 一方無言のウンドは、しかし明らかに襲撃を阻止されて、殺意の対象をベイルに切り替えた。一撃一撃の鋭さが増し、衝撃波を伴って打ち込まれる曲刀は、受けるだけでも吹き飛ばされそうな勢いがある。


「おおっ! これが噂の死刃だね〜? 僕の包丁君達がヤバイヤバイって噂しているよ?」


 対するベイルの短剣も、徐々に光を持ち始める。そして双剣の間により濃密な魔光が滞留しだした。


 真後ろに回り込んだバッシは、ウンドの背中に一太刀みまう。だが後ろに目が有るかのように、瞬時に飛び上がられると、去り際に刃を浴びせかけられた。

 切っ先から発生する風が刃となって飛来する。それは鋼の剣に触れると、拡散するように掻き消えた。


 驚いた事に魔法を纏わせた一撃だったらしい。だが、大剣の破魔の効果に相手も驚いたのだろう、布に覆われた目だけが、大きく見開かれた。


 落下点に向かって突きを放つが、空中で足をトンッ とつくと、更なる高みへと跳躍されてしまう。


「ウンドは風使いさ〜、刃も飛ばすけど、自分も飛ばすんだよね〜」


 ベイルが更なる落下点に向かって走る。どうやら挟み撃ちにするつもりらしい。その意図を汲んだバッシは、牽制に鎌鉈を投擲した。


 曲線を描いて殺到する鎌鉈を、風を纏わせた曲刀で防ぐと、態勢を崩した所にベイルが突きを放つ。だが地面に足がついた途端に、爆風を放って駆け出したウンドは、あっという間に距離を取った。


 その先にあるのは、ようやく立ち直ったリロ。明らかに彼女を狙っているらしい。


「ジュエル!」


 バッシは追いすがりながらも、リロに一番近いジュエルに声を掛ける。頷いたジュエルは、盾を前に構えるとリロを庇った。


 空気を切り裂いて進むウンドが、ジュエルに真っ直ぐ向かって行く。それに合わせてメイスを振るうが、あっさりと頭上に避けられた。

 きりもみ状に空中から風刃をみまうウンドに、二本目の鎌鉈が命中した。と思った瞬間、風を踏み込んで跳躍したウンドにまたも避けられてしまう。

 だがリロに向けられた風刃を、ギリギリそらす事に成功した。


 ようやく追いついたバッシがリロを背に剣を構えると、着地したウンドが砂混じりの風を放つ。極度の集中状態でまぶたを見開ききったバッシは、砂が当たるのも構わずに、ウンドの動きを見据えた。


 そこにさらに威力を増した暴風を纏ってウンドが突っ込んで来る。


 〝来る!〟


 と身構えた瞬間、風が解れて無数の刃となって襲いかかって来た。半身に構えたバッシは、踏み出しながら小さく素早く剣を振ると、風刃の嵐を掻き消したーー瞬間、背筋にヒヤリと殺気を感じ、


 〝バッシ〟


 と呼ぶ鋼の剣との共鳴現象が起こる。全身の筋肉が瞬時に緩み、一点に向かって収縮する刹那、無音で曲刀を振るう背後のウンドを、一刀両断、下から深く切り裂いた。


 ウンドの身に纏う、暗褐色のマントが空中に舞うと、身代わりの様に真っ二つに切り裂かれる。その奥には、肩肉を晒すウンドが、殺気の篭った目でバッシを睨み付けていた。


 明確に刃が通った手応え、にも関わらず傷程度のダメージしか負っていないウンドに、何らかの魔法の存在を感じたバッシは、追い打ちを控える。


 後方の戦況は、護衛組の一方的な討伐に終始したようで、味方が集まってくる気配を背後に感じた。


「ウンドく〜ん、大人しくばくについたら〜?」


 挟み込む位置取りで、輝く双剣を構えたベイルが喋りかける。その構えには一分の隙も無い。バッシが距離を詰めようと一歩踏み出した時、ウンドが流れるような動きで刀を鞘に納めた。


「油断するな!」


 後方からジュエルの声が掛かる、もちろんそんな余裕を見せられる相手では無い。少しづつにじり寄るように距離を潰すと、鞘走る刀から風鳴りの爆音が発せられた。

 今まで見たことも無い程の魔力の高まりに、周囲の圧力が変質して、バッシの巨体が引き込まれる。次の瞬間、一帯を薙ぎ払うほどの高圧風刃が放たれたーー所へ突っ込むように鋼の剣を振るう。


 風圧に震える鋼の剣、高魔力に触れる切っ先が赤い光を帯びると、剣身全体が紫がかった皮膜オーラを帯びる。

 全ての魔力が剣に吸い込まれると、爆発的な風刃は何事も無かったかのように雲散霧消した。


 追い打ちをかけようとするが、ウンドの姿も同時に消えている。その時、遠間から空気を切り裂く衝撃音が聞こえた。


「あ〜あ、逃げられちゃった〜。最後に一太刀浴びせたけどね?」


 近寄ってきたベイルが、右手の短剣を見せながら呟く。そこにはべっとりと血糊が付着していた。


「かなりヤバイ奴だね〜。こんな魔力の篭った不味い血は久しぶりさ〜。狂い神の信徒ってところかな? うえ〜、リディム君ごめんよ〜、こんな不味いもの舐めさせちゃって〜」


 その後ベイルは、心底不味いものを食べた時のように身震いしながら、神経質に血糊を拭き取っている。


 野盗の群れはあらかた討伐されたらしい。マンプルの範囲魔法で、かなり弱体化させられていた野盗は、碌な反撃も出来なかった様子だった。

 豹の姿に戻ったマンプルが、猫人族の男を連れてやって来ると、


「何だか凄かったニャン、ベイル君やるニャ。そして貴方のそれは破魔の剣だニャ?」


 興味深そうに問われた。頷くバッシに、


「後で相談があるニャ、今夜私達の馬車に来て欲しいニャン。リロの件でも話があるしニャ。さて、先ずは隊列を組み直して、出発だニャ」


 と言うと、リーキンさんの元へと歩み去って行った。リーキンさんは犠牲になった馬や、故障した馬車の手配に追われているらしく、特に話し合う事も無いまま出発する。


 同じ馬車に乗り込むリロは、意気消沈してずっと押し黙ったままだった。


「気にすることないさ〜、あんまり真面目に考えちゃダメダメ〜」


 ベイルの慰めともつかない言葉にも、反応を見せる事は無い。リロは思考世界に没入しているように、ブツブツと独り言を繰り返していた。


「身に覚え、有るか?」


 あの刺客は明らかにリロを狙っていた。その事は明確にしなくてはならない。ビクンと反応したリロは、


「身に覚え……あのウンドと呼ばれた刺客でしょうか?」


 乾き切った唇をはがす様に呟く。頷くバッシに、


「全くありません、が……もしかしたらこの子かも知れません。獄火の魔導書と言えば、魔法使いの中では有名ですし。契約者以外には使用できないのですが、それでも欲しがる方は沢山いると、師匠から注意を受けました」


 手元に抱えたタンたんを撫でると、軽くため息をついて押し黙ってしまった。

 あれ程の威力を持つ魔導書ならば、狙われる理由になるのだろうか? だとすれば、今後対人戦の出来ない事が知れたら、リロをくみし易いと見て、襲われる危険性も高まるかも知れない。


 人間を害する事が出来ない、優しいリロの性格は、早急に何とかしなければならない。だが根本的な解決は難しいだろう。

 ほぼ戦場しか知らないバッシには、全く想像のつかない悩みに、どう助言して良いものか、分からないまま無言の馬車旅は続いた。一人陽気に喋り続けるベイルを放置して。


 その後さしたる襲撃にも合わず、その晩を過ごすのにピッタリの野営地を見つける事ができた。近くに水汲み場もあるため、以前にも何組もの商隊が野営を組んだらしい。焚き火用の簡易かまどがそこかしこに打ち捨てられている。


 その一つ、マンプルの受け持つ最前列の、リーキンさんの馬車に、バッシ達のパーティーと、リーキンさん、マンプルと無口なブラム、そして肉料理を運んできたベイルが集まって、石窯を囲んでいた。


「今日の働きは素晴らしかった、特にマンプル、君のおかげで私達は無傷、馬一頭の犠牲ですんだ。心から礼を言わせてくれ」


 秘蔵のワインを取り出したリーキンさんが皆に振る舞う。まだまだ危険地帯の真っ只中だが、昼間の戦いを見て、安心感から気が大きくなっているのかも知れない。


「それ程でもないニャ、私の魔法は間接的な効き目しかないから、前線で戦ってくれた皆の手柄ニャ」


 と謙遜しながらも、満更でもない様子のマンプルは、皿に入れられたワインを舐めている。どうやら酒好きらしく、


「これは良い年のティリ・ワインだニャ」


 などとリーキンさんと語らっていた。バッシはそれを他所に、手元に抱えたカップに目を落とすリロが気になって、ジュエルに目線を送る。彼女は一つ頷くと、


「リーキンさん、すみません。私のせいで商隊を危険に晒す所でした。リロが人間に魔法を使えない事は承知していたのですが……ここ最近の活躍で、実戦の中でどうとでもなるとたかをくくっていました。大事に至らなかったのはマンプルさんの魔法のおかげ、今回の依頼は違約扱いとされてもいたしかたありません」


 立ち上がって深々と頭を下げた。突然の行動に驚いたリーキンさんは、


「確かに、私が聞いていたのは火魔法使いの居る神殿騎士率いるパーティーという事だった。それに護衛任務という事は、野盗相手だということは明白、それをいけるだろうとの憶測で参加されたとあっては、無責任と攻める資格はあるだろうな」


 頭を下げ続けるジュエルに語る。確かに無責任だったか? リロが人間相手に攻撃魔法を使えないとは知らなかったが、バッシは自分が選んだ依頼だけに胸が痛んだ。


「だが、貴女達はそれを補って余りある戦いを見せてくれた。特にあの地竜なぞ、私は心底震えてしまったが、貴女達は果敢に攻めたな〜。更にはほぼ二人だけで倒してしまった、あれは見事だった! ハッハッハッ」


 鷹揚に笑ってワインを傾けると、


「まだまだ危険地帯は続くから、魔法使いさんにも挽回のチャンスは有るでしょう。焼き殺すなんて事が出来ないなら、それなりの方法を編み出せば良い。それにマンプルが居れば、大軍が来てもドンと任せられる。皆で協力して、旅の安全を任せましたよ」


 と言うと、ジュエルの肩当てを叩いて座らせた。どうやら違約扱いにはならないで済みそうだ。Sランク冒険者まで一直線で進まねばならない彼女にとって、回り道を避けられた事は大きかったのだろう。ホッとした笑顔を見せて、


「はい! この後も頑張らせていただきます。寛大な処置をありがとうございました」


 と頭を下げた。こうなっては更に小さくなってしまうリロ、バッシが何か言葉をかけねばと思っていると、


「リロちゃん、ちょっと良いかニャ?」


 とマンプルがリロに声を掛けた。


「はい、何でしょうか?」


 消え入りそうな声を返すリロに、


「同じ魔法使い同士、話したい事があるニャン」


 鼻ズラで背中を押し上げたマンプルが、リロを半ば強引に立ち上がらせると、顎をしゃくって少し離れた場所に誘導する。


 思わず身を乗り出したバッシに、


「気になるかニャ? なんならバッシも来ると良いニャン」


 意味あり気な流し目を送ると、音も無く歩き出した。不安気に見上げるリロ、バッシは一つ頷くと、その背中を押してやった。


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