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Gimmick Game  作者: ken
第一章「対風力支配者編」
4/9

STAGE 1-3 =9月29日~9月30日=

     ~9月29日 PM11:45「都内某所」~


「やるなぁ天突の奴……まさか如月ですら知らずにいたギミックの特性を見抜くたぁな」

「…………」


 先ほどより少し明るくなった剣斗が言う。

 表情も心なしか、満足気なものとなっていた。

 そんな彼とは対称的に、須藤は若干顔を顰めている。


「どうした、絢?」

「……何を企んでいるのですか?」


 柿の種を食べていた剣斗の手が、止まる。


「アナタがここまで一人のギミッカーに固執した事は、今までにありませんでした。それほどまでに天突鍵に注目しているのは……何か企みがあるのではありませんか?」

「さぁ……どうだと思う?」


 間髪入れずに答え、剣斗は挑戦的な瞳で須藤を捉える。

 見るものに恐怖にも似た不気味な印象を与えるその笑みに、須藤は少したじろいだ。


「すぐに答えを求めるのは、人間の悪い癖だ……少しは自分の頭で考えな」


 カタカタ……とキィが打たれる音が木霊する。

 剣斗の眼前にあるモニターには、如月来夏のデータが表示された。


「それに、俺が何をしようとゲームは何も変わらない。戦って生き残るか……それとも死ぬか、だ」


 言い終えるのと、剣斗の白く細い悪魔のような手が「Del」を押すのは、ほぼ同時だった。



             ■



    ~9月30日 AM 00:00「ギミック・タウン第五区」~


 ギミック・タウン第五区に唯一存在する病院施設5階に、現在鍵は身を置いている。自然と千鳥足になり、未だ出血を続ける右わき腹を抑えながら、ある部屋を目指していた。

 そしてその部屋は、すぐに見つかった。

 直後、刺激的な匂いが鍵の嗅覚を襲う。薬品の匂いだ。鍵はこの匂いが、あまり好きではなかった。

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。 出血を始めてから、大分時間が経っている。早く処置をしなければ、このままお陀仏だ。

 鍵は薬品棚から消毒液、その隣の棚からガーゼと包帯を取り出し、月明かりに照らされた漆黒の治療室に一つだけ置かれている白いベッドに腰掛けた。

 おもむろに上半身をさらけ出し、負傷箇所である右わき腹と右腕に、消毒液を乱暴にかけて行く。

 

「っ!」


 痛みに顔を歪めながら、鍵は必死に意識を保ち、治療をしていく。本当は傷口を縫いたいくらいだが、素人である自分がそんな事をしても成功率は低く、第一今は麻酔もない。そんな状況で傷口を縫い付けるのは、明らかに危険だろう。

 鍵は消毒を終えると、瓶を傍らに置き、ガーゼを傷口に当て、包帯で巻いていく。本当はもっと的確な治療法があるのかもしれないが、医学的な知識に乏しい彼に出来る事は、これくらいしかなかったのだ。


「病院があったのは、救いだったな……」


 包帯を巻き終え、服を身に着けつつ、鍵は呟く。


「ギミッカーの数が分からない限り、油断は出来ないが……今の怪我じゃ、出歩いても殺されるだけだ。しばらく此処で休んだ方が良いか」


 鍵はごろり、とベッドに転がり、身をゆだねた。

 

「しかし……アイツが言っていた制圧者タイラントってのは一体?」


 アイツ、とは先ほど戦った雷のギミックを使う少女「如月来夏」だ。

 最も、彼自身は彼女の名を知らないが。


「制圧者……アイツはそのために戦っていたみてぇだからな……。何かギミック・ゲームの上で重要になるものなのか……」


 頭蓋骨の中を跳ねまわる疑問を解こうと試みるが、ギミック・ゲームに関する知識自体が少ない今の彼に、その疑問が解けるはずも無かった。


「とにかく今は、戦って生き残るしかないって事か……」


 そう結論づけ、鍵はしばしの休息を最大限に活用するため、少しでも疲れを取ろうと目を閉じた。

 その時、


 カツン―――。


「っ!?」 


 鍵は反射的に起き上がる。だが、辺りは何も無かった様にシン――と静まりかえっている。

 だが、鍵の耳には、かすかではあるが確かに人の足音が聞こえていた。

 

「まさか……新手か?」


 悪寒が、鍵の身体を駆け回り、心臓は激しく脈打つ。

 今の状況で他のギミッカーと遭遇しても、勝率は限りなく低い。現在彼がコピーしている雷のギミックと相性が良ければ幾分戦いやすいが、それでもこの重傷は大きなハンデとなるだろう。

 だがしかし、このまま此処にいても、見つかって殺されるのがオチだろう。

 鍵は覚悟を決めた。

 ゆっくりとベッドから離れ、壁に耳を貼り付ける。

 するとまた、カツン―――という音が聞こえてきた。

 間違いない、と鍵は確信する。


 誰かが、こちらに向かって来ている。


 鍵は、瞬時に思考を働かせる。

 人らしきものの足音は、かなり遅く、か弱いものだ。

 此処からは、まだかなり距離がある。

 このまま待つべきか、それとも一気に仕掛けるべきか。

 思考を働かせる鍵。その時、


 バタン、と力ない音が、外から響いた。


 同時に、先ほどまで響いていた足音がピタリと止まった。

 おかしい。

 そう思い、鍵は覚悟を決め、勢いよく扉を開いた。

 

「!?」


 直後、彼の目が見開かれる。

 原因は、廊下に倒れている黒く大きな塊。

 月明かりに照らされた廊下に倒れるそれを見て、鍵は目を見開いた。


 それは、廊下に血溜りを作って倒れている「人間」だった。


「おい!」


 鍵はわき腹を襲う痛みに目もくれずに走り寄り、人間の前にかがみ込んだ。

 見ればそれは、自身と同年代くらいであろう少女だった。

 少し暗いオレンジ色の長髪も、おそらく高校であろう制服も、その上から羽織っている黒いコートも、今は、所々彼女自身の血で紅黒く染まっている。

 廊下に出来た大きな血溜りと、彼女の身体の至る部位に見受けられる傷がそれを物語っていた。頭からも血が噴出しておし、彼女の整った白い顔に紅い川を形成している。

 早く手当てをしないと、手遅れになってしまう。


「おい! しっかりしろ!」


 少女から反応は、ない。

 完全に気を失っている様だった。


「…………仕方ねぇか」


 鍵はわき腹の痛みに苦しみながらも、少女を肩に担いで立ち上がり、再び治療室を目指した。



                ■




 同刻。鍵が少女を拾った病院から少し離れた場所に、『彼』はいた。

 二時の方向に広がる漆黒を見つめ、佇んでいる。

 足元には、黒ずんだ赤と、その発生源である「塊」が落ちていた。

 途端に、『彼』は歯をむき出しにして笑う。

 とても残酷で、狂気的な笑みだった。

 尖った八重歯が、より一層『彼』の雰囲気を引き立てている。


「一人逃がしたカ……まぁ、いいだろウ」


 『彼』は目の前に落ちている「塊」を、邪魔だと言わんばかりに蹴りとばす。

 うつ伏せに倒れていた「塊」は仰向けに、大の字になる様に転がった。


「また会ったラ……その時殺せばいイ」


 


              ■



     ~9月30日 AM 11:00「ギミック・タウン第五区」~


「ん……」


 小さなうめき声を上げながら、少女は目を覚ました。

 ぼんやりとした視界に最初に飛び込んで来たのは、真っ白に染まった天井。

 そして、薬品の鼻に付く匂いが彼女を刺激する。

 しばし怠惰に身を任せていた時、


「よぅ、起きたか?」


 突如として彼女の耳を打った男性の声。

 反射的に、少女は飛び起きた。


「痛っ!」


 襲い掛かってくる激痛に顔を歪める少女。

  

「無理しない方がいいぜ。かなりの重傷だったんだ」


 再び聞こえる、男性の声。

 痛みが若干引き、少女は声の主を見据えた。

 そこには、どこかの学校(外見からして、おそらく高校だろう)の夏服を着た黒髪の少年、天突鍵だった。

 少女の眠るベッドの隣にある椅子の背もたれに腕を置き、少女を見つめている。


「アンタ、半日近く眠ってたんだぜ? それまでに他のギミッカーの襲撃を受けなかったのは、ラッキー以外の何者でもないな」

「…………」


 少女は、警戒した様に鍵を睨み付ける。

 

「そんな警戒すんなよ、俺ぁお前と戦うつもりもねぇし。第一お互いこの怪我じゃ戦えねぇだろ?」


 言われて初めて、少女は自分の身体の至る所に巻かれた包帯に気付いた。

 頭、腕、太腿、腹、そして……。


「あ……う……」


 突如として、少女は熟れた林檎の如く顔を真っ赤にしてうろたえた。

 あまりに急な変貌に、鍵は首を傾げる。


「いきなりどうした?」

「どうしたじゃない!」


 今度は、鍵を睨み付けたまま叫び声を上げた。


「アナタ……見た、でしょ!」

「はぁ?」


 見た? 一体何を? そして何故少女は顔を真っ赤にして怒っている?

 様々な疑問が交錯する中、鍵は少女が両腕で胸を隠す様に覆っている事に気付いた。


「胸の傷が痛むのか?」

「そうじゃない!」


 再び怒鳴り散らす少女。


「胸! 私の胸見たでしょ!」


 唖然、とは正にこの事である。

 つまり彼女は、胸を見られた事が嫌だったらしい。

 鍵は、盛大にため息を吐いた。


「お前なぁ……そんな事言ってる場合か? もしそのまま放っておいたら、お前出血死してたかもしれねぇんだぞ?」

「でも、私……」


 急に黙り込み、俯く少女。


「今度は何だ?」

 

 ため息交じりに、鍵は言う。


「その……えと……」


 もごもごと、何やらハッキリしない少女の態度に、鍵はイラついた様に頭をかいた。


「言いたくねぇんなら無理すんな。まぁ取りあえずは、無事で何よりって事で良いんじゃねぇの」

「うぅ……ま、まぁ手当てしてくれた事には礼を言うわ」

(何か偉そうだなコイツ……)


 若干頭にきた鍵だったが、争いは無駄と判断し、こらえる。


「ところでアンタ、何であんな血塗れだったんだ?」


 鍵に言われ、少女はハッとした様に目を見開いた。

 直後、少女は飛び起きるようにベッドから離れる。

 直後、収まりかけていた痛みが、再び彼女の身体で爆発した。

 顔をしかめてよろめいた少女を、鍵は慌てて支えた。


「おい、無理すんな」

「離してよ! アイツだけは……アイツだけは許さないんだから!」

「いいから落ち着けって」

「離せっていってるでしょ! アナタには関係ないじゃない!」

「落ち着けって言ってんだろ!!」


 鍵の叱咤され、少女は動きを止める。

 鍵は少女の両肩をしっかりと掴み、至近距離でその整った顔を見つめた。


「確かに、俺には関係ない事かもしれねぇ。でもな、生憎俺は、目の前で人が泣いてんのに知らん顔出来る様な人間じゃねぇんだよ!」


 鍵の言葉に、少女は目を見開いた。


「一人で抱え込んでないで、良いから俺に話してみろ! 他人に甘える事も、一つの勇気だろ?」


 彼女は空色の瞳から、ぽろぽろと透明な雫を零した。

 突然の事に目を見開く鍵の胸に、少女は顔をうずめる。


「う……ひっく……」

「……安心しろ」


 鍵は目を少し細め、少女の頭に手を回す。


「何があったか知らんが、もう大丈夫だから。な?」


 その後、少女が泣き止むまで、鍵は彼女に胸を貸していた。









「私は、御包李兎みつつみ・りう。この戦いには、去年から参加してる」

「へぇ、じゃあ俺より先輩なんだな」

「え?」

「俺は今回が初めてなんだ。名前は、天突鍵」


 それで、と鍵は続ける。


「一体何があったんだ? 何であんな血塗れだった?」

「…………制圧者よ」


 制圧者。

 その単語に、鍵は目を見開いた。


「その制圧者ってのは……一体何なんだ?」

「あぁ、アナタは今回が初参加って言ってたわね」


 少し笑い、李兎は呟く。


「このギミック・タウンは、第一区から第十区までに分かれているの。そしてそれぞれの地区で最も多くのギミッカーを殺し、地区最強の称号を得た者を『制圧者』と呼ぶの」

「要するに、最強の人殺しってわけか」


 吐き捨てる様に、鍵は言う。


「それでアンタ、そんだけボロボロになったってわけか」

「……それだけじゃないわ」

 

 しばしの沈黙の後、少女は続けた。



「―――――殺されたのよ」



「なに……?」


 目を見開き、李兎の顔を見る鍵。


「殺されたの……私のたった一人の親友なかまが」


 李兎の声は、震えていた。

 鍵は、真剣な表情で李兎を見据える。


「誰も信じられない様なこの戦いで、唯一信じられる人だったわ。でも昨日の夜、この地区の制圧者に襲われて……とてつもない力だったわ。二人掛かりでもまったく歯が立たなかった。そして、攻撃を受けて満身創痍になって倒れていた私の目の前で……アイツはあの子を……」


 その声は、後悔の色に染まっていた。


「その後、アイツは私を殺そうとした。私は最後の力を振り絞って此処まで逃げてきたの」

「そして、たまたまこの病院にいた俺がアンタを助けた」


 鍵の声が、空しく響く。


「私が弱いから……私が無力だったから、彼女を護れなかったのよ」

「…………」


 鍵は地面に目を向け、黙り込む。

 少女は少し潤んだ瞳を拭い、やがて笑みを浮かべて立ち上がった。


「ゴメンね、辛気臭い話しちゃって。私、もう行くわ。手当て、ありがとう」

「これから、どうするつもりだ?」


 鍵の問いに、李兎はしばし答えなかった。

 

「…………さぁ、どうするんだろ。私にも分からないな」


 でも、と李兎は続ける。


「私は……私が後悔しない生き方をするわ。最後の時まで」


 鍵が目を見開いて彼女の方を見た時、すでに李兎の姿は無かった。

 おそらくギミックを行使したのだろう。


「…………」


 間違いない。と、鍵は思う。 彼女は戦うつもりなのだ。その制圧者と。命をかけて。

 あの怪我では勝ち目がほぼ無いに等しいという事も分かっていながら。

 自分の誇りと、仲間のために。


「ざけんじゃねぇよ……」


 わなわなと身体を震わせながら、鍵は言う。

 直後、彼は勢いよく立ち上がり、顔を上げた。

 それは怒りや、悲しみが入り交ざった表情を浮かべていた。


「こんだけ関わっといて……放っておけるわけねぇだろ!」


 バン!! と勢いよく扉を開け、鍵は駆ける。

 行き先なんて分からない。彼女がどこにいるのかも分からない。

 だが、彼は走った。

 彼女を――李兎を死なせない為に。

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