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Gimmick Game  作者: ken
第一章「対風力支配者編」
2/9

STAGE 1-1 =開戦前=

 

 平和。

 今の日本の状況を、これほどまでに端的且つ的確に表している言葉は無いだろう。

 太陽は役目を終えて地平線へと消えていき、それが合図であるように、人々は家族のいる我が家へと帰っていく。学校だって同じだ。生徒達は学校という呪縛から逃れる様に、黄昏の街へと消えていく。

 彼、天突鍵あまつききいが教室の窓から見たのは、そんな他愛も無い日常だった。


「平和だなぁ……」


 誰に言うでもなく、鍵は呟く。

 その時、ガラッと音を立て、教室の扉が開かれた。鍵が反射的にそちらに目を向ければ、一人の少女と目があった。艶のある黒髪を惜しげもなく伸ばし、同色の瞳で彼を見据える赤渕眼鏡の少女。いかにも優等生といった風貌だ。


「あら、まだいたのね。天突君」


 どこか高圧的な印象を受ける彼女の名は、鑓画餡子やりがあんこ。見た目通り、鍵のクラスの委員長を務めている。

 

「あぁ、委員長か。ちょっと平和に身を委ねてた」

「何言ってるのよ。もう帰宅時間だから帰りなさい」

「委員長だって帰ってねぇじゃん」

「仕事よ、仕事。と言っても今終わったから、もう帰るけどね」


 餡子の言葉に、鍵は興味なさそうに「ふぅん」とだけ呟いた。

 そしてまた、窓の外へと目線を戻す。


「何を見てるの?」


 いつの間にか鍵の隣にまで来ていた餡子が、彼と目線を同じくしながら言う。

 そこにあるのは、生徒達が校門を抜け、街へと消えていくいつもの光景。その誰もが、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。

 

「んー? ……別に」


 素っ気なく答え、鍵は重たい腰を上げ、机の上の鞄を手に取った。


「…………帰る」


 最低限の言葉でそう告げ、鍵はスタスタと出口へ歩いていく。


「あっ、待ちなさいよ!」


 慌てた様子でそう言い、餡子は駆け足で鍵の後を追っていった。



         ■



 二人が校門の外に出たとき、日はすっかり隠れてしまっていた。

 先ほどまで溢れていた生徒達も、もういない。


「すっかり遅くなっちゃったわね」

「そうだな……こんなになるまで、俺あそこにいたんだな」

 

 鍵が呟くと、餡子は訝しそうに目を細めた。


「自分がどれほどあそこにいたか、覚えてないの?」

「あぁ。何か結構いたような気はするけど」

「はぁ……ほんとアナタって変人よね」

 

 呆れているのか感心しているのか、餡子は溜息を吐いた。

 だが、鍵は意にも介さず夜空を見上げる。


「ほんっと……平和すぎて時間経つのも忘れてたよ」


 どこか寂しそうなその声に、餡子は思わず彼の顔を見上げた。

 その横顔はとても儚く、そして――――綺麗なものだった。

 いつもは見ることが出来ない彼の表情に、餡子は思わず頬を紅潮させる。

 しかも不運な事に、それを鍵に見られてしまった。


「? どうしたんだ? 委員長」

「ふぇ!? な、何がよ」

「顔、赤いぜ?」

「な、何でも無いわよ! また明日!」


 はき捨てる様にそう言うと、餡子は逃げる様にその場を後にした。

 その様子を、鍵は終始不思議そうな表情で見つめていた。


「何だぁ? あれ」

 

 訳が分からない、とでも言うように呟き、鍵は帰るべき家へと足を向けた。と言っても、彼は今親元を離れ、ここから徒歩10分ほどの場所にあるマンションで一人暮らしをしている。決して豪華では無いものの、学生の一人暮らしには申し分ない設備だ。


「あーあ……平和だ」


 あと5分ほどで着こうかと言う頃、鍵は口癖の様に言ってきた言葉を呟く。周囲の家には明かりが灯り、端々から笑い声や、話し声が聞こえて来る。

 まさに、平和の二文字が良く似合う。

 だが、こんな平和の中にいても、鍵の表情は曇っていた。

 彼は、「平和」は大好きだ。これ以上に素晴らしいものはないと断言できるほどに。「普通」ともとれるようなこの空間が何よりも好きだった。

 だけど。

 しかし。



「平和だけど……退屈だ」



 彼は、退屈が一番嫌いだった。常に心を躍らせてくれるような、そんな楽しく、エキサイティングな出来事があれば、と常に考えてきた。

 

 「平和」は好きだが「退屈」は嫌い。

 

 そして、「平和」ほど「退屈」なものもまた、ない。

 

 その矛盾した想いが、鍵の心に重たくのしかかる。


「はぁ……ちくしょう」


 鍵は夜空に向け、悪態をつく。それがとてつもなく空しく、悲しい。

 その時、どこからか機械音が響いた。

 出所は、彼が右肩から下げている鞄。その中にある、携帯電話からだ。

 鍵はその場に立ち止まって鞄をあさり、携帯電話を取り出す。ディスプレイを見ると、見た事もないメールアドレスが長々と綴られている。

 若干訝しがりつつも、鍵は警戒するようにメールを開いた。

 直後、彼の目が見開かれる。


「…………ギミック・ゲーム?」


 真っ先に視界に飛び込んできた言葉を、鍵は思わず音読する。

 その後、鍵はのめり込むようにディスプレイに釘付けになった。

 そしてそこに綴られている文章を、音読していく。


「『おめでとうございます。アナタはギミック・ゲームの参加者と認定されました。人は誰しも、何かしらの才能を秘めていると言われています。アナタはその中でも希少な、ギミックを操る才能を持つ者『ギミッカー』として選ばれたのです。詳しい話は、後ほどアナタの元へ訪れる《扇動者インスティゲイター》よりお聞き下さい。アナタのご検討、心よりお祈りしております』」


 全て読み終えた後、鍵はメールを閉じ、溜息を吐いた。


「馬鹿馬鹿しい」


 直後に出た感想が、これだった。いや、彼だけではない。このメールを10人が受け取ったなら、10人全員が彼と同じ反応をするだろう。


 「最近のチェーン・メールってのは、全く突拍子もない事になってるな。こんな話、普通信じないだろ」


 呆れた様にそう言うと、鍵は携帯を制服のポケットに押し込む。

 そして再び、黒が支配する街を歩き始めた。



          ■



 先述した通り、彼は現在一人暮らしをしている。

 特に不便はあるわけではない。むしろ満足すらしている。

 だが、やはり帰ったときに部屋の電気が付いていないのは、何処か寂しいものがあった。

 今日もまたいつも通り、そんな寂しい部屋へと帰っていく……筈だった。

 

「どういう、事だ?」


 顔を強張らせ、鍵は呟く。


 マンションの四階、彼の部屋の窓から明かりが漏れている。


 もし親や友達が遊びに来る場合、自身の携帯に連絡が来る筈だ。

 つまり、今あそこにいるのは、自分の知らない人物、という事になる。

 鍵は悪寒に駆られ、足早に部屋へと駆けていった。

 ガンガンと大きな音を立てて、四階へと上がっていく。 

 ゆっくりと彼の部屋の前に立つと、耳を済ませる。

 物音は、ない。

 何かを物色している様子はない様だ。

 警戒を解かずに、鍵はゆっくりとドアノブを回し、そのまま一気に扉を開いた!


「お帰りなさいませ、天突鍵様」


 直後、鍵の強い警戒心とわずかな恐怖心は音を立てて崩れ落ちた。

 同時に、今度は呆れと不思議感が、彼の感情を刺激する。

 部屋の明かりが、暗闇に慣れていた彼の目を弱く貫いた。


「…………誰? アンタ」


 長らく続いた沈黙の末に、ようやく鍵の口から出たのはコレだった。

 おそらく最も端的で、最も疑問に思った点だろう。

 扉を開いた彼を出迎えたのは、いつもと変わら彼の部屋と、見た事のない美女だったのだ。

 頭を上げた直後にさらさらと揺れる綺麗な黄金色の髪に、瞳にはエメラルドグリーンの真珠が二つ光っている。

 白く細い手と対照的な黒いゴスロリ調の服装をしており、足にはニーソックスを着用していた。

 秋葉原辺りのメイドカフェででも働いていそうなその女性は、その無表情な顔色を全く変えず、鍵の問いに答えた。




 「私は、『須藤絢すどうあや』と申します。先ほどメールを送らせていただいた、「ギミック・ゲーム運営委員会」の者です」




 鍵は目を見開き、須藤と名乗る女性を見据える。

 彼女は言った。「自分はギミック・ゲーム運営委員会の者だ」と。

 ほんの数分前に届いたメールを、頭の中で再読する。

 彼女の言葉と、先ほどのメールとの共通項、「ギミック・ゲーム」。

 ここまで手の込んだ悪戯をするとは、到底思えない。

 それに、他人の部屋に無断で上がりこむ事は、悪戯というレベルでなくれっきとした犯罪だ。

 もっとも、須藤はそんな事を意に介してもいないらしい。

 まるで、「これから始まる事に比べれば、造作もない事だ」とでも言っているように。


「アンタ、どうやって入った?」

「玄関からですが?」

「鍵は掛けてあったはずだ」

「私に対して、鍵など無意味です」


 須藤は断言してみせる。


「私は、《鍵開けのギミック》を持つギミッカーですから」


 再び、鍵の目が見開かれる。

 《ギミック》という言葉と《ギミッカー》という言葉も、彼には聞き覚えがあった。

 彼女もまた、《ギミッカー》と呼ばれる者の一人なのだ。


「その《ギミック・ゲーム》ってのは何なんだ? 何故俺が選ばれた?」

「せっかちな方ですね。一度に聞かれても困ります」


 顔色一つ変えず、須藤は言ってのける。


「詳しいお話は後ほど。早く外出の準備を行って下さい。これから3日間、ここには戻れませんので」

「3日間? どういう事だ」


 知らん顔で自分の横を通り過ぎようとする須藤を呼びとめ、鍵は問う。

 須藤はその整った顔立ちを彼に向け、答える。


「これからアナタを、ギミック・ゲームが行われる会場へとご案内します」



            ■



 鍵の部屋を後にした二人は、マンションの前に止まっていた黒いリムジンに乗車する。

 先ほど走る事に無我夢中だった鍵はその存在に気付かなかったが、このマンションとこのリムジンは、明らかにミスマッチなものだった。

 例えるならば、昭和の住宅地のど真ん中に高層ビルが建っている様な感覚だろうか。

 二人を乗せたリムジンは、ぶぅんと息を吐き、東京の街へと繰り出してった。

 運転席とは敷居で隔離されており、運転手の顔は見えない。


「ではまず、ギミックについて説明させて頂きます」


 鍵と対峙し、運転席に背を向ける様にして座っている須藤が言う。

 

「ギミックとは、言ってしまえば『人間の知識では説明出来ない力』の事です。私の場合、どんな鍵も一瞬で破ってしまう《鍵開けのギミック》を保持しています」

「つまり超能力って事か?」

「そうですね。大きく分類すれば、その解釈でも構いません」


 妙に堅苦しい言い方をする須藤に、鍵は少し眉をひそめる。


「それで、俺にもそのギミックとやらが宿ってるってわけか」

「えぇ、そうです。もし、それが人類にとって脅威ではないと判断されれば、私の様に運営委員会に勤めたり、中には今まで通り平穏な暮らしをする者もいます」

「……つまり」


 小さく、鍵は呟く。


「人類にとって脅威と判断された者が、ギミック・ゲームの参加者となる」

「そう言う事です」


 顔色を変えず肯定する須藤と対照的に、鍵は険しい表情を浮かべる。

 

「そのゲームってのは……一体何なんだ?」


 鍵の問いに、須藤は即座に答える。 



「《死亡遊戯デスゲーム》です」


 

  リムジンが夜の街を走る音が、妙に大きく感じられる。

 目を見開き、目の前の相手を凝視する鍵とは対照的に、須藤は顔色一つ変えていない。

 まるで「その反応には慣れている」とでも言うように。


「それって……殺し合い、って事か?」

「はい、そうです」


 恐る恐る問う鍵に、須藤は間髪入れずに告げた。

 現実を否定する事をも許さないような速さで。


「ギミックを所有する者を、俗に《ギミッカー》と呼びます。そしてギミック・ゲーム参加者であるギミッカーには、それぞれ専属の扇動者インスティゲイターが付きます」


 ふと、先ほどのメールの文面が思い出される。

 そこには確かに「詳しい話は、後ほどアナタの元へ訪れる扇動者よりお聞き下さい」とあった。

 

「つまり、アンタが俺専属の扇動者って事か」

「そうです。主にアナタをこうしてゲーム会場へと案内したりする事が任務です」

「じゃあ、俺が死んだらどうなるんだ?」

「そうですね……次のゲームから、また新たなギミッカーの扇動者となるでしょう」


 鍵の表情が、変わる。


「次のゲーム……?」

「はい。ギミック・ゲームとは、初めてギミッカーの存在が発見された100年前から続けられてきたゲームです。もしこのゲームでアナタが死亡すれば、次回までに新しく発見されたギミッカーにメールを送り、ギミック・ゲームに参加して頂きます。同時に、私もその新しいギミッカーの専属扇動者となります。」

「要するに、俺達ギミッカーは使い捨て商品も同然って事か」

 

 嘲るような調子で、鍵は吐き捨てる。この戦いに、アイデンティティなんてものはない。自分達は運営委員会という組織にとって、ただの玩具なのだ。

 須藤はそんな彼を、しばし黙って見つめていた。

 

「……もうすぐ会場に着きます」


 ほぼ同時に、リムジンがゆっくりと速度を落とし、止まった。

 鍵は自動で開いた扉から外へ出ると、目の前の光景に目を見開いた。


「ここは……何だ?」


 そこは、いわゆるビル街だった。高層ビルが立ち並び、住宅は一つも無い。東京では差して珍しくもない、都会的な光景である。

 だが鍵は、一つ大きな違和感を感じていた。



明かりが、一つも灯っていない。



 現在、午後7時前。

 仕事を終えるには、あまりにも早すぎる時間帯だ。

 それだけではなく、普通は深夜までやっていそうな店の明かりも消えている。

 須藤はゆっくりとリムジンから降り、鍵を見据えた。


「ここは、ギミック・ゲームを行うために造られた街、《ギミック・タウン》です」


 鍵は、驚きを隠せない表情で須藤を見る。


「ゲームのためだけに……街を建てた?」

「えぇ、そうです。元々東京都の土地の1/4は、私達ギミック・ゲーム運営委員会の所有地ですので」


 信じられない話だ。どこぞの小説やドラマじゃあるまいし、そんな広大な土地を所有出来る組織など、ある筈がない。

 だが、今の鍵には、そんな突拍子もない事もすんなり信じる事が出来た。

 仮に今までの話が本当だとすれば、そんな組織が一つあっても不思議ではない。

 元から受容力の高い鍵にとっては、その程度の認識だった。


「では、これより三分後、午後七時よりギミック・ゲームを開催致します」

「俺は何をしたら良いんだ?」

 

 鍵の静かな問いに、須藤は少し目を細める。


「これから3日後の朝七時まで、他のギミッカー相手に生き延びれば勝利です。敗北は」

「《己の死》……か」

 

 遮る様な鍵の言葉を、須藤はゆっくりと首肯する。

 

「では、3日後の7時にまたお会い出来る事を願っています」

「待て。一つ聞かせろ」

「……何でしょう?」


 相変わらず顔色を変えない須藤に、鍵は問う。


「俺の中に宿る《ギミック》は……一体何なんだ?」


 しばし黙った後、須藤はゆっくりと口を開く。


「           」


 放たれた須藤の言葉に、鍵は目を細める。


「それでは……検討を祈ります」


 須藤はリムジンに乗り込み、漆黒を纏ったそれはそのまま街の光の中へと消えていく。

 一人残された鍵は、思わず吹き出した。

 思い出されたのは、数時間前に餡子から告げられた「また明日」という言葉だった。


「どうやら、そういうわけにもいかないみたいだな」


 だったら、と言葉を繋げ、鍵は暗闇に浮かぶ街を睨みつけた。


「生き残ってやる……そしてまた、あの平和の中へ戻ってやる!」


 彼の叫びに呼応するかのように、午後7時を告げるサイレンが鳴り響いた。

 史上最悪の殺し合いが今、始まったのである。

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