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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第一章 巨人戦士と鋼の剣
12/196

問題が有るなら会議だね

「ジュエル様! 大丈夫かワン!」


 即座に駆け寄ったウーシアはジュエルを膝に抱えると、その口にポーションを突っ込み、むせるのも構わず丸々一本嚥下させた。

 更にもう一本を開けたウーシアは、外傷を確認しながら、その部位にも振りかけていく。弾き飛ばされたジュエルは、運悪く地面にあった石に頭部を打ち付けたらしい。後頭部には少なからぬ血が付着していた。


 その間に前面に出たバッシは、二人を背中に庇いつつ、手近にいるネウロゲシアを牽制する。


 緑の髪の女は、背中から煙を上げてうずくまっていた。リロの放った三本の火矢の内、一本が中心を捉えたらしい。その威力と精度には味方ながら背筋が凍る。


 その奥のネウロゲシアは、二体が煙を上げて倒れているーーらしい。というのも、他の個体が群がるように殺到し、揉みくちゃにされて委細がわからなくなっていた。


 後方ではリロが呪文の詠唱を始めている。それを確認したウーシアが、


「ジュエル様! しっかりして」


 とジュエルに呼びかけて覚醒を促しながら、その体を引き摺って後退した。だが相当打ち所が悪かったのか、グッタリしたジュエルは反応を示さない。抱えるウーシアの手にも血が付着していた。


 一人前面に残ったバッシは、襲い来る茨の鞭を胴鎧で弾き返しながら、傷に構わず突進して花弁の下を切り裂いた。そのまま蹴倒して踏み台にすると、上段からもう一体を唐竹割りに真っ二つに切り下げる。

 全身を毒の乳液に穢されながら、荒い息を吐き出すと、後方の様子を確認した。


 どうやらウーシア達は後方のリロの所まで後退できたらしい。

 体に纏わり付く粘性蔦を、左手に抜いた鎌鉈で薙ぎ払ったバッシは、素早くその場を離脱する。


 後ろからは粘りつくような根塊の音が聞こえて来る。傷付いた同種を貪っているのだろうか? その移動は途切れがちだ。

 執拗に絡めて来る粘性蔦を、剣と鎌鉈で切り開きながら走って行くと、近付いたタンたんの前面に不思議な模様が浮かび上がった。


 昨日聞いた話だと〝魔法陣〟と言うらしい。強力な魔導書であるタンたんが描き出すそれは、リロの魔力を数倍に増幅し、普通の火魔法を業火の魔法に変える力を備えていた。


Pページ78 延焼火矢ナパーム・アロー


 咄嗟に左に避けたバッシの頭に、リロの物ではない女性の声が響く。それはタンたんと繋がった時の温かいイメージと重なる物だった。だが、次の瞬間に感じたのは、非情なる破壊者の情動。力の解放に対する高揚感が、聞く者の思念を焦がす。


 タンたんの描き出す魔法陣から、拳大の火炎球が射出されると、空気を焼いて甲高い音を立てて飛来するそれが、最前の空間に着弾ーーと同時に轟音をあげて炸裂した。熱風が離れて立つバッシの皮膚をも焼いて、森を震わせる。


 バッシがおかしくなった耳をほじりながら爆発地点を見ると、小さな広場状の空間が、数倍の焦土と化していた。


 燃え続ける火にタンたんをかざしたリロは、青ざめた顔で火を操り、鎮火させて行く。

 魔法を使った事よりも、その威力の凄まじさに自身が恐れおののいているかのように見える。小さな肩を上下させて、薄い空気を吸うように喘いでいた。


 周囲のネウロゲシアは燃え尽きてしまったが、更にその外周にはまだまだ沢山のネウロゲシアが蠢いているのだろう、激しい擦過音があちこちから聞こえてくる。


「うぅん」


 意識を取り戻したジュエルが、ウーシアの手を振り払って立とうとするので、


「ジュエル、寝てて」


 鋼の剣と鎌鉈を納めたバッシが担ぎ上げると、


「ウーシア、帰る。先導して」


 見上げてまごつくウーシアを促した。


「リロ、行くぞ!」


 ウーシアの後を付いて行くバッシが、呆然と立ち尽くすリロに声をかけると、


「はっ、はい!」


 タンたんを抱え込んだリロが、後から走って付いて来る。


 バッシの腕の中でジュエルは、ショックのせいか、何事かをブツブツと呟いている。それを聞いたウーシアの、


「ジュエル様、早く神聖魔法で自分を治して欲しいワン!」


 との言葉に、内的世界から意識を戻したジュエルは、ハッと胸の前に手を組むと、


「神よお力をお示し下さい」


 弱々しい声で祈りを捧げて、フンワリと光を纏った。バッシの腕の中がほんのりと温かくなったと感じた時、癒しの魔法で怪我から回復を果たした彼女は、


「バッシありがとう、後は歩けるわ」


 と腕の中から降りようとしたが、


「まだ危ない、もう少し戻った所まで」


 とバッシは取り合わずに走る。ガシャガシャとうるさい板金鎧や武装を身に付けたジュエルはかなり重いが、もっと重い荷物を背負わされて山谷を歩き回った時に比れば、何という事はない。ましてや今は食べる物をしっかり食べ、スタミナもあり余っていた。


「そうか、任せる」


 相当ショックを受けたのか、何時も勝ち気なジュエルが、意気消沈してバッシの胸に頭を寄せると、力を抜いて身を任せた。


「ここまで来れば大丈夫だワン」


 先導するウーシアが止まったのは、猟師の祠が有る、緑の髪の女に襲われた場所。

 そこへジュエルを降ろすと、その手を取って補助したウーシアが、


「ジュエル様、大丈夫かワン? どこか痛む所はないかワフ」


 と全身をつぶさに確認しながら聞いた。


「ええ、大丈夫よ。ありがとう、面倒をかけたわね」


 と言うと、頭痛のせいか、ため息を吐いてうずくまってしまった。バッシは目の前に落ちていた鎌鉈を拾うと、ズボンで刃に付いた土を落としながら、


「村、戻るか?」


 リーダーたるジュエルの背中に尋ねる。顔を上げたジュエルは、言いたい事をグッと飲み込むと、


「そうね、今日はもう帰りましょう」


 と口を引き結んで命令を下した。こうして二日目の討伐予定を切り上げたバッシ達は、お通夜の様な行軍の後、無事に村へと辿り着く。


 いそいそと出迎える村長達に、


「ジュエル様は怪我を負われたワン、少しそっとしておいて欲しいワフ」


 ウーシアが出鼻を挫くと、心配する村長を置いて、割り当てられた家に向かった。


 一人乳液でドロドロになっているバッシは、昨日と同じように褌一丁になると、夕暮れ迫る村で行水をする。

 少し肌寒いなどと贅沢は言っていられない。ザックリと全身を洗い流し、傷口を確認するが、回復の早い体には傷一つなかった。安心して洗濯を済ませると、昨日干した肌着に着替えて屋内に入る。


 かぶれた肌がチクチクと痛むが、それを言い出せない程、家の中は重い空気が漂っていた。明らかに判断ミスをしたジュエルはもちろん、それを心配しながら何も言えないウーシアも、大活躍だったリロすら下を向いて黙り込んでいる。


 バッシは極力気にしない風を装うと、ジュエルに、


「傷、大丈夫か?」


 と軽く尋ねた。


「ええ、小さな傷だし、殆ど跡も残ってないわ」


 うなじを見せるジュエルの後頭部には、それと分かっていないと見逃すほどの跡しか無かった。


「神様の魔法、凄い」


 魔法の使えないバッシは、素直な気持ちを口にする。


「神様は偉大よ、私の魔力なんて大した事は無いんだけど」


 少し笑みを浮かべたジュエルがつぶやく。それを受けたウーシアが、


「ジュエル様の魔法は凄いワン! 剣も魔法もここまでバランス良く鍛えられた騎士様はいないワン」


 と力強く宣言する。その頭を撫でたジュエルは、


「ありがとう、確かにそれは私の強みね。でも判断力まではバランス良く行かなかったみたい。今回は……完全に自滅してしまったわ」


 と言うと、自嘲気味に微笑んだ。本人が分かっているならそれで良い。さっきジュエルに付けたがっかりという評価を、将来性という言葉に置き換えたバッシは、


「今日は、無謀だった。理由は?」


 何か言いたげだったのを思い出して聞いてみた。普段の落ち着きから考えると、今回の焦り方は異常に映る。何か理由が有るなら知っておきたいと思っていると、


「そうね、バッシも仲間になった事だし、私の事情を知っておいた方が良いわね」


 と言って正対した。バッシも椅子を引くと、潰さないように慎重に腰掛けながらジュエルを見る。話す内に少し落ち着いたのか、その顔には血の気が戻っていた。


「我が家は元々商家だった。このあいだ叔母さんと会ったでしょ? あれはその一部よ。それが貴族階級になったのはお祖父様の代。軍隊に入って数々の武勲を立てたお祖父様は、準男爵とはいえ、爵位を賜ったわ」


 そう言ったジュエルの瞳は、誇らし気に輝きを取り戻した。


「でもそれは一代限りの名誉階級。でも持ち前の才覚を発揮したお祖父様は、我が子にも爵位を継がせる事に成功したの。でもそれが失敗の元だったわ」


 金色の長いまつ毛を翳らせたジュエルが声のトーンを落とす。


「彼の息子、私の父は、怠惰な男よ。そして自分では何も決められない優柔不断なズルイ人間、そのくせ自尊心の塊みたいな彼の尻ぬぐいで、財産をすり減らした我が家は没落したわ。そしてとうとう爵位も返上する事になりかけた……」


 苦々しい顔で告げる。貴族の仕組みなど良く分からないが、何となく理解した気になる。戦場の指揮官職や冒険者パーティーのリーダーを降ろされそうになっている状況みたいなものか?


「そのタイミングで私の神託が下ったの、聖騎士ともなると、国の方が抱えたがるわ。そして一度爵位を取り上げて、自由騎士にしてしまうと、貴重な人材が他国に流れる危険性もある。繋ぎとめる為にも一応爵位返上は延期された……だけど過去に遡っても聖騎士になれた女性は居ないから、私の挑戦も無謀とされているわ。そのために期限が設けられたの」


 と言うと片手を広げて、


「五年、たった五年でSランクまで駆け上らなくてはならないの! つまりこんな所で足踏みしている暇は無いって事よ」


 手のひらを握りしめたジュエルが、それをテーブルに押し付けた。小刻みな震えが用意された食器を鳴らす。


「そうか、爵位は大事か」


 バッシの呟きに、


「巻き込んでごめんなさい。でもどうしても! お祖父様が血反吐を吐いて掴んだ栄光だけは、あの男の為に穢す訳にはいかないの。バッシ、これを聞いても協力してくれる?」


 試す様な視線、全くもってこの女は己の欲望に忠実な奴だ。そう思うと、バッシは途端に可笑しくなってきた。自然と口角が上がる中、


「もっと上手くやれ」


 と言いながら手を差し出すと、


「分かったわ」


 ジュエルも笑みを返しながら、握手をかえす。以前にも感じた、年若い女性にあるまじき剣だこ。激しい訓練を感じさせる良く締まった体。力を込めて握ると、ジュエルも全力で握り返してくる。

 五年でSランク、それがどれ程無謀な事か、遥か雲の上の話で良く分からないが、尋常な手段では達成し得ない事は分かる。しかし……


 力を取り戻したジュエルの目を見る内に、ふつふつとバッシの中に、今まで考えた事も無い〝欲〟が湧いて来た。


『この四人で、本気でSランクを目指してみよう』


 その為に、


「ジュエル、あれをしよう。あれ、なんだ? その〜」


 わからなくなったバッシは、荷物の中から知育絵本ポコを取り出すと、心に浮かび上がるページをめくって見せた。


 そこに書かれた文字を見たリロが、


「会議、ですか?」


 と呟いたのを聞いて、


「それ、かいぎ、大事」


 ジュエルに向き合うと頷く。


「ジュエル、作戦、ウーシア、応急処置、リロ、闘争心、俺、知識、全て問題」


 チグハグなパーティー全員を指差して、最後に自分を指差す。


 ウーシアは「応急処置ワンゥ? あれ間違ってるかワン?」と素っ頓狂な声を上げ、リロはビクリと身を竦ませた。そしてジュエルは、


「そうだな、各々問題がある。話合いで改善する事は大事だな。うん、会議をしよう!」


 リーダーの発言で第一回作戦会議、議題は〝各々の問題点について〟が開かれ、話し合いは深夜まで続いた。





 *****





 緑の髪の女が、焦げ付いたネウロゲシアの死骸の下から、ズルリと這い出てくる。


 火魔法が爆発する直前に、意識を回復させた彼女は、近くのネウロゲシアに飛び付くと、神経針を仕込んだ髪を撃ち込んで、その精神を支配した。


 そのままネウロゲシアの体を盾に爆発の被害を避けると、日が落ちる今まで、リロに開けられた背中の穴を、ネウロゲシアの細胞片で修復し続けていたのだ。今では多少の張りを感じるが、傷口は完全に塞がっている。


「ご、ごろず……あいづら、ごろず」


 恨みの声を発しながら逆立てた髪が、真っ暗な森の中で緑色に光る。女が髪を振り回すと、そこに実った種がジャラジャラと音を立てて、緑の燐光を撒き散らし始めた。


 その光に吸い寄せられる様に、一体のネウロゲシアが突進して来る。即座に飛び付いた女は、早業で神経針を打ち込むと、ネウロゲシアを操って村の方角に移動し始めた。


 その後ろに燐光を放射しながらーー

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