猫背組 〜ストゥープス〜
「さあ、たんと召し上がっておくれ! そこのお嬢さん達も、遠慮しないでドンドンお代わりするんだよ」
バッシに晩御飯を奢ると約束した女商人ネェゾが、おたまを片手にスープを取り分ける。夜はパーティー毎に各自持参した食事をとるか、商人から食事を買うという契約だったが、今晩はパーティー全員に料理を振舞ってくれるらしい。大鍋に仕込んだスープの量からして、元より振舞ってくれる予定だったのかもしれなかった。
「お姉ちゃん、こんな時も鎧を脱がないのかい?」
金属の皿に具だくさんスープを取り分けながら、食事時も騎士甲冑を脱がないジュエルを見たネェゾが、呆れたように声をかける。
「修行中だから、それにこの鎧は保清の効果もあるし、軽いから服を着てるよりも楽なの」
ヘルメットの面頬を上げたジュエルが、皿を受け取りながら答える。聖騎士の鎧には鎧中が必要なく、直接肌着の上に装着できるらしい。多層構造の最も内側は、対衝撃の粘液で満たされていた。
彼女達は、言葉を交わした瞬間に打ち解け、旧知の知り合いかのように仲良くなっている。全くもってジュエルの社交性が羨ましい。
そんな風にジュエルを見ていると、
「なんだ、そんなにお腹が減ってるのか? 良かったら先に食べな」
と手渡された皿を見ると、スパイスを効かせた毛長山羊の骨付き肉を、酸味の効いた紅珠果肉で煮込んだスープが山盛りに湯気を上げている。
その匂いに腹がグ〜ッと鳴ると、
「お前さんは食べそうだね、はい、叩き餅もたんとお食べ!」
ネェゾが鍋からすくい出した緩めの餅を、皿の上にモチャリとよそってくれた。
大きめのスプーンで餅と肉を潰しながら混ぜると、他の人に配膳されるのも待たずに頬張る。肉の味を吸った餅が口蓋に張り付いて、火傷をしそうになるが、それを無視して噛んでいると、スジ肉からなんとも言えない味が染み出した。
「うまいワン!」
隣で犬人族のくせに猫舌のウーシアが、熱々のスープと格闘しながら、目を輝かせている。彼女はネェゾにはすぐに慣れたらしく、
「そうか! 美味いか! た〜んとお食べ」
頭を撫でられて上機嫌だった。そこへ、
「こっちもできたよ〜ん、さすらいのシェフ、ベイル特性、川魚のアクアパッツァだよ? 新鮮な魚は初日しか食べられないから、今日は大盤振る舞いさ〜」
大きな鍋に敷き詰める様に、魚料理をもってベイルが現れた。瑞々しく調理された川魚からは、香草の香りが立ち昇り、思わず食指の伸びたバッシが、スプーンで大きく一口分を取ると、香りを堪能した後で口に入れる。
程よく火を通された身はプリプリとした食感を残し、絶妙な塩加減が効いた白身に散りばめられた香草が、川魚独特の臭みを消している。それは旅の途中という事を抜きにしても、かなり上質な料理だった。
「ベイル君やってるニャ」
いつの間に現れたのか、マンプルがベイルの後ろから歩み寄ると、鍋の前に座り込んだ。
「マンプルもたくさん食べておくれよ〜、おいらそのつもりで沢山お魚買ってきたんだ〜」
と言いながら、ベイルが魚の載った皿を置くと、その匂いに目を細めたマンプルが、一飲みに魚をたいらげていく。隣には昼間見た魔法使い風の男が立っていたが、後ろに控えた彼が食事の輪に入る事は無かった。
それ以外の全員が満腹になり、食後のお茶で腹を落ち着けていると、
「今夜の見張りはうちらストゥープスが受け持つニャ。明日からは混合での持ち回りを決めるから、それに従うニャン。ブラム、これからの行程を説明するニャ」
後ろに控えていた、ブラムと呼ばれた男が近づいて来ると、懐から地図を取り出して皆の前に広げる。
四隅に石を置かれた地図は、リザリアからアルフアベドまでの旅程が書き記されている。分厚い羊皮紙は、それだけでもかなりの高級品だと思われた。
「今現在の位置はここだ」
杖の先端で指し示す地点は、リザリアからすぐ近くの草原地帯。そこから距離を割り出すと、到着地点のアルフアベドまではまだまだかかりそうだった。
「そして四日後には、ナンデスティ峡谷に差し掛かります。そこから三日間はこの旅で一番警戒すべきポイントとなり、そこを抜けると二週間ほどの旅の後、目的地アルフアベドに到着予定です。この交易路は、旅中一度は盗賊に襲われる難関と呼ばれ、そのために却って利益を産み易いとされています。商人達の利益を守るも破産させるも我々次第。頑張って励みましょう」
無口から一転、意外にも饒舌なブラムが説明した。地図によれば、かなりの範囲を山岳地帯が占めており、決められたルートを通らざるを得ない商隊は、見るからに襲われやすそうである。
「明日からの旅に備えて、君たちには英気を養ってほしいニャ、それじゃよろしくたのんだニャン」
ジュエルに告げたマンプルは、ブラムを従えて先頭の馬車に戻っていく。それを見送ったリロが、
「それでは我々も休みましょうか。バッシさんお願いします」
と言うと、ネェゾに就寝の挨拶をしに行った。馬車の中は商品とネェゾの寝るスペースしかない。そのためバッシは地面をならし、寝具として人数分の毛布を取り出すと、四隅に防虫石を設置した。
簡単な魔具である防虫石は、効果時間中少しづつ揮発しながら防虫結界を張る事が出来る。大きな塊で一月強もつそれは、今回の依頼の為に奮発して買った、旅の必需品だった。
「おやすみなさい」
リロが隣で横になると、毛布に包まって眠りにつく。もう片側では、ちゃっかりと風下をキープしたウーシアが、
「今日は冷えそうだワン」
と呟きながらバッシの毛布に入り込んで来た。その向こう側、全身甲冑のジュエルは、流石に寝る時は鎧を脱ぐらしく、ホーリー・メイスを胸にかざすと、瞬時に武装を解除する。その姿は……体型も露わな下着姿、しかも解除の瞬間聖光で照らし出され、半裸の体型がバッシの目に焼き付いてしまう。
締まった体は彫像の様に力強く、しかし女性特有の丸みを帯びたシルエットは、異性の目から見ても格好良かった。
手近な服を着込んだジュエルが、松明の遠火に照らされて、
「なんだか濃い一日だったな」
と微笑みかける。その姿に見惚れたバッシは、
「明日も早い」
と微妙にズレた返事を返した。一つ頷いた彼女も包まるように毛布に入る。その手前のウーシアは、既に寝ているのか、ゴロンと寝返りをうつと、ジュエルの腕に顔をうずめた。その頭に顔を埋めたジュエルも、しばらくすると寝入ってしまう。
なんだか眠れなくなったバッシが真上を向くと、晴れ渡った夜空に吸い込まれる様な錯覚を起こす。その満点の星空に急に不安になり、鋼の剣を胸に搔き抱くと、隣のリロが支えを失ったのか、体重を預けてきた。その温もりが引き金となり急速に眠気が襲ってくる。最後にリロの優しい匂いを感じたバッシは、幸せな気分で眠りについた。
*****
ブラムの予測通り、それから四日間は何事もなく旅程を消化した。初めての護衛任務とは思えない程、バッシ達も滞りなく任務を遂行している。そこには一緒に護衛を行うストゥープスのメンバー達のサポートも大きかった。
ストゥープスのメンバーは、猫人族の男女が夫婦らしく、弓使いも含めて全員が同じ集落の出身らしい。そこにスカウトの男が、サポート役として協力しているという。
その男も含めて、全員が何かの目的を持っているらしいと感じられた。誰もその事には触れないが、見ているだけでも纏まりの良さを感じられる。
例えばバラバラに夜間の見張り任務をしていても、誰かが差し入れの暖かい飲み物を持ってきたり、そのチームワークは普通の冒険者以上、家族のような結束力を感じた。
それだけに彼らがDランクなどという、決して高いと言えない冒険者ランクにいる事が不自然に思える。バッシが夜間の見張りを組んだ猫人族の男に、
「お前達、仲が良いな」
と話しかけると、本来喋りたがりなのか、自分達の境遇をペラペラと話し出した。
それによると、細部は話さなかったが〝穢れ〟と呼ばれる、名前を呼ぶことすら禁止された存在に呪いを受けた故郷を、解放する手段を探して旅をしているらしい。
聖都セルゼエフにやって来た彼らは、魔術師ギルドにやって来て色々と調べ物をしたらしく、新たな収穫を求めてアルフアベドへと渡るところだった。
つまり旅から旅、ランク上げなど眼中に無く、旅の資金集めの手段として冒険者パーティーを組んでいるらしい。
そして驚いた事に、リーダーであるマンプルは、その集落の守り神だという。そしてブラムはドルイドと呼ばれる、祭事を司る、集落の指導者だった。
「旅は辛いか?」
と問えば、
「俺は早く帰りたいニャ、だけど仲間達を救うと皆で決めたニャ。だから全然辛くないニャン。もう直ぐ目的も達成できるとブラム様もおっしゃっていたニャン」
と力強く答えた。その瞳の輝きに、自分には無い意思の強さを感じて、羨ましくなったバッシは、
「目的、達成すると、良いな」
と湧き始めたお茶を勧めると、周囲の警戒を続けた。彼は感謝しながら、猫舌には熱いお茶を冷ましながら共に警戒する。
平和な夜が明けると、打ち解けあった二人は握手を交わしてそれぞれの持ち場に向かった。
日が明けて今日から、最も警戒すべきナンデスティ峡谷に差し掛かる。夜間に数度、何者かの視線を感じる事があった。その事を告げると、マンプルは頷いて、
「私も感じているニャ、ここからが正念場、気を引き締めて行くニャン」
朝靄にけぶる峡谷の入り口を睨むと、商隊を先導し始めた。
*****
「それじゃあダンナ、俺達はここから襲撃したら良いんですね?」
土埃に汚れたスキンヘッドの小男が、媚びへつらうように一人の男に話しかけた。
雇い主が何を意図しているのか? 全く分からないまま、大金に釣られて雇われた盗賊の頭。相手の男は無言のまま、無駄のない動きで金の入った袋を放り投げる。
「へっへっへっ、ダンナの金払いには惚れ惚れしますぜ。襲撃が成功した時のお支払いもよろしくたのんます」
揉み手せんばかりの小男が袋を拾うと、すぐさま中身をあらためる。そこには約束通りの金貨が詰まっていた。
目線を上げると、雇い主の姿は掻き消えている。その気配は完全に隠匿され、歴戦の猛者たる小男も、立ち去る気配すら感じられなかった。
「へっ! いい気なもんだぜ、俺達とは話すらしねえってか。だがこちらもプロだ、金に見合った働きをしないとな。 おい! お前ら準備は良いか?」
後ろに控えた手下共に声をかけると、眼下に広がる谷間を遠望した。
跨る騎獣の高みから、遠くに一列縦隊で進む商隊を見つめる。
「野郎共! お宝、女はこっちの自由だ! 思う存分略奪してやろうぜ」
腰に手挟んだ鞭を空中で鳴らすと、乾いた音が峡谷に響く。それを合図に、百人にも及ぶ盗賊団は、峡谷を駆け下りて行った。