STAGE 1-2 =9月29日=
(※ストーリーを一部修正致しましたので、ご了承下さい)
~9月29日 PM:07:15「都内某所」~
荒れ果てた廃ビルの階段を、須藤はカツン、カツン、と甲高い音を立てながら上っていく。
人ではない者が出てきそうな雰囲気を纏うその様は、まさに「幽霊ビル」というに申し分ないものだった。
静寂を裂く様に響いていた足音は、須藤が五階に差し掛かった所でなりを潜める。
暗闇に包まれたフロアに一つ、ほんのり明かりが漏れている扉があった。
壁に張り付く様にしているその扉のドアノブを回し、須藤は中へと入っていく。
そして、
ビルの外見に不相応な大量のコンピュータが彼女を出迎えた。
壁、天井、床まで四方黒に囲まれた部屋に、デスクトップが唯一の光を灯し、その端々からケーブルが蛇の如く伸びている。
一体どうやって電気が通っているのかは不思議だ。
中心には、喪服姿の中年男性が一人、片足を椅子に上げ、片足を下げた状態で座っていた。
二十代後半から三十代ほどに見えるその男性はドアの音に気付くとそちらに目をやり、そして須藤の姿を捉えると笑みを浮かべる。
男性の名は、楢橋剣斗。彼もまた、須藤と同じくギミック・ゲーム運営委員会に勤める者だ。首の根元付近まで伸び、酷い寝癖の付いた髪と、鋭く切れた狐目を持つその風貌は、紳士的ながらも、常に人を騙さんと画策する妖狐のような雰囲気を纏っている。
「おぅ、絢。お疲れさん」
「どうも」
素っ気なく答え、須藤は剣斗の斜め後ろに立つ。
そして、怪しく光る大量のディスプレイに目をやる。
そこに映っていたのは、ゲームが開始したばかりのギミック・タウンの様子だった。
「状況はどうですか?」
「まだな~んも」
さもつまらなそうに言うと、剣斗は懐に抱えている袋からガサガサ……と音を立てて何かを取り出し、それを口内へと運んでいく。
暗くてよく見えないが、どうやら「柿の種」なる菓子だった。
しかも器用な事に、柿の種だけを選別して食べている。
机の上にも柿の種の袋がいくつか置いてあるが、そのどれもがピーナッツだけを残した状態だ。
「……相変わらず奇妙な食べ方をしていますね」
「ピーナッツは苦手なんだよ」
「だったら食べなければ良いではないですか」
「柿の種は好きなの」
「柿の種のみ入っている袋があるでしょう。あれではダメなのですか?」
「量がなぁ~……これが一番、一袋辺りの柿の種の量がちょうど良いんだよ」
あまりにも自分勝手な言い分に、須藤は思わずため息を吐く。
そして、おもむろに剣斗の食べ残した袋を取ったかと思うと、それをポリポリと食べ始めた。
剣斗は思わず吹き出してしまう。
「何ですか?」
怪訝そうな顔をする須藤を、剣斗は肩肘を付いて見つめる。
「いや、何かシュールだなと思って」
「コレではピーナッツが可哀想ですから」
「お前って妙な所で慈悲深いよな」
人間には冷酷と取れるほど冷静なくせに、と剣斗は心の中で悪態をつく。決して口には出せないが。
「それで、アイツはどうだ?」
「……天突鍵ですか?」
ピーナッツを食べる手を一旦止め、須藤はエメラルドグリーンの瞳を、画面と睨めっこしている剣斗に移す。
「あぁ」
「そうですね……正直、分かりません」
須藤の手が、少し下がる。
「見た目は普通の青年風ですが……それにしては受容力が高く、理解能力にも長けています。それに……」
「それに?」
「何といいますか……妙な気を感じました」
剣斗の視線が、須藤に向けられる。
「うまく言い表せないのですが、放っておけば脅威になってしまい兼ねないような……そんな気が」
俯く須藤を剣斗はしばし見つめていたが、やがてフッと笑い、再び視線を画面に戻した。
「脅威となる者の気、ねぇ……それが何なのか、俺にはよく分かんねぇけど」
剣斗は言葉を区切り、笑みを浮かべる。とても無邪気で、幼く、そして残忍な笑みを。
「今回のギミック・ゲームは……今までとは違う何かが起きるかもしれねぇな」
■
~7月09日 PM7:15 「ギミック・タウン第五区」~
薄気味悪い風が、ギミック・タウンを駆け回る。
死の隣合わせの世界に踏み込んでしまった鍵を歓迎するようなその風に、鍵は背筋を凍らせた。
「『地獄の入口にようこそ』ってか? 良い性格してんな」
言葉の端々から見受けられる恐怖に反して、鍵は笑みを浮かべていた。
風と会話をしている、とでも言うのだろうか。
しかし、当然返る言葉はなく、漆黒に包まれたビル街が彼を見下すだけだった。
「アイツ……《ギミック・タウン》は東京の1/4を占めてるとか言ってたな」
黙々と聳え立つビルを見上げ、鍵は呟く。
「それほどまでに、アイツ等の権力は絶大って事か」
誰に言うでもなく、鍵は吐き捨てる。
彼にはまだ分からない。運営委員会がどのようにギミッカーという存在を判別しているのか、どうしてギミックが生まれたのか、何故殺し合いをさせるのか、そして……自分が一体、何者なのか。
何も分からないまま、彼はこのゲームに参加させられたのだ。
それが不安の塊となって、鍵の心を押しつぶそうとする。
鍵は一度立ち止まり、すぐ右にあるビルの扉を覗き込む。
そこには、自分とそっくりな人物が、彼の事を見据えていた。
「俺は……」
その時、
「っ!?」
鍵は目を見開いた。
ギラリと、ガラスの向こうで何かが光ったのだ。
まずい。
本能的にそう感じた鍵は、半ば反射的に体を横に転がす。
刹那、ドォン!!という爆音が辺り一体に響き渡った。
少し砂埃が立ちこめ、鍵の目を弱く刺激する。
「……何だ?」
地面に転がった身体をゆっくりと起き上がらせ、鍵は先ほど自分が立っていた場所を見る。
先ほどまであったドアが消え、変わりに地面が抉れ、ガラスの破片が散らばっていた。
「あーあ、かわしちゃったのか」
直後、落胆の声が鍵の耳を打つ。
おそらく少女であろうその高い声の出所は、彼の後ろ。
鍵は恐る恐る、身体を反転させる。
そこには、寝癖が付いた銀一色の長髪と藍色の瞳を携えた少女が、心底残念そうな顔をして立っていた。
年はおそらく中学生くらいだろうか。どこかの学校の制服を着ており、厚底ブーツを着用している。
「おっしいなぁ~、夜じゃなくて朝だったら当たってたのに」
確かにそうだ。
漆黒に一点の光が見えたため今はかわせたが、もし朝だったら光に気付かず、あのガラスの破片のようになっていたかも知れない。
鍵は、顔から徐々に血の気が引いていくのが分かった。
このままでは殺されると、本能が彼にそう告げる。
「お前……誰だ?」
慎重に問う鍵に、少女は一瞬呆れたように目を丸くする。
かと思えば、途端に腹を抱えて笑い始めた。
「可笑しい事いうね、お兄さん。ここはギミック・タウンなんだよ? ギミッカー以外に誰がいるっていうの?」
鍵は脈打つ心臓を必死で抑え付けながら、少女を見据える。
少女はやがて笑いを止め、再び目の前の鍵を見た。
「さて、お兄さん。早速だけど、二つ選ばせてあげる。簡単なことだよ。戦うか、逃げるか。戦うんなら勿論お兄さんは殺させてもらうよ。まぁ、どうせ逃げても追いかけて殺すけど」
「どっちにしろ俺を殺すんじゃねぇか」
「当然だよ。制圧者になるには、それしかないしね。それで、どうする? 見た所お兄さんギミック・ゲームは初めてみたいだし、特別に選ばせてあげる」
制圧者、という単語の意味は分からなかったが、そんな事は今の鍵にとって重要な事ではない。
今の彼にとって重要な事。やるべき事。それは、彼自身がよく分かっていた。
「悪いけど……俺は他人が決めた筋道通りに進む気はない」
鍵は、目の前の少女をしっかりと見据えた。
その瞳に、強い意志を宿して。
「俺はお前と戦って生き残る……それだけだ」
「へぇ……てっきり命乞いでもしてくるかと思ってたけど。お兄さん、結構肝座ってるね」
気にいった、という様に少女は笑った。
そしておもむろに、右掌をすっと天に向けた。
その時、バチバチと何かが弾ける音が辺りに響く。
見れば彼女の腕に、無数の光が纏わり付いていた。
それは、目の前の敵を排除するために少女が生み出した「雷」だった。
目を見開く鍵を、少女は輝かんばかりの笑顔で見つめる。
「さぁ、ちゃんとボクを楽しませてね? お兄さん」
鍵は思う。
「無邪気ほど残酷なものはない」と―――――。
■
「始めたみてぇだぞ、お前んとこのアイツ」
右端一番下のモニターを見つめていた剣斗が呟く。
須藤もまた、そのモニターに視線を向けていた。
自分の担当するギミッカーの戦いが、やはり気になるようだった。
「相手は、如月来夏……ですか」
「あぁ。第五区ではそこそこ名の知れたギミッカーだ。初戦の相手としては、ちときついが……お前の言う「脅威」が本当なら……あるいは、な」
剣斗は椅子の背にもたれかかり、笑みを浮かべた。
「さぁ……楽しませてくれよ、天突鍵」
それは、期待と懇願を混ぜたような声だった。
■
「アハハッ! ほらほらどうしたのお兄さん? さっきから避けるばっかりだよぉ!?」
「ごちゃごちゃとうるせぇな……舌噛んでも知らんぞ」
悪態を吐きながらも、鍵は内心焦っていた。
先ほどから次々と飛ばされてくる雷の矢をかわすだけでも、もはや精一杯の状態だ。何の力も使わずかわせるだけでも、人間離れしている気もするが。
鍵は体勢を低くし、来夏の右手に宿る雷を見据えた。
速度に特化したそれは、鋭い光を放ちながら鍵を貫かんとする。
ちっ、と舌打ちをしつつ、鍵はそれを右に跳んでかわす。
「っ!」
途端に、鍵の左腕に鋭い痛みが走った。
かわし切れなかった雷の矢が、彼の左腕をかすったのだ。
傷口を抑えつつ、鍵は立ち上がる。
(もう……かわすのも限界か)
だとすれば、やるべき事はたった一つ。
(かわせないなら……攻めるしかねぇ)
突破口がない訳ではない。
彼は見抜いていた。雷の矢を放つ時、僅かではあるが隙が生じるのだ。
つまり、来夏の放った雷をかわした後、次の雷が放たれるまでの間を突けば
(倒せる……可能性はある)
先ほどから雷を交わし続けているため、鍵の眼は慣れて来ている。
彼女が攻撃パターンを変えてしまえば、この作戦は使えない。
事は急を要する、という事だ。
「やぁっとやる気になってくれたみたいだね」
無邪気に笑いながら、来夏は右手を鍵へと突きつける。
(チャンスは一度……奴がもう一度雷を放ったとき)
ごくり、と唾をのむ音が、鍵の耳にのみ響いた。
「さぁ、行くよ!」
来夏の右手から、雷の矢が――放たれた。
鍵は神経を研ぎ澄まし、体をひねってそれをかわす。
(今だ!)
右足に力を入れ、間合いを詰めんとする。
だが、
「なっ……」
鍵の目が、見開かれた。
直後、衝撃が彼の体を襲い、そのまま数十メートル先のビルの壁に叩き付けられた。
「かはっ」
空気が鍵の体から押し出される。
そんな彼を、来夏は無邪気で残酷な笑みを浮かべて見つめていた。
「雷の矢を放つ合間を狙うのは良い手だけど……ボクの方が、一枚上手だったみたいだね」
鍵は、先ほど来夏の一撃を喰らった腹を抑えつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「ボクはお兄さんより年下だと思うけど、ギミックの扱い方はお兄さんより先輩なんだ」
ニヤリ、と怪しく笑い、来夏は足を前に突き出す。
「だから……こんな事だって出来る」
すると、来夏の足からバチバチという音が鳴り響く。
その時、鍵はすべてを悟った。
要はギミックの力を応用するという事だ。
来夏は雷を足に纏わせ、その電力を利用し、正に「電光石火」で鍵の目の前に現れたのである。
「残念だったね……お兄さん」
来夏はゆっくりと右腕を鍵に向ける。
「ばいばい」
来夏の右腕が一層強く光り、今まで以上の雷の矢が――放たれる。
鋭い光と弾ける様な音を纏ったそれは、鍵へと一直線に飛んでく。
耳を劈く爆音が、闇を支配した。
電力発電所の全電力がショートしたのでははないかと錯覚するような、とてつもない音だった。
かまいたちの様な暴風と雷により、砂塵の竜巻が辺りに吹き荒れる。
そして爆音が収まり、砂埃が晴れた時、無残にも肉が四散した鍵の姿が…………なかった。
いや、肉どころか、姿そのものがなくなっている。
「ん~? 逃げちゃったのかなぁ?」
首を傾げ、来夏は呟いた。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、鍵は路地裏にいた。
寸での所で路地裏に飛び込み、事なきを得たのだ。
だが、受けた傷はあまりにも大きい。
右わき腹に、大きく血が滲んでしまっている。
鍵は左手で傷口を抑え、ゆっくりとその瞳を閉じた。
(考えろ……神経を研ぎ澄ませ)
閉じていた瞳を開き、鍵は大きく息を吐く。
(俺は生きるって決めたんだ……生きてまた、日常に戻る)
その時、コン、という低く鈍い音が小さく響く。
鍵がそちらを見ると、彼の手元に、鉄パイプが一本落ちていた。
それを手にとり、しばし見つめる鍵。
(……そうか!)
鍵は目を見開き、口をキュッと結ぶ。
はっきり言って、一か八かの作戦だが……。
「やるしか……ねぇか」
「お兄さぁ~ん……まぁ~だ隠れてるのぉ~?」
さも退屈そうに、来夏は叫ぶ。
まるでかくれんぼの最後の一人が見つけられない子供のようだった。
「どうせ隠れてもさぁ~ボクとお兄さんの圧倒的経験差は埋められないよぉ~? 素直に出てこようよぉ~」
「あぁ……そうだな」
来夏の声に答える様に、鍵は呟いた。
だがそれは、来夏にもしっかりと届く声だった。
来夏は鍵の姿を見るなり、ニパァという効果音が付きそうな笑みを浮かべる。
「やぁ~っと出てきてくれたんだぁ。って事は、諦めたのかな?」
「残念だが、そいつぁ違うぜ」
鍵はニヤリと笑う。そして、背中に回していた右腕と、そこに握られてた物を構える。
それは、先ほど路地裏で見つけた鉄パイプだった。
それを見た途端、来夏は笑い出した。
「あっははははは!! なにそれ!? そんな鉄パイプでボクの事倒すつもり?」
「そうだ」
間髪入れず、鍵は答える。
余裕とも取れる笑みを浮かべて。
「おれはコイツで、お前を倒すつもりだよ」
「へぇ、ボクもナメられたもんだなぁ……」
来夏の顔から、笑みが消えた。
先ほどまでの子供じみた表情は消え、静かな怒りを灯している。
「だったらまた教えてあげるよ……格の違いってヤツをね!」
来夏は右手を突き出し、今まで以上の密度を誇る雷の塊を鍵に放った。
鍵は目を細めて鉄パイプを握り締め、体をひねり、雷をかわす。
そして次の瞬間、鍵は思いがけない行動にでる。
彼は走りながら、握り締めていた鉄パイプを来夏目掛けて放り投げたのだ。
来夏は一瞬目を見開くが、やがてニタァ、と笑ってみせる。
「なぁ~るほど、鉄パイプを避雷針代わりにして雷を防ごうってわけね」
でも、と来夏は続け、飛んできた鉄パイプをしっかりと掴む。
「無駄だよ、すべての金属は雷の味方だから」
来夏は掴んだ鉄パイプを両手で構え、突進して来る鍵の方を真正面から見据える。その絶望に打ちひしがれた顔を見ようと。
だがその瞬間、来夏の目は再び見開かれる。
鍵は――――笑っていた。
そして彼は、スッと右手を来夏へと向けた。
何かが来る。
直感的にそう感じた直後、来夏の体を衝撃が襲う。
そのまま来夏の体は、突風に吹かれた様に吹き飛んでいき、ビルの壁にクレーターを作った。
来夏はずるずると地面へ落ちていき、ポトリと力なく倒れた。
「かはっ……な……にが……」
激しい痛みが来夏の体内で爆発する。
地面に倒れたまま、来夏はその視線を懸命に鍵へと移動する。
鍵は左手で右わき腹を抑えながら、肩で息をしていた。
「残念だったな……お前の力は、俺のものでもある」
「え……?」
訳が分からない、と言った様子で、来夏が声を絞り出す。
鍵は痛みに顔を歪めつつも、苦笑してみせた。
「お前のギミックは、コピーさせてもらったからな」
これこそが彼、天突鍵の持つギミックだった。
触れた相手のギミックを自分のものとして使う事の出来る力、能力模写である。
「雷の力は、そのまま磁力でもある……鉄パイプを投げれば、お前が受け止めるだろうって事も分かってた」
そこで、来夏は気付く。
鍵に投げられた鉄パイプが、自分に張り付いている事に。
つまり、鍵の狙いは最初から鉄パイプを来夏に持たせる事だったのだ。
そして鉄パイプと自身の模写した雷による磁力を反発させ、彼女の体を数十メートル先まで吹き飛ばしたのである。
「……ボクも気付いていなかったギミックの力を、即興で模写しただけの相手に発揮されるなんてね」
来夏は自嘲する様に笑う。その中には、かすかに諦めの色も見えていた。
「それで……どう、するの?」
「ん?」
鍵が、少し不思議そうな顔をする。
「何がだ?」
「決まってるじゃん……ボクの事、殺さないの?」
鍵の目が、見開いていく。
しばし倒れた来夏を見つめた後、ふぅとため息を一つ吐いた。
そしてそのまま、くるりと身体を反転させる。
「……さっさと此処から離れて、大事にしてろ。じゃねぇと、狙われても勝ち目薄いぜ?」
そのまま、鍵の足はゆっくりと前に進められた。
「ちょ、待ってよ」
目を見開いた来夏が、少し身体を起こして叫ぶ。
傷が少し疼いたが、今はそんな事も気にならない。
鍵は足を止めるが、振り返る事はしなかった。
「何で……殺さない、の?」
来夏の問いに、鍵はしばし黙りこむ。そしてやがて、ハァと盛大にため息を吐いた。
「生憎だが、俺ぁ人殺しのために、このゲームを戦ってんじゃねぇ」
「えっ……じゃあ」
来夏が言葉を紡ぎ終える前に、彼女は自ら言葉を止めた。
鍵は顔を半分だけ来夏に向け、淡く微笑む。
「俺は生きる為に……俺の平和を取り戻すために戦ってんだ」
そうとだけ告げ、鍵は再び闇の中を歩みだし、そして……消えた。
「生き抜く為に戦う、か……」
ごろん、と仰向けになり、来夏は呟いた。こちらの激戦などお構いなしに、星はいつもの通り輝いている。
「ほんっと……妙な人だったな」
目を閉じて、来夏は微笑む。不思議な気持ちだった。負けたというのに、妙に清々しい。まるで負けたことに満足してる様だった。
その時、コツン……コツンという足音が来夏の耳に届いた。
「……中々、面白い奴が現れたな」
その声に、来夏の表情は凍りついた。
だが、飴玉を口の中でころころと転がす声の主は、顔色一つ変えない。
「だが、幾分甘い……哀れな敗者を生かしておくとは」
声の主はスッと右手を上げ、掌を来夏へと向けた。
途端に、気味悪い風が辺りを覆う……いや、違う。辺りじゃない。
来夏の身体を覆っているのだ。
「敗者には……それ相応の『代償』を受けてもらう」
刹那、鋭い音が響き渡る。
だが、それが鍵の耳に届くことは無かった。