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序章:天国での会話

ビッグバンと呼ばれる宇宙創成の物語がある。


無から莫大なエネルギーが突如として生じた、その前にはいったい何があったのだろう?


これは誰でも一生に一度は頭を悩ませる問いで、この問いに一生を捧げる学者がこの世の中には少なからず存在する。

宗教や哲学の言語という形で残されるに至った膨大な人知の蓄積もまた、多くはこの問いと密接な関連をもってきたように思われる。


さて、以下で繰り広げられる会話の舞台はなんと天国なのである。

そこは空間もなく時間もなく、また物質もエネルギーもない空虚な「場所」だ。

だが、われわれ人間はそのような「場所」を空虚であると断定することは本当はできないのではないだろうか?

たしかに空間も時間も物質もない「場所」を人間が想像することは不可能で、それを知解することもきわめて困難だ。

その意味では、宇宙に生きる「人間にとっては」また「人間の思考にとっては」空虚な「場所」であることに違いはない。

けれどもそのような「場所」にも空間、時間、物質以外の何かがあるかもしれないではないか?

いや正確には、空間、時間、物質以外の存在物を認知していない人間には、それを肯定することも否定することもできないはずなのだ。

その存在を示すことは悪魔の証明とも呼ばれて、骨身まで科学に浸り切った教養人には薄ら寒いオカルトの世界を覗かせる。

だがそれを飽くなき情熱をもって見ようとする者にはきっと天国が訪れることだろう。


天国に3人の人影が見える。

1人は神で、天使と悪魔が何やら話し合っている傍らで、微笑みながらじっと耳を澄ませている。

神は宇宙の原料を用意するだけで、後の管理は2人に任せているのである。


神は無数の宇宙を創ってきたし、これからも創って行く。

宇宙の原料とは実はただひとつしかない。

それは変幻自在に変形する極小のヒモであり、長さ・振動数・動き等が異なる以外はまったく同一の莫大な数のヒモが、互いに無限に異なる仕方で接続し合って、目に見える物質と目に見えない物質を形作っているのだ。

物質からなるあらゆる個体は、生命であれ、非生命であれ、ミクロからマクロまで様々なレベルで、このヒモの複合体である。

空間や時間というのは客観的に実在するのではなく、このヒモに満たされている場所のことであるから、ただ物質のなかに空間や時間といった次元は内包されており、ただひとつヒモだけが宇宙の原料であると言うことができる。

ヒモとヒモの間には引力か斥力かが働き、ヒモ同士の接続の仕方は絶えず変化していく。

この神の原料があらかじめもつ性質には逆らわない限りで、接続の仕方を様々に変える権力を与えられているのが天使と悪魔なのである。


この2人にも明確な役割分担がある。

天使は悪事を犯すことができない。

悪事というのはヒモの働きを損なう接続方法・選択肢のことで、損なわれるヒモの数が多いほど、相対的に悪の度合いが大きいことになる。

理性を司る天使には複数の可能な選択肢のうちで相対的に最も合理的な選択しかすることができない。

このことは悪から自由であることを意味するが、同時に最善の接続法しか選べない不自由をも意味している。

そこで感情を司る悪魔は、天使によっては切り捨てられるべき、その最善ではない無数の接続法のなかから、人間の感情の強さと悪魔の気まぐれに従って、接続法に幅を与える役目を負っている。

この接続法の幅がそのまま宇宙と世界の多様さをもたらすのであり、天使と悪魔との会話は、最善手を打ち続ける天使と奇手で動揺を狙おうとする悪魔との将棋のように進められ、そうしてただひとつの現実が決定されて行くのである。


以上をまとめると、存在を担う神はすべての選択肢を用意し、理性を担う天使と感情を担う悪魔は与えられた選択肢のなかから互いに綱引きしながら一つの選択を実際に選び取って行く役割をしている。

そしてその神の身体と、天使の理性と、悪魔の感情をそれぞれ分け与えられた人間は、その分有された少なからぬ能力をもって、神々の選択に介入する権利をも有しているのである。


長い前置きが終わろうとしている。

我々もこれから、ある一人の青年についての天使と悪魔の会話に耳を傾けてみよう。

なお、彼らの会話はすべてのヒモについて同時並列的に行われているので、天国ではその男のことだけが特別視されているわけではないことに注意が必要である。

すべての人間について計画の網が張り巡らされ、選択の綱が引かれているのだ。

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