契約
「それで、赤毛は何をしに来たんだ?」
「…おぃ、会話の途中で叩き落しといてそりゃねぇだろ。」
飽きれた視線をこちらに寄越されるが、私の視線は鳥へと向かう。
先ほど、赤毛に踏まれた背中にくっきりと土屑の足跡が付いている。なまじ服が白く、そして土が赤い為とても、目立つ。あぁ、羽毛が…。
「会話の途中で、フリーズしたのはそちらだろう?あぁ、痛覚はきちんと無かったか?」
「あったら、此処に来てねぇよっ!!」
確かに、痛みがあったら今頃ショック死だろう。よくて、寝込んでいるだろうな。
幾ら不老で怪我はほぼ無限回復し病気もしないとは言え不死ではない。魂が死を認識してしまえば、死ぬ。
そう考えると、魂を直接えぐるような精神攻撃や幻覚には弱いのか。これ以上チートにする気も無いが、何処までチートに出来るかは少し興味がある。しないが。あぁ、我慢するとも。……本人が許可してくれないか?いっそ、何処まで精神汚染に耐えられるか試してみるのも今後の彼の人生にとって大変有意義になるとは思わないか?いや、きっとなるはず。なるにきまっている…
「…妙にきらきらした目でこっち見んな。無表情だし。てか、俺の冷や汗がとまんねぇんだけど何考えてんだよ、龍。」
「龍は種族であって名前ではない。失礼な奴だ。」
「人のこと赤毛呼ばわりしている奴に言われたくねぇよっ。俺の名前はアレンだっ!」
…確かに、人を外見で判断するのは失礼だ。
「すまなかったな、馬。」
「どっから来たんだよ、そのあだ名。」
「鹿のほうが好きか?」
「…実は喧嘩売ってんのか?わざとだよな?頼むからわざとと言ってくれ。」
短時間で怒りから懇願へと変わるだなんて、珍しい奴だ。
しかもこちらが首をかしげていると、空を仰いで頭をかいた。
その後、視線に込められた感情は諦めで口元に浮かべるは苦笑だ。
本当に、変わっている。
「とりあえず、此処に居んの危ないからさ。もう騎士の連中に見つかってるしさ……これでも急いできたつもりなんだがなぁ?」
「騎士?」
いったい、何の話だ?
もう一度首を傾げると、油を差していないからくり人形のようにぎこちない動きで馬鹿が鳥を見る。
「……こいつ、騎士だよな?こんな上等な服着てるし。」
「いや、それは騎士ではないぞ?」
神獣だからな。使徒でもいいが……天使は違うか。
どう説明しようかと悩んでいると、その間に馬鹿が鳥の肩を掴み激しく振り始める
「おぃっ!おきろ、起きてくれっ!!頼む、同じ龍の犠牲者を俺に殺させないでくれっ!」
「どういう意味だ…。」
私の呟きは馬鹿…もとい、自称犠牲者一号には届かない。
素晴しいな、この短い間に幾つもの称号を得るとは…一号、侮れん。
「…ぅ。」
「おぃっ!」
「………あぁ、ままん……今、行くよ。」
「にごーーーーーーーうっ!!!」
ママンって……初めて聞いた。
他称犠牲者二号が再び気絶すると一号が叫びつつも、柔らかな苔の上に二号を横たえる。
茶番劇、もしくは寸劇を繰り広げている一号、二号を眺めとても相性がよさそうだと感想を抱く。
そうだ………とても、良いことを思いついた。
あたりを見渡し、手ごろな石を一つ手に取る。
「一号、二号を助けたいか?」
「……一応な、怪我させたの俺だし。てか、お前の知り合いじゃないのか?」
「いや、今日が初対面だ。」
「………やっぱ、騎士なんじゃね?こいつ。」
一号は二号へ不信感を抱きつつ、きちんと脈を測ったり殴った後頭部の様子を見たりしている。お人よしめ
「なら、二号が起きたら一言も喋るな。」
「…それが、傷の手当てと何の関係があるんだ?」
「そうしないと。」
「しないと?」
「私が、二号を煮る。」
さぞかし良い出汁が取れるだろう。
「なんつぅ、脅し文句……別に黙るぐらい良いんだけどさぁ。」
「……ぅう。」
先ほどよりも、大きな呻き声。どうやら目覚めるようだ。
視線で、一号を黙らせ二号を見下ろす。
「起きたか?」
「………娘…?……何が起きて…。」
ゆっくりと起き上がり、痛むのか後頭部を擦る二号。視界に一号が映ると、汚物でも見るかのように眉間に皺が寄る。
「何故人間が、こんなところに居る…。」
先ほど私へ怒っていた声よりもさらに一オクターブ低い、地を這うような声で呟く。
一号は二号に睨まれ、蛇に睨まれた蛙のようだが…残念ながら、今此処には私が居る。
「何故とは酷いな。折角お前を助けてくれたのに…誇り高き神の使徒が命の恩人に対してその態度とは嘆かわしい。」
「…恩人、だと?」
さすがは、誇り高い神の使徒かっこわら。倦厭感と馬鹿にした感情がにじみ出る口調ではあるが食いついた。
「そうとも。私がお前のことをこの石で殴った後、あまりにも煩わしいので外へ捨てたんだがな。
受身も取れず怪我をしたお前を、崖の下で必死に治療していたんだぞ?
その姿があまりにも必死だったので、お前達を此処へ呼び治療をしたんだ。」
「……人間が、私の治療を?」
一号が滝汗を流しつつ、視線で必死に何かを伝えようとしているが意図的に無視をする。
二号は人を嫌っているせいか、そんな一号と私の微妙なやり取りを読み取ることは出来ないようだ。
「そうだ。神の使徒、慈悲深く気高き者としては恩は恩でかえさねばなるまい?」
「…そうだな。……おぃ、人間。何が望みだ?金でも宝石でも名誉でも力でもくれてやろう。
何せ、私の命分の価値のあるもの達だからな。どれも人の身では十分すぎるものだろう?」
「…………。」
一号は答えない。正確には、答えられないが正しい。一瞬口を開きかけたが、私が持っている石を握力で砂にしてみせるとすぐさま口を閉じた。
視線と雰囲気は『いらねええぇぇぇっ!!』と、叫んでいるが空気がよめな…人の機微に疎い二号にはそれは伝わらない。
「どうした?望みを言え。」
何時まで立っても、望みを口にしない一号の様子に、二号が焦れはじめる。
そろそろ、頃合か。
「…何をケチな事を言っているんだ?」
「…ケチ、だと?」
「ケチだろう。自分の命の代わりに物を渡してすますなど。命には命を持って報いるしかあるまい。」
「……どういうことだ?」
神獣とはこんなに、騙され易くていいのだろうか。騙す側としてはとても不安になる。
「契約だ。」
「…人間の使い魔になれとっ!!」
ふぅん、契約は不平等なのか。使い魔も存在するらしい…他にも神獣が居るのだろうか?
「考えてみろ、人間の寿命は長くて100年。冒険者はもっと早死にするだろう?たった、20年だ。命の恩を正しく返すならば妥当な線だろう?」
「たしかに…二十年程度なら妥当か…。」
「そう、そこであえて契約期間を年単位で決めるのではなく、死ぬまでと定めれば器の大きさを他の神獣達へ知らしめることが出来るだろう?」
「……だが、人間ごときと…契約など。」
「人間の食べ物は美味いぞ。」
「……うむ」
「それにこいつは名声がある訳でもない、ただの冒険者だ。神獣をこき使うなど出来やしないさ。」
「…なるほど、逆に小間使いを得たと考えるのか。」
「それも、高々20年。冒険者の魔力では神獣をしたがえるなど無理だろう?精々平等がいいところだ。」
「…命令の危険はないか。………よし、冒険者お前と契約してやろう。」
一号は汗を流しすぎたのか顔が青くなっている。さすがに其処まで露骨な変化があると解るのか、二号も不思議そうに首を傾げる。
「おい、どうしたんだ?冒険者?」
「あまりの光栄に声も出ないほどの歓喜に包まれているようだ。」
「…嬉しいと、人間は赤くなるのではないのか?」
「いや、あまりに嬉しいと青くなるんだ。」
「そうか…それほどまでに嬉しいか。……さあ、早く名を告げよ。」
言われるも、一号は口を割らない。なるほど、最後の抵抗か。
無駄だが。
「この冒険者の名前はアレンというようだぞ?名さえ解ればこれだけの力差だ、契約は結べるだろう?」
「無論だ…っ!冒険者アレン。氷鳥はお前の矛となり、盾となり、アレンが死すその時まで苦楽を共にすると此処に誓おうっ!!」
二号の宣誓と共に光の渦が弾けた様に、あたりが白に塗り潰された。