表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

さようならアシスタ

      プロローグ            皆さん、もしあなたの目の前に空飛ぶ円盤が現れたら、あなたはどうしますか?・・・透かさず逃げる。・・・宇宙人はどんな生き物か、突き止める。・・・友達になって、宇宙に連れていってもらう。・・・                                さてどうするか?・・それはあなた自信が、勇気を出せるかによって、その後の運命は変わっていくのです。・・・ ・・・


 ・・・ここは・・・地球から遠く離れた惑星アシスタである。・・・

 この星から今3機の円盤が、それぞれ別々の方向へ長い宇宙の旅へ出た。その3名の乗組員に、星の運命が掛かっているのである。・・・

 円盤はものすごいスピードを出して、危機が迫った星を後にした。・・・

      新学年                    ・・・約5年後の地球・・・

 高校の新学年が始まった。空は青く澄み切って、そよ風がとても気持ちのいい朝だった。どうにか3年に上がった『木村 広』は、嬉しいような嬉しく無いような、何となく複雑な気持ちである。

 校庭に並んだ生徒の前では、校長先生が長々と新学年についての話をしていたが、広はそんな話を聞くと、もう立っているのがきつくて堪らなかった。

 彼は右足で体を支えたり、左足に変えたりして堪えた。「早く終わらないかなあ」広はさすがにいらいらしてきた。もちろん彼以外にそう思っている人も少なくないだろう。

 やっと長い始業式が終わり、全校生徒はそれぞれ新しい担任の先生に付き添わられて、これから1年間勉強することになる、各教室へ向かった。・・・

 相変わらず汚い建物である。タイル張りで土足禁止であるが、床はあっちこっち剥がれていて見苦しく、何故か細かい砂でざらざらし、おまけに埃っぽいときたもんだ。そこを数少ないかたちんばのスリッパを、早い者勝ちで取らなくてはいけない。どおせ取れないとわかっているから、広は諦めて、靴下でローカを歩く様である。おかげで足の裏は、雑巾掛けをしたかのように、すぐ真っ黒くなってしまう。しかし、そうとわかって汚れたのを履いて来た訳でもないが。・・・

 ところで、広は上尾工業高校の機械科を専攻している。と言っても各科がだいたい2クラスしか無いので、もう3年ともなると、知らない物は一人もいない。というのは嘘になるが、3年間も同じ顔ぶりで、男ばっかりで女は一人もいない。まあ、他の科には何名かはいるが、それが羨ましくて、「やはり、普通高校の方が良かったかな?」

 広は何故か高校進学を決めるとき、共学が嫌で、『男なら男子校!!』と、変なこだわりを持っていたのだ。また兄貴が卒業した学校ということもあるのだが、最大の理由は何と言っても車酔いをするという事で、とてもバス通勤など嫌で、他は考えられなかったのである。それでアパートから近いこの学校を、必然と選ぶしかなかったのだった。そう言うことで、広は今になって時たま後悔していた。・・・

 そんな同じ顔触れの中で一人違っている人がいた。それは別の工業高校から赴任してきた、何か怖そうな面持ちの新しい担任の先生である。

 彼はさっそく黒板の前へ来ると、何もしゃべらずしばらくみんなの顔を眺めた。広はそんな先生を見て嫌な思いだった。

 スポーツ刈りをした引き締まった頭に、鼻はやや高く顔は四角で目は鋭く鷹のようだった。

 そんな目つきでみんなを見終わった彼は、黒板に自分の名前をチョークを折りながらも「カチャカチャ」と叩き付けて書き終わった。『山田 武』か。・・・

 どでかい文字で名前を書き終わった彼は、チョークを投げるように置いた。そして素早く後ろを振り返ると、テーブルを叩く様に両手を置き、再びみんなをじっと見た。・・・

 広はそんな先生を見て視線を逸らすようにして下を向いていた。

 「この先生、やる気一杯だな」と思った。

 ・・やっと彼は喋った。「え~みんな、今度3年2組の担任になった『山田 武』というが、私は機械工学を教えている。今度新しくこの学校に来たので、知らないことが多くあるので、遠慮なく教えてもらいたい。これで私の自己紹介を終わる。今度はみんなの自己紹介をやってもらおうか?」・・・まあ、こんな具合だった。 これで広は、この1年間はもう駄目だとがっかりしくたくたになった。

                                 アパート生活                 やっと終了の鐘がなった。「おい広、長かったな」良夫が話し掛けた。良夫とは数少ない友達である。そうしてやっと学校が終わると、広はまっすぐ自転車で家へ向かった。・・・

 そして着くなり自転車にすばやくチェーンを掛けると,鉄製の階段を2階へ掛けのぼり、ドアを素早く開け、「姉さんただいま!」、台所にいる姉を見て言った。

姉は振り向くと「あら広、早かったわね。もう学校終わったの?」

 広が答える前に、また『ガチャガチャ』と茶碗を洗い続けた。「だって今日は始業式だろう!」広は靴と靴下を脱ぐと隣の部屋へ行った。

 学生服を脱いでジーパンとシャツに替えたと思うと、テレビのスイッチを入れ昼ご飯を食べた。・・・そして食べ終わると疲れたのか、ぐったりと寝てしまった。・・・

 茶碗を洗い終わった姉は手を拭いて広がいる部屋へ来ると、テレビを見ながら編み物をした。

 ところで姉の名前は『静惠』という。2人は離島出身でそこは高校が無い為、中学校を卒業すると、両親を残して2年前この沖縄本島へ来たのである。また、先にアパートに居て入れ違いで高校を卒業した兄貴は、本土への就職が決まりそこで生活しているのである。それで二人でこのアパートで暮らしているのであった。

 姉は今25才で会社に勤めている。彼女も本島の学校を卒業して一時は地元の離島に戻っていたのだが、広が中学校を卒業したため、一緒にまた来たのであった。今日は休みで、家事をしていた。 

 ・・・広が起きたのは2時過ぎぐらいだった。彼はトイレに行って戻ってくると、しばらくの間じっとぼんやりしていたが、机の引き出しから数少ないお金を取り出すと、シャツの上から服を着た。

 「広、何処へ行くの?」、広は靴を履いてドアを開けながら、「うんちょっと暇だから本屋へ行って来るよ」「そう早く来てね。私友達と会う約束しているから」「うん早く来るよ」

 そう言って彼は階段を駆け降りると、鍵を外し自転車に乗った。「また本屋へ行くのか、暇な人だわ」、姉は飽きれていた。

 広は口笛を吹きながら近くの本屋へ来ると、さっそく前から買いたいと思っていた本を探した。指で本を指しながら探しているうちに、やっと例の本が見つかった。「『宇宙の神秘!』か、あったあった!」広は笑いながら素早くその本を取ってお金を払うと、自転車を飛ばして家へ帰った。・・・

 家に着くと広は机の横に寝転がって読み始めた。「広、本を読むのは良いけど学校の勉強をしないと駄目よ。私これから友達の家へ行って来るから、留守番お願いね」姉は洗濯物を干し終わると言った。「わかっているよ姉さん」

 姉はドアを開けると出て行った。

 車が出る音を聞くと、広はまた一生懸命に本を読んだ。読みながら広はまた独り言を言う。「ふふん、宇宙て広いんだな。一体どれだけ広いんだろう?不思議だな・・・」 

 やがて彼は読み疲れると本を閉まった。そしてしばらく宇宙の事にふけているうちに、何となくギターが弾きたくなった。そして彼は部屋の隅に置いていたギターを取って本を見ながら曲を弾き始めた。といっても彼は上手くはない、たまに弾きたくなる時に弾くというただの趣味であるからだ。

 最初の頃は毎日一生懸命に弾いていたが、最近では飽きてきたのか、たまにしか弾かないのだ。

 6時半までギターを弾くと、テレビはニュースをやっているので、広はギターをケースにしまって片付けた。こう見えても結構ニュースには興味がある方である。 ニュースは相変わらず戦争や身内の殺人など悲惨な出来事を伝えていた。また世界中災害が結構あるらしい。専門家の話では地球の温暖化のせいだとか?

 2時間ばかりで姉は外から帰って来た。そして休まず食事を作り始めた。・・・やがて食事の準備が出来ると、「広、ご飯よ!今食べるでしょ?」「うん、今食べるよ」

 姉さんはテーブルに二人分の漬物とカレー、水などを置いた。広は食卓に着いた。そして二人は夕食を食べた。

 「ねえ広、新しい学級はどうだったの?」水を飲み終わって静惠は聞いた。「別に、2年の時とほとんど変わらないよ」「それじゃ担任の先生はどんな人?」「それが、他の学校から赴任して来たばかりで、とっても怖そうだったよ」「そうなの・・・」「どうしてそんなこと聞くの?」広は何故か分からなかった。

 「それは広がもう3年で来年卒業と思うと、何となく心配になったからよ」姉さんは笑いながら言った。

 「何言ってんだよ姉さん!、僕が卒業出来ないと思っているの?」「いいえ、今のは冗談冗談」「ふん、何が冗談だよ・・・」広は怒った。でも内心広は自分でもその事が心配だったのである。

 食事が終わると広は横になって今度はラジオを聴いた。姉さんは片付けを済ましてテレビを見ていた。

 ・・・それから1週間、広は勉学に励んだ!と、一応は言っておこう。                                         運命の始まり                  そして日曜日がやって来た。広は隣に住んでいる中学1年生の、のぼると一緒に、自転車で近くの川に魚釣りへ行った。

 そこはちょうど川幅が広くなっており、反対側の空き地では4、5名の人がラジコン飛行機や、ヘリなどを飛ばしていた。

 「いいなぁ~ヘリコプターは、空中で止まる事が出来て」広はのぼるに言った。「そうだね飛行機なんか音まで本物そっくりで迫力あるよ!」のぼるも感心して言った。

 「・・・さてっと、僕たちは魚をつろう。大きいのを釣ろうぜ!」「うん!・・・」そして二人はいろいろ準備をして釣ることにした。

  二人は針に餌を付けるとそれぞれ別の方に投げた。「よしのぼる、何匹つれるか勝負するか!」「よし、やろうやろう!」二人は真剣に糸を垂れた。

 そしてしばらくして最初にのぼるに当たりがあった。しかしのぼるは慌てなかった。そしてもう一度当たりがあった時、のぼるはぐいっと竿を引っ張った。手応えがあった。

 「やった、やった~!」のぼるはそう言うと、一生懸命に糸を巻いた。しばらくして魚が水面を素早く動き回るのが見えた。「ちぇ、やられたか・・・」のぼるの動きを見て、先を越された広はがっかりした。

 しかし上げてみると可愛い小さな魚だった。「何だ、ちっこいのか!」広は馬鹿にしたように笑った。

 やっと広の浮きもぴくぴくした。広は急いで引っ張った。「うん~、竿が動かない。これは大物かもしれないぞ!のぼる」広は竿が折れんとばかりに引っ張った。 「広兄さん、あまり強く引っ張ったら本当に折れちゃうよ!」のぼるが心配そうに声を掛けた。

 「わかっているさ・・・」広はそう言われて、やや力を緩めて慎重に糸を巻いていった。

 その時彼らの方へ、女子高生と思われる二人が、自転車を並走させて楽しそうにしゃべりながらやって来た。

 セーラー服姿で籠には二人ともラケットとボールを入れている。彼らが釣っている後ろを通り過ぎようとしたが立ち止まり、広の方を見た。

 のぼるは気づいていたが、広は集中して彼女らがいるのに気づかなかった。

 その時「あっ!?」広は叫んだ。水面が何故か濁ってきたからだ。それに少し引きが軽くなったので不思議に思い、恐る恐る引き上げてみた。

  何と言う事か、釣り針には泥の付いた空き缶が引っ掛かり、ぶら下がっていた。どうやら缶は腐食しているらしく、底の方からは黒いドロドロとした物が落ちていた。そしてしばらくして、辺り一面に悪臭を放った。

 「ぷっ!・・」それを見た手前側に止まったポニーテールの女の人が、口に左手を当てて堪えきれずに笑った。

 「あら宏美さん。失礼だわ笑ったりして!・・・」、そう言いながらも、もう一人の彼女までも笑ってしまった。

 そんな彼女らに気づいて後ろを振り向いた広は、恥ずかしくなり静かに竿を下げ、泥の付いた缶を再び水の中に入れた。すると、余計に海面が黒く濁った。

 それは次第に下流の方に広がっていき、のぼるが釣っている所まで濁ってきた。

 広の顔から冷や汗が出てきた。「あっ、しまった。ごめんなさい!・・・」広の動揺を知ってか、彼女らは自転車を飛ばして行ってしまった。・・・

 広は思わず文句を言おうかと思ったが、出来なかった。これでは笑われるのは当たり前だと思ったからだ。

 あのとき最初に笑った女の人が、一瞬ではあるが広はとても可愛らしく思えた。しかも悪臭が漂う中に、それを追い払うような、別の甘い良い香りがするのであった。どうやら誰かが香水を付けているらしく、へどろの嫌な臭いを消して仕舞うほどの効果があり、今でもその香りが微かに残っていた。・・・

 広は彼女たちが立ち去るのを、何気なく遠くの景色を見ている振りをして追った。やがて姿が見えなくなると、広は再び汚い缶を水面から引き上げると、やっとの事で釣り針から外すと捨てて、新しい餌を付けると川へ投げた。

 のぼるはさっきの広の動揺を知ってか知らないかは解らないが、黙って竿を垂れていた。しかし彼の方も泥水で濁ってきたため、のぼるはそれを避けるように場所を変えて竿をたれた。広しも位置を移動してのぼるから10メートル離れた所で試みてみた。

 それから二人は2時間ほど粘ってみたが、もう魚は一匹も釣れなかった。広は力なく釣竿を置くと、のぼるの方へやって来て、黙って竿を垂れているのぼるに言った。「おい、のぼる引くか?」のぼるは釣り竿を引っ張って、「いや、もう全然引かないよ。・・・帰ろうよ」「・・・そうするか、今日はついてないな」広はさっき捨てた、泥の付いた缶を見ながら言った。

 二人は釣りを止めて帰ることにした。向こう岸でラジコンをしている人たちはまだ楽しんでいた。「さあ、帰ろう」二人は竿を肩に掛けて土手を上った。

 自転車に釣竿を乗せて、帰りは重く感じたペダルを踏み、やっとの事で二人は広のアパートへ着いた。広は軽く右手を挙げのぼると別れると、階段の下にある駐輪場に自転車を止めロックして、重くなった足で二階へ上がり家へ入った。

 食事や風呂にも入りやっと落ち着いて過ごした。夜も更けたので、テレビを消して横になって眠ろうと思うと、昼間釣りをしている時に会った、笑顔が素敵なあの女の人が気になってならなかった。

 「・・・セーラー服を着ていたし、籠の中にラケットが入っていたからな?と言うことは、テニスでもやっているんだろうな。・・・しかしいくら何でも人の失敗を笑うなんて許せないな!・・・あれは確か近くの商業高校の制服だよな?・・・」そんな色々な事を思いながら広は眠った。

 そうこうして日曜日を過ごした広にも、またいやな月曜日が始まった。広はもう毎時間、授業が早く終わる事しか考えなかった。それに毎日あの怖い先生にしごかれていた。

 それから3ヶ月がたった金曜日の事であった。まさか彼にとってその日が運命を変える日になるとは。

 広は学校の帰りにいつもの川沿いの上の歩道を、自宅に向かって自転車に乗っている時だった。いきなり道路を走っていた車が急ブレーキをかけた。

 彼は何かと見ると、道路の向こう側から小さなボールが何のためらいもなく車の間を横切っていたのだった。

 そのボールは無事車を避けると、広の右側前方をさらに跳ねながら転がってきた。よく見るとそれはテニスボールのようだった。思わず広は自転車を倒すと追いかけて行った。

 どうにか追いついて、ボールが広の前を横切る瞬間だった。前屈みになってそのボールを取ろうとしたが、何故か何かに左足のつま先を引っかけてしまった。

 一瞬彼の体は硬直し、それを支点にして一本の棒が真っ直ぐたおれる様に地面に真っ正面から迫って行った。そのまま倒れればもちろん顔面を強打することになる。彼は咄嗟に体を左に回転させた。すると案の定背中から落ち、そのまま前方に回って両足で立つことが出来た。

 彼は後ろを振り向き、地面を見ると、近くに生えている大きなデイゴの根っ子がアスファルトを突き破っていて、そこに足を引っかけたのだと知った。

 その時、道路を渡ってくる一人の女性が、彼の目線に入った。しかしそれを気にする余裕はなかった。やっとのことでボールを確認する事が出来たが、それは斜面を容赦なくどんどん下の方に落ちて行った。

 そしていつの間にか、被っていた帽子も落ちていて、広は左手でボールを、右手で帽子を取ろうとしたが、やはりボールの方を優先してそれを追いかけた。しかしボールはバウンドしながらさらにどんどんころがっていき、終いには川に「ポチャン」という軽い音をた立てて落ちていった。「しまった!」、広は思わず声を出さずにはいられなかった。

 川の流れは静かだったが、広がぼんやりしている間に、ボールは少しずつ下流の方へ流れていった。「これ以上深い所へ流れたらやばい・・・」そう、彼は全く泳げないからだ。まあ、そこまでしようとは思っていないが。

 しかし慌てながらも水は透いていて、川底が浅いのが確認出来ると、広は運動靴を履いたまま川の中に入った。もちろん裸足では危険だ。

 そして水をかき分けやっとの事でボールに追いつくと、右手で潰れんばかりにしっかり掴んだ。「うわ~危なかった!・・・」広は正気に戻りながら顔の汗を右腕で拭くと、結構ズボンが濡れている事に 気づき、急いで川岸に向かった。

 途中、そこには誰かが立っているのがわかった。たぶんボールの主であるのは予感できた。

 その人は意外と背の高そうな女の人で、彼の行動をじっと見ていた。そして広が岸に上がろうとした時だった。彼女は膝を曲げると両手を差し出した。その屈んだ時だった。、前に確かに嗅いだ、忘れかけていたあの甘い香水の匂いがした。

 広は動揺した。彼女はまだ手を差しの伸ばしていた。「お宅のですか?」広は思わずそう言って、ボールを見せた。彼女は軽くうなずくと腕を掴もうとした。直ぐさま広はその女の人にボールを渡すと、その手を借りずに急いで両手をついて上がった。

 岸に上がった広はズボンの半分が濡れていた。そしてやっと安心した広は、その女の人の顔を正面からはっきと見ることが出来た。やはり、以前釣りをしている時に会った、大声で笑っていた、あの人であることを確信した。

 彼女は広よりも背が高かった。「この人だったんだ!」あの香りの正体は、彼女だったんだ。広はそう思い、やっと疑問が解け安堵した。「どうもすみません・・・」彼女は言った。

 「あなたはこの前釣りをしていた人ですよね?」「えっ、あ~、そうです。よくわかりましたね」「それはもう・・・、偶然通りがかった時に、あんな大物を釣ったんだから・・・」それを聞いて広はがくっときた。

 もちろんそれは生きた魚の事ではないことは承知だ。しかし嬉しかった。覚えていてくれたのだ。あんな恥ずかしい出来事だったが。・・・

 「どうもすみません。ありがとうございます。所で、転んだ時大丈夫でしたか?」「いや、あの時取れると思ったけど、運悪くデイゴの根っ子につまずいちゃって、・・・どおにか怪我はしないで済みましたが、・・・ボールが意外と転がるのが早くて、思わずこういう事になりまして、この通り濡れてしまいました」広は頭を掻きながら下を見て言った。

 膝から下はすっかり濡れていて、彼女はそれを見ると、ボールを足下に置き、素早くポケットからハンカチを取り出すと、その濡れているズボンを一生懸命に拭いた。

 幸い川の水が綺麗であった事で、大きく汚れてはいなかったが、しかし拭いても変わるはずがなかった。

 「もういいですよ、止めてください!」広は彼女の手を払いのけて、後退りをして言った。

 そして斜面を上り、倒れている自転車の方へ行くと、起こして乗り、左手を軽く上げ走り去った。

 びしょびしょの靴でペダルを思いっきり漕ぎながら、広はどうして自分がさっさと立ち去ったのか後悔した。そう思いながらも水が靴の中で、『ぐちゅぐちゅ』と音を立てて気持ちが悪く、早く家へ帰って脱ぎたかった。

 「あのう・・・」斜面を上り追いかけていた彼女は、ハンカチを握りしめながら、彼を止めようと思ったが、広がさっさと行ってしまったので、次の言葉が出ず、ただ彼が走り去るのを見るしかなかった。

 仕方なく諦め、置いてあったテニスボールを取ろうと、川岸に降りようとしたとき、数メートル右下の方に帽子が落ちているのに気づいた。「あっ、忘れてる!」彼が被っていたのは間違いない。彼女はあわてて帽子を拾うと、彼が走り去った所を見たが、もう広の姿はなかった。

 彼女は仕方なしに帽子を預かることにした。そして自分のボールを取りに降りると、それを持ってまた斜面を上った。「きっとまた会えるわね。・・・これはどこの高校かしら?」帽章を見て考えた。

 しばらく見ているうちに彼女は、何を考えたのか変な行動に出た。「私にも似合うかしら!?」そう独り言をいうと、広の帽子を被った。「くさっ!」、彼の汗臭さが鼻を突いた。

 彼女は耐えきれず帽子を取った。「そうだわ!・・・」彼女はポケットの中に手を入れるとある物を取り出した。そしてそれを帽子に向けて振った。「よしこれでおっけい!・・・」

 そして家へ戻るため、道路の反対側へ渡ろうと左右の車の往来を確認していると、遠くの方から自転車に乗った男の人がやって来るのが目に入った。彼女にはその人が広であることがすぐわかった。

 「帽子に気づいたんわ!きっと・・・」

 何故か彼女は、近くに生えている大きなデイゴの木の陰へ、素早く隠れた。それは歩道から少し下がった斜面に生えており、幹が太く、隠れるのには絶好の木だった。広が転んだのは、そのデイゴの木の根だったのである。

 そんな事を知らない広が、先ほどの所へ来ると、周りを見回した。そして斜面を降り下を見ながら探していると、ちょうどデイゴの木に背を向けた時だった。隠れていた彼女はゆっくり広に近づくと、いきなり右手で広の肩を叩いた。

 「わっ!」、広は思わず驚き後ろを向いた。「何だ君だったのか!、驚いたよ。・・・ところで、どうしてまだここに居たの?」

 彼女は両手を後ろに組んで薄ら笑いをしていた。「あなただって、なぜ戻って来たの?」

 「それは、ちょっと忘れ物をして、・・・帽子何だけど、・・・あのう、僕の帽子知りませんか?ここに落としたと思うんですけど・・・」

 「さあ~、見なかったわ・・・」彼女はとぼけていた。初めはすぐ渡す気であったが、広の慌てぶりがあまりにも面白くて、楽しんでいるのである。

 広は困って、また探そうとした。そのとき彼女は、後ろに隠してあった帽子をさっと出すと、また頭に被った。そして一生懸命に探している広の肩を叩いた。

 「うん?・・・」、広は彼女を見た。「どう、私似合ってる?」

 広はびっくりした。自分の帽子を彼女が被っているのだ。彼女は帽子を取ると、広の目の前へ、差し出した。「この帽子、とても良い匂いがするわね~」彼女は帽子を嗅いだ。広には何が何だか解らなかった。「あっ、あったの。ありがとう拾ってくれて・・・」

 広が首を傾けながらも彼女の手から帽子を取ろうとすると、いきなり彼女は帽子を思い切り空高く上げた。・・・彼女の行動に広は呆気に取られた。

 「取れる物なら取って!」「何するんだよ!」広は帽子を彼女の手から取ろうとするが、彼女の背が高いため、届かなかった。

 「ごめん、ごめん」、笑いながら手を下ろすと「そんな、これもみんな私のせいで。はいどうぞ・・・」彼女は何事も無かったかの様に、広に帽子を渡した。

 その時はっきりと帽子から臭った。「何だぁ!・・・」広は帽子に鼻を近づけた。「これはあなたが?・・・」「あっ、すみません。あまりにも臭かったもんで・・・」彼女は平然と答えた。

  「まったく!・・・」、そう言いながらも嬉しかった。彼女と同じ香りなのだ。広は浮き浮きした。しかし彼女には察知されないようにした。

 「さっきはどうもすみませんでした。あのどおでもいいテニスボールの為に、ズボンを濡らしてしまって」

 「いいえ、いいんですよ。・・・それじゃ」広はまたあっさり帰ろうとした。

 「あの~・・・」彼女は呼び止めた。広はきょとんとした。そして彼女はしばらく広の顔を見ていたが静かに言った。

 「あの~、それで失礼ですが、お詫びしたいんですが・・・よろしかったらコーヒーでもご一緒しませんか?」

 広は予想外の言葉に思わず驚いた。『いや待てよ。これは又いたずらでは。そうじゃなければ夢じゃないのか?』広には信じられなかった。しかし彼女の目は真剣であった。『何か夢ではないようだ』

 そうとわかると、広は内心は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。表情を殺すのに苦労した。断ってしまったら・・・、しかしこんなチャンスはもうないと思った。でも広にはその好意を受け入れる勇気が出なかった。

 「でも、いいですよ。ぼく忙しいですから・・・」「・・そんなこと言わないでお願いします!・・」彼女は両手を股に当て、頭を何度も下げ頼んだ。真剣であった。「・・困ったな・・・、・・・わかったよ。少しの間なら」広は彼女の粘りに降参した。

 「どうもありがとうございます!」彼女は喜び、直ぐ様駆け足で斜面を道路へ上がった。

 広は重たそうにゆっくり上がった。靴が濡れているせいで相変わらず『くちゃ、くちゃ』と音をたて、靴底が滑って上りにくいのだ。それに気持ち悪さが限界に来ていた。

 やっと上った広に、彼女は「ちょっと待っててね!」と突然そう言って車の通る隙を見て向こう側へ渡ると、道路沿いにある一件の家の中へ入って行った。

 それは遠くからでも鉄筋コンクリート2階建てで庭は広く、芝生に覆われているのがわかった。

 広がその家に見とれていると、すぐ彼女はこちらへやって来た。彼女の手には草履があった。

 「はい、これ!靴を脱いで、靴下もね!」彼女は広の足下に草履を置いた。「おい、いいよ。へっちゃらだよ!」

 「だめよ!このままじゃ水虫になっちゃうわよ!」彼女はしゃがんで靴を脱がそうとした。まるで親が子に言い聞かせてでもいるような光景である。「わかったよ」広は辺りを見渡すと数人の通行人が彼らを見ていた。広は仕方なく靴と靴下を脱いで草履を履いた。

 透かさず彼女はその靴と靴下を両手で持つと「これ、洗っとくから」と言ってまた家に向かって走って行った。

 「お~い、待ってよ~、これはいいよ~」広は止めようとしたが、すぐ道路の反対側へ行っていた。

 広には何がなんだかわからなくなった。何かまたしても夢を見ているかの様な・・・。

 ところで広の足はすでに水虫になっていて、いまさらどうでも良いという感じだったのであった。しかし幸か不幸か、さっきまでのあの嫌な気持ち悪さから解放できたのだ。

 「お待ちどう、それじゃ行きましょうか!」すぐさま彼女は来た。そうして二人は道を歩いて行った。                               友達以上、恋人未満

 自転車を押しながら広は、何となく恥ずかしくて、彼女のやや斜め後ろの方で歩いていた。しかし彼女もそれを悟っているのか、ゆっくりと歩いて広と並んだ。そうして広は嫌々しながら彼女と並んで歩くしかなかった。

 しばらくの間、二人は一言もしゃべらなかった。その時二人の前に一人の女の人のがこっちを見るとやって来た。

 「あら、やっぱり宏美さんじゃないの。どうして今日は学校休んだりしたの?」その女の人は側にいる広をちょこちょこ見ながら言った。

 「あ~、美代子。今日、朝少し頭が痛かったのよ」「そうなの。それで、今は大丈夫なの?外に出て・・・」「・・・え~」「そう。それじゃ気を付けてね、あまり遊び歩いたらだめよ!・・・デートもほどほどにね。・・・バイバイ」「・・・美代子ったら・・・」

 そうして彼女はまた広の方をちらっと見ると、笑いながら手を振って行ってしまった。「・・・友達かい?」「そう、クラスメートなの」

 「ところで君は今日は学校休んだのかい?」「そう、ちょっと朝、気分が悪くてね」「それで今は大丈夫なのかい?」広は宏美の顔を伺うように言った。

 「ええ、今はもうすっかり直ったわ。・・・学校休んで損しちゃったかな。・・・いえ、そんな事はないわね。・・・うふっ!」

 「ええ・・・」そう言いながらも、広はどういう事かわかるような気がした。そして内心は広も運命を感じていた。

 やがて二人は喫茶店の前へ来た。「ここへ入りましょう」「宏美はそう言うと、ドアを開けてさっさと入って行った。広も仕方なくドアを開けた。宏美は窓の横のテーブルに座っていた。

 広は向かい合うように座った。・・・しかしずっと前を見続けることは出来なかった。・・・彼女も何故か黙っていた。・・・

 しかたなく顔を上げると、彼女の顔が真っ正面から見える。一瞬ではあるが、やっぱり可愛いなと思った。

 突然彼女が広を見た。広は思わず、すぐ目を外へ向けた。・・・心臓の鼓動が激しく打って顔が熱くなるのが解った。・・・

 しばらくしてウエートレスが水を持って来た。「あの、ホットコーヒーください」彼女は言った。ウエートレスは広の顔を見た。「・・・ぼくも同じ物で」ウエートレスは軽く例をすると行った。

 「・・・ところで私たち、まだ名前、お互い知らなかったわね!・・・私は『杉田宏美』。よろしくね!」「・・・ぼくは『木村 広』といいます・・・すみませんね、たったあれくらいの事で、わざわざおごってもらって・・・」広は頭を掻いた。

 「いいえ人から親切にされたら、恩返ししなさいって、お母さんがいつも言うのよ。そうしただけだわ!」彼女は淡々と言った。「そう、君のお母さんて、きっといい人なんだろうね!」

 「まあね!」、宏美は自慢気な顔で腕を組んだ。

 ・・・やっと広は、今までの緊張が和らいできた。「・・・あの宏美さん。この前あなたに初めて会った時、あなたは制服を着ていたけど、部活の帰りだったのですか?それに・・・」「何ですか・・・」「いいえその時とっても良い匂いがして・・・そう今日の帽子の匂いがしたもんで」「あ~、あなたたちが釣りをしていた時ね。そう、私はテニスクラブに入っているのよ、・・・あの時はお家へ帰る所だったわ。それに私はこの香水を付けていたのよ」

 広の勘は当たった。「そうかそれで今日は庭で練習していた訳ですか。・・・でもテニスもいいけど、バレーのほうがよかったんじゃないですか。あんなに手を上げられては、ちっこい僕ではお手上げですよ!」「ああ、あの事。すいません、あれはわざとだったのよ!」「まったく・・・」広は呆れていた。

 話が弾んでいた所にウエートレスがコーヒーを持ってきた。しばらくの間二人の会話はとまった。宏美は砂糖とミルクを入れてスプーンを回すと静かに口へ運んだ。広は砂糖を3杯ミルクもやや多めに入れて飲んだ。

 飲んでいたコーヒーをカップに置いて宏美は「あなたはクラブに入ってないんですか?」「ええ、2年まで柔道クラブに入っていたけど、今はもうクラブに入っていませんよ。『柔よく剛を制す』、というけど大きい人にはとても対抗できなくて、挫折してしまいました。・・・また中学の時もバスケットをやっていたのですが、2年に上がってすぐ訳があって辞めてしまいました」

 「そう、どおりで左の耳が変形しているんだ。私のクラスにもそんな男の子がいるわ」「そうなんですか」広は良く押さえ込みをされて耳を畳に押しつけられてつぶれてしまったのだった。 

 宏美は続けた。「もったいないわ。私も3年生だけどクラブに今も行っているわよ」そう言われて広は恥ずかしかった。「・・・ところで広さん。私たち何か運命を感じない?」「運命って?」

 「だって今日、急に朝頭が痛くなって、それで仕方なく休んだんだけど、何故かよくなって少しだけ庭でテニスの練習をして思いっきり打ったら、ボールが外へ弾んじゃって、それを追いかけて行ったら、広さんに巡り会えたんだもの。これは間違いなく天からの贈り物よ!」

 「贈り物ってそれほどでも・・・」広は恥ずかしかった。「だから友達になりましょうね!私たち」「え、友達って?今日会ったばかりなのに」広はまた驚いた。「だから友達よ!恋人なんかとは違うわよ。私だって恋人にって急に言われたら、気が引いてしまうわ」「あっ、そうか!」広は早合点していた。

 「所で香水は何という名前なんですか?」「解らないわ、落ちていたもんだから・・・まあいいじゃないそんな事!私たちが出会えた事が大事だわ!」「そうだな・・・」広も納得した。

 広は帽子を取ると再び匂いを嗅いだ。それを見て彼女は薄ら笑いをした。

 宏美は少しの間コーヒーを見つめて黙っていたが、やっと顔を上げた。その顔は仄かに赤らんでいた。「ねえ広さん、明日も付き合わない?」広はまたしてもびっくりした。「これはきっと夢じゃないか」、と思った。そして少し悩んだ末、「・・・ええ良いけど」、広は言ってしまった。何故なら彼女が少なくとも僕に興味を持ったということなんだ。

 「ほんと、うれしいわ!」彼女は自身の両手を握りしめた。「それじゃ、そうね、明日は土曜日だからクラブは早めに終わるからと、4時頃川沿いのあの大きなデイゴの木の所で逢いましょう!」

 二人はそう約束すると、コーヒーを飲み干し店を出た。彼らはもと来た道を戻って行った。

 広は軽快に自転車を押した。・・・そして宏美の家へ着いた。「ねえ広さん、上がって行かない?」「・・・今日はよすよ。ズボンはまだ乾いていないし・・・」「そう、それは残念だわ。・・・あっそう、ズボンは無理だけど靴と靴下なら、ちゃんと洗っとくから。・・・靴はもう一足あるでしょ!?」「あっ、大丈夫だよ。有るよ」広は嘘を吐いた。

 「そう、それはよかったわ。明日逢いましょう。4時よ、忘れないでね!」「わかったよ」「それじゃ」宏美は両手を大きく振って家へ入った。思わず広も手を降ろうとしたが、軽く手を上げて別れた。

 自転車を押しながら広は思った。何だか彼女とは最所の付き合いには思えなかった。とっても彼女が積極的で人懐っこいので、ずいぶん前からの付き合いに思えてきた。

 そう思いながら気が付いてみると、もう家に着いていた。考えてみたら、彼女の家とは1キロぐらいしか離れていないのだ。

 広はドアの取っ手を回してみた。鍵は掛かっていなかった。「ただいま」「姉さん、鍵掛けるの忘れているよ、開いていたよ!」「あっ、ごめん、ごめん」

 「今は昔と比べておっかない世の中なんだから、気をつけなきゃ!」ドアを閉めて鍵とチェーンを掛けると、広は鞄を玄関に投げるように置いてズボンを脱ぐと、洗濯機に入れ足を洗った。

 「どうしたの広、昨日着けたばかりじゃなかったの?」「ああ、ちょっと汚れたから」広は帽子を脱いで部屋へ行こうとした。「あれ~広!何か良い匂いがするわね?」姉はぷんぷんと匂いの元を探った。

 「あっ、仕舞った!・・・」広はもったいながらも急いで帽子を手で洗った。「どうしたの帽子まで・・・?」「いえ、ちょっと友達にいたずらされちゃって、香水を付けられたんだ。」

 「そうなの、でもすっごくいい匂いがしたわ。・・・ところで広、今日は馬鹿に遅かったわね。もしかしたら喧嘩でもしたんじゃないの?」「別に、何か悲しそうな顔してる?」そう言って広は目を瞑った。

 「そういえば逆に楽しそうな顔をしているわね」姉にはわからなかった。

 広は自分の部屋へ行くと布団にもたれた。そうして寝るとき、広は今日のことを振り返って考えてみた。今考えてもまるで夢を見ている気分なのである。明日になるとそれが現実でなかった事がわかるんじゃないかと。それでも広は早く明日にならないかなと思った。しかしなかなか寝付く事が出来なかった。

 「宏美か、彼女の名前は杉田宏美と言うんだ!」そう思ったら寝付けないのだ。しかしその広にも、やっと睡魔が襲った。やっと寝ることが出来たのである。・・・      

            ・・・それぞれのお家へ・・・

 

 翌日、広は7時頃起きた。眠い目を擦り、ご飯を食べた。そして思い出した。「あっそうだ、靴がなかったんだ」広は靴は宏美が預かっているのを思い出した。

 食事を済ますと広はあわてて他の靴を探した。「あっ、あった!」しかしその右足用の靴の外側に1センチぐらいの穴が開いていた。「まっ、いいか履ければ」広はあっさり諦めると急いで歯を磨いた。・・・

 そして靴を履いた。やっぱり穴から靴下の生地が覗いていた。しかし彼はいつものように自転車に乗り家を後にした。

 今日の広はもちろんいつもと違っていた。授業中も休み時間も宏美のことで頭がいっぱいで、とても勉強どころではなかった。しかし何故か楽しかった。

 やっと4時間目が終わる頃になって広はさらに元気が出てきた。そして授業終了のベルが鳴った。広は友達の良夫と一緒に帰らず、一人クラスの誰よりも先に教室を飛び出した。そして広は足早に川沿いにあるデイゴの木に向かって自転車を漕いだ。

 やっとデイゴの木の近くに着いて広はふと約束の時間を思い出した。「そうだ会うのは4時だっけ、宏美さんは部活があるからな。ちぇっ」

 広は自転車を降り、斜面を降りて川岸に来ると、手頃な石ころを探し横投げで川へ投げた。石は水面に当たるとぴょんぴょんと何回か跳ねて消えた。そして次々に段々と広がっていく丸い波をじっと見ていた。

 「ここに居てもしょうがないな」両手を擦って汚れを落として斜面を駆け上ると、自転車に跨がった広は、取り敢えず家へ帰ることにした。・・・

 アパートに着き、直ぐ昼御飯を食べると私服に着替えてそのまま横になった。広には時間がとても遅く感じられた。柱時計の振り子の動きの遅さにとてもいらだってきた。そして待ち草臥れた。

 広はとうとう待ち合いの川岸のデイゴの木の所へ行くことにした。

 ドアを開けると鍵を掛けて、鉄の階段を小刻みに下りて自転車に乗ると、橋を渡って向こう側の川沿いの道路へ渡り、そのまま真っ直ぐ約10分を越したのだろうか、やっとの事であのデイゴの木が見える所まできた。

 「ちぇ、やっぱりまだ来てないや」あたりを見渡したがそれらしい人は見えなかった。

 広は自転車を倒しながら降りると、緩やかに下がった芝生の上へ横になり両手両足を広げた。すると自然に空が視界に入ってくる。まさに日本晴れと言ってもおかしくないくらい空が透き通っていて気持ちが良くなってきた。

 広の目の見える範囲は雲は1つも見えなかった。そして遥か遠く離れた空の上を、小さいがはっきり見える飛行機が、音もなく気持ちよさそうに飛んでいるのが確認できた。

 それはゆっくり飛行機雲を作って飛んでいた。その始めは糸のように細かった飛行機雲も、段々ゆっくり太くなっていて、終いにはぼやけてしまって本当の雲のようになっていた。

 そして飛行機が広の目に見えなくなる頃、いつの間にか彼は気持ちよさそうに眠ってしまっていた。・・・

 ・・・どれくらい寝ただろうか、急に右耳がかゆくなった。「なんだ~、蟻かな?」広は急いで起き上がりながら耳を掻いた。すると小さなヤモリが地面に落ちて走り去った。「うわ~、びっくりした!」広はその気持ち悪さに身震いがした。

 ふと時計を見ると4時を10分ほど過ぎていた。急いで立ち上がると、川では2、3名の子供たちが釣りをしていた。宏美はまだ来ていなかった。

 広は待ちきれなくなった。そして大きなデイゴの木の所に来た時だった。突然目の前が暗くなった。「うわ~、何だ~?」広は目の前の物を払いのけた。

 「びっくりした?ごめん、ごめん」何んと宏美は、又してもデイゴの木に隠れて、広の目に手を当てたのだった。「あ~、びっくりしたよ。宏美さんじゃないか!」「ごめんね、遅くなって。待った?」「そんな事はないよ、僕も今来たんだ」「そう、寝ていたんじゃないの、目が真っ赤よ」

 「・・・これはさっき手で押さえられたので、目が赤くなったのさ」「そう、ごめんね。ちょっと下で休みましょう」

 広と宏美は川岸へ降りていった。そこはこの前広がボールを取ろうと水につかった所で、そこに二人は仲良く座った。それは誰が見ても恋人同士に思えるだろう。

 「ねえ広さん、私たち何だか前から知り合ってたって感じね」「そうだな僕もそんな感じがするよ」広は向こう岸で釣りをしている人を見ながら言った。

 「ねえ広さん、早速で悪いんだけど私の家へ行こう。お母さんが居るけど良いでしょう」「君の家へ、僕恥ずかしいよ!」広は頭を掻いて言った。

 「そんなことはないわ。私のお母さん優しいのよ。ねえ行きましょう!」「・・・行ってどうするんだよ?「まあいいじゃない、行きましょう!」

 宏美は広の腕を掴むと両手でぐいっと引っ張って広を立たせた。そしてそのまま手を掴んで歩道まで上がると、彼女は自分で自転車を起こして道の向こう側にある宏美の家へ連れて行った。                          宏美は広を玄関まで連れて来るとドアを開け、広を中に入れ母を呼んだ。「お母さん!お母さんてば~」「な~に宏美!大きな声を出して」しばらくして宏美の母が奥の方からやって来た。

 「ねえお母さん、この人友達よ。え~と、何、広だったかな?」母は一瞬びっくりしていたが、直ぐ落ち着くと、彼の顔を見ていた。

 「あの僕、木村広です。よろしくお願いします」広は照れながら頭を下げた。母はにっこりして「こちらこそよろしく。・・・さあ玄関に居ても何だから上がってください。どうぞどうぞ」宏美の母は快く広を向かい入れた。それだけで広は良い人だなあっと思った。

 顔はややぽっちゃりだが、太ってはなくとても上品そうな人だった。そして宏美さんと同じくけっこう背が高かった。

 宏美は広を自分の部屋へ連れて行った。宏美の部屋は2階の景色がよく見えるとても奇麗な所だった。ここからは例のデイゴの木も道路の向こう側の斜面のやや下がった辺りに見えた。

 彼女の部屋には窓の前に机があり、壁にはいろいろな歌手のポスターや、可愛らしい動物のシールが貼られてあり、棚には百科事典や参考書、小説の本もいっぱい有った。

 その棚の上にはぬいぐるみが奇麗に並べられて置かれていた。それに寝心地の良さそうな感じのベット、その横には大きな鏡がついたタンスが有り、鏡の前には化粧品やドライヤーなどが有った。そして床には花柄模様のピンクの絨毯が奇麗に敷かれてあった。

 広には女性の部屋を見るのは初めてなのであった。そして「やっぱり女の子の部屋は、こうでなくっちゃ!」と感心した。

 広がしばらくの間見とれているのを、彼女はじっと広の顔を伺っていた。

 「広さん、何か口を開けてよだれが出ているわよ」「しまった!・・・」宏美が話してやっと広は正気にもどった。彼は手の甲でそれを拭いた。

 「ちょっと待っててね」宏美はドアを開け静かに閉めたと思うと、バタバタと下へ降りて行った。

 広は立っているのに疲れたので、自然とベットに腰掛けた。それはとても柔らかく暖かかった。おまけに良い匂いまでする。そしてまた部屋の中を見回した。

 しばらく見ていると、広は何となく変な感じになったのか、ベットから立ち上がった。宏美の部屋から早く出たくなってきたのだった。しかし彼女はなかなか上がってこなかった。

 広は何だかそわそわし出した。窓からまた例の木などを見て心を落ち着かそうとした。今度は机の椅子に座った。よく見ると彼女の日記があった。見たいが見るわけも行かないのでさわることをしなかった。仕方なく広は椅子を左右に回転させて遊んだ。

 やっと微かに階段を上る足音が聞こえた。それは何となく彼女ではないような気がした。宏美だろうかそれとも母親では、広は緊張した。

 その人は、ドアまで来たかと思うとちょっと間を置いて、ドアをノックした。広はあわてて椅子から立ち上がった。「はい。どっ、どうぞ!」母に違いないと思った。

 静かにドアが開いた。広は恥ずかしながらその人を見た。「何だ宏美さんか。ノックしたので君のお母さんと思ったよ」「ごめん、ごめん、今のはわざとなの。やっぱり驚いた?」「驚くさ、わざとして」宏美は頭を下げた。「はい、お待ちどう」宏美は冷たいジュースを広に渡した。「ありがとう」広は安堵し、一気に半分ほど飲んだ。「あ~、おいしい」宏美も飲んだ。

 そしてグラスを置くと広に言った。「ねえ広さん、この前聞くの忘れたけど、あなたは何処の学校へ行ってるの?」「ああそうだっけ、君はこの近くの大宮商業なんだろう?」

 「あらよくわかったわね、ストーカーでもしたの。所であなたは何処なの?」「ぼくは上尾工業高校の機械科にいるんだ」「あの河口にある高校?」「うんそうだよ」「うちの学校と近いわね」「そうだね・・・」二人はお互いに笑った。

 「所で、私のお母さんどう?」「うん、やっぱりとてもいい人だね」「そうでしょう!」宏美は喜んだ。

 「お母さん、私が始めて男の人を家へ連れてきたので、とっても驚いていたわ。宏美も一人前になったわね、なんてさ」宏美は笑いながら言った。「・・・ほんとうれしいよ。君みたいな恋人、いや、お友達ができて」「私もよ・・・」「・・・」

 二人とも顔を赤くした。「・・・ねえ広さん、あなたはどんな趣味を持っているの?」「僕、うん、まず魚釣りに、天体望遠鏡で星を見る事、そして最近はあまり弾かなくなったけど、ギターを弾いたりとか」

 「へぇ~、広さんてギターも弾くの。フォーク?それともクラシック?」「クラシックだよ」「へぇ~、又してもすごいわね!~」

 宏美は広がまさかギターを弾くとは思わなかった。それもクラシックを、「だいたいの人はギターというとフォークを弾いているのにどうして?」

 「うんそれは最初、このギターは姉さんが友達から習うために飼ったのに、全然弾かないんだよ。それがクラシックギターだったんだ。それで姉さんからもらって、僕がたまたま暇な時に弾いて、それが一時は病み付きになったんだけど、今度はもう飽きちゃったんだ。だけどたまに弾きたくなるんだよな、そんな時なんか弾くのさ」宏美はなるほどと思った。

 「ところでどんな曲が弾けるの?たとえば禁じられた遊びとか、あのトレモロで奇麗なアルハンブラの思いでなんか、うっとりするわ~」

 広はちょっと恥ずかしかった。「宏美さんってギターの事よく知っているね」「うん、少しだけわね」

 「アルハンブラは弾けないけど、禁じられた遊びなら、僕だいたいは出来るんだ。もちろん上手くはないけどね」「本当、ねえ私に聞かせて!」宏美は夢中になって頼んだ。「いいよ、それから・・・」「・・・何なの、他にもあるの?」

 「うん、最近から何だけど、小説を書いているんだ」「え~、嘘でしょ!何の小説なの?」宏美はびっくりして聞いた。「うん、宇宙へ冒険する話しさ」「へぇ~、すごいわね。・・・書き終えたら読ませてね」「うん良いよ。でも書き上げるのは相当掛かると思うよ。所で宏美さんの趣味は」

 「私はえ~と、編み物にレコード鑑賞ね。・・・そうだわいいレコードがあるわ。掛けるわね」

 宏美はステレオの方に行くと、いくつも並べられた物から1番左隅のレコードを取った。そして電源を入れてプレーヤーの蓋を開けると、レコードをセットし針を置いた。・・・やがて静かに曲が流れた。

 「あ~、これはフォスターの『夢見る人』だろう!」広は驚いて言った。「あらよくわかったわね、とっても奇麗な曲でしょ」「・・・僕、フォスターが好きなんだよ」「そう、私も好きなのよ」二人はしばらく一言もしゃべらないで聴いた。そして曲は終わった。

 「宏美さん、今度は僕の家へ来ない、今日は土曜日だから、姉さんもいる事だし」「・・・そうね、そうしましょう」宏美は電源を切った。

 広は残った分もみんな飲んで、宏美の母に挨拶をして二人は家を出た。ところが「ちょっと待っててね」そう言うと宏美はまた中へ入った。そして直ぐ出てきた。 それは例の靴と靴下、奇麗に洗ってあった。「はい、これっ。相当汚れていて、落とすの大変だったわ。汚してすいません」「どうもありがとう。実は初めから汚れていたんだよ」「そうなの・・・」「あっそうだ、草履忘れた!」「いいわよ、どうせ広さんの家へ行くんだから」「あっ、そうか」広はまた自分の頭を叩いた。

 広は自転車を押し始めたが急に宏美が「ねえ、私を後ろに乗せてくれない!」「だめだよ、後ろに乗せた事も無いし、第一恥ずかしいよ!」「私は平気よ!」

 宏美は自転車に背を向けると今にも腰掛けようとしていた。「仕方ないなあ~、大丈夫かな~」広は宏美を後ろに乗せてペダルを踏んだ。しかし強く踏むことが出来なかったのでスピードが出ず、ハンドルがふらついた。

 「うわ~!」、「きゃ~!」突然二人とも大きな声を出したと思うと、案の定彼らは自転車諸共倒れてしまったのであった。「うわ~、やっぱりやってしまった!」「いいわよ広さん、二人乗りは危ないわ、歩いて行きましょう」

 そうして二人で自転車を起こすと、彼らは仲良く自転車を押して広の家へ向かった。「広さん、さっきは悪かったわね。無理させちゃって。やっぱり私、重かったかしら?」「そんな事はないよ!僕が下手だから」

 「まあいいわ。ところで広さんの家ってどんなかしら?」宏美は期待しているようだった。

 「僕の家はどこにでも有るただのアパートだよ。姉さんと二人暮らしなんだ」「そうなの・・・」二人はいろいろ話しながら、やや早足で自転車を押しながら歩いた。

 やっと彼らは広が住んでいるアパートに着いた。建物の外にある鉄の階段を上ると、2階の3世帯有る中の、真ん中のドアの前へ来た。

 広は取っ手を動かし鍵が掛かっていないとわかると、ドアを開け宏美を中へ入れた。

 彼は姉さんを呼ぶと宏美を紹介した。「私、杉田宏美といいます!」「こちらこそ、木村静恵です。よろしくね!」宏美は家の中を見回した。私の家に比べて相当狭いんだなあっと彼女は思った。

 「それにしても驚きだわねえ、広にガールフレンドがいたなんて!」姉は冷蔵庫からジュースを取り出すと言った。「それはないよ姉さん、僕って以外と持てるんだよ!」広は自慢げに言った。

 宏美は口に左手を当てて笑っていた。「あの、お姉さんもボーイフレンドはいるんでしょう?」突然宏美に言われた静恵は「ええ、私だってボーイフレンドの一人や二人はいるわよ。広になんかに負けないわ!」「とか何とか言って、本当はいないとか」広がいたずらした。「ふん、覚えてらっしゃい!!」姉は自分にはボーイフレンドがいないのに、広に出来たので悔しさで思わず口にしたのだった。

 静恵は席を立つと台所へ行って、ケーキとミカンを持って来た。それは見た瞬間、宏美の方のケーキが大きく、広のは小さかった。「姉さん、僕の小さいよね?」間も置かずに広は言った。「だって広ったら、甘いもの好きで糖尿になったら大変でしょ!」静恵は笑いながら言った。宏美はケーキを見て「これ自分で作ったんですか?」「ええ、バレンタインだったのでいい人にあげようと思ったんだけど、勇気が無くてここにあるの」そう、三日前にバレンタインは終わっていたのだった。「まってね、今お茶沸かしているから、・・・お茶好きでしょう?」「はいお菓子を食べる時はお茶でなくてわ。いただきます!」宏美はそう言うと、スプーンを取ってケーキをいっぱい乗せると、かわいい口を大きく開けて食べた。

 姉は宏美にいろいろと聞いた。今通っている学校や家族の事、趣味など「そう宏美さんはレコード鑑賞が好きなの?私も音楽は好きだけど、ステレオが無くてね・・・」「そうなの?」宏美はもう一度周りを見回した。小さいテレビにラジオ、机、タンスそんなもんだったのである。しかしふと角にギターがあるのを見た。「それじゃ私の家へ来て聞いたらいいわ」「本当、ありがとう」「明日でもいいわ」「そうするわ!」姉は喜んでいた。

 「ところで広、話は変わるんだけど来週の日曜日からいよいよ夏休みでしょう。どこか行こうか?」「・・・そうだな姉さん、やんばるへキャンプへ行こうよ。・・・隣の、のぼるも一緒に連れてさ。4人でな宏美さん」「それはいいわ。私、絶対に行きたいわ。ね、静恵さん。私も連れてってください!」「・・・よしわかったわ。それじゃさっそく来週の日曜日に行きましょう」広と宏美は喜んだ。

 「ところで広さん、のぼるさんてだれ?」「ああ、のぼる。そう言えば君は知らないかな、この前僕が釣りをしている時、もう一人僕のそばにいただろう」

 宏美は思い出していたがやがて「あの一生懸命釣っていた子!?あれがのぼる君?」「そう当たり!」

 「広、せっかく宏美さんも居る事だし、キャンプについていろいろ話し合わない?」「それはいいわ!」「よしっと、その前に僕のぼるを呼んでくるよ」「あ~、それがいいわね。それじゃ呼んできて」広は席を立つと駆け足で外に出て行った。

 5分ほどして広がのぼるを連れて来た。のぼるはすでに喜んでいるようだった。「キャンプへ行くって本当なの。静恵姉さん!?」「そうよ、だからその事についてみんなで話し合うために、君を呼んだのよ」「そう、ところでこの人は?」のぼるは宏美を見た。

 のぼるにはわからなかったが、宏美は顔を覚えていた。広はのぼるに宏美を紹介した。「おい、のぼる。この前釣りをして笑っていた人だよ」「あっ、そうなの、缶を見て。・・・お兄ちゃん、魚を釣るのは下手だけど、女の人を釣るのは上手いね。この前会ったばかりなのに!」のぼるはにやにやした。

 「おい、のぼる何を言うんだ。まだこれっぽちも手を出していないぞ!」「何ですって!!」宏美は驚いた。

 「・・・ところで缶を見てと言ったけど何なの?そこで知り合ったの?」静恵が聞いた。「それがですね・・・」宏美は笑って後の言葉が出なかった。「何なのよ~?」静恵がまた聞いた。

 「・・・缶を釣ったのさ~、魚じゃなくて。それを偶然通りがかった彼女が見て、笑ったのさ~。僕は知らん顔してたけど」

 「へぇ~、そうだったの広、缶を釣ったの?」静恵がつっこんだ。「はっ、は、はっ・・・」広をのぞいた3人は、大きな口を開けて笑った。

 「もういいよ、早くキャンプの話をしようよ!」「・・・わかったわ。・・・それではみなさん、これから夏休みのキャンプについて話し合いをしたいと思いますが、広が提案したやんばるでいいですか?」「はい」みんな賛成した。「・・・それでは次にいろいろ準備する物を言ってください」

 みんなは代わる代わる意見を言った。そしてやっと話し合いが終わった。「それじゃ僕行くよ」のぼるはそう言うとさっさと出て行った。しばらくの間3人は一言もしゃべらず静かになった。

 「それじゃ私も今日はこれで失礼するわ」「もうちょっと居てもいいのよ、宏美さん」「いいえあまりお邪魔しては、来週のキャンプが楽しみだわ。・・・それじゃまた明日」宏美は席を立つと靴を履いておじぎをして出て行った。

 「僕ちょっと送ってくるよ!」「その方がいいわ」「あ、そうだそうだ。草履、草履!」広は思いだし取ると、急いで階段を下りると自転車のロックを外し後を追って行った。

 直ぐ様宏美に追いつくと自転車を降り二人並んで歩いた。「・・・ねえ広さん、私たち4人何だかいい友達になれそうね」広から草履を受け取りながら宏美はうれしそうに言った。

 「そうだな、のぼるは別にどうでも良いけど、・・・宏美さん何だか早く夏休みが来てほしいな!」「そうね、・・・ところで広さん、女の人を釣るのは上手いって本当なの?」「・・・そんな事はないよ。逆に釣られた様な物だよ!はっきり言って、僕は今までチョコレートをもらった事は一度もないし、こう見えても小心者で、宏美さんが最初の彼女なんだよ!」「そう、私もよ。でも私は釣ったり何かはしてないわよ!」

 「ごめん、ところで宏美さん、テニスで忙しいのにキャンプに行けるのかい?」「大丈夫よ、実を言うと私選手にも選ばれていないし、もうやる気を無くしているのよ。それでこの前やけくそで打った球が外れて、例の事になったのよ」「そうだったのか」広は同情した。

 「ところで広さん、明日あなたのお姉さんがレコード聴きに来るから、私迎えに来るわね!」「いいよ家は解りやすいし、僕がちゃんと教えるから」「そう、それは助かるわ」

 二人は宏美の家に着いた。さすがに夏だとはいえ薄暗くなりかけてきた。「それじゃ広君、ありがとう。気をつけてね」「ああ、それじゃ」

 宏美はドアを開け手を振ると中へ入った。広も自転車に跨がると急いでアパートへ戻った。

 翌日広は9時に目を覚ました。姉さんはもう着替えていた。「それじゃ広、宏美さんちへ行ってくるね」「姉さん家間違えるなよ」「わかっているわよ、大きなデイゴの木の近くね」広から紙を受け取った静恵は、それを見ながら言った。

 「朝御飯は自分で入れて食べてね」「うんわかってる」広は布団を畳んで押し入れの中に入れた。姉は準備を済ますと靴を履いて出て行った。

 広はご飯を入れると食べた。・・・

 ・・・昼過ぎになってようやく姉は帰ってきた。

 「広、宏美さんのお家って素敵ね。それに、お母さんやお父さんはとっても優しかったわ。お母さんは宏美さんと似てとても背が高くて、逆にお父さんはとても背が低くて、しかし、がっしりしていたわ。まるで宏美さんと広みたいだわ」

 そう広は結構背が低いのであった、あ姉よりも。

 「そして宏美さんと二人で買い物にも行ったわ。はいこれお土産!」姉は相当喜んでいるらしかった。「ところで広、宏美さんがあなたに悪いけど今日来てほしいと言ってたわよ」「ほんと!何だろう?」「さあ、それは私にもわからないけど、早く行った方がいいんじゃない」

 姉に言われて別にこういった予定もない広は、すぐ宏美の家へ向かった。・・・

 ・・・着くとチャイムを鳴らした。宏美はすぐ出てきた。二人は部屋へ行った。「なんだい何か用があるの?」

 宏美はベットの下に手をやると一つは小さな物を、もう一つは大きなケースを引っ張り出した。「あっ、ギターじゃないか!新品だなあ、いつ買ったんだい?」

 「今日静恵さんと買い物に行った時に、ちょっと楽器やさんに行って、・・・そしてこれはチョコレート。バレンタインはとっくに過ぎたけど」

 宏美は広に両手で渡した。「あっ、僕に、ありがとう!」広はどきっとして受け取った。「ねっ広さん、私ギターを習おうと思って買ってきたのよ。お姉さんが少しは出来るから広さんから習ったらって。・・・ねえ広さん、私にギターを教えて」

 「・・・うん教えても良いけど、そうあまり上手くないんだ・・・」広はちょっと参ったような顔をした。

 「いいわよ広さん何か弾いて」そう言うと宏美はギターのケースから真新しいギターを取り出して、広に渡した。

 「わあ、これは高かっただろう!?」広はギターをあらゆる角度から眺め回した。「これは幾らだったんだい?」「そうね5万そこそこだわ」「へえ~、5万も、宏美さんには参ったなあ」

 広は親指でギターを鳴らしてみた。広は黙って弦を一つ一つていねいに音を合わせていた。・・・そして禁じられた遊びを弾いた。引きながら広は思った。今日は何だか一番うまく弾いているような気がしたのだ。

 宏美は広の指の動きをじっと見ながら曲の面白さに浸った。・・・曲が終わった。宏美は拍手した。

 「広さんて上手いじゃない。とっても美しい曲だわ、ねえ私にも教えて」「・・・待ってよ宏美さん、いきなり曲を弾くのは大変だよ、まず基礎からしなくちゃ」

 そう言って広は宏美にギターの持ち方、ドレミなどを教えた。宏美は真剣になって習った。「広さん今日は本当に楽しかったわ、ねえ毎日教えてくれる?」「ああいいよ、毎日は無理だけど、僕も一人で弾くより二人で弾く方が楽しいからな」・・・

 そうして広は宏美の家を後にした。・・・そして二人は時々一緒にギターを練習した。・・・

               ・・・夏休み・・・

 それから土曜日になった。・・・今日で学校とは当分お別れだな、広は先生から通知表を受けとると恐る恐る開けてみた。「やっぱり、まあいいやこの分では僕としては一生懸命やった事になる。姉さんも怒らないだろう?」広は急いで家へ帰った。

 やがて姉さんが帰って来た。「広、通知表はどうだった?」広はどきっとした。「まあまあだったよ姉さん」「いいから早く見せなさい!!」

 広は鞄の中から通知表を取り出して静恵に渡した。「うん、そうね、まあまあじゃない。・・・国語がちょっと悪いわね」広は黙っていた。姉は広に渡した。「広よく頑張ったわね」姉の顔は嬉しそうだった。「まあ、今回はこうだったけど、次はもっと良くするよ」広は自分でもまた一目目を通して鞄の中に入れた。

 「ところで、ねえ広、明日はいよいよやんばるにキャンプね、宏美やのぼるは準備出来たかしら?」「そうだなあ、二人とも楽しみにしていたから準備出来ているだろう。・・・早く明日にならないかな」

 「よし広、私達も早く準備を終わらせましょう。・・・それから広、この前宏美さんちへ行った時に荷造り用の紐も買ってきたのよ」姉は袋から取り出した。それは赤いビニール紐であった。「姉さんこれで荷物をくびるんだね」「違うわよ広、これは森の中で道に迷わないために目印として木にくびるのよ!」「そうか良い考えだね」こうして二人はこの日のうちに準備を終わらせた。・・・

 ・・・やっとみんなが待ち遠しかった夏休みがやって来た。小鳥がさえずり太陽が燦々と輝き、とてもよく晴れていた。

 広と静恵は早速朝御飯を済ませてのぼるの家へ行った。「やあ、のぼる!」「あ、おはよう。今日は楽しくなるね!」

 のぼるは水筒とランドセルを背負うと家を出た。「のぼる忘れ物はない?」「ないよ」のぼるの母が後ろから出て来て言った。「気を付けるのよ」「大丈夫だよ、それじゃ行って来るよ」

 静恵と広はのぼるの母に礼をして、のぼるの家を離れた。「よしそれではのぼるに広、次は宏美の家へ行きましょう!」

 3人は車で宏美の家へやって来た。宏美はすぐ出てきた。「それじゃ母さん行って来るわね」「宏美、気を付けてね」

 宏美はとても明るい黄色の服を着ていた。広はとっても気に入った。宏美は彼らの車に乗り、静恵は車を走らせた。

              ・・・楽しいキャンプ・・・

 一行は高速でやんばるに向かうことにした。そのためガソリンスタンドで燃料を満タンにした。

 そして高速に乗ると快速に車を走らせた。・・・

 途中パーキングエリアで休憩を取った。・・・

 やっと長い高速を下りると、そこでは蝉がやかましく泣いていた。どうしたことか、広の様子がおかしかった。「広さんどうしたの?」宏美が心配そうに言った。

 「いいえちょっと気分が悪くなって」広は胸を押さえて言った。「あっ、そうだ、広兄さんは車酔いをするんだっけ!」のぼるが思い出したように言った。「そうだったわね、広、大丈夫?」

 「うん、どうにか」広は宏美の前なので頑張っているのだった。「そう、やがて着くわよ」と静恵は言うと、新鮮な空気を入れるために窓を開けた。

 静恵は快速に車を走らせた。そして山道に入るとさすがに夏とはいえ、ひんやりするのが解った。そして山の奥へと入って行った。

 それからしばらくするとやっと川が見え始めた。一行はそこで車を止めて下りた。「わあ~、この川とっても綺麗ね。!!うわ~魚がいるわ!!」宏美が驚いた。「ほんと?」のぼるもみんなも見た。「ここは良い所だわ!」宏美が言った。「そうだ、そうだ!!」のぼるも言った。

 一行はこの川岸にキャンプすることにした。「ああ疲れたな、ちょっと休もうか」

 広が横になろうとすると静恵が怒った。「広、休む前にテントを張らなきゃ、山は日が暮れるのが早いんだから」「わかってるよ、まだ太陽は真上だよ。暑くてたまらないよ」「そうよ静恵さん広さんが可哀想だわ!」「いや大丈夫だよ宏美さん」 そう言うと広はトランクにある袋を出して開け、テントを取ると、宏美やのぼると一緒に張った。

 やがてテントが出来たのは11時近くだった。やっとみんなはしばらく休んだ。「それじゃ宏美さん、私たちお昼の準備をしましょうか。広とのぼるは薪になる木の枝を集めてきて」静恵が立つと言った。「オッケイ、なんか頭も治ってきたし元気が出てきた。よしのぼる行こうか!!」

 広とのぼるは川岸から上がって、木がたくさん生えている森の中へ入って行った。二人は枯れた枝を探し始めた。広がよく燃えそうな枝を探すと、のぼるの見せた。「のぼる、こんな物を探せよ」のぼるは笑った。「わかっているよそのくらい、こんな物だろう!」のぼるは足下にある木を拾って見せた。「うんわかってるじゃないか」

 やがて二人はたくさん木の枝を持ってテントに戻って来た。「いっぱい拾ったじゃない!」宏美はのぼるから木を取ると、準備してあった鍋の下に入れて、マッチで火を点けた。・・・

 やがてスープが出来るとみんなは弁当を食べることにした。姉さんと宏美がそれぞれに作った寿司や卵焼きなど、みんなおいしそうな食べ物が前に並べられた。

 「いただきま~す!!」広とのぼるはそう言うと、パクパクと食べ始めた。宏美も静恵も負けずに食べた。

 食事中彼らは楽しく話などをした。みんな外で食べると相当食欲が出たと見えて全部平らげてしまった。

 「ごちそうさま!!」のぼるがそう言うと川の方へ行った。広も後を追って行った。

 二人は水の中へ入ると魚を追って遊んだ。宏美と静恵は後かたずけをした。広とのぼるは釣りをする事にして、持ってきた釣りざおで魚を釣っていた。・・・

            ・・・宇宙からの飛来物・・・

 そして夕方になった。夕御飯は火を囲んでの楽しいキャンプファイヤーだった。広とのぼるが釣った魚も火に焼いて食べた。

 「この魚おいしいわ!」静恵がおいしそうに食べながら言うと、「明日はこれより大きいのを釣るよ!」広は自慢げに言った。

 「あらこの魚はのぼるが釣ったんでしょう!?」「そうだよ広先輩はちっこいのしか釣らなかったんだ。ほらこれだよ!!」のぼるは火に焼いている5センチほどの魚を取って見せた。そしてパクリと一口で食べた。

 「あ~、そうだっけ~」「広ったら自分が釣ったように言って!」宏美は呆れていた。

 「ところでみんな、食事も終わったし、歌でも歌ってにぎやかにやろうよ!」「それじゃ始めに、僕が歌を歌うよ!」のぼるがすばやく立つと、人気アニメの歌を歌った。

 彼の歌が終わると、今度は宏美が歌った。みんなは手拍子をとって聞いた。「それじゃ今度は僕の番だな」

 広が席を立った時だった。急に何故か、暗い星だけが輝いている空が急に明るくなったと思うと、「キ~ン」という甲高い音を出しながら、遠くの方から炎に包まれたある物体が、彼らの頭のずっと上の方を、しかしかなり近くを通り過ぎると、やんばるの森の中へ消えて行った。

 みんなはただ呆然とその行方を追っていた。まるでスローモーションを見ているように、遅く感じたのだった。

 しかし落ちたと思える所からは何の炎も爆発音も聞こえなかった。3人は口を開けたまましばらく動けなかった。

 やっと広がしゃべった。「僕、見に行ってくるよ!」広は居ても立っても居られないように興奮していた。「広、待って!!こからは遠いわ。明日明るくなってみんなで行ってみましょう!」静恵が言った。

 広は何かやり切れなくなった。「いったい何が落ちたのでしょうか?」宏美は広と静恵の顔を見て言った。

 「きっと隕石だろう!」広が言った。「隕石にしてはスピードが遅かったし、何かぎらぎらした金属の様な物が見えたわ!?」静恵が思い浮かべる様にして言った。「きっとUFOだよ!!」のぼるが冗談で言った。

 「まさか、飛行機よきっと!」宏美は心配な顔をして言った。「いいえそんな事はないわ。きっと隕石よ、明日みんなで行きましょう!!」「そうね今日は楽しく過ごしましょう」宏美が言った。

 みんなはその後も楽しく歌などを歌ってキャンプファイヤーは終わった。のぼるは眠くなったのか瞼を擦りながらすぐテントの中に入って行った。

 静恵は後片付けが終わると「私、今日はさすがに疲れたわ、先に寝ましょうね」そう言ってテントの中へ入った。

 そうして後には広と宏美の二人が、やや消えがかった焚き火を前に、静かに炎を見ていた。

 「ねえ広さん」「・・・なんだい?」広は炎の光で揺れ動く宏美の顔を見た。「今日はギター教えてくれないの?私眠くないのよ・・・」「・・・うん僕も何だか目が冴えちゃって。・・・それじゃギターでも弾こうか!?」「うん!」宏美は明るくうなずいた。

 二人は川の近くの横倒しになった大きな木に座った。広はまず宏美のギターの音を合わせた。音を合わせ終わると宏美は広から習いながら一生懸命に練習した。

 「よし、今日はギターはこれで終わり!」宏美はギターを仕舞った。広はテントの側に置いてあった天体望遠鏡を持って来た。「宏美さん、今度は星でも見ようよ」「そうね・・・」

 二人は望遠鏡で月や星を見た。望遠鏡を覗きながら広は「宏美さん、さっき落ちたあの火の玉は何だろう?」宏美は「そうね何だか不気味だわ。あんなの初めてだし、飛行機でなければ良いけど?・・・」二人はもう一度落ちた方を見た。しかし暗く静かで何事も無いようだった。

 宏美は腕時計を見た。「あ、いけないわ、もうこんな時間だわ。広さん、もう今日は休みましょう」広も時計を見た。「そうだな明日行けばわかるもんな」

 二人はギターと望遠鏡を持つとそれぞれ別のテントへ入って行った。広はのぼると一緒に寝た。しかしやっぱりなかなか眠ることが出来なかった。

 あの火の玉はどこへ落ちたのだろうか。広はきっと必ず見つけてやるんだと心に思い眠っていた。

              ・・・謎の光る物体・・・

 翌日、広はのぼるに起こされた。静恵も宏美ももう起きていた。広は手ぬぐいを持って川へ顔を洗いに行った。

 「おはよう広君!」宏美が手ぬぐいで髪を拭きながらテントの方へ引き返して行った。広も急いで顔を洗った。川の水は夏だというのにけっこう冷たく、眠気が吹っ飛んでしまった。

 広が引き返すとのぼるが、「静恵姉さんが木を拾って来いってさ!」「そうか、それじゃ行こうか!」広は洗面道具を置くと、二人はまた木の枝を探しに行った。

 朝食が終わると広はみんなに昨日落ちた隕石を探しに行こうと言い出した。みんなはすぐ賛成をすると後片付けをして準備した。そしてテントはそのままにし、大事な物は車に置いた。

 「広、どの辺に隕石は落ちたっけ?」「姉さん、あのずっと山の右側の方に落ちた見たかったけどな?」「そうよ、私もそこら辺に落ちた見たかったわ!」「そうそれじゃあの辺に行ってみましょう。・・・あっそう、のぼる、水筒は持っているわね!」「うん持っているよ!!」

 のぼるは肩に掛けてあった水筒を手に持って見せた。「宏美さんは弁当持っているわね」「はい、持ってますよ。あ、そうだ広さんのだけ忘れちゃったわ!」宏美は本当らしく言った。

 「おい本当かよ、そんな馬鹿な!」広は弁当を探そうとした。「嘘よ、ほら人数分持っているわよ!」「この嘘つき、びっくりしたぜ!」広は宏美の頭を叩こうとしたが、宏美はすばやく避け空振りに終わった。

 「みんな、やんばるの森には危険な生き物も多いから長めの木の棒を持つのよ!」「そうか蛇とかいたら大変だからな」のぼるが言った。「私怖いわ!!」「大丈夫だよ宏美さん、そのときはぼくが棒で叩いて懲らしめてやるから!!」広は適当な木の棒を見つけると取って見せた。

 そうして4人は深い森の中に入って行った。のぼるはあっちこっち動き回って、キノコやイチゴなどを採っては宏美や広に見せて喜んでいた。

 静恵は道に迷わないために、木の幹にナイフで傷を付けていたり、例の赤い紐を宏美や広と一緒に所々に結んだ。

 「ねえ広、いったい隕石は何処へ落ちたのかしら?」宏美は辺りを一生懸命見回して言った。

 「そうだな、以外と大きかったからすぐ見つかると思うんだけどな?」

 「あっ!!」突然のぼるが立ち止まった。そしてある方向を指した。

 「どうした、のぼる!?」広は指した方を見た。それは何か草むらの中に動いているのがあった。

 「もしかしたら?・・・」広は小さな蛇だと思った。彼は木の棒でそれをちょこちょことさわった。その生き物は逃げていき草の中に隠れた。しかし大きな三角をした頭が姿を現した。

 どうやらさっきの突いた物はハブのしっぽで、実は結構大きなハブだったのであった。広は一瞬鳥肌が立ち、持っていた棒を大きく後ろに投げ捨てて走って逃げた。

 「きゃ~!!」そんな彼の仕草を見て宏美も走り出した。のぼるも負けずと逃げ、静恵は持っていた紐も投げ捨てて後を追った。

 どれだけ走っただろうか、やっと彼らは落ち着きを取り戻し足を止めた。

 「やぁ~、危なかった」広は両膝に手を置いて前屈みになった状態で、安心して言った。

 「お兄ちゃんって足早いんだね!」のぼるも息を切らしながら、感心したように言った。「いいえそれほどでも」広は何かほめられているのか、変な気持ちであった。

 「広君ありがとう、私たちをハブから助けてくれて。・・・広君が逃げてくれたおかげで噛まれなくて済んだわ」又してもほめられているのか、何か変な感じだった。

 「あっ、しまったわ!!」「どうしたの静恵さん?」

 「目印用の紐を落としてしまったわ」そう彼らはかなりの距離を走ったおかげで、どうやら道に迷ってしまったのだった。彼らは途方に暮れた。

 「・・・ねぇ、あれは何?」急に宏美が言った。彼らは彼女が見つめている方を見た。それはかなり遠くであるが、木の間から何らかの光が輝いているのが見えた。「これは・・・!?」のぼるが言った。

 「何かが太陽の光で反射しているのに違いないわ!」静恵が言った。

 「よし、行ってみよう!!」広が先を歩いた。他の3人も後を追った。

 やがて4人の前に急に湖が見えだした。そしてその光っていた物の正体がわかった。それは何と湖の上に浮いていて紛れもなく、誰が見てもすぐ円盤だということがわかった。

 「あ~!!」4人は一斉に恐ろしい悲鳴を上げた。そして彼らはただ呆然としばらくの間棒立ちになった。

 「まさか、嘘だろう!?」「うっ、嘘じゃないよ。これは本物だよ!」のぼるが言った。

 円盤は大きな平たい楕円形をした物の上に、半円の様な物を載せた様な形をしていて、その金属は太陽の光を反射してぎらぎら光っていた。

 下の楕円形の直径は少なくとも30メートルはあるだろう。高さは15メートルほどかな。その円盤は水の上を不気味なほどに静かに浮いていた。

 「これが円盤という物なのか。本やテレビなどでは見たことがあるが、まさに大きくて迫力があるな」広は感心した。

 「あの隕石と思った物は、のぼるが言った通り円盤だったんだなあ。湖に落ちたんで山火事にならなくて済んだんだ」広はじっと円盤を見ながら言った。

 「しかしこんな所に大きな湖があるなんて?」静恵はびっくりした。

 「私、なんか怖いわ~、ねえ~静恵さん早く逃げましょう!!」宏美は恐ろしそうに言った。

 「そうだよ宇宙人に見つかったら大変だよ!」のぼるも言った。

 「しかし珍しいじゃないか見に行こうよ!」

 「なに言ってるのよ広君、宇宙人はどんな生き物かわからないわ。殺されるわよ!!」

 「そうよ広逃げるわよ!!」姉は広の腕を引っ張った。彼らは逃げる事にした。

            ・・・異星人?・・・

 その時であった。細長い何かが水の中を泳ぐ様にしてここへ来た。亀でもないし動物でもない。それは人間の様だった。

 彼はやっと泳ぎ着いて岸の木の枝を掴むとゆっくりとはいずり上がって来た。その時広と静恵らはその手を掴んで一生懸命引っ張り上げていた。

 やっと彼らに上げられたその人は、ただうつ伏せになって、まるで死んだように動かなかった。何とその体は最低でも2メートル30はあるだろう。巨人であった。たぶん宇宙人であろうと彼らは思った。

 しかし静恵は恐れることなく宇宙人に近づくと、体を揺すった。やがて宇宙人は静かに起きあがった。そして彼らの方を見ると弱々しそうな目とはうって変わってしばらくの間、口を半ば開けて驚いている様だった。そしてしきりに彼らに向かって頭を下げていた。そして宇宙人は急に寒くなったのか、ぶるぶる震えだした。

 「広、のぼる、木の枝を集めるのよ!!」静恵はそう言うと自分も一生懸命に枯れ草などを集めた。

 やがて火が点けられると、宇宙人は自分から火に近づき濡れた体を温めた。彼らにはなぜ夏だというのに宇宙人がぶるぶるしたのかわからなかった。

 やがて宇宙人は落ち着いたと見えてみんなに何か言おうとしているみたいだった。何処の国とも言えない言葉を発しりながらしきりに手でもって意味を伝えようとしていた。

 「何処の国の言葉かな?中国語ではないし・・・」のぼるはいらだった。「やっぱり彼は宇宙人では?」広が言った。「そうだそうに違いないわ。こんな服装、見たこともないしあまりにも巨人だわ!!」宏美が言った。

 「そういえばぶるぶる震えていたからな。たぶんこの地球が彼らの住んでいる星より気温が低いためだろう」広は言った。「だけどこの宇宙人どうやら何もしないみたいだね。安心したわ!」静恵は胸を撫で下ろした。みんなも安心した。

 やっと元気が出たと見えて宇宙人は頻りに円盤の方を指して彼らを引っ張った。「そうだやつは、僕たちをあの円盤の中に招待する気じゃないかな?」広が言った。「そうね広の言う通りだわ何かお礼をする気だわ。でも、あそこまで泳ぐわけにはいかないし、そうだわかんなかいかだを作りましょう!!」静恵が言った。みんなはさっそく材料を集めていかだを、作ることにした。しかし材料などを集めるだけで暗くなり始めた。「仕方ないわね、組み立ては明日しましょう」静恵はそう言うとみんなは作業を止め食事をして早めに寝た。

 静恵は何故か寝付く事が出来ないみたいで、地図をじっと見ていた。「どうしたの静恵さん」宏美が気づいて聞いた。「あっ、宏美さん起こしてしまってごめんなさい」「いいえ別にいいんだけど、何か悩んでいるようだから・・・」「ごめんなさいね宏美さん、この湖がどうも気になって・・・」「・・・とっ言うと?」「それがどう見てもこの場所には湖らしき物が地図には載っていないのよ・・・」「そんな・・・」二人は一緒に地図を見入ったがやはり近くにはそんな物はなかった。「まぁ、いいわねそんなことは、円盤と宇宙人に出会った事が大変な事だから・・・」「そうね」二人は宇宙人が寝ているであろうテントを見て言った。そして二人は寝付く事が出来た。

 翌日彼らは早めに起きて、いかだを組み立てることにした。大きな木をみんなで担いで持って来て、つるなどで縛って作った。そして汗だくになりながら頑張ったおかげで、いかだはやっと昼過ぎ頃に完成した。

 「やったわね!」宏美が言うと宇宙人もうなずき喜んだ。そして彼らは急いでいかだに乗ると、各自長い木の棒で一生懸命に漕いで円盤が浮いている所に向かった。

 すると急に彼らの後ろの方からものすごい音がした。それは銃声であった。彼らは皆驚き後ろを振り返ると、木の影から一人の機関銃を持った黒人が出て来た。たぶん彼は米軍の海兵隊かそんな物だろう。島々の緑がかった服装、それにヘルメットを被って、目は鋭く彼らを敵として見ている様だった。

 何故ここに外人がいるのか?そうここやんばるは米軍の海兵隊の訓練施設が有るのだ、たぶんそこから来たのだろう。しかしここは民間地の筈だが?

 彼は途切れ途切れの日本語を話した。「君たち待ちなさい!私も行く、逃げると撃つ!!」彼はそう言うと、銃を背中に担ぎ湖へ飛び込むと平泳ぎで彼らのいかだに泳ぎ着いた。宏美はとっさに木の棒で黒人の腕を叩いた。

 「なにをする!?小娘・・」黒人はそう言うと力ずくで棒を引っ張った。

 「きゃ~!!」宏美は落ちそうになり、思わず棒を離すと後ろに倒れた。

 「宏美さん、大丈夫!?」広が黒人を見ながら言った。すると黒人は素早くいかだに乗ると、宏美に銃を向けて「この野郎、女だからと言って容赦しないぞ!!このまま黙って行け!!」と、銃で指示をした。

 「なによ黒人!!」宏美は舌を出した。「なんだと!?かわいい顔をして、早く漕がんか!!」黒人は怒って宏美を今にも殴らんとばかりに銃を上げた。広にはどうしようもなく、大人しくしていた。宏美は恐ろしくなり、それ以後黙って手でいかだを漕いだ。

 黒人は独り言を言った。「こんな所に湖があったなんて?・・・まあいいか・・・・」

 やっと円盤に着く事が出来た。黒人は宇宙人に銃を向けると「おい、ドアを開けろ!」彼は意味を飲み込んでいると見えて、ドアと思えそうにもない、ただ四角い線で囲まれた、そこの左の方に手の平を当てた。

 すると静かな音とともにドアが開いた。それとともに中の光が彼らに浴びせられた。しばらく広には何も見えなかった。しかし次第になれてきた。何とその中はとてもすばらしかった。

 埃1つもない広い部屋に天井も高く、いろいろな赤や黄色のランプがたくさん消えたり点いたりしていた。そんな機械がぎっしり詰まっていた。

 「オー、ブラボー!!」黒人はそう言うと目を大きくして「おいみんな中へ入れ!!」そう言うとみんなを中へ押し入れた。

 黒人はみんなに銃を向けながら宇宙船の中をぐるぐる見回した。どうやら他の仲間がいないか探しているようだった。

 しばらくして彼は「おい君たちここへすわれ!!」「おいきさまはそこだ!!」宇宙人に操縦席のような椅子に腰掛けさせた。

 宇宙人は安全ベルトの様な物をした。「いいかみんなじっとしていれよ!おいきさま円盤を発射させろ!!」

 宇宙人は何のためらいも見せずにある操作をした。すると円盤はかすかにうなり音を出すとゆっくりと宙に浮いた。何ともエレベーターに乗った感じだった。

 「やった~飛んだ、飛んだ!!」「おい黙れ!!」のぼるの喜び声に黒人は銃を向け怒った。そうしながらも彼は何を考えているのか妙な笑いをしていた。

 円盤は数10メートル位の高さで停止した。「おい、いいか、俺は今から宇宙へ行く。それで地球を脱出する事にした。わかったか!!」

 宇宙人はこれまた意味が分かったのか彼が話し終わるとすぐ円盤をすごいスピードで上昇させた。彼らは思わずぐらっときたが、黒人はすぐ近くの椅子にしがみついて彼らに銃を向けた。

 「ばか野郎!!つぎ変な真似をしたら許さんぞ!!」黒人は怒って宇宙人に言った。

 そして黒人は何やら周りを見回した。窓を探しているのだ。円盤には窓が無いようで外が見えなかった。

 「おい、窓は無いのか!?」黒人は宇宙人に手でもって頻りに説明した。宇宙人はやっと意味を飲み込んだと見えた。彼は右側の黄色いボタンを押した。すると操縦席の前と横側、それにテーブルの様な所が窓になった。

 広たちはテーブルの方へ行った。すると透明なガラス張りの窓から下の景色が見えた。やんばるの森である。

 そしてどんどん上昇すると、沖縄本島とその周りの島々が見えてきた。綺麗な青い海である。

 円盤はさらに上昇した。やがて雲に入り、下は全然見えなかった。しかしもっと上昇すると今度は雲の切れ目から何と日本列島が綺麗に見えた。

 「あっ!富士山も見える!!」広は驚いた。静恵も感動していた。

 やがて日本が小さくなっていき、とうとう地球の丸い姿が見えてきた。円盤は宇宙へ脱出したのだ。その時急に宏美の体が浮かび始めた。

 「きゃあ~!!誰か助けて!!」宏美は空中で暴れ回った。そうしているうちにみんなの体も浮かび始めた。

 「うわ~、助けてくれ~!!」黒人はどうしたのかバランスを崩したらしく、空中でぐるぐる回っていた。そして何かにしがみつこうと、思わず持っている機関銃を放してしまった。

 黒人は一生懸命腕を伸ばし、銃を取ろうとしたが、体は余計回転して、それ処ではなかった。

 黒人から離れた銃はゆっくりと広の方へ寄って来た。「今だ!!」と言わんばかりに、広が銃を取ってしまった。

 「しまった!!・・・」黒人は両手で顔を覆いながら、そしてがっかりした。

 黒人から奪った銃を彼に向けながらも広の体は不安定だった。

 「おい宇宙人!どうにかならないのか!?・・・」

 一人だけベルトに縛られて椅子に座っていた宇宙人は、やっと左手であるレバーを引いた。

 するとどうだろうか、みんなの体がゆっくり下がり始めたではないか。さすがである。彼らの宇宙科学は途方もなく進んでいたのである。

 やっとみんなは床に着いた。前と同じである。一人だけ床に倒れるように降りた黒人も、やっと身を起こして広を睨んだ。

 「おい小僧!この銃を早く俺に返せ!!」「黙れ黒人!!銃を持てばこっちの物よ!!」「畜生!覚えてろ!!」

 広は悔しがる黒人に銃の引き金を引かんとばかりに強気で構えた。「おい、のぼる!どこかに紐か何か無いかい!?」

 広が言うと、宏美も静恵も一緒に探した。しかし円盤にはそんな物は無かった。 「・・・仕方ないわ広。いいわそのままにしときましょう」

 「・・・わかったよ姉さん!所で僕たちこれからどうする?」

 「決まってるじゃない帰るのよ!!」横から宏美が言った。「・・・そうね宏美の言う通りだわ、のぼるもそう思うでしょう!?」のぼるはその事を聞いてがっかした。

 「・・・僕はどこか旅をしたいよ!」「・・・僕ものぼるの意見に賛成だな!」

 「おおっ!!坊やたちよく言った!私と同じ考え、感激!!」黒人は二人に向かって両手を広げて喜んだ。

 「いいえ広、やっぱり帰りましょう!お父さんお母さんが心配するわ!!・・・その代わりと言ったら何だけど、初めて宇宙へ来れたのだから、みんなでパーテイをしましょうよ!」

 「やろう、やろう宇宙パーテイー!!」のぼるは喜んで言った。黒人はがくっと顔を下げた。「それじゃ私たちが作った弁当を、えっと、あっちがいいわ、あそこでやりましょう!!」宏美が隣の部屋にテーブルと椅子があるのを見つけた。みんなはそこへ行った。

 「おい、黒人!君も来るんだ!!」「おい坊や黒人はないよ、差別用語だよ。私にだってちゃんと名前はあるんだ。私の名前、『ブロンソン』と言うんだ」

 「へぇ~、そうかブロンソン、どこかで聞いた名前だが君にはもったいない名前だな。さあ隣へ行こう!!」広は銃で誘導すると、ブロンソンは両手を挙げて従った。

 「あっ、そうそう宇宙人さんもどう?あっそうだっけ、お前は操縦しなければいけないからな・・・」

 しかし宇宙人はベルトを外し席を立つと、広の方へ来て、指で自分を指しながら、「アンドロ、アンドロ」と言った。

 「・・・もしかしたらお前の名前かい?アンドロって!?」広が聞くと宇宙人はうなずいた。

 「いい名前ね、アンドロって!!」静恵が言った。「おお~アンドロ!!私ブロンソンよろしく!!」彼はそう言うとアンドロに両手で握手した。

 「何よ、こいつ!?」宏美はブロンソンの変わり様に腹立った。

 やがてみんなテーブルを前に椅子に腰掛けた。テーブルの上に宏美が弁当を広げた。しかしそれだけでは足りなかった。アンドロと、まあ上げなくても良いと思うが、あの悪党ブロンソンの物。

 しかしアンドロは何故か席を立つと、ある戸棚の様な所を開け、何か細長い物を2つ取り出した。そしてその一つをブロンソンの前に置いた。

 「おい、いったいこれは何だ!?」ブロンソンはアンドロに聞いた。彼は蓋のような物を引き抜いて外すと、その先を口の中に入れた。そして一生懸命に吸うようにして食べた。

 「おう!!宇宙食!」アンドロが食べるのを見てわかったブロンソンは、何の心配そうな顔もしないで、彼がやったようにしてそれを口に入れ、一生懸命に食べた。

 「おお!!おいしい~!!」彼はすぐその食べ物を全部食べると、「あ~!、お腹一杯・・・」と言って、お腹をさすった。

 「変だな?~、こんなに小さいのに、お腹一杯になるなんて?・・・」広は不思議でならなかった。そう宇宙人に聞こうとしたが、言葉が通じないし、説明するのも面倒くさいので止めた。

 そしてのぼるや宏美、静恵もみんな食事を済ましてパーテイは終わった。

 「変なパーティーだったね?」のぼるが宏美に言った。「そうね、ごめんねのぼる。何も無くて・・・」

 「いいよ、でもさっきアンドロたちが食べていた物、美味しいのかな?」

 「本当ね?今度お腹空いたら、お願いしていただきましょう!」

 食事が済み、しばらくの間彼らは横になった。ブロンソンはあの宇宙食を食べ終わったと思ったら、誰よりも先に横になると、いびきをかいて眠っていた。

 そんな時に大変な事が起こったのは、それから約一時間後だった。突然ものすごい衝撃が彼らを襲った。彼らはみんな揺り倒された。

 やがてみんなは起き上がると何がどうなっているのかわからなかった。アンドロはすでに操縦席で何やらやっていたが、急に何か慌て始めた。そしてみんなの方を見て何やら言っていた。

 「一体どうしたのだろう?円盤に隕石が当たったのでは?」広には何が何だかわからなかった。「そうね隕石か何かが当たったんでしょう」静恵が言った。

 アンドロはしきりに何やらしていたが、円盤はすごいスピードで地球から離れていく感じだった。事実、逆にどんどん月が近くなっていた。アンドロは色々操作をしてやっとスピードが遅くなったが操縦がうまい具合にいかないらしい。どうやら円盤は月の引力に引っ張られているらしかった。

 円盤はどんどん月へ近づいた。クレーターが次第に大きくなっていくのを見ていると、宏美は怖くてならなかった。「ねえ、月にぶつかるわ、故障したのアンドロ?」アンドロはそういう宏美に見向きもしないで、忙しそうに色々操作をしていた。しかしやがて円盤は、アンドロの必死の操縦のおかげで月へ滑るように不時着する事が出来た。その時大小多数の岩石に当たってまたものすごいショックを受けた。彼らはみな意識を失った。

 広がやっと気が付いた時には、もうみんな起きていた。「広兄さん、大変だよ」のぼるが言った。前には機関銃を持ったブロンソンが、広が起きたのを見て銃を向けた。「しまった、今度は自分が失敗してしまった」広は右手を握って自分の太股を叩いた。「へへへへ、おい、広だったか、さっきはよくも銃を奪ったな。もう地球には返さないぞ。はははは。しかしさっきのは何だったんだ。おいアンドロ円盤を出せ」しかしアンドロは首を横に振った。「何故だ、俺の言うことが聞こえないのか」

 黒人、いやブロンソンは、左手でアンドロの胸倉を掴んだ。しかしアンドロは首を横に振った。「まさか、円盤が故障しているとでも言うのかい」アンドロはうなずいた。「それじゃもたもたしていないで早く直せ」彼はポケットからタバコを取り出すとぷかぷかと吸った。

 ブロンソンに言われてアンドロは故障箇所の調べに掛かった。そしてしばらく探していたが急にアンドロは諦め顔で工具を置くと、ただ黙って座っていた。「ブロンソンはそんなアンドロを見て大声を出した。「おい、アンドロ。故障は直らないのか」アンドロはうなずくと、何処かへ行った。ブロンソンはしなかった。「畜生、足早に操縦席に来ると「ちぇ、こんなもん、俺が動かしてみせるぜ」と言って彼は色々なスイッチをいじった。しかし円盤はうんともすんともしなかった。「畜生、これで私の人生も終わりか、どうせ死ぬのなら戦争へ行って死にたかった」

 そう、今彼の仲間はある地域で正義のために戦っているのだ。彼もやがてそこへ派遣される予定だったのである。

 彼は椅子から機関銃を取ると、行きなり高く揚げ、思いっきり床に叩きつけた。しかし広も他のみんなも、それを拾おうとはしなかった。拾ったって、彼らが生きて地球に帰れる望みは無いからだ。彼らは力が無くなったように座り込んでしまった。あのアンドロさえも隣の部屋へ行ったきり戻ってこない。ブロンソンはゆっくり立つとアンドロのいる部屋へ向かった。アンドロはベットに黙って座っていた。「アンドロ、どうにか出来ないのか。・・・さっきは悪かった」ブロンソンは今までの怒鳴り声ではなく、弱々しく言った。それでもアンドロは首を横に振って目を瞑った。

 操縦席のある部屋にいる広は腕時計を見た。「さすがに眠いと思ったら夜の2時だよ、僕寝るよ、明日考えよう」そう言うと広はアンドロとブロンソンがいる部屋に来ると、二人に挨拶をし、彼に割り当てられたベットで寝た。やがて他のみんなもそれぞれ自分のベットに寝た。

 彼らが寝てアンドロは、何やら操縦席に着いていろいろやっていたが、やっぱり駄目だったのか、彼もまた眠ってしまった。

 翌日、広らが起きる2時間前にもうアンドロは起きていた。テーブルの上には、昨日アンドロやブロンソンが食べた、チューブ入りの不思議な宇宙食が、寂しくも6個置いてあった。みんなはアンドロの勧めで、その宇宙食を食べた。それは見かけは地味だが、地球上の食べ物にはない見知らぬおいしさであった。これだけが彼らの心を慰める、ただ1つの出来事だった。

 やがてお腹一杯になって食事を終わると、アンドロはみんながまだ入っていない、別の部屋へ案内した。そこは狭い部屋で、なるほど見てすぐ、宇宙服を着る所だと解った。

 アンドロが先ず宇宙服を来た。それは今人類が着ている宇宙服とは、全然違っていた。ほんのジャンパー位の厚さで、長靴の様な物に、合羽のズボンの様な物、そしてヘルメットは、我々の物に似ていた。背中にはやや1リットル入れの瓶の様な物が、2本付いていた。そして腰の辺りの左右に、2個の円筒形の物があった。

 やがてみんなも彼が着けたように、宇宙服を着けた。着るのは思ったより簡単だった。そしてお互い話しも出来た。

 そしてアンドロは、またみんなを別の狭い部屋へ誘導すると、ドアを閉めた。そして雰囲気から、どうやら空気を抜いている様だった。まあこれは今とは少しも変わらないわけだ。

 そしてアンドロは外側のドアを開けた。そこは明るかった。みんなはアンドロの後に、黒っぽい砂のような月面に立った。「うわ~、これが月か。・・・すごいな~」のぼるは感激した。みんなはアンドロの後を追って宇宙船の周りを回った。「あった」あの隕石か何か知らないが、宇宙船に当たったらしく、そこは50センチほどの凹みがあった。しばらくアンドロはそこを真剣に手で触りながら見ていた。そして円盤から離れた。

 やがて彼らに向かった。そして腰の方にある2個の右と左にある物を両手で掴むと、小さなロケット噴射のような光が筒から下に向けて出た。すると彼の体はゆっくりと宙に浮いて止まった。みんなは驚いた。そして彼はその筒を軽くてで動かすと、彼の体は左右上下に動き回った。やがてそれに付いているダイヤルを逆に回すと、ゆっくりと降りてきた。そして彼はブロンソンの所に歩いて来ると、手で以てその使い方を教えた。彼は軍隊で色々な経験をしているせいか、すぐそれを自分の物にした。彼の体もゆっくり宙に浮いて、あっち行ったりこっち行ったりしていた。「していた。「おお、素晴らしい。これさえあれば何処でも行ける」彼はゆっくり降りて来てみんなに言った。そしてアンドロとブロンソンは広や宏美、のぼる、静恵にもその使い方を教える事にした。みんなはアンドロはともかく、ブロンソンから習うのには抵抗があった。今までの彼の言動や行いに怒っているのであった。

 しかし何故か、彼は、今までのブロンソンではなく、丁寧に対応した。みんなは早からず遅からず、こつを覚えたらしい。静恵は一番苦労していた。

 やがてみんなは月を冒険する事にした。どうやらアンドロも初めてらしい。彼らは最初、月を飛び跳ねるようにして歩いていたが、あのロケットで飛んで、小さい山を越えたりした。そして彼らは色々地球には無いような珍しい岩石などを集めた。やがて彼らの前にはものすごく深いらしい崖があり、向こう側まで恐らく20メートルほど有る地点に来た。しかしアンドロはそんなものには目も向けずに、あのロケットで楽々と飛び越してしまった。どうにかのぼるや広は飛び越えたが、宏美や静恵はさすがに怖がった。仕方なくアンドロがまた舞い戻って来てアンドロが宏美を、ブロンソンが静恵を手助けしながら向こう側まで行くことになった。 

 空中でブロンソンは静恵をサポートしながら言った。「静恵さん今までの私のご無礼を許してください」しかし彼女にはもうそれはどうでも善く、ただ空中にいるのだけが怖かったのであった。「良いのよ、ブロンソンさん」「ありがとう静恵さん」やっと向こう側へたどり着くことが出来た。宏美と静恵の二人は動揺を隠しきれずに、しばらくの間落ち着かないようだった。特に静恵は地面に座り込んでいた。そんな静恵とは打って変わって、のぼるはもう一度飛びたがっている様だった。そうしながらもみんなは飛び跳ねる様にして月を探検していった。

 のぼると宏美そして広はどこまで高く上がれるか勝負していた。「もう今日は引き返そう」突然ブロンソンが言った。「そうね引き返しましょう。円盤からだいぶ離れたみたいだわ」静恵が後ろを振り返って言った。そこはもう円盤は全然見えなかった。これ以上行ったら迷子になる危険があった。みんなは引き返すことにした。もう概に12時を過ぎているはずなのに、誰一人として空腹を感じるものはいなかった。

 やがて最初に飛び越えたあの崖へ来た。しかし今度は静恵や宏美は自分の力でどうにか飛び越えることがあ出来た。やっと円盤が見える所まで辿り着けると、月といえさすがに広らは疲れている様だった。しかしアンドロとブロンソンはそうではなかった。後のみんなはやっと円盤に着いた時にはくたくたになって横になってしまうほどだった。みんなは休んでいたがアンドロは何故か直ぐいろいろと操縦席の方をばらして、見たこともない珍しい測定器で故障箇所を探しているらしかった。

 両手を後頭部に組んで、椅子に持たれてテーブルに両足を上げていたブロンソンは、そんなアンドロを見ると自分も直ぐ起き上がって、アンドロの方へ行き訳もわからない機械を見ていた「俺にもやらせてくれ」ブロンソンはアンドロの肩を叩いた。アンドロは軽くうなずいた。アンドロが取り外そうとしていた蓋を、習いながら外した。そして二人は3時間の間粘り強く故障箇所を探した。どうやら今日の所はこれで終わるらしい。アンドロがブロンソンに、そんな仕草でもって伝えた。

 翌日もアンドロとブロンソンは朝早くから故障箇所を探しては直した。二人は宇宙服を着て数種類の工具というか、機械の様な物を持って外へ出た。そして前に見たあの凹んだ所に来た。そしてアンドロは黒い色のガラスの様な物をヘルメットに着けた。アンドロはその機械のひとつを取ると、それをその凹んだ所に向けた。それは少し銃のような形をしていた。するとそこから青白く細い光が出ると、アンドロはゆっくり円を描くようにした。ほんの30秒の出来事だった。ブロンソンはその瞬間、あまりにもの眩しさで顔を背けていたが、やがてそこを見て驚いた。一瞬のうちにその円を描いていた部分の金属が綺麗に切断されていた。そしてアンドロとブロンソンは2時間ほどかけて元のような平面に直した。ブロンソンにはそのような機械が地球では1度も見たことがないので、もうすっかり感心していた。

 そんな二人に5日目の昼頃に初めて笑い声が聞こえてきた。「やった~、やったぞ」ブロンソンは、アンドロの手を掴んで喜んだ。「やった~、やった~」アンドロもブロンソンの真似をして言った。そんな二人に気づいたみんなは「直ったの?」「本当かい、ブロンソン」「ああ、広、静恵、直ったよ」それを聞いてみんなは喜んだ。広とのぼるはそこら中を跳び跳ねた。「これで私たちは無事地球に帰れるわ。本当によかったわね宏美さん」静恵は少し涙を浮かべている宏美の手を握った。「・・・よしそれでは出発しょう、アンドロ」アンドロはオーケイという動作をすると、操縦席に着いた。それを見てみんなも各自、自分の席に着いて出発の準備をした。広は本当に直ったのか不安でならなかった。

 やがてアンドロがボタンを押した。すると「シュル、シュル・・・」という音が体に感じられたかと思うと、円盤がゆっくりと上昇するのがわかった。「やったわ」宏美が大声で言った。「本当ね、やったわね」静恵も喜んだ。

 円盤はゆっくり月から離れていった。彼らはベルトを外し席を立って、テーブルの方に行き下を見た。彼らが降りた円盤の後が静かの海に残って見えた。やがて円盤は月の周りを回った。そして一周すると再び月から離れていった。次第に大きなクレーターも小さく見えるほど遠ざかっていった。

 やがてアンドロが操縦席を立って戻って来た。「うまくいったねアンドロ、自動操縦にしたの」アンドロは広に向かって、オッケイをした。「どうだい、私も大した物だろう」ブロンソンが笑いながら自慢した。「何よ、アンドロのおかげで直ったのよ。あなたの腕ではないわ」「何だと・・・」ブロンソンは再び怖い顔をした。宏美はまだブロンソンの最初のことで怒っているようだった。「まあまあ、二人のおかげで上手くいったのだから良いじゃない」静恵が宏美の肩に両手を当てて落ち着かせた。「そうだよ、ブロンソンは良い人だよ」のぼるはブロンソンの方へ行った。ブロンソンはのぼるの頭を撫でながら、にやにや笑った。「ふん、何よ、みんなでもってブロンソンの味方して」宏美はぶつぶつ言った。「ところで自動操縦て、なあに」のぼるがブロンソンに聞いた。「それは私もよく知らないが、たぶんこの円盤がある星にぶつからないようにコンピューターの様な物で制御しているんだろう」「ふふん」のぼるはだいたい理解できた。「それですが、この円盤はどこへ行くんですか。ただぶつからないようにされているんなら」広がブロンソンに聞いた。「さあ、私もどこへ行くのかは知らない」

 確かに何か変であった。円盤は地球から離れている様だったのだ。広はアンドロの方に顔を向けたが、彼はただ黙っていた。「それじゃ僕たちは何処へ行くのだろうか」広は何だか怖くなってきた。「ねえ、本当に私たちは何処へ行くの。地球に帰るわよね」宏美はブロンソンに言った。「そんなこと言われたって・・・」

 じっと宏美を見ていたアンドロが、みんなを操縦席の横の小さなテーブルほどの大きさの台の方に呼ぶと、その横にある青いボタンを押した。するとその台の上が扉のように両方に開いた。すると何か、宇宙の地図というかそんなものがあった。「これは地図ね」「たぶんそうだろう」静恵、の問いかけにブロンソンは自分もそうだろうと思った。

 地図はまさに、銀河系を上から見た図で、台風のように渦を巻いていて、ひとつの銀河系を沢山の星が集まって作っているのがよくわかった。それは細かすぎて何処が我々が住んでいる太陽系か知らなかった。するとアンドロは左の片隅に手を当てた。そしてその手をその反対側の右端まで持ってきて、そこの方で指を止めて彼らの顔を見た。「これはどういう事なのブロンソン」「うんたぶん左片隅が我々の地球で、右側がアンドロの住む星じゃないのかな」「まさか、そこへ行く気じゃ」静恵が言った。「そんな、こんな遠くへ行くの私怖いわ」宏美が急に大きな声で言った。「大丈夫だよ宏美さん、僕は行ってみたいな。そこはどんなになっているかと思うと、ドキドキしてくるよ」広はわくわくして言った。「行こうよね、宏美さん」のぼるも喜び声で言った。「実を言うと私も本当は怖いけど行きたいわ。まるで夢を見ているようだわ」静恵は宏美に向かって言った。「だめよ、私怖いわ」宏美は今にも泣きそうに言った。そんな宏美に向かってアンドロは急にひざまずく様にすると頭を深く下げた。

 広たちにはどうしてそれほどにアンドロが頻りに彼らを連れて行こうとしているのか、不思議でたまらなかった。みんなはだまった。「・・・わかったわ、私も行くわ。・・・私一人帰ることは出来ないものね。だけど私何か怖いの・・・」宏美は顔をうつむけた。「よし、それでは決まったようだな」とブロンソンが言った。

 静恵はまだ頭を下げているアンドロを起こした。アンドロは涙を見せながら宏美に礼を言った。そしてアンドロは静かに操縦席に着くと、また何やらスイッチをさわっていた。そうしている間に、月はちょうどピンポン玉の大きさで、かすかに橙色の光をしていた。そしてその横には、青い光をした地球も小さくなっていた。

 円盤はどんどん速度を上げていった。そして我々の地球と月から離れていった。やがて三日目には赤い炎をした太陽の周りを、九つの惑星がやっとの事で見つけられた。もう我々の前には地球を見ることが出来ない、まったく未知の世界へ出た。「とうとう見えなくなったね」のぼるが言った。「大丈夫さ、きっとまた帰って来れるさ」ブロンソンが答えた。

 そのような光景を窓から見ていた彼らは、みんなその神秘さに驚いて、恐る恐る窓から離れだした。そして誰一人口を開くものはいなかった。彼らは自分のベットでただ横になっていた。しかしアンドロは何やら時々いろいろと、自動操縦装置をコントロールしているらしかった。

 ブロンソンはアンドロに付きっきりでいて、彼の手伝いをしながら操縦方法や宇宙船の仕組み等を、言葉を教えながら覚えた。アンドロも又、それに応えるごとく一生懸命に勉強した。

 地球を離れて一週間を過ぎた頃の朝、宏美がみんなを起こした。「ねえ、みんな起きて」「何だよ、まだ5時だぞ」広は地球にいたときに会わせておいた腕時計を見ながら、眠たそうな顔をして言った。「なに言ってんのよ、宇宙では朝、昼、夜は無いのよ」みんなもそれぞれ眠たそうな顔をしていた。「あの、あそこを見てごらん」宏美が開けた窓から指した辺りを見ると同時に、みんなはびっくりした。そしてすべての窓を開けた。約野球ボウルくらいの太陽が、赤々と炎を発しているのが見えたのであるその太陽の周りに惑星らしき物がいくつかあった。「ああ、地球の太陽とそっくりだ。もしかしたら、あの惑星の何処かに生き物がいるかもね」のぼるは興奮して宏美に言った。「どうでしょう、まず行ってみませんか」静恵はそわそわしながら言った。宏美は行きたがっていなかったが、どうやら同意した。「よし、それではアンドロ、どこかの惑星へ行ってくれ」ブロンソンが言った。アンドロも何故か行くのをためらっていたが、彼は仕方ないと思った。こんな退屈な宇宙では何か少しでも刺激がないと、みんな参ってしまうことを承知だったからである。

 アンドロは自動操縦装置のボタンをオフにし、手動に切り変えて、操縦した。「まずあの惑星へ行ってみようよ」広がブロンソンに言った。「わかった、広」ブロンソンはアンドロに手でもって教えた。アンドロはすぐその惑星へ向けた。

 やがて宇宙船は、我々の太陽より小さいかは解らないが、明るさはすごく落ちる感じがした。その太陽系にどうにか着くと、我々が目指すその惑星までもう少しだ。そしてその惑星にどんどん近づいて行くにしたがって、やっと肉眼でその表面の様子がわかってきた。それを見るやみんなはがっかりした。「なんだ~、あれはまるで月みたいじゃないか」広はがっかりした。なるほど彼の言うと通り、そこは月と同じクレーターだらけの世界だった。そんな星には間違いなく生物はいないだろう。「まだ諦めてはいけないわ。ほかの惑星を見てみましょう」静恵が言った。しかしほかの惑星もみな月と変わらなかった。

 しかし円盤は無数の岩石の間を通り抜けていた。それは握り拳くらいの大きさから直径十メートルくらいの石も宇宙に漂っていて、それはまるで生きた構造物のようで、月のような死んだ星とは対照的だった。

 そんな彼らの目の前に、今までとは違った星が見えた。どうやらその星はガスに覆われているらしかった。「よし、そこへ行ってみよう」ブロンソンがアンドロに言った。

 やがて円盤はその惑星の引力圏に入った。そこはものすごいガスで、目の前が真っ白になった。円盤はどんどん中へはいっていった。彼らの目には雲に飛行機が入ったように白の世界に覆われ、他の物は何も見えなかった。おまけに、円盤はどうしてか微かに揺れている様だった。たぶんそこは気流が激しいのだろう。今までただ白かったガスも次第に奥へ行くにつれて光を遮るせいか、辺りが暗くなり始めた。そして何となく蒸し暑くなってきた。彼らの額からは汗が出ていた。アンドロは変に思い、メーターに目をやった。そうするや彼は慌てて円盤をその惑星から離しにかかった。円盤は暑いガスの雲から出ようと必死になった。やがて暗いガスから白いガスへ、そしてだんだん霧が薄くなって、星が見え始めた。やっと脱出した頃にはみんなはだらけてしまった。「はあ~、死ぬかと思ったよ。いつの間にか熱くなって、頭がふらふらした」広は頭を振って言った。「本当ね、怖い星ね」宏美も後頭部を叩いていた。

 やがて彼らはあきらめ、その太陽系から離れていった。翌日も彼らはほかの太陽系を探すのが日課になった。しかしまだ近くにはなかった。

 それから一週間ほどたった。みんなはいつものように辺りを見回したが、小さな星しか見えなかった。まだまだ近い星は見あたらなかった。彼らはさすがに単調な宇宙の生活に飽きがきてきた。ほとんどみんな鬱状態になり、広とのぼるはよく口喧嘩をしていた。しかし次第にそうする元気さえなくなりかけていた。「ねえ、やっぱり今日も星は見られなかったわね」残念そうに宏美が言った。「本当だ。僕はもう疲れたよ」「のぼる、そんなこと言ったらだめだよ。僕たちは諦めてはいけないんだ。必ず生物のいる星が見つかるよ」広が少し怒ったような口調で言った。「そうだ、広の言った通りだ。諦めずに頑張るんだ」ブロンソンも気合いを入れた。しかしそう言う彼も、体重が十キロも落ちているのだった。「ねえ宏美さん、寂しがらないで頑張りましょう」静恵が寄り添って言った。

 ブロンソンは窓から暗い外を見た。しかしやっぱり近くに星はなかった。「よしみんな体を動かすんだ。みんなで走ろう」ブロンソンはそう言って走り出した。「よし、僕も」のぼるも走り出した。それに続けとばかりに、みんなは狭い宇宙船を隅々までくまなく、何周走ったか解らないくらい頑張った。「あ~、すっきりした~」静恵がまず倒れた。そしてのぼる、広、宏美、ブロンソンとみんな倒れた。床に大の字になりながら彼らは大きく呼吸をしていた。「どうやらみんな、ストレスを解消できたようだな」ブロンソンは寝転がったまま彼らに近づいてきたアンドロに言った。「まあ、そうだけど、宇宙船の床に穴が開くんじゃないかと心配したよ。相当のストレスだったんだな」アンドロは胸を撫で下ろしながら、やっと覚えた言葉で言った。

 さすがに彼は言葉をしゃべれるようになっていた。どうやら我々人類よりは、知能が高いらしいことが解った。

 そんな事を繰り返したある日の朝、広がいつものように窓を見てみると、確かに恒星らしい光った星を見ることが出来た。その周りを4つの惑星があるのをやっとの事で探した。彼は思った。「もしかしたら」と、そう考え、広はのぼるを呼びに行った。「おい、のぼる。起きろよ」「なあに、僕眠いよ」眠そうにして目を擦ったのぼるは、何かと思い彼の顔を見た。広は薄ら笑いをしていた。「先輩もしかしたら・・・」のぼるは思った。「そうなんだよ。のぼる、恒星が近くに見えるんだ。そしてその周りに惑星らしい星が見えるんだよ」「ほんと」驚いたのぼるはさっさと飛び起きると、ベットの横にある窓を見た。しかしそこからは遠くの星しか見えなかった。と思うと今度はトイレの近くの窓へ行きそこから見た。もう彼の目はすっかり覚醒していた。

 後から付いてきた広は「おいのぼる、やっぱり見えるだろう」「うん見えるやっと見つけたね。僕みんなに知らせてくるよ」のぼるは一緒にじっと外を見ていた広の顔を見て言った。

 のぼるの知らせでみんなが慌ててやってきた。宏美や静恵の髪はだいぶ寝癖で乱れていた。しかしそんなことはお構い無く星を探した。「これは本当だ。何週間ぶりかな」「ブロンソン、本当によかったね」宏美はブロンソンが目を丸くするのを見て薄ら笑いした。「よかったねアンドロ」アンドロはのぼるにうなずいた。

 みんなは久しぶりに近くに恒星があったので、嬉しくてたまらないのだった。体の中からエネルギーが湧いてくる感じであった。「ブロンソン、あそこへ行こうよ」広が行った。「おう、そうしてくれアンドロ」アンドロは操縦席に座った。

 自動操縦装置のボタンをオフにしてハンドルを握りそれを右に回した。円盤は右側へ進路を変えた。彼らはその星に最後の望みを賭けていた。やっと一番近い星にやって来たのは翌日だった。そこはやっぱり土と岩だけの星だった。ところがそこから近い星をのぼるが見つけた。彼の目が輝いた。それはまさに青い光を我々に投げ掛けていた。のぼるが言った。「おいみんな見てよ。青い光を出す星が左隅の方に見えるよ。「なに」みんなはそう言った。「ほんとだ見えるわね、あそこよ」「あっ、ほんと青い色をしているわね」宏美に教えられて静恵が言った。「本当だ。あそこには酸素があるかもしれない」ブロンソンは思った。「よし、アンドロそこへ早く向けろ」「もう向けていますよ」広が言った。惑星は左の窓から消え、そして前の窓から現れた。そして、そこへ向けてものすごいスピードで進んでいるはずだが、動いている感じがしなかった。

 やがて円盤は相当その惑星に近付いた。「宏美さん、あれ雲じゃないか」広が先に口を出した。「私もそう言おうと思っていたのよ」「そうだよな」広は確信した。「ブロンソン何処かに着陸しましょうか」静恵が言った。「うんそうだな、あそこがいいだろう」ブロンソンが方向を指すと、直ぐアンドロは、みんなに席に着くように仕草をした。彼らは席に着くと安全ボタンを押した。すると椅子からベルトが出てきて、彼らをしっかりと包んだ。

 まもなく窓から炎が見え始めた。その炎は円盤を包んだがやがて消えていった。円盤はブロンソンが言った大陸へ向かった。窓から見える風景はまさに地球そっくりだった。いや地球の大昔と言っても間違いないだろう。やがてアンドロは静かに円盤を木々の間の草が多く繁った所に着陸させた。

 やっと席から離れた彼らは、窓から外を見回した。木という物は図書室の本で見たような、大昔の変な格好をしたおかしな物で、そうと思うと遠くの方には、大きな山や小さな山がいっぱいあり、何と今にも爆発しそうなほど煙を上げている火山もあった。そして川の水が山と山の間に挟まれるような格好で静かに流れていた。空は何の混ざりけのない新鮮な空気で相当青く澄んでいた。

 彼らは感動した。今地球の自然は壊されているのに、ここは何と風光明媚な所だろうと。みんなは黙ってその風景を見ていた。しかし突然の事だった。今までの静けさが壊された。何の余震もなく急に激しい振動が体を揺れ動かした。「ああ、ブロンソン。この揺れは?」広が今にも倒れんばかりに言った。「ああ、のぼる助けて」二人の間にいた宏美が思わず彼にしがみついた。

 やがて地震がやんだ。「ブロンソンさん。今のはやっぱり・・・」静恵が膝をさすりながら言った。「うんそうだ、今のは火山による地震だ。これはとんでもない所に来たようだな」静恵が思っていた通りであった。

 やっとのぼるから離れた宏美が顔を少し赤らめて「ねえ、早くこの恐ろしい星から立ち去りましょうよ。ねえ、広」変な目付きをしていた広に宏美は言った。「なんだよ弱虫、ちょっとの地震でのぼるにしがみついてさ、僕も隣にいたのに、何だよ」と、広はそう口にしたかった。

 彼が一人でぶつぶつしている間に、ブロンソンは一人で窓から外を見て何か考えているようだった。それに最初に気付いた静恵が「ブロンソンさん、やっぱり地震の事を考えているのですか」はっとしたブロンソンは「静恵さん、どうやらここは昔の地球にそっくりですよ」「はい、私もそう思っていました。ところでここにしばらく居るつもりなんですか。宏美は怖がっているんですけど」また、深く考えていたが「そう、そのつもりだ。ここは普通の土地とは違う。我々の地球と同じだ。この、中から見てもわかる通り、植物はあるし水もある。それにさっきも言った通り、昔の地球を思い出させるような火山が、いっぱい見えるだろう」「ええ・・・それが?」「それが地球の昔を知る上で、興味深い物じゃないだろうか。私はこう見えても、地球の大昔に興味があるんだよ。だから私は、出来るだけここに居るつもりだ。もしかしたら、人間のような生き物がいるかもしれないからな。もちろん君たちにも、付き合ってもらうがね」うなずいていた静恵は「私もその方がいいと思います」二人はアンドロを見た。もちろん彼もオーケイした。「よし、それは良かった。それでは彼らの意見を、聞いてみようかな」

 別の窓から外を見て話している彼らに、ブロンソンと静恵は近づいた。アンドロは一人整備の点検をするために離れた。「ねえ君たち、少しの間ここでこの星の事を、調べて見ようではないか」ブロンソンは三人に優しく言った。

 彼らは黙っていた。すると宏美が顔を上げ「ブロンソンさん、私怖くありません。ここでこの星の事を調べたいと思います。もしかしたら私たちの様な生物が・・・」目を輝かして聞いていた二人は「よく言ったこれでよい。おい、君たちはどうなんだい」「ブロンソン決まっているだろう。宏美さんさえ賛成なら、なっ、のぼる」「うん、まあそうだけど」「そうかみんな賛成か。それじゃ決まった。さっそく降りて見ようではないか」ブロンソンは軍隊で使っていた機関銃を奥の方から取り出すと、弾を入れていくつか腰のバンドにかけた。そしてアンドロに頼みドアを開けてもらった。

 彼らはじっくり踏みしめて降りた。するとそこの空気がとても美味しい事に、直ぐ気がついた。やっぱり今の地球とは比べ物にならない、澄んだ空気だった。「とってもいい空気だな」「ほんとだわ、すばらしいわ」

 お腹いっぱい空気を吸うと、ブロンソンが言った。「のぼるに宏美、それどころじゃないぞ」ブロンソンがしゃべり終わったと同時に、またあの山が爆発を起こした。「きゃ~」「みんな、早く中へ入れ危ないぞ」ブロンソンはみんなを入れると、自分もすぐ入った。

 何故か噴火はすぐ止んだ。何事もなかったかのように静かになった。それを見て彼らは探検をすることにして、さっそく準備に取りかかった。済ませると、外へ出た。「よしみんな。今日はあまり遠くへ行かないで、近くを探検することにしよう」「そうねその方がいいわね」ブロンソンに静恵も同意した。

 彼らはまず、火山と離れた反対側の方へ向かった。5分頃して森のようなすごく茂った所に来た。そこはやはり学校で習ったような、地球の大昔に結構似ていた。

 木は今のたくさん枝分かれしたものとは全然違っていて、単純な太い一本の丸太に少しの枝が着いたものだった。そんな何となく単純な植物が、彼らの周りを囲むように生えていた。下を見ると青いこけの様な物が、絨毯のように広がっていた。歩く度につるつると滑りそうになったり、靴がめり込むこともあった。

 空は青く澄んでいて、それに雲が所々に白く浮かんで、とてもすがすがしかった。日は傾きかけていた。

 やがて歩き続けていると、池のような水溜まりに来た。広が上からのぞき込むと、底がはっきりと見え魚のような形をした生物や山椒魚に似た生き物が池の底を歩いていた。それに昆布のような形をしたものが生えていた。

 広は水を手ですくって飲んだ。「うんうまい、これが本当の水だ」広は山原の川の水で、顔を洗った時を思い出した。・・・「ねえ広、そんなにおいしいの。・・・わぁ~、本当に美味しいわ」宏美は顔を水の中につっこんだ。その水の冷たさの気持ちよさに、宏美はそのまま水に浸かっていたかった。

 そんな宏美を見て、みんなもさっそく水を飲んだり、手を洗ったり、顔を洗ったりしていた。「静恵さん、こんな水はもう地球にはありませんね」「そうね今の地球はもう公害だらけで、外を歩くと排気ガスで大変ね、どうにかならないものでしょうかね」と寂しげに言った。「よしみんな、だいぶ暗くなりかけたことだし、今日は帰るとするか、明日また探検しよう」ブロンソンはそう言って、先を行こうとしていた広を止めた。

 彼らは急いでアンドロが待っている、円盤へ引き返した。やっと円盤にたどり着いた時には、もうだいぶ暗くなっていて、空はきれいな星で、覆われていた。

 夕食を食べながら広が言った。「ねえみんな、こんな綺麗な星に、みんなで名前をつけようよ」「そうねその方がいいわね」静恵が言った。「まるで地球の大昔みたいだから、『太古星』、ではどうかな」ブロンソンが言った。「そうね、良いんじゃない。それでいきましょう」宏美が言った。「すごいね、まるでコロンブスの大陸発見みたいだね」「それ以上だよ。なあ、アンドロ」のぼるの言葉にブロンソンは誇り顔で答えた」

 夕食を終わって広と宏美は、エレベーターに乗って3階に来た。そこはちょうど大きな餅の上にやや小さな餅をのせた辺りで、そこを階段をのぼって、3階のちょうど小さな餅の上に、半分に切ったみかんを置いたような感じの、ドーム形のサンルームに来た。そこがちょうど円盤で一番てっぺんになる。そして二人は地球を思い出しながら、夜空を見入っていた。

 翌日も空は晴れていた。朝食を終わって彼らは探検に行くことにした。「それじゃアンドロ頼むよ」ブロンソンはそう言った。「オーケイ」アンドロは言った。そして彼らは外へ出た。「ねえみなさん、今日はあの山の方へ行きませんか」宏美が言った。ブロンソンは同意した。

 やっと途中ほど来たときだった。彼らの目の前に巨大な20センチほどのへこみがあった。幅は1メートルはあるだろう。まさにそれは大型の生物の足跡だった。「もしかしたらこれは・・・」「そうよ怪獣の足跡だわ。きっとそうよ」のぼるがみんなに聞くと、直ぐ様宏美が答えた。「この星には怪獣も居たのね。ねえブロンソン、引き返した方が」「そうだなここは危険だ。すぐ引き返そう」静恵は急がんとばかりに言った。しかしすでに手遅れであった。けたたましい叫びが辺り一面に響くとともに、木の影から巨大な怪物の顔が現れた。そして完全に彼らの前に姿を現すと、巨大な口を開けて吠えた。「ぎゃおー、がおー」「うわ、怪物だみんな逃げろ」ブロンソンは悲鳴を上げてみんなを押して言った。みんなは賢明に逃げた。ブロンソンは怪獣に向けて、持っていた機関銃を撃った。「だっ、ダダダダ、、ダダダダ」機関銃から無数の弾丸が、怪獣めがけて飛んでいった。しかし怪獣はびくともしない様子だった。そしてそのブロンソンの仕草を見ていたずらするように、怪物は彼らを今にも踏まんとするように追いかけた。

 怪獣が歩くたびに地面はかなり振動した。あの巨大なとてつもない肉の固まった足、その足先はするどい爪が地面に食い込んでいた。背中から尻尾の先までせびれの様な物が生えている。目は鷹のように鋭く、大きな口には尖った牙が何本もあった。その口からは水の様なよだれを垂らしながら、けたたましい悲鳴を上げながら、彼らに襲いかかった。

 その時であった。近くの草むらから何かが動く気配があった。ウサギのような動物だろうか。しかしそこから出て来た物は、何と一人の少年であった。彼はみんなの前に来るとニヤリと笑い、それから手招きをした。「なんだこりゃ、人間もいるじゃないか」「おいみんなやつの後について行くんだ」ブロンソンは少年を見て驚いていたみんなに言った。

 ブロンソンはやや遠ざかった怪獣を見ながら、彼の後に付いて行った。彼はやや広い洞窟の前に来た。そしてみんなを中に入れると、のぼるの肩を軽く叩き、洞窟に置いてあった数本のするどい矢と弓をしっかり握り、外に出て行った。

 少年は怪獣の方へ行くと、自分の存在を確認させ、誘うようにして山の方に向かって走って行った。

 そんな彼の行動を洞窟の入り口から、怪獣にばれないように見てじっとしていられなくなったブロンソンも、銃を持って出て行った。

 その最中にも怪獣は彼を追い、差をどんどん縮めていった。ブロンソンは一生懸命、彼を追いかけた。

 10分ほど走り続けたブロンソンは、山の急な崖のあたりで少年と怪獣を探し出した。そこは数百メートルもある険しい崖であった。彼はわざとその崖の端に立って、怪獣をおびき寄せようとしているのだ。

 そんな事とは知らなかったブロンソンは、少年が追い詰められていると勘違いし、ブロンソンは今度こそ怪獣を仕留めるため、側面に回った。そして胸めがけて機関銃を撃った。怪獣は悲鳴を上げると暴れだし、前方にいる少年に向かって突っ込んできた。そのどでかい図体の為、地面がものすごく揺れた。

 とうとう彼は踏みつけられそうになった時だった。少年はとっさに腕を伸ばし寝そべると横に転がって身をかわし、すぐさま持っていた弓で怪獣の目をめがけて矢を放った。しかし一回目は惜しくも外れた。矢は肩すれすれに空高く舞い上がり綺麗なカーブを描いて森の中へ落ちていった。

 さらに興奮した怪獣が、再び少年に向かって頭を下げ、大きな口を開けて近づいたときだった。彼は今度こそ一生懸命目に集中させてもう一度矢を放った。矢はまっすぐ怪獣の目に吸い込まれるように飛んだ。「ギヤ~」大音量の悲鳴を出すとともに怪獣の右目からものすごい血が噴き出し彼の足元にポタポタ落ちた。まさに命中したのだった。

 怪獣はあまりにも目が痛いのか、苦しそうにどでかい体を前後左右に動かすと、ものすごい急な崖の端に来てしまった。その重さで端の岩が耐えきれずに崩れると、怪獣は恐ろしく大きな悲鳴を上げながら、崖すれすれに真っ逆さまに落ちていった。

 心配になって駆け付けた広たちが、恐る恐るやっと地面に張って崖の下を見ると、ものすごい砂煙が小さくわき上がって見えた。そうしながらも、まだ握り拳ほどの石が音を立てながらいくつか落ちていった。

 広らは、息を呑んで動けなかった。「怪獣が落ちたのね」「相当高いなあ、ここは」宏美とのぼるは驚きながら言った。もちろん静恵も広も驚かないわけではない。二人は黙ってじっと下を見ていたのだった。

 やがて落ち着きを取り戻した静恵が、自分のそばで息を『ハア~、ハア~』させて立っている、不思議な少年に気づいた。「ねえあなたはこの星の人なの。私たちを助けて本当にありがとう」やっと怖さを我慢して座って言った。

 静恵が話してやっと気がついた彼らは、みんなそのたくましい少年にお礼を言った。しかし一人だけブロンソンは、まだ仰向けになってぐったりと横になっていた。「どうしたのブロンソン」宏美が心配そうに駆けつけた。「いや本当にあの時は、もう駄目だと思ったよ」ブロンソンは安心して、ぐったりとしたのだった。

 やっとブロンソンは起きあがり、埃をパタパタと落とした。「君、名前は何と言うんだい。さっきは逆に怪獣を怒らせてしまって悪かったな」ブロンソンが少年の肩に手を置いて言った。しかし少年は黙っていた。そして笑った。「そうだ。こいつには僕らの話が分からないんだよ」広が言った。「そうだな解るはずがないな。でもいつかは話せるときが来るさ。みんな、もう今日は帰るか」ブロンソンは置き忘れていた機関銃に気づき探そうとしたが、静恵がすぐさまブロンソンに機関銃を両手で渡した。それを片手で受け取りながら「ハア~、いくら機関銃で撃ってもびくともしないんだからな。しかしやつは弓一本で倒すのだから大したものだよ。なあ、静恵さん」「そうね私はあの子がもう怪獣に踏まれるのかと思ったのよ」静恵はドキドキして言った。

 しかし二人の心配を気にせず宏美と広に掴まえられて少年は喜んでいる様だった。三人の後ろを歩いていたのぼるが「ねえ、名前をつけたらどうかな」とみんなに聞いた。「そうね私も考えていたのよ。何がいいかなあ」宏美は少年を見ながら考えた。

 ブロンソンは彼の前に来た。そして指で自分の顔を指して「ブロンソン、ブロンソン」と二回言った。そして彼を指した。少年は少し黙っていたが「ダーカー」と小さい声で言った。「ねえ今の聞いた。この子ダーカーと言うんだわ」静恵が笑った。「ダーカーか、いい名前だな」のぼるも言った。「ちぇ、僕は『チュウ』が良いんじゃないかと思ったのにな」「何だよ先輩、この人ダーカーと言うんだよ、これで良いじゃないか」のぼるは怒って言った。

 さっそく宏美は「ダーカー帰りましょ」と言って、広の手からダーカーを離して、のぼると一緒に先を急いだ。広は怒りながら三人の後ろを付いて行った。そんな姿を見ていたブロンソンと静恵は笑いながら寄り添って歩いていた。

 しかしそんな楽しげな彼らを背に、山はごうごうと音を立てていた。それは前よりも確かに強くなっていた。彼らは何も気にせずアンドロが待っている円盤に急いだ。

 彼らは円盤に戻ると新しい友達のために、パーティーを開くことに決めた。のぼると広が外で探した果物や、おいしそうな実で、宏美と静恵が料理を作る事にした。

 広とのぼるは倉庫から例の食料を運んだり、パーティーの飾り付けをしていた。ブロンソンは、ちょっとこの星の事をいろいろ調べるために、一人で外へ出て行った。

 そして彼はさっきの崖の方へやって来た。そこはとっても見晴らしがよく、あの今にも爆発しそうな火山が目の前に見えるからだ。それをじっと眺めた彼はそこにあった大きな石に腰を下ろすと、目を瞑ってしばらくじっと考えていた。そしてある推理をした。

 目を開けると「もしかしたらこの巨大な崖は、あの火山のためにそうなったのではないだろうか。これは最近出来たものらしい。私たちがいるとこらは大丈夫だろうか。彼は独り言を言って立ち上がった。そして彼らがいる円盤へ急いだ。

 彼が円盤に着くと、もうパーティーの準備は出来上がっていた。「ブロンソン遅かったじゃない、ずいぶん待ったのよ」宏美が怒って言った。ブロンソンが椅子に座ると静恵が「ねえブロンソンさん顔色が悪いみたいよ、何かあったの」「ああ、何もないよ。ちょっとね」「ちょっとって、何ですか」のぼるが聞いた。「あ~、後で話す。遅れてごめん。さあ、新しい友達のために乾杯をしょう」「そうね、かんぱ~い」と言って、みんなはただの水を飲んだ。ダーカーはとても喜んでいた。最初は心配そうに食べていたが、だんだん慣れて、自分の物をすっかりたいらげてしまった。

 宏美は時々ダーカーに言葉を一つ一つ丁寧に教えていた。ダーカーはどうやら我々とは少しも知能が劣らないらしく、言葉を意外と早く覚えているらしかった。

 そのうち楽しいパーティーが終わり、みんなで後片付けをしていると、静恵がさっきからなにか心配そうなブロンソンの方へ来て「ブロンソン、やはり何かあったのね。ああなたは外へ出掛けてから何か考え込んでいるみたいよ。ねえ、私たちにその訳を話して」悩んでいたブロンソンが急に決心したかのように言った。「よしそれでは話そう。そうだ、お~い、君たちも来てくれ」と言って、みんなはテーブルに集まった。

 みんなは何の事かと思った。しばらくしてブロンソンは「みんな、実は僕が外へ調査へ行った時だ。僕はさっき恐竜が落ちたあの崖へ行ったんだ。なぜかというとちょうどあの火山がはっきりと見えるからだ。僕は最初この星へ来た時から、この星の火山活動が異常なほどに激しいのに驚いていたんだ。特にあの火山が何となく今にも爆発しそうでたまらなかったんだよ。だからそこへ行っていろいろとかんがえていたんだ。すると、はっきりとは言えないが、火山の運動は前より激しくなっているようなんだ。そしてもうひとつ、僕たちみんなが驚いたあの崖の高さ、あれはまさに火山によって出来た物らしい。崖にははっきりと地層が見えていた。たぶん最近出来たものではないかと思うんだ。それでは僕がもっと恐れている事なんだが」するとのぼるが急に口を挟んだ。「いったいなんですか、その恐れている事とは」みんなも何か重大な事と悟ったらしい。ブロンソンは話を続けた。「それは・・・」「・・・実は近いうちにあの火山が大爆発を起こすと言うことだ。たぶんそうなったら今僕たちが居るところは、爆発のため大きな熱い石が飛んできたり、地面が壊れたり溶岩に流されたりして、跡形もなくなってしまうだろう」ブロンソンは頭を抱えて話を終わった。アンドロは黙っていたが、彼の話を理解したらしい。みんなは黙った。ここが完全に溶岩に包まれるのも、そう長くはないだろうと思った。そうとわかれば、早くこの星から逃げねばならない。

 どれだけ時間が過ぎただろうか、静恵が最初にしゃべった。「それじゃ早速この星から逃げましょう」「そうだそうだ、早く逃げないと危ないぞ」広ものぼるも宏美もみんな慌て出した。ダーカーは言葉はわからないが、火山の話だと彼らのしぐさでわかった。

 頭を抱えていたブロンソンがその手を離し、あわててしまったみんなに言った。「よしみんな、それではできるだけ飲料水や食料になるようなものを探して、早くこの星から逃げようじゃないか」みんなは賛成した。

 もう外は夜だった。彼らは今日はゆっくり休んで、明日星を脱出するための準備をする事になった。広は床についてもなかなか眠ることができなかった。がやがて眠りについた。

 翌日彼らは早く起きた。円盤を出て火山を見たブロンソンとアンドロは、いっそう火山活動が激しくなっているのに驚いた。黒い噴煙を空いっぱいにあげて、ごうごうと音を響かせていた。「アンドロ、どうやら今日か明日には爆発するな」ブロンソンが言った。そういう間にも地面はかすかに振動した。

 広と宏美とダーカーは、近くの森に行って食べられそうな果物を、探しに行くことにした。静恵とのぼるは、飲料水を汲んで来ることにした。アンドロは最後の点検をすることにした。広と宏美はダーカーに食べられるものを聞き、それを一生懸命に集めた。

 一方、のぼると静恵は、すぐそこの川へ着くとそこから水を汲むことにした。やっと何回か往復して水を汲んで帰ろうとしていた時だった。ものすごい爆発音がしたかと思うと、地面が激しく揺れた。二人は思わずしゃがんだ。見ると遠くの山がものすごい爆発を起こしていた。地下から吹き出た真っ赤な岩石や火山灰が火口から空高く舞い上がった。「こりゃ大変だ。早く引き返しましょう」のぼるが言った。静恵は倒れかけた。「静恵さん大丈夫ですか」のぼるが静恵を抱えた。やがて噴火が止んだ。

 その時である、近くの木の影から何かの生き物の叫び声が聞こえた。相当な数だろう。すると、「キイ、キイ」という声とともに、猿に似た小さな生き物が、集団で二人の前を横切って、火山とはちょうど反対の方へ逃げていった。「のぼる君、ここには猿もいたのね。さっきの爆発で逃げていくんだわ」「そうだね静恵さん、僕たちも早く帰りましょう」そうして二人は水を持って円盤へ引き返した。しかしふとバケツを見ると水は半分も残っていなかった。それに気づいた二人は、顔を見合わせると大声で笑った。

 しばらくして、広たちもいっぱい果物の様な物を抱えて戻ってきた。彼らも果物を採っているとき地震に遭い、急いで引き返して来たのだった。そしてまたさっきを上回る規模の爆発があった。そのショックで彼らは床に倒れた。「大変だ、みんな早く席に着け、出発するぞ」ブロンソンは声高く言った。

 みんながやっと席について安全ベルトを締めると、アンドロはスイッチを押してドアを閉めた。しかしその閉まる直前に、何かある生き物が死にものぐるいで、円盤に入ったのだった。しかし誰一人それに気づくものはいなかった。

 アンドロが操縦桿を握って発車ボタンを押した。すると円盤は「シュル、シュル」という音を出して、しだいに浮き上がった。時には小さな石が円盤に当たっているらしかった。音がするのだ。下の方では火山がまた爆発を起こした。そして大きな地割れが、火山の方から円盤が着陸した際に、草が倒れて出来た丸い跡の方まで、続いていたのだった。もう少し遅れていたら大変なことになっていたのだった。

 しかし円盤が火山の煙の中に入ったとき、多少ながら飛んできた火山岩のために、円盤が揺れた。2、3秒して噴煙の中から出て彼らは下を見た。火山からは赤い溶岩が相当な地域まで広がっているのが見えた。彼らは息を呑んで見ていた。

 やがて宏美が話した。「私たち危なかったわね」「そうだね、ねえ静恵さん、猿に似た生き物は逃げたでしょうかね」のぼるが言った。「そうね助かっていたらいいのに」静恵はかすかに目に涙を浮かべていた。

 そのときである。「あっ」急にのぼるが叫んだ。何とあの猿が座席の下にいたのだ。のぼるはその猿を掴もうと手を伸ばしたが、猿はピョンピョンと逃げていった。それを見たダーカーが、ベルトを外すように宏美に言った。宏美が外してあげると、彼は席を立ってドアの方へ行った。そして何か猿に言葉をかけると、猿はダーカーの腕に乗ってきた。「あ、あの猿だわ、のぼる、私たちが見た猿だわ。きっと仲間とはぐれて、逃げるところがなくて入り込んだのね」

 静恵はダーカーから猿を捕ると、「きゃ~、きゃ~」鳴く猿をいつまでも撫でていた。ところがである。ダーカーは急に降りたいと言った。広は一緒に旅をすることを進めた。やっとの事でダーカーはそれに応じた。

 太古星からやっと脱出して1時間ほどもすると、もうあの第2の地球とでも言っていい星は、小さな月のような大きさまで遠くなっていた。ようやく落ち着きを取り戻した彼らは、新しい友達、つまりかわいい猿に似た生き物に、名前を付けることにした。

 静恵に抱かれた猿を撫でながら、宏美は考えていた。「みんな、『クロー』ではどうかな」二人の前で猿を見ていたのぼるが言った。「のぼるお前馬鹿か、この猿黒い色してるか」「それじゃ先輩は何と付けるの?」広はそう言われて、上を見て考えた。「そうだな、『サルー』、と言う名前はどうかな」「サルー、だったら『サール』、の方がまだいいよ」のぼると広はどちらも自分の考えた名前が付けたいらしく、お互いに相手の名前をけなしあった。

 そんな二人の事はおかまいなしに、猿を撫でていた宏美は「そうだわ、私『ピョン』、と言う名前がいいわ。どう静恵さん」「そうね、元気がありそうでいいけど、少しね」

 二人はまた考えた。すると二人の前にダーカーが来た。「ねぇ~ダーカー、この猿なんと言う名前がいい」困った顔をして宏美は思わずダーカーに聞いた。「あっ、そうだよね。ダーカーは言葉がまだわからないのよね」しかしダーカーは声を発した。「チカ、チカ」「ダーカー、この猿『チカ』、と言うの」ダーカーはうなずいた。二人は驚いた。「それじゃ静恵さん、この猿『チカ』という名前にしましょう」と言って宏美と静恵はダーカーが言った名前を付けた。

 気に入らなかった広は、「ブロンソン、これでいいんですか。何か言ったらいいじゃないか」一人でぼんやり、まださっきの星を見ていたブロンソンは、「ああ、なんだっていいじゃないか」「ちぇ、ブロンソンまで彼らの味方して」広は一人で何やらぶつぶつ言っていた。のぼるはとっくにどこかへ行っていた。

 円盤が太古星を去って一週間が過ぎた。円盤の進行方向に、火星のような茶色っぽい星が見えた。「おいのぼる、もしかしたらあの星、金で出来ているかもしれないぞ」「ほんとだな、僕もそう思うよ」久しぶりにのぼると広は仲良く口を利いた。「ブロンソン、あの星に着陸してみようよ」「うん~、着陸はするつもりはないが、出来るだけ近づいてみよう」広はそれでオーケーした。早速アンドロはその金色の星に円盤を向けた。約一時間もすれば、星の重力が及ぶギリギリの距離まで再接近する計算であった。

 みんなはどんな星かと窓から眺めていた。やがて肉眼でその星の姿がはっきりと見ることが出来た。何か金とは全然違う、砂の様な物が生きよいよく動いていた。たぶんそれは大気の運動が相当激しいために起きているんだろう。「なんだ金ではないのか」広とのぼるはがっかりした。

 円盤がその星にもっとも近づいた時であった。突然円盤が大きく揺れた。みんなは床に倒れてしまった。船はなおも揺れ動いていて、外を見ると細かい砂が土砂降りの雨のように、ガラスに当たっていた。

 のぼるが操縦室にやっとたどり着いて言った。「アンドロ、大丈夫ですか、何かぶつかってきたんですか」しかしアンドロは黙って、何か必死に操縦しているらしかった。「みんな大変だ、我々の円盤が引っ張られています」やっと彼は声を出した。

 驚いたブロンソンは「そうかこれはいかん。何とか切り抜けられないか、アンドロ」「だめだ、いくらエネルギーを最高にしても、引っ張られて行くばかりだ」アンドロは操縦桿を握っていろいろやっていた。

 深く悩んでいたブロンソンは「よしこれではどうしようもない不時着だ。それしか仕方がない・・・。円盤の安定だけを気を付けて着地だ」「わかった。不時着します。・・・ただいま一キロメートル」「500」「100」そう言うとアンドロは逆噴射を少し緩めた。やがて円盤は安定を保っているものの、時たま揺れながら降りていった。しかし周りは無数の砂のため視界は全然なくて、広たちにはどれだけ高度が下がっているのかわからなかった。「10」「やがて着地します」アンドロが言った。「みんな早く席に着け」ブロンソンが言った。広やみんなはやっとの思いで席に着くと、自動安全ベルト装置のボタンを押した。

やがて円盤は無事着陸することが出来た。砂のためかショックはほとんど無く、誰も怪我ひとつしないで済んだ。窓からはあいにく砂嵐が激しく動き回っている。

やっと安心したみんなは席をたった。「アンドロ、何か故障は起きませんでしたか」広が心配そうに言った。アンドロは計器などを調べていたが、やがて「大丈夫です皆さん、故障はないようです」それを聞いてみんなは再度安心した。「さっすが~、アンドロさんて、操縦抜群ね」宏美が笑いながらほめた。

 アンドロは別に、何とも表情を変えなかった。「それにしても大変なことになったわね」静恵が窓から外を見ながら言った。「そうだなこれは遺憾なあ、何とか抜け出せないものかな」ブロンソンも困った顔をして言った。「よし、それではもう一度やってみるか」

 彼らはさっそく席に着き、アンドロはエンジンの出力を最高にして、円盤を急上昇させた。しかし円盤が上がるとまもなく相当揺れた。「うわぁ~」「きゃ~」「だめだ、ダメだ。アンドロ、着地だ」仕方なくアンドロは円盤を着地させた。彼らは困惑した。「こうなったら嵐が止むのを待たなければなりませんね」「なにいっているんだのぼる。こんなすごい嵐が止むもんか」

  レーダーでは台風の中心付近にいて、秒速80メートル位である。広が言った通りであった。不時着してからもう5時間というのに、一向に嵐は収まらなかった。時計を見たブロンソンは、「もう寝よう。どうやら今日は嵐は収まらないらしい」「そうだね寝ようか」のぼるはそう言うとがっかりしながら部屋へ行った。みんなも後を追うように自分の部屋へ行った。チカとダーカーはそこら辺の床で寝ていた。あとに残っていたブロンソンはチカとダーカーを抱くと彼らの部屋へ行ってそこで寝かした。そして二人の寝顔を見て薄ら笑いをするとブロンソンも自分の部屋へ行った。彼は寝床に着くとすぐいびきをかいて寝ってしまった。

 彼らが眠って3時間ほどたった。いつの間にか嵐は止んできていた。多くの砂が雪のようにゆらゆらと落ちていく。それはそれは近くの恒星に照らし出されて金色な雪のように輝いて見えた。それをチカとダーカーは黙って見ていた。

 その砂の雪も収まったころ、地球時間で午前5時頃だった。彼らはそんな事とは知らないでぐっすり眠っていた。風は少しも吹かないらしく、ちょうど地球の砂漠と同じような縞模様がどこまでも続いていた。

 しかしその沈黙も1時間を待たなかった。次第に砂の砂漠にそよ風のような砂が小さな渦を巻いて消えた。それがいくつもいくつも出来ては消えた。

 6時過ぎ頃にやっとブロンソンが最初に目を覚ました。そして止んでいる嵐を見ると、みんなを起こした。「さあみんな急ぐんだ、脱出するぞ」

 彼らはまた座席に着いた。一人びとりの顔は眠たそうな顔ではなく、緊張した表情が表れていた。「みんな準備はいいか」ブロンソンは声高く言った。「はい、準備オーケイ」みんなはそろって言った。「よしアンドロ出発だ。早くしないとだんだん嵐が強くなってきているから大変だ。全速力で行くんだ」「はい、わかった」アンドロは動力スイッチを入れた。円盤がかすかにうなった。そしてゆっくりボタンを右に回した。円盤のうねりが大きくなった。

 アンドロが操縦桿を握ると、円盤はかすかに動いた。しかし円盤の周りは砂に埋もれていて、なかなか離陸できなかった。アンドロは出力を最高にした。ようやく周りの砂がそばに寄っていき、円盤はどんどん姿を見せ始めた。そして突然円盤は目の前に激しく揺れる砂の嵐を書き抜けて離陸した。しかし宇宙船は相当揺れていた。彼の体は上下左右に大きく揺れた。ベルトがなければ、彼らはあっちこっち飛ばされて、大変なことになっていただろう。

 突然アンドロが速度計を見て言った。「ブロンソン大変だ。速度が落ちてきている。このままではまた引っ張られそうです」アンドロは焦った口調で言った。

 ブロンソンは黙っていた。「これだけはどうにもならん、神に祈るしかない。アーメン」ブロンソンは目をつぶった。宇宙船は速度を落としたり、やや持ち直したりして、どうにか嵐の星を離れていった。そして次第に速度が出てきた。計器を見ながらアンドロは、「皆さんどうやら切り抜けられたようです、速度が持ち直りました。どんどん上がってきています」「そうかそれはよかった」ブロンソンは胸を撫で下ろした。みんなもやっと安心した。でもまだ宇宙船は時々大きく揺れた。

 やがて揺れも緩くなり、彼らが見つめる窓から、砂が少しずつ諦めたかのように少なくなっていった。そして30分もすると砂は消えてなくなり、真っ黒な宇宙に多くの星が輝いて見えた。

 それを見ながら宏美は「やっと抜けたわね、これもアンドロの操縦の腕だわ」「そうでもないよ、もし遅れて出発していたら、抜けきることはできなかったでしょうね、ブロンソンさん」「ああそうだな、私が起きたときには嵐はとっくに止んでいて、そして再び強くなりかけていたときだったんだ。もしあと30分も遅れていたら、今度はいつ抜けられていたかわからなかっただろう。しかしアンドロはよくやった。それではこの星は何と命名しようかな」ブロンソンがすかさずみんなに聞いた。「あっ、そうかそうだな」広が考えていると、のぼるが口を開いた。「砂金星、でいいんじゃないかな」「そうねそうしましょう」宏美の援護ですぐそれに決まった。「ところで、今僕たちはどこにいるんだい」広が聞いた。「ああ、今ちょうど銀河系の真ん中あたりだろう」アンドロは言った。どおりで周りは星が多く感じられ賑やかに見えた。

 彼らはいったい生きてアンドロが住んでいる星に着き、そして我らの地球に戻ることが出来るのだろうか。

 宏美や静恵はダーカーに、いろいろ言葉を教えていた。アンドロは今ではほとんど言葉をしゃべれるようになっていた。彼らが乗った円盤は、多くの恒星の間を猛スピードで進んで行った。

 やがて彼らの肉眼でも、はっきり見える熱いガスが前方に見えた。「ねえアンドロ、回り道をした方がいいんじゃない」宏美が言った。「大丈夫だ、ただの雲に入ったようなもんだよ」アンドロは心配顔の宏美に言った。

 約8時間ほどして、彼らの円盤は入道雲のようなガスの中に消えていった。するともう周りは真っ暗だった。「これは相当熱いガスの中に入ったみたいだな」ブロンソンも驚いて言った。そんな事が一日も続いた。やっとの事で彼らの円盤は、厚いガスから抜け出ることが出来た。

 アンドロはみんなを集めた。「みんな、やっと私の星へやがて着く」「本当ですか」「本当だ、今私の星からの電波を受信することが出来た。これからは自動的に誘導されて着くことができるんだ」みんなは喜んだ。「でも何のために、私たちはここまで来たの」宏美が聞いた。「それは・・・」アンドロは言葉をやめたが、やがて発した。「それは私たちの星が、今戦争をしているのを止めさせる為だよ」「戦争をしているって?」みんなは驚いた。「地球だけではなかったのか」ブロンソンは困惑した。「どうして戦争なんか・・・?」静恵が言った。「それは私たちの星の命が、後7、8年ぐらいしかないからだよ。・・私たちの科学者は今から3百年ほど前に、太陽がどんどん膨れ上がってきていることを発見した」「膨れ上がったらどうなるの」宏美には意味が分からなかった。「太陽が膨れ上がると、わたしたちアシスタ星まで呑み込まれてしまうんだよ」「アシスタ星?そう呼ぶんだ」広が口をはさんだ。

 アンドロは続けた。「その前に暑くなって、生きていられないだろう。それで私たちは宇宙科学に相当な熱を入れて、やっと円盤を作れるまでに至った。そしてやっと第2の小惑星を探した。しかしその惑星は、我々アシスタ星の半分の大きさで、とてもみんなは住めない。それに円盤の数が少ないから、この星の金を持った人たちは、真っ先にそこへ移住しようとしたんだ。そんなことで貧しい人たちは怒り、とうとう戦争という悲しい結果になったんだよ・・・」

 みんなは静まった。「それで私たちは他にも住める星を探して、その証拠と言ったら悪いが、君たちのような人類を探して、無理矢理来てもらったのさ。そうしない限り戦争は終わらないと、王は言ったのだ」「王って?」「私たちの偉大な人なのさ」そう言ってアンドロは目をつぶった。

 円盤はアンドロのいる星に、まっしぐらに導かれていった。

 地球を出発してから半年経っただろうか、やっとアンドロが住む星が見えた。「アンドロ、あれが君たちの住む星なのか?」「ああ、そうだよ・・・。懐かしいな・・・。3年ぶりになるな」アンドロの目は相当輝いていた。

 この星は地球の3分の1くらいの大きさで、姿形は地球に似ていたが、海などは昔に比べると10分の1まで減少していて、湖はほとんど干上がっているということだった。

 しかし広には何だか、今自分が地球に帰って来たような、懐かしさだった。アンドロに聞くと、この星の人工は4億人しかいないという。思ったより少ない人数だった。

 広は彼に「アシスタ星」と言う文字が、カタカナでどう書くか教えていた。「ありがとう広、この字を絶対忘れないよ」そう言ってアンドロは両手で広の手を包んだ。

 やがて円盤はある建物に近づいた。その建物を見てわかるように、アンドロが言った通り科学は相当進んでいるようだった。

 やがて屋上の扉が開き、彼らを乗せた宇宙船は中へ入った。円盤は黄色で丸く書かれた印の上に静かに着陸した。

 ブロンソンは警戒してか、とっさに機関銃を取りに行った。そして両手で抱えて持ってきた。「よせ、大丈夫だ」それを見たアンドロはすぐ腕を広げて制止した。「・・・解った」ブロンソンは銃を下げ了解した。そして元の保管場所に閉まった。

 やがてアンドロが宇宙船の入り口のドアを開けると、先に降りた。広たちも後を追って降りた。外では一人の男の人がすでに待っていて、アンドロを見て何やら大声で話していた。もちろん彼らには外国語のように、意味は分からなかった。そして彼は広らを見ると、びっくりしてどこかへ走って行ってしまった。

 アンドロはみんなを手招きすると、エレベーターに乗った。それはゆっくりと下がっていった。1、2分ほどしてやっとエレベーターを降りると、アンドロと共に彼らは、あるドアの入り口へ来た。

 そこは二人の兵隊が見張っていた。そして彼らを見ると、ある武器のような物を向けた。それは直径が1センチ位、長さが10センチほどのパイプが、4本束ねた作りになっていた。

 それを見て彼らは、一瞬身を引いた。さすがのブロンソンも、両手を上げて強ばった。「ねえ広、私たちどうなるのでしょう?」「本当だ」「アンドロ、どうなっているんだ?」ブロンソンは汗だくで言った。するとアンドロは彼らに向かって、あるバッチの様な物を見せた。すると二人は急に礼儀正しくなると、すぐドアを開けた。「わぁ~、ビックリした~」宏美が手を下ろしながら言った。「ほんとだ」のぼるが答えた。と同時にそこは、何とも言えない素晴らしい所だった。

 彼らは恐る恐る部屋へ入った。すると部屋の奥の中央の方に、椅子に腰かけた、年老いてはいるが、たくましい老人がアンドロを見ると喜び顔をした。彼の周りには20人ほどの兵隊がいた。どうやらアンドロが話していた王だろうと、彼らは確信した。そして王の横には少女が立っていた。

 アンドロはその王の前に歩み寄り右の膝を付くと、深々とお辞儀をした。「アンドロ遅かったじゃないか・・・」王は言った。「まことに申し訳ありません。数多くの星を調べたのですがなかなか住める所がなく、それにいろいろ事情がありまして、到着が遅れてしまいました」

 アンドロは、彼らを無理矢理連れて来ないために気を遣い、いろいろと道草をしたからだった。「所で王様、他の二人はどうなりましたか?」「あ~、それが残念だが、クリスは事故に遭い、死んだそうだ。ウェーダは、何の収穫もなく仕方なく戻ってきた。・・・所でアンドロ、無事に帰ってきて何よりだ」

 王はそう言うと、後ろで立っている彼らに視線を向けた。「ところでこの他の人は何だ・・・?・・・もしかしたら・・・」

 王は力強く席をたったと思うと、大股で彼らに近づいてきたと思うと、じっとみんなの顔を一人一人目を丸くして見た。「・・・はい、王様。やっと私たちが住めそうな星を見つけました」「本当なのか?」「はい」

 王はやっと彼らがその惑星のものだと悟った。「そうか、それはよかった。それじゃさっそく民衆に見せて戦争を止めさせねば。・・・それにしても、他の星の者には見えぬ。我々と同じ姿をした生き物がいたとは。・・・しかしみんなちっこいなあ~」王の顔が緩んだ。

 そのときドアが開き、一人の兵隊が入ってきた。その手には機関銃があった。「あっ、しまった・・・」ブロンソンは後悔した。彼らを刺激しないために置いてあったのを、ばれてしまったのだった。

 兵隊はそれを王に見せた。「なんだこれは?」彼に聞いた。アンドロはすかさず間にはいると訳を話した。「そうかお前の物か。・・・『ブロンソン』と言う名か。これを何に使う気だったのか?」王はさっきとは打って、変わって急に怖い顔になると、訳のわからない言葉で、ブロンソンに問いかけた。アンドロはそれをブロンソンに訳した。

 それを気に障ったのか、ブロンソンは「これは武器だ。これで生き物を簡単に殺せるんだ。俺たちの住んでいる地球では必要なんだよ」「なっ、何と、お前たちの地球でも争い、戦争をしているのか?」王はそう言うと、首を大きく左右に振った。そして兵隊を下がらせた。

 彼は銃を持って出て行った。「畜生・・・」ブロンソンは追いかけようとしたが、アンドロにまた制止させられた。そして王も家来に何か言うと、足早に出て行った。

 そして彼らは、別の部屋へと連れて行かれた。王の横に立っていた少女は、なぜか彼らと一緒に付いて来ていた。彼らはしばらくの間、そこにある椅子に座って待機していた。ブロンソンはまだ興奮しているようで、部屋の中を動き回っていた。

 やっと遅れてアンドロが来た。「ねえ、アンドロ。これは一体どうなっているんだい。僕たちには全然意味が分からないよ」広は動揺しながら聞いた。「そうだ広の言った通りだ。私の命よりも大切な機関銃も取られるし、私たちはこれから先どうなるんだ」ブロンソンは大きく両手を動かしながら怒っていた。「大丈夫だよ、みんな前に言った通り、君たちには承認になってもらうんだ。私が新しい星を見つけた証拠としての」「そうよね、そういう事だったよね」宏美が言った。「そして機関銃だが、君たちがここを離れるまで、預かると言うことだ」「返してもらえるんだな」ブロンソンは年を押した。「安心しろ、ブロンソン。地球の武器が珍しいために、少し調べて責任を持って返すと言うことだ」それを聞いてやっと彼らは安心した。「・・・所でみんなに紹介するが、この方は王の娘で『シノン』と言うんだ」「始めまして」彼女が始めて声を発した。アンドロが訳した。「今日はよろしくね」宏美がにこにこして答えると、みんなは頭を下げた。ツインテールの髪型の結構な美少女で、広とのぼるは、表情が緩んだ。

 やがて彼らの前に、テレビカメラのような物を持った人がやって来て、彼らに向けていろいろ準備をしていた。そして王も数名の家来を引き連れてやって来た。そしてもう一台のカメラを王に向けると、頭を下げ手で合図した。王はそれに向かって大きな声で話した。次にカメラは王からアンドロに向けられた。アンドロは彼らに出会った時の事を細かく話した。その間に広らをカメラはとらえていた。

 そして約2時間ほどして中継は終わった。カメラを持った人たちは、さっさと引き上げて行った。そして王は彼ら一人びとりに固い握手をした。王はアンドロに何か言った。そしてアンドロが通訳をした。「君たちのおかげで、どうしても止められなかった戦争を、止めさせることが出来そうなんだよ。とても感謝していると、こう言っているんだよ」

 そして彼らは王とシノンと一緒にエレベーターに乗って、円盤が降りたところに来た。そしてまたそれに乗った。そうしてある広場に来た。そこは大勢の人々が集まっていて、そして彼らはまた証拠として民衆の前に出た。人々からはすごい歓声が聞こえた。そしてちょうど我々が万歳をするようなしぐさをして大声で喜んでいた。そして彼らはまた円盤に乗りあの建物に戻ってきた。「さあ、みんな、王の部屋へ行こう。素晴らしいごちそうが待っているよ」アンドロはそう言うとみんなは入った。

 パーティーはすごかった。地球では食べたこともない美味しそうなごちそうや、変なサソリの様な物や、ハブに似た物も出てきた。しかし味は相当に美味しかった。何と地球を懐かしがらせるようで、全然怖いとも思わなくなっていたのだ。いろいろな踊りなども見せてくれた。

 娘のシノンは他の女性らと共にフラダンスのような踊りを見せた。「わぁ~、可愛いなぁ~」のぼるはどうやら彼女に一目惚れしたようであった。

 食べかけのごちそうを口元近くで持って、口を開けたまま見とれていた。「おい、のぼるおまえまさか」広がのぼるを問い詰めた。その箸を置きながら「いいじゃないか僕、もう大人だよ」それを聞いてみんなは笑った。シノン以外は。

 そして何日かたった。すでにこの星の人々は、大きな円盤を数多く完成させていた。この分ではこのアシスタ星が爆発する前に間に合うだろうと、アンドロは言っていた。

 何日か暮らした。もうすっかりシノンと仲良くなったのぼるは、短い間に言葉を一生懸命に教えていたのだった。それでシノンの母が概に亡くなっていることを知った。「そうなんだ」のぼるは同情した。「私早く地球へ行きたいな、のぼるさん。それでその事をお父さんに話したら、何故か黙ったままだったわ」「そうだねシノンさん、早く一緒に暮らしたいね」

 のぼるはアシスタ星の生活に満足していたが、他のみんなは、あまりにも地球に似ているこの星に長く居たため、さすがに地球が恋しくなってきた。

 やがて彼らはその事を、アンドロやすっかり仲良くなったシノンに打ち明けた。「そうか、仕方ないな、いつかは帰らなければならないからな。・・・それじゃ送っていくか」「いいよアンドロ。ブロンソンがもう操縦は大丈夫だと言っているよ」「そう私、アンドロからいろいろ習ったおかげで、もう操縦は大丈夫」「しかし・・・」アンドロは困っていた。

 アンドロはその事を王に話した。王はアンドロの耳元に、小声で何やら長く話していた。そしてやっと彼らの方に来ると、笑いながら言った。「みんな、王からの命令だ。君たちがまた道草をして危険な目に遭わないためにも、ちゃんと地球まで送り届ける用にとの事だ。そして・・・」「なんだいアンドロ」広が聞いた。

 アンドロは答えた。「王は君たちを送るついでに、君たちの星を調べるように、言われた」ブロンソンは苦笑いをしていた。「本当かいアンドロ」広が言った。「私も、君たちともっと旅をしたいからな」アンドロは広とのぼるの肩に両手を軽くおいて答えた。

 ブロンソンは口を開けたまま首を傾けると、肩の高さで手のひらを上に向け降参した。みんなは、拍手をした。

 そうと決まって彼らは、王や皆に別れを言った。すると一人の兵隊が来て、例の機関銃をブロンソンに、お辞儀をしながら丁寧に渡した。彼は受け取るとすぐ機関銃を思いきり上げて、ガッツポーズをすると、一度円盤の中に入り、銃を置いてきた。

 王は涙を見せて彼らに礼をした。彼らも深くお辞儀をした。食料などを積み終えると彼らは円盤に乗った。シノンは王の計らいで、別れの挨拶をするために円盤へ入った。

 彼女がいろいろとみんなに別れの話をしていると、それを見たアンドロは操縦席に着くと、動力のスイッチを入れた。円盤は少しの間をおいて、静かにうなった。

 彼は何故か、シノンが乗っているにも関わらず、ドアを開けたまま、静かに円盤を上昇させた。異変に気づいた広らは、シノンに早く降りることを促したが、すでにかなりの高さになっていた。

 みんなはアンドロに着陸するように言ったが、反応がなかった。「おい、どおしたアンドロ。シノンはまだ円盤の中だぞ」しかし彼は黙ったままだった。「正気なのかアンドロ。シノンを下ろさないのか。どうするきなんだ」ブロンソンは怒った。

 下で見送っている家来たちも、訳がわからず騒いでいたが、何故か王だけは驚いていないのか、冷静に身動きしなかった。

 しかし突然王が大きな声で言った。「よいか娘よ。お前は地球に早く行きたいと言っていたな。アンドロと一緒に地球へ行き、その星の事を調べて来てくれ」

 驚いたシノンはだいぶ動揺をしていたが、円盤にいる彼らをしばらく見ると、決心したようにうなずいて、そして言った。「解ったわ、お父様。ちゃんと地球の事を調べて帰ってきます。どうか私が戻って来るまで、体に気を付けて」「そうかそうか、解っておるわ・・・」王は涙を出して喜んだ。「おい、アンドロ。シノンの事を娘を頼んだぞ」「わかっているよ王様、僕がちゃんと守ってやるよ」アンドロが涙を流し返事に戸惑っていると、突然、のぼるが言った。それを聞いてみんなは大声で笑った。「わかりました王様、必ず無事に地球に連れていきます」アンドロはやっと涙を拭うと、円盤を自動に切り替えて入り口に来て答えた。「いいの?シノンさん」のぼるが言った。「ええ、大丈夫よ、のぼるさん。ちゃんと地球の事を調べてアシスタ星へ戻るわ」

 何故か王は後ろを振り向くと、去っていった。彼らはその後ろ姿を見ていたが、アンドロは席に着くと、手動に切り替え、開けていた円盤の扉を静かに閉めた。

 最後まで見続けていたシノンも、ブロンソンに促されて、空いている椅子に座った。残っている兵隊たちは、彼らに大きく手を振っていた。

 やがてドームの扉が開くと、眩しい太陽の光が船体を照らした。そして彼らが乗った円盤は、王のいる建物から離れていった。そしてアンドロは何のためらいもないかのように、もうスピードで円盤をアシスタ星から離していった。「さようならアシスタ、さようならアシスタ星」彼らはそうつぶやいていた。

 静まっていた彼らに、急にブロンソンが言った。「さてと、次はどこへ行こうか」「・・・そんなこと言って、アンドロに怒られるわよ」宏美がびっくりして言った。すると突然「みんな、この銀河系から外へ出たくはないか?」とアンドロが聞いた。静まっていた空気が一変した。みんなは賛成した。内心、彼らはもう冒険の虜になっていたのだった。「よし、それじゃ決まった。みんな行くぞ」ブロンソンが大きな声で言った。みんなも拳を握り気勢をあげた。シノンもダーカーも真似た。チカも解っているのか、そこら中を飛び跳ねていた。そしてみんなはテーブルを離れた。のぼるは操縦席の方へ行ってそこから見える星を眺めていた。円盤は銀河系の外へ、まっしぐらに向かって行った。

 やがてアンドロやシノンの住むアシスタ星を離れて半月がたった。ダーカーは宏美に言葉の特訓にあって、今はもう大体の話は、出来るようになった。それでダーカーは、自分の父と母が、以前の火山の爆発で死んだと言うこと、そしてあの険しい崖もその時出来たと言った。ダーカーはみんなに、両親がいたときの楽しかった思い出をよく話した。またシノンは、のぼるやアンドロから引き続き言葉を習っていた。

 やがてアシスタ星を離れて一ヶ月がたつと、あの素晴らしい銀河系が遠くの方にたくさん見られた。そして彼らも我々が住んでいる銀河系を出た。あのいろいろな渦巻きが今はとても素晴らしく、寂しげな光景であった。きれいな渦巻きは、相当な時間をかけて回っているんだろう。その渦の中には数えることが大変なほどのいろいろな星があるのだ。その膨大な大きさが彼らは怖かった。「もっと離れてみようよ、アンドロ」のぼるが言った。「いやもうこれ以上行ったら危険だ。どんなことがあるかわからない」アンドロはのぼるの期待を裏切った。「それじゃ私たちは、宇宙の果てに行くことは出来ないのか」ブロンソンが言った。いや出来ないことはないが、相当な年月がかかる。この円盤でも五十年はかかるだろう」「それじゃ諦めるか」のぼるはがっかりした。しかしこれで十分だと思った。地球を出ただけでも大変なことなんだから。「一体どんな所だろう。宇宙の果てって」広が言った。「大体の検討はできている。我々の科学者の研究では、たぶん宇宙の果てとは、こういう所だろう」アンドロはそう言うと一瞬目を瞑った。彼らは、みんな真剣にアンドロの話を待った。

 アンドロは目を開け話した。「たぶん我々がこのままずっと銀河系から離れていくと、そこは各銀河系からの光も届いてこないだろう。そう、そこが宇宙の果てなのだ。そこは窓から外を見ても完全に真っ暗で、何の光も見えない、それでいて何の音も聞こえない、少しのガスなどもない、まさに時間が止まっているようなんだ。その通り、ここまで来るともう時間が止まっていると言っても過言ではない。ただその中でそこへ来た人達だけに、時間が働いているんだ。そこでは完全に方向感覚を失って、二度と元の所へ帰るのは困難だろうとされている。

 ところで私は宇宙の果てに来たと言ったが、実際は宇宙には果てと言う言葉は当てはまらないだろう。行っても行っても、行き着くことが出来ないからである。まるで同じところに舞い戻っているように。だから当然広さと言うことも当てはまらないことになる。つまり広さはないのだ。

 宇宙というものは元々なにもない世界。そこへただ何かの偶然で星ができたのである。何もない所に何かが生まれた、それが不思議なことなのである。あの星の集団は元々はひとつだったと言うこのひとつの星がどうしてこの世に現れたのだろう。

 一体なぜ何もないところから、魔術のようにあらわれたのだろうか。それとも元々このひとつだけあったのだろうか。そんなことはないのではないか。しかし突然現れたと言うのもおかしい。この事が不思議である。だからその星の集まりから離れれば、何もないところ永久に行ってもそこは何もないのである。そこはなにも空間はないのである。だから宇宙の果てとは、何もないところ、だからそこには広大な広さがあるようで、実は広さなどとは言えないのである。そんな宇宙の中に地球やアシスト星があり、我々は住んでいるのだよ」

 そんなアンドロの宇宙観を聞いて、彼らはその神秘さに恐れていた。やがて広がしゃべった。「みんな宇宙の果てって、本当になにも見えないのかな。何だか僕信じられないよ。この世が無いみたいだ。僕たちが生きているってことも、嘘に思えるんだ」「本当ね、広そこは何もかもが死んでいるって感じだわ。私たちもいつか死んだら、こんな世界みたいな所へ行くんじゃないかしら」宏美はブルブル震え出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ