Hesitaion Snow
人生で14度目のクリスマスが訪れた。
今日はホワイトクリスマスの様で、白い雪がこんこんと降り積もり、恋人達が仲良く手を繋いで歩いている。
「ありがとうございましたー!」
コンビニの店員の声を聞きながら、俺は先程買った缶コーヒーに口を付ける。程良いコーヒーの甘さと温かさが体全体に沁み渡るのを感じながら、俺は雪が降る街を当てもなくさまよう。
「ふう……もうクリスマスか。早いな…」
まあ、そんなイベントには興味ない。せいぜい、クリスマスが終わった後に売れ残って安くなったケーキを買うぐらいだ。特にやることもなかったので、たまには散歩もいいかと思いクラゲの様にフラフラと、カップルを眺めたりクリスマスセールをしている店の中を覗きこんだり…端から見たら完全に唯の暇人かつ非リア充の行動である。
と、誰かと肩をぶつかった。
「あ、すいま…」
「ああん?ンだお前?」
挑発的な物言いに顔を向けると、そこには数人の人相の悪い男共がいた。おおよそ、クリスマスには似合わん面子だ。まあ、大体予想はつく。恐らく、クリスマスでうきうきしているカップルからカツアゲでもしようとしてるんだろう。……で、何故俺が標的にされなければならないのか…。
「おいおい、コイツ調子乗ってんのか?」
「ダメだなぁ、それなら俺達がちょっと教育してやらないとなぁ」
先程肩にぶつかった男に続いて、他の奴らが続ける。下卑た笑いが起こり、周りの人達は巻き込まれない様に俺達を避けて移動している。まあ、妥当な判断だろう。誰だって巻き込まれたくないし、自分では何も出来ない事を知ってる。
「ボク~?じゃあ、ちょぉっとそこまで行こうか」
男が俺に背を向けて歩き出す。すると、俺を取り囲む様に他の奴等が円の様になって移動し始める。なるほど、俺を逃がさないためか。中々よく出来た連携だ、おそらくこうやって何度もカツアゲしてきたんだろう事が容易に想像できる。
ビルとビルの間の細い路地を通り抜けると、広い空間に出た。そこに、さらに複数の男がたむろしていた。恐らく、ここがコイツ等の溜まり場で、『遊び場』なんだろう。
先導していた男が急に立ち止まり、俺に振り返った。ぞろぞろとそこに集まり始める男共。
「なあ、今日ってクリスマスじゃん?でもさあ俺達、金なくて困ってんじゃん?だから、君の財布の中身ぜ~んぶ俺達に分けてくれないかなぁ?ほら、奉仕の心ってヤツ?」
ギャハハ、と笑い声がこだまする。
「………」
…ああ、またか。鬱陶しい。
集団でしか行動出来ない馬鹿共も、その笑い声も、俺に向けられる悪意も、この世界も。何もかも、鬱陶しい。雪が降り積もる景色は美しいが、それはこの世界の残酷さを、醜さを、悪意を隠す為のカモフラージュに過ぎない。
世界というのは、1割の偽善と、9割の悪意で成り立っている。それはどうしようもなく事実で、そこに本当の優しさがあるというのなら、それは1%にも満たない少数派だろう。
「あ?おい、聞いてんの?ねえ?」
「チョーさん、ソイツ怖くて喋れねえんじゃねえんすか?」
また笑い声が、ビルとビルの間をこだまし反響する。それと共に、ここに渦巻いている悪意が顔を見せる。
「おい!聞いてんのかってんだろ!」
俺の無言にいらついたのか、男が俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてくる。
ボキッ、と。
何かが折れる音がした。
「……あ?」
男が、逆方向に曲がった自分の手首を、間抜けな顔で見つめた。そして、丁度1秒後…
「ぎゃああああああああああああああああっっっ!!!」
凄まじい絶叫と共に、その場をのたうち回り始めた。
「チョーさん!」
慌てて他の奴等がチョーさんという男に群がる。それを横目で見ながら、俺は元来た道を辿り始める。
「や、ヤロウっ!」
激昂した部下であろう男が、俺に向かって金属バットを振り上げる。
バキッ!と、今度はその男の腕が逆方向に曲がった。
「う…、ああああああああああっっ!!」
再び迸る絶叫。その声を背後に聞きながら、俺は出て行った。
「………寒いな」
ビルを抜けたら、冷たい風が俺を出迎えた。デジタル時計を見ると、15時と半分を表している。
「とりあえず、もう帰るかな…」
そう言い、帰路へ着こうとすると。
ボワンッ!
俺の後ろで音がした。振り返ると、先程の男共(沢山いたため、顔は殆ど覚えてないが)がそこから走って出てきていた。その中に、腕が逆方向に曲がっている男を見つける。
「おい、何があった?」
ソイツの肩を掴んで止める。
「ば、バケ…バケ、モノが……!」
それだけ言うと、ソイツは気を失ってしまった。恐怖と痛みに苛まれたのにここまで逃げてくるとは、中々図太い神経でもしてるかもしれない。しかし、とりあえずはコイツが言っていた化物の方へ行かねばならないらしい。
「………やれやれ」
俺は、ソイツを壁にもたれかからせると、再びそこに入って行った。
先程の空間に出て俺がまず見たのは、チョーさんと呼ばれていた男だった。
「ひ、…ひいっ……!」
ソイツは何かを見ながら、無事な方の手首を必死に動かし這いずっている。
続いて俺が見たものは、巨大な黒いスライムの様な物体だった。ヘドロの様な臭気が辺りに漂い思わず顔をしかめる。スライムには目も口もないが、意識はこちら側に向けられている事は分かる。
「はあ、やれやれ…面倒臭い……」
俺の言葉に反応したのか、スライムがその巨体を揺らす。すると、触手が2本飛び出し、チョーさんに襲いかかる。
咄嗟にチョーさんの襟首を掴み出口へ投げる。一瞬遅れて、触手がチョーさんのいた場所へ着弾。すると、シュウシュウと音を立てて地面が溶けた。一発でも喰らえば命はないだろう事が手に取るように分かる。
「あぐぁっ……!」
「早く逃げろ。ここは俺が何とかする」
痛みでまた叫びそうになってるチョーさんに呼び掛ける。
「あぐ……何で…」
「何で助けてくれるんだ、と言いたいのか?そんな事を聞く暇があるならさっさと逃げてくれ。お前を守りながら戦うのは無理だからな」
チョーさんを冷たくあしらい、手で逃げろのジェスチャー。それを見たチョーさんは少し固まった後、ヨロヨロと立ち上がり、折れた手首を押さえながら駈け出していく。それを見届けてから俺は、再びスライムに向き直った。
「……また出たな」
コイツと相対するのは、今回が初めてではない。今までも、幾度となく遭遇してきた。
このスライムは、人が生み出した化物。人の醜い欲望、嫉妬、憎悪…その他諸々の負の感情が集約され、形となった『悪意』の塊。指向性を持たず、唯目についた物を片端から壊していく災厄。この場所にわだかまっていた悪意が具現化し生み落とされた、人の負の側面。
「………」
……ああ、まただ。また、コレと戦わなければならないのか。人が生んだ化物と。人の『悪意』と。
「…だから俺は、この世界が嫌いなんだ」
全身に意識を集中される。途端、視界がスローモーションの様に遅く見え、体に力が漲って来るのを感じる。
アウル。そしてそれを操る、人を超えた能力者「撃退士」。俺も、その一人だ。
「さあ、かかってこいよ。……ぶっ潰してやる」
次の瞬間、目に見える様になった人の『悪意』が、俺を呑み込まんと突進してきた。
「……………」
とある公園。時刻はもう17時を回って、街灯が冬の街を照らし始める。
俺はぼんやりとベンチに座って、今日起きた事を思い起こしてみた。特に何も予定が無く、ダラダラと過ごすはずだったクリスマス。そこに突然出現した『悪意』。幸い、死傷者は出なかった様だ。そうやって考え始めると、次第に別の事に思考が傾いていく。
何故、あんなものが出てくるのか。
何故、人はこんなに醜いのか。
何故、世界はこんなに救われないのか。
何故、自分は生きているのか。
昔、仲の良かった友達を目の前で殺され、何も出来なかった自分が悔しかった。憎かった。殺したかった。そして、誰も助けてくれようとしない世界に愕然とした。恐怖した。自分がいた世界はこんなにも、誰も救われないものだったのか、と。自分達が助かるのならそれでいい世界なのか、と。
ポケットで携帯が震える。中を開くと、自分の上司からメールで仕事の依頼が来ていた。
「……やれやれ、面倒臭いな」
溜息と共に立ち上がる。その時、俺の体に付着していた雪がこぼれおちた。
「……」
なんとはなしに、雪を降らし続ける空を見上げる。空は分厚い雲で覆われ、太陽の光を遮っていた。
「………ふう」
俺は、この世界が嫌いだ。1割の偽善と、9割の悪意で回るこの世界が。その中で、本当の優しさは1%にも満たない少数派だろう。
だが、俺はその1%の優しさを信じたい。きっと、誰が何をしようとこの世界は変わらないだろう。それでも、ただ何もしないだけで待ってるだけなのは、この世界を、人の悪意を、認めてしまう事ではないのか。
人の心は悪意だけではないはずだ。
救われない者は救われるべきだ。
この世界が、このまま腐っていていいはずがないのだ。
だから、俺は動く。この世界を変える為に。一つ一つの国を、人を、優しさを結びつける為に。それは完全な自己満足だけど、決して無駄ではないはずだ。例えその世界に俺がいなくとも、絶対世界は優しくなれるはずなのだ。そこには、学校でクラスの皆が一人をハブにして、全員でいじめるといった犠牲が必要なら、それなら俺が犠牲になればいい。皆が一致団結するには、団結して攻撃する『敵』が必要なのだ。
そこまで考えたところで、俺は歩き出す。雪が降り積もる街中を、今度はしっかりと、目標を定めて。今は冷たいこの季節も、いつか暖かい春が迎えてくれる事を信じて。だから、
この世界を優しい世界に変える為に。
俺は、世界の敵になる。
今回は、同胞の昔の事を書いてみました。人前では自分の事は殆ど話さず、いつも何かと戦っている男の一つの真実。楽しんでいただけたら幸いです。