聖騎士の鎧(複製)を手に入れた
リザリアの街は、聖都セルゼエフから徒歩で三日の位置にある。中規模の交易都市であり、聖都への中継拠点として、または信者達の滞在地として、何時もそれなりの賑わいを見せていた。また聖都では許されない歓楽街や冒険者ギルドなどが存在し、種々雑多な人々が行き交っている。
村での討伐を終えたバッシ達は、明けてもう一晩村人達の開いた宴を楽しむと、半日掛けてこの街に戻って来ていた。
街にはすでにネウロゲシアの襲撃が伝わっており、冒険者ギルドに着く頃には、バッシ達の噂が既に届いている。
冒険者ギルド、リザリア支部の受付に居るのは、看板受付嬢エアリース。冷たい視線で言い寄る男共を凍りつかせる、エルフ族の美女だ。
その彼女が何故か一目でジュエルの事を気に入り「お姉様」などと目を輝かせてうっとりと眺めてくる。
今も仕事はキッチリとこなす彼女に、依頼書と村長からもらった受領書、更には討伐証明部位の提出と、焼失のために確認出来なかった分の、村長から貰った証明書を提出すると、
「流石はジュエル姉様ですわ、武勇伝をお聞かせ願いたいですわ」
と、しなを作って擦り寄ってきた。どう考えても長命のエルフ族であるエアリースの方が年上だと思うが、そこの所は敢えてスルーしておこう。
ジュエルが事の顛末を説明しだすと、皆の耳がこちらに向いているのを感じる。どうやら最近はモンスターが活発化しているらしく、冒険者達は各地で起こる異変に敏感になっているらしい。
ジュエルは緑の髪の女〝ボッサム〟の事を、上手く避けて話してくれた。バッシは彼女の遺体をどうしてもそっとしておきたくて、仲間に事情を説明して、その場に埋葬してきたのだ。村の皆にも頼んで、彼女の存在自体も秘密にしてもらった。これは単なるバッシのわがままだが、境遇を説明して、彼女についた入れ墨を見た皆は、何も言わずに埋葬を手伝ってくれた。
それでも百体をこえるネウロゲシアの討伐によって、5金を超える収入を得たバッシ達は、ポーションや魔投石、交通費などの諸経費を引いても、かなりの実入りを生み出していた。
「流石はジュエル姉様、たった一度の依頼で特別昇級が認められるなんて、天才ですわ」
エアリースが手を叩いて喜ぶのを、周囲のベテラン冒険者達が驚いた顔でみている。新人達のいきなりの活躍に、
「ようFランク! どうなってんだ? 気前良く働いたみたいじゃね〜か」
昼間から赤ら顔の大柄な男達が、先頭に立つジュエルに絡んできた。それを、
「うるさいね、Eランクよ。酔っ払いは黙ってな」
神殿騎士とは思えない口調で突っ返すジュエル。彼女は意外とそうした輩の扱いが上手かった。幼少より客商売で鍛えられたのだろう、口下手なバッシには学ぶ点が多そうである。
現につっけんどんにあしらわれた男達も、まんざらでも無い様子で、笑いながら酒を飲み始めている。ジュエルやリロ、ウーシアなどの、美人、美少女の集まるパーティーが人気を集めて、賑やかに談笑し始めた。
バッシはその喧騒を避けて、人集りができているもう一つの場所に向かった。探しているのは、〝冒険者の街アルフアベド〟への護送依頼。
そこには近隣では最大級の冒険者ギルドがあり、冒険者の証である魔法印の刺青が登録できる。つまりバッシの偽造証を書き換えることが出来る可能性があった。
更には周囲に迷宮と呼ばれる半異界が複数あり、パーティーのランク上げには最適な環境だと思われる。
暫く探していると……あった、ポコと見比べながら、依頼書を読むと、条件にピッタリの護送依頼が見つかる。条件はEランク以上か、今回の依頼達成で、バッシ以外のメンバーは皆、Eランク以上になったから、依頼を受ける事は出来るな。
バッシは自分のFランクを示す入れ墨を見た。これを変える事ができるか? そうしたら本当にやり直しが始まる気がするーーと、もの思いにふけっていると、服の端をグイグイと引っ張られて、振り向く。
「どうしたワンゥ?」
小首を傾げたウーシアが見上げている。驚いた事に、ウーシアは既にCランクのライセンスを得ていた。ジュエルの前に彼女を所有していた冒険者が、かなりのベテランだったらしく、それに伴って高ランクの認定を得たらしい。ウーシアは迷宮攻略の腕も評判で、彼女が売りに出された時、ジュエルは金策を尽くして手に入れたという。
「これ、どう思う?」
ウーシアに気を取られながら、バッシが依頼書に手を伸ばした時、同時に同じ依頼書を掴もうとした手とぶつかってしまった。
咄嗟にそちらを向くと、中肉中背といった風貌の男が、
「これは失礼、おたくもこの依頼を受けるつもりかな? 私もなんだよハッハッハッ、よろしく〜」
妙なテンションで手を出してきた。釣られて握手をすると、
「これは多人数同時に受けられるタイプの依頼だね〜、じゃあ一緒に受ける事になるかも〜。よろしくっす〜」
と手を振って受付に行ってしまった。呆気に取られていると、近寄ったウーシアが、
「あの人の魂に汚れは無いワンゥ、でも相当な手練れだなフ、腰のナイフからは濃い血の臭いが漂っているワフ」
小さな声で警告してくれた。腰元を見ると、短剣らしき鞘が左右に一本づつ吊られている。目立たないが隙のない立ち振る舞いも合わせて、相当なやり手だろうと気を引き締めた。
「どうした? 何か良い依頼はあった?」
向こうの話が一段楽ついたのか、ジュエル達がやって来る。
「これ、どうだ?」
先ほどの依頼書は、何枚か重ね張りしてあった。その一枚を取ると、ジュエルに渡す。
「商隊の護衛か、五台の馬車に十人の護衛、報酬は一人につき50銀。悪くないわね」
皆の了解を取ると、依頼書を持って受付に持って行く。
「あらん、ジュエル姉様、アルフアベドに行ってしまわれるのですね? 残念、お帰りをお待ちしていますわ」
目を伏せたエアリースが、承認印をドンッと押すと、二日後の集合場所を教えてくれた。
*****
「たしかこの筋よね」
ジュエルの言葉に、
「間違いないワン、そこの角を曲がると店が見えるワンゥ」
ウーシアが駆けていき、
「あったワン! ここだワン」
ピョンピョン跳ねて手招きをする、そこはリザリアの職人街。そこかしこで槌を打つ音が鳴り響き、煎じ薬や毛皮を加工する薬剤の臭いが満ちていた。ある軒先には、薬液に漬けられた魔獣の外甲殻が一頭分丸々陰干しされている。
その爪を興味津々で嗅ぎ回っていたウーシアが、腕の付け根を見ようと手を出した時、
「ガキ! それに近寄るんじゃねぇ!」
建物の中から怒鳴りつけられて、尻尾を巻いてバッシの後ろにかくれた。その声の主に向かって、
「先日お伺いしました、神殿騎士のジュエルです」
後ろから追いついたジュエルが話し掛けると、
「おう、あんたか。てめぇの子分はいけ好かねぇ、どっか他所にやってくんな!」
と、けんもほろろに怒鳴りつける。益々萎縮したウーシアが涙目で縮こまると、その頭を撫でたジュエルが、
「分かりました、私だけ入らせていただきます」
と言って、旅装を預けて中に入て行った。
*****
暗い店内に入ると、そこかしこに素材の欠片、何に使うのか分からない板バネ、彫金用の台などがあって、足の踏み場も無いありさまである。
「そこ! 踏むんじゃねぇぞ、少し待ってな」
ジュエルの足元には、色とりどりの魔水晶が、用途別に小さな箱に入って置かれていた。
暗がりの中でもキラキラと光るそれを見ながら、少し待っていると、
「待たせたな、おめぇさんの鎧、調整出来てるぜ」
腰に吊ったエプロンで手を拭いながら、小柄なドワーフ族の男が奥からやって来た。ぶっきらぼうながら、深く刻まれた皺の合間から見える瞳は意外にも澄んで、男の純粋さを無言の内に表している。
「ホーンバルグさん、ありがとうございます。早速見せていただいてもよろしいですか?」
レッド・ホーン防具店の主人〝やり手の〟ホーンバルグは頷くと、地面に穿たれた穴に金具を取り付けて、巻き上げ式の滑車で鎖を巻き上げる。
重々しい石の擦れる音と共に現れたのは、地下へと続く石造りの階段であった。
「その扉に閂をかけてついて来な」
鎖を固定して、壁に掛けられたカンテラを持ったホーンバルグは、ジュエルを置いてスタスタと降りて行った。
入ってきたドアに、立てかけられていた重たい閂をかけたジュエルは、より暗くなった足元に注意しながら後を追う。
地下にも関わらず、爽やかな木の臭いが漂う。先を行くホーンバルグの手元灯りを目印に、ドワーフ用に刻まれた間隔の短い階段を降りて行くと、意外と広い空間にでた。
そこは防湿防腐効果を付与された木棚に、所狭しと防具類が並べられた、大型倉庫。
王都にも名を轟かせるレッド・ホーン防具店の装具類、その中でも特別な逸品が収納された地下倉庫の最深部である。
厳めしい黒鋼の全身甲冑や、ドラゴンの鱗で出来た真っ赤なスケイル・アーマーの中でも、淡い光を発する騎士甲冑が一際目を引いた。
「オルフロートから書状が届いた時は驚いたが、まさか本当に女がこれを装備するとはなあ」
ホーンバルグは騎士甲冑の兜を撫でながら、ジュエルを見上げる。
〝聖騎士の鎧(複製)〟
聖騎士の鎧を再現したレプリカながら、ホーンバルグが素材を吟味して作り上げた逸品。優れた防御力はもちろん、本物と同じ聖銀とミスリルの合金である〝碧銀〟製の多層構造の鎧は、神聖魔法の魔力向上や恒常的な回復効果、筋力上昇をもたらす。
「早速試してみな」
というホーンバルグの言葉に、腰に下げた豪奢な戦槌を抜く。その柄には黄魔石がはめ込まれ、胴鎧の意匠と合わさる造りになっていた。
オルフロートから託された〝聖槌〟ホーリー・メイルと対になったこのメイスは、お互いが鍵となっている。
つまりホーリー・メイルを装備するためには、ホーリー・メイスを装備しなければならず、その逆もまたしかり。
ホーリー・メイスを逆手に持ち、鎧の胸部に黄魔石をカチリと合わせると、ジュエルと対面する鎧から光が照射された。
その淡い光が眩しいほどになり、魔石のはまった胸の部分に集約されていく。
「そこに触れて波動を受け止めろ」
ボーンバルグの助言に従い右手をつくと、電流の様な波動が全身を駆け巡る。脈打つ血液が沸騰するように熱く、しかし激しい痛みが一瞬にして収まると、いつの間にか全身に甲冑を纏っていた。
その重さはまるで装備していないかのように軽く、力が増した感覚がある。
「これでこの鎧はお前さんのもんだ」
ホーンバルグが青く輝く鎧を叩いてニヤリと笑う。
「ありがとうございます」
というジュエルに、
「オルフロートは剣の道に走ったが、お前さんはこれを使いこなせるかな? 俺の手になるこいつは、お前と一緒に成長する。完璧に鍛え上げたら、本物の聖騎士の鎧になる計算だ」
腕組みをするホーンバルグが挑戦的に睨み付ける。
「してみせます!」
力強く睨み返したジュエルに、頷き返したホーンバルグは、
「お前さんの板金鎧を下取りして、これをやろう。鎧と同じ碧銀製のラウンド・シールドだ、なに、差額はサービスしてやるよ」
と言って、大きな盾を持ち出した。歯を剥き出しに笑うホーンバルグ、その手になる盾の真ん中には、宣伝するかの様に、ホーンバルク謹製の真っ赤な角マークがデカデカと描かれていた。