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灰の龍は退屈が嫌い  作者: 白色野菜
龍、初めました
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落下

頑張ってこいと放り出された




空に




 かなりの早さで落ちているのか、自分の体が空気を切る音が酷く五月蝿い。肌を刺す冷気がこれは夢でないと意地悪く伝える。もっとも、そんな事教えてもらわずとも知っているが。


 視界をうつ伏せの状態で落ちているので地上が見える。草原よりも森が多い景色、森の多くは赤や黄色に姿を染めている。相当高度が高いのか、地平線が丸く見えた、此処は星ではあるようだ。その類似点に少しだけ安心する。

 これだけの高さなら、まだ衝突まで余裕は有りそうだ。


 周囲が暗いので、恐らく今は夜なんだろう。視界には村らしき灯りの束は見つけられない。

 科学がなく魔法がある、とは聞いていたので明かりぐらいはあると思ったのだが。あまり一般的では無いのか、それとも今が誰もが寝静まる時間なのか。今の私には判断が付かない。


 幾つかの雲を突き抜け、地上も大分近づいた。そろそろ動き出さなければ、かなりの痛手を負うことになるだろう。それは死には遠いだろうが、回避できるのならば余計な痛みは忌避すべきだ。


 本当に久しぶりに身体を動かしたせいか、動きがやたらとぎこちない。それでも身体を動かしていけば、ずいぶんと動きもスムーズになる。身体についた霜も大分落とせた。


それから、深呼吸。


 人間には無い、器官を動かさないといけない。鳥の羽とはまた構造の違うその羽は、腕ではなく肩甲骨の延長線に生えたものだ。前世の記憶が邪魔をしないことを祈りつつ、大きな羽を広げる。


 瞬間、翼が風を受け止め大きなブレーキがかかる。エレベーターが停止する際の圧縮感を全身に感じ、一先ずの成功を認識した。

 羽が風圧に負けて、痛みを覚える事まで覚悟したというのに結果は大変順調なものだ。


 まぁ、成功とは言え、まだ翼を広げただけだ。

 精々、落下が緩やかになるだけで空を飛んでいるという状態には程遠い。方向のコントロールが出来ていない分、滑空よりも劣るだろう。


それならば、と。

 翼で空気を抱え込み、地上に向かって押し出してみる。イメージは水泳のバタフライより抜粋。

 水よりも手応えの無い感触の中、力強く何度か羽ばたくと不意に、確かに空気をつかんだ感触が翼から伝わる。


 一度押し出しただけで一瞬体が重力から解放され、浮遊感が身体を包む。それから一泊の後、また重力に捕まり落下が始まる。落下の勢いがつく前にもう一度押し出すと、今度は簡単に落下は上昇に変わる。


 それから何回か羽ばたいて、高度を確保した。これならば、思考に沈んでいる内に地面に衝突することも無いだろう。



 さて、何処に行くか。



この姿で人里がある可能性のある平地に降りるわけにはいかない。森も、自分の姿が隠れきるような木々は少ないだろう。仮に隠れる場所があったとしても、移動のたびに木を倒すことになりかねない。

 となると、海か山。


 ……山にしよう。

 視界を巡らせればとても大きそうな山が見える。予測なのは、山までの距離感が掴めないからだ。途中の景色でも比較対照になりそうなものは見当たらない。

 かといって、近くの山々では少し小さい。あの程度だと人間が簡単に入り込んできそうだ。


 夜が開ける前にたどり着けることを誰かに祈り、今度はクロールのイメージで空気を後方に押し出す。今度は一度目の挑戦で風を掴む事が出来た。慣れるのが早い、龍の本能の補佐もあるのだろう。


 一度羽ばたくと、風を裂きまた受ける姿勢へと自然となった。これなら時たま羽ばたくだけですみそうだ。速さもかなりの物なので、心配していたように人間に見つかるような事態には、ならないだろう。


 目先だけではあるが目処がたてば、飛行を楽しむ余裕も出てくる。

 翼を羽ばたく度に風を掴み又切る感触は心地いい。

 景色も単調ではあるが、中々見れないものではある。そもそも日本にはこんなに森が残った場所はあっただろうか?


 何時かアクロバット飛行に挑戦してみるのも悪くないと思いつつ、私は一時間の夜の散歩を存分に楽しんだ。







 近くで目的の山を見た私は、その巨大さに神聖すら覚えた。


 昔の人間が山を未知なる物として崇め、奉ったのも頷ける。その山は、確かに人を気後れさせるような雰囲気を纏っていた。雲を突き抜け、佇む姿は確かに神でも住んでいそうだ。


 寒さを堪え、上空から山頂付近を見渡してみるが火口は無い。ひとまず、頻繁に噴火をする山で無いことを確認し、中腹辺りまで高度を落とす。それでも木々は生えない高さだ。


山頂は、寒い。本当に短い間しか居なかったのに、すでに私の身体は芯から凍えていた。確かに、人間は来ないだろうが、あんな不便な場所に住む気はない。私はラスボスでは、無いのだから。


中腹を一周してみる。木々は無く、赤の混じる地面が荒廃した土地を思わせる。それでも、わずかな岩の隙間に草花は生えているようだ。


 視界を遮るものは少ないが、私が落ち着いて住めそうな場所は発見できない。洞窟があっても小さく、私が入るのにはかなり窮屈だ。

 だからといってこれ以上、麓に近づくのは勘弁したい。人間の集団とはなるべく係わり合いになりたくないのだ。


 夜の闇のせいで見逃したのかもしれないと、もう一度ゆっくりと飛び、住める場所を探す。これで見つからなければ残念だが人間に見られるリスクの中、何処にあるかも解らない海を探しに行かなければならない。

 そんなことを考えていると、視界に違和感のある岩陰が映る。やけに、影が大きいのだ。


 近づいてみると、それは岩陰ではなく洞窟の入り口だった。ネズミ返しのように張り出した岩の下に、ぽっかりと入り口があったので、一度目は見逃してしまったようだ。


 覗きこんだ感じだと、大きさも申し分ない。問題は中を崩さず着陸出来るかだったが、本能補正でそれも、どうにかなった。


 翼を折り畳み、改めて洞窟を見渡す。外と同じ赤っぽい土が洞窟内の壁のようだ。その壁の色を多い尽くす様に、青白く光る緑の苔がびっしりと生えていた。見渡す限りだと、地面の色よりも緑の分布が多い。


 洞窟内は、苔のおかげで夜であるにも関わらず薄ぼんやりと光っている。月明かりには負けるため、外から目立つこともなさそうだ。

 洞窟の外や、他の洞窟には全く生えていなかったというのに何故この洞窟だけに生えているのか?疑問は沸くが、答えは近くには転がっていない。


 体で貴重そうな苔を削ぎ落とさないように、注意しながら奥へ進むとだんだんと苔の光が強くなる。行き止まりまで行くと、其処はまるで満月の夜のように明るかった。


 行き止まりには小さな湖があり、それが苔の光を反射して壁に美しい水紋を描いている。湖を覗きこむと、魚もいる。水草が揺れているところを見ると、水の流れがあるようなので、もしかしたら底の何処かに地下水の水路でもあるのかもしれない。


 それにしても、すごい透明度だ。

 どうやら底はすり鉢状のようで中心の底は見えないが、浅瀬は、はっきりと見ることができる。


 気が付くと、水面に今の自分の姿が映っていた。


 私の鱗の色は灰色だ。蜥蜴のような細かい物ではなく、蛇や鎧を連想させる硬質な質感。悪趣味な色だったら、此処で泥を浴びていこうと思っていたので、手間がひとつ減ったことに安堵する。

 

 瞳は黒、白目があり安心した。だが瞳孔は確かに爬虫類の縦に割れたそれだ、この程度なら許容範囲ではある。

 口を閉じていれば牙は露出しないようだ。角はなく、本当に騎士に退治されてしまいそうな西洋竜だ。


 高さは5メートルほど。尾や羽を広げれば培以上になるだろうが、ここで確かめるわけにもいかない。せっかくの便利な住処を好奇心で失ってしまうのは惜しい。


神曰く、飯は必要でないらしいので巨体を維持するために狩りに出掛ける必要はなさそうだ。

 生も丸焼きだけの食事も勘弁したいので、これには、感謝してもいい


 さすがに洞窟内で翼を広げる事は出来ないが、それさえしなければ閉塞感を感じることも無く、この洞窟で快適に過ごせそうだ。



 目先の目的が無くなったからか。

 急を有する問題が無くなったからか。

 もうしばらくこの景色を楽しもうと思い立ち、魚を脅かさぬようにゆっくりと湖の辺で身体を横にする。

 水の音に静かに耳を立て、まどろみのような休息を



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